交渉
ピクトニに出向きミレズへの支援を王に約束させた翌日、恭也はクノン王国の王城に顔を出した。
恭也としては今回は国の有力者の誰かと会う約束だけして帰るつもりだったのだが、王城の門番に異世界人だと名乗るとそのまま城の中へと通された。
通された恭也の方が心配する程の警戒心の無さだったが、恭也が口を出すことでもないため恭也は言われるがまま部屋へと案内された。
恭也が部屋に案内された数分後、部屋に三人の人物が入ってきた。
その内の一人、最初に入ってきた人物があまりに若かったため恭也は驚いてしまった。
「クノン王国国王、ゼルス・アカード・クノンだ。今日はわざわざ出向いてもらって悪かったな。とりあえず座ってくれ」
ゼルスに勧められるまま着席しながら恭也はゼルスの顔を盗み見た。
どう見ても二十代のこの男が国王だとは恭也は思っていなかったためだが、その驚きが顔に出ていたのだろう。
ゼルスの方から説明をしてきた。
「国王の俺が思ったより若いんで驚いてるみたいだな。うちの国は代々王の代替わりが早いんだ。親父はまだ元気でやってる」
「ああ、そういうことだったんですか。ご丁寧にありがとうございます」
そんなに分かりやすい顔をしていたのかと恥ずかしくなると同時に恭也はクノン王国の代替わりがどうして早いのか疑問に思った。
しかしミーシアの時の様に地雷を踏んでもいけないので口にはしなかった。
「そんなに緊張しないでくれ。こっちとしてはお前には感謝してるし、異世界人だからって理由だけで事を荒立てるつもりもない」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて一つ頼みがあります」
我ながら性急すぎるとは思った恭也だったが、年上の男性三人相手に交渉しようとしているのだ。要望を口にする適切な間など気にしている余裕など恭也には無かった。
一方のゼルスは余裕の表情でそれに答えた。
「そっちからそう言ってくれると助かる。もちろん金は用意したが、それだけじゃな。大抵の頼みは聞くつもりだ。何が欲しい?」
「クノンの兵士をしばらく僕が助けた人たちが作ってる村に派遣してもらえないでしょうか?」
金や土地、クノン王国内での何らかの権利、あるいは異性。
様々な要求を予想していたゼルスたちだったが、恭也のこの要求は予想外のものだった。
しばらくの沈黙の後、ゼルスは口を開いた。
「分からないな。ただでさえ強い上に魔神まで従えてるお前がどうしてうちの兵士の手なんて借りたがる?言っとくけどお前が倒したコートネス並の奴なんてもううちの国にはいないぞ?」
「コートネス?ああ、あの人か。そこまで強い人が欲しいわけじゃありません。そう言えばあの人ってどうやって捕まえてるんですか?牢屋に閉じ込めるの無理ですよね?」
そう聞いた恭也にゼルスは意外そうな顔をしながら答えてくれた。
「何だ、知らないのか。魔法を使えなくなる牢屋ってのがあるんだ。もっとも準備と維持が面倒だから国にそう何個もないだろうけどな」
部屋の床や壁一面に不完全な魔法の術式をあらかじめ刻んでおくことでその中での魔法の使用を防ぐことができる。
しかし普通の魔法を防ぐだけなら普通の牢屋で十分なため、精霊魔法の使い手がいない国にはこの細工がされた牢屋は用意されていないことが多かった。
実際セザキア王国にはこの牢屋は無く、そのため恭也が以前説明を受けた時も説明の内容から漏れていた。
ゼルスの説明に納得しながら恭也は話を続けた。
「刑務所の見張りと村の人たちに訓練をしてくれる兵士が欲しいんです」
恭也はゼルスたちにサキナトの幹部三百人近くを一ヶ所に集めていることと村の住民たちが自衛できるようにしたいと考えていることを告げた。
「サキナトの連中能力で見張ってるって具体的にどうやってるんだ?」
もし離れた場所の景色を見ることができるならクノン王国側としては情報漏れを警戒しなくてはならない。
そう考えてのゼルスの質問だったが、恭也は特にそれに気づくこともなく素直に答えた。
「ある程度相手を傷つける必要があるんですけど僕は相手に魔力の入れ墨を入れることができて、僕は入れ墨を入れた相手の居場所を常に把握できるんです。ただし場所が分かるだけなので実際逃げられるとこの前コートネスさんと戦った時みたいにその場から離れないといけないんです。だから実際に見張ってくれる人がいれば助かるんです」
「なるほど、話は分かった。まだネースにいるうちの国民の受け入れもしやすいし、兵士の派遣自体はこっちとしても望むところだ。だがさすがに兵士を何十人も派遣となると今すぐ返事はできない」
「はい。でしたら、十日後のこの時間に出直すってことでどうでしょうか?」
「そうだな。それだけあればちゃんとした返事ができると思う」
「ありがとうございます。ところで送ってもらう兵士に一つ条件があるんですけど」
「なんだ?」
「さすがに全員とは言いませんけど、闇属性の人を多めに派遣してもらえると助かります。闇属性の人はあまり軍や騎士団では活躍できないと聞いてますけど、僕なら闇の魔神の力で作った魔導具を用意できるので」
「それは洗脳できる魔導具ってことか?」
そう口にした瞬間、これまで友好的だったゼルスの顔が引き締まった。
闇属性で支配されている人間を見破る方法はこの世界で広く知られている。
そのため仮に恭也が派遣された兵士を洗脳したところで彼らにクノン王国に帰った際の諜報活動を命じるのは不可能だった。
しかしそれを差し引いても恭也が洗脳という方法を気軽に使う相手ならゼルスは恭也との今後の付き合い方を考えないといけなかった。
これは倫理観の問題だ。
警戒するゼルスたちを見て恭也はゼルスの表情が変わった理由をなんとなくだが理解できた。
しかしこれまでにも恭也は洗脳を多用していた。
この事実はもはや隠せないだろうし、今回兵士を派遣してもらった場合元々洗脳用の魔導具を渡すつもりは恭也には無かった。
そのため恭也は言葉を選びながらゼルスたちに説明を続けた。
「もし兵士を派遣してもらったとしてもその人たちに洗脳できる魔導具を渡すつもりはありません。というより洗脳用の武器はでき次第壊してます。魔神の力で作った魔導具は今この世界の人たちが作れるものと比べて強く相手を支配できるからです」
ウルが中にいる時に恭也が使える魔法、あるいはウルの力によって作られた魔導具による洗脳は一度相手にかけると一週間は持ち、その上今まで洗脳魔法が効かないと言われていた闇属性の人間にも通用する。
通常の洗脳魔法の持続時間は精々二分程だ。
それに比べてはるかに長く相手を支配できるウル製の魔導具を配布する気は元々恭也には無かった。
恭也のこの考えを聞いたゼルスはしばらく考え込んだ後で別の質問をしてきた。
「じゃあ、どんな魔導具を用意するって言うんだ?闇属性って相手を眠らせるか洗脳するぐらいしかできないって聞いてるぜ?」
「魔神の闇の魔力が込もった斬れ味のいい武器を用意するつもりです。この武器はほとんどの物を斬り裂けて同じ武器じゃないと防げないと思います」
「…そんな武器聞いたことねぇぞ」
闇属性の武器と聞き予想していた内容とはかけ離れた内容の恭也の説明を聞き、この場のクノン王国側の人間全員が困惑した。
「はい。これは多分魔神の力無しでは作れない武器だと思います。厳密に言うと物を斬ってるわけじゃなくて武器が当たった場所を消してるんです」
「それをお前は量産できるわけか」
「いえ、洗脳能力と物を消す能力、どっちがつくかはやってみないと分からないですし、割合としては半々と言ったところなので量産と言える程では……。今も十本も無いですし」
魔導具をウルの羽に入れて行う魔導具の強化はウルが実体を伴っていないと行えない。
つまり恭也とウルが融合している間は行えず、また合計一時間ではなく続けて一時間入れておかないとウルの魔力が武器に定着しない。
二人は暇を見つけては武器を作っていたが、成功率の低さもありウル製の魔導具作りはそれ程進んでいなかった。
恭也の話を聞きしばらく考え込んでいたゼルスを見て、このままでは話が進まないと考えた恭也は自分から話しかけた。
「僕が派遣してもらった兵士を洗脳するんじゃないかと警戒しているならそれに関しては信じて下さいとしか言えません。特に証拠を見せられるわけでもないですし、無茶を言ってるんでしょうけど…」
恭也のこの発言を聞いた後、しばらく考え込んでいたゼルスはやがて口を開いた。
「そうだな。今すぐお前を信じるってのは無理だが、それでもこっちから歩み寄らないと話が進みそうにない。十日後には前向きな返事ができるように努力してみる」
「ありがとうございます」
ゼルスの発言に恭也はゆっくりと頭を下げた。
「しかし魔神ってのはほんとに便利だな。……うちの国の軍隊でも勝てると思うか?」
冗談めかして聞いてくるゼルスに対して恭也は即答した。
「あのコートネスとかいう人が千人いても無理だと思うので、魔神を倒すのは諦めた方がいいと思います。僕も戦いの途中で負けを覚悟しましたから……」
「そんなにか。……残念だけど諦めるしかないな」
あまり残念そうに見えないゼルスの様子を見ながら恭也は魔神とこの世界の人間の力の差について考えていた。
正直魔神の力はこの世界の人間が対抗できるものではなく、ゲームで例えるならすぐに修正パッチがあてられる程の力の差があった。
この例えでいけば恭也自身が修正パッチにあたるのかも知れないが、運営にあたる神がこの世界の人間に干渉する気が無いらしいのでこの世界の人間が直接魔神の恩恵を受けるのは不可能だろう。
そんな益体もないことを考えながら恭也は部屋を後にしてメーズの街へと向かった。
恭也とゼルスたちの会議が終わったすぐ後、王城の一室では再びクノン王国の上層部が集まっての会議が開かれていた。
議題はもちろん恭也が頼んだ村への兵の派遣についてだ。
「あちらから協力を要請してきたのなら好都合では?異世界人に我が国が手を貸せば異世界人への国民たちの評価も薄れるでしょうし、うまくいけば村の実権も奪えるかもしれません」
「そうですな。相手があくまで体面を重視して行動するというのなら所詮は子供。適当に言いくるめられるでしょう」
この場に集まった者のほとんどが今回異世界人側から言い出してきた兵の派遣には賛成の意向を示した。
それ自体はゼルスにとっても歓迎すべきことだったが、先程から自分たちに優位に話を進めることを前提に話をしている部下たちには釘を刺す必要があるとゼルス感じた。
「勘違いしてるやつが多いみたいだからこの場で言っておく。あの異世界人を刺激するのは止めろ。あいつは理由さえつけば平気で暴力を振るってくる人間だ」
ゼルスのこの発言で室内の空気が引き締まった。
「もう少し詳しい説明をお聞きしてもいいですかな?」
ゼルスの近くに座っていた大臣に促されてゼルスは説明を続けた。
「確かに今回の異世界人は割と話が通じる相手みたいだった。俺たちが力を貸している限りはあいつも力を貸してくれるだろう。だが忘れるな。相手は一人だ。あいつ一人がキレたらその時点で即戦争なんだぞ?」
これが国同士の交渉ならたとえ使者一人を怒らせた程度で即戦争とはならない。
しかし異世界人の場合は相手次第で即戦争で、その可能性を危惧していたゼルスは大臣たちを前に話を進めた。
「ジュナ隊長の報告によると異世界人が従えてた魔神はコートネスの魔法を受けても傷一つ無かった上に見ていた限りでは何の魔法も使わずに腕力だけでコートネスを倒したらしい。そんなのに加えてそれより強い異世界人がいるんだ。協力関係を結んで敵対しないようにする。これ以上望むのは自殺行為だ」
「では兵士の中に諜報部門の者を送り込むのも?」
他国との外交と情報収集を担当している部署の人間がゼルスに質問をしてきた。
「ああ、そいつが洗脳されて洗いざらい聞き出されたら終わりだからな。そもそも洗脳できる上に他にどんな能力持ってるか分からない相手のとこに間諜送り込むなんて危険過ぎる」
ゼルスの考えを聞き大臣たちはあからさまに会議への意欲を失った。
今までは異世界人の村への影響力を少しでも持とうと躍起になっていたのに少しゼルスが水を差したらこの様だ。
「ですが陛下のお考えですと我が国の領土内で異世界人の悪評を広めるのも止めた方がいいのでは?」
先程と同じ人物が再びゼルスに質問をした。
現在クノン王国の各地で国の諜報機関所属の者により異世界人の噂が広められていた。
その内容は異世界人が功を焦って百人近い奴隷を死なせてしまったということと異世界人の村とネース王国では異世界人が人々を洗脳して酷使しているというものだった。
これはゼルスも認めている活動で国民の異世界人への評価を少しでも下げるために行っていた。
「いや、それはそのまま続ける。うちの国の中で国民同士がうわさしてるだけなんだからな。これで文句言ってくるようならこっちも黙ってねぇさ」
ここでゼルスは一度室内を見渡してから発言を続けた。
「俺は別に異世界人に全面降伏しようって言ってるわけじゃねぇ。あいつの力が強まらないようにやれることはやる。刺激しないようにしつつ下手にも出ない。難しいだろうがやるしかないんだ。それと移住したがってる国民を兵士使って抑えるのは絶対に止めさせろよ。それは異世界人が介入してくる口実になりかねない」
異世界人に直接介入するのは避けつつ、異世界人を怒らせない範囲で自国への影響を排除する。
ゼルスの言っていることの難しさを理解し、ようやくこの場に集められた面々は現状を理解した。
「さてと、異世界人の息がかかった場所に自分の部下送りたいって奴がいたら手をあげろ。もちろん何かあったら全責任そいつにとってもらうぞ?」
こう言われて手をあげる者がいるはずもなく、異世界人のもとに送る人員についてはゼルスが決めることになり会議は終了した。
(ってな感じの事話してたぜ)
ゼルスたちの会議が終わった直後、恭也はメーズの喫茶店でウルからの報告受けていた。
ウルたち魔神は実体を解除した状態でも空中を移動できる。
この状態は魔力を激しく消費する上物にも触れない。
しかし周囲の状況を見聞きすることはできるため盗み聞きには最適で、恭也はウルをゼルスたちの会議に忍び込ませてその内容を把握していた。
ちなみに魔神はどこにいても瞬時に主人のいる場所に転移できる。
(なるほど。派遣はしてもらえるみたいだし、あっちで変な人が入らないようにしてくれるならこっちとしては言うこと無いね)
(のんきなこと言ってていいのかよ?あいつら恭也の悪い噂流してるんだぞ?)
ゼルスたちの企みを知り不快そうにしているウルだったが、当の恭也は特に怒ってはいなかった。
(デマ流してるっていうならまだしもどっちもほんとのことだしね。それに今村に住んでる人より多くの人が移住してくるのは困るよ)
元の住人より多い移住者の流入など素人の恭也ですら問題の火種になることが予想できた。
村が落ち着いてから段階的にならともかく今の段階でのクノン王国の国民の移住は、恭也としても避けたかった。
それにしてもサキナトへの協力者の逮捕がここまで大きな影響を与えるとは考えていなかった。
不用意に行動した結果、多方面に影響を与えている現状に恭也はため息をついた。
(で、これからどうするんだ?俺としてはあの国王に一発かましてやりたいとこだぜ)
(駄目だよ。こっちとしても正面からぶつかるのは避けたいし)
もちろん恭也とウルならクノン王国と戦っても勝てるだろうが、勝ってどうするという話になる。
恭也は別に世界征服などする気は無いし、クノン王国の方から恭也を怖がりつつも協力すると言っているのだからその状況を変える理由が無かった。
恭也としては悔しいが、会議で言われていた通り恭也とクノン王国の代表者が交渉をしたら気づかない内にこちらに不利な条件を飲まされる可能性があった。
さらにゼルス自体も恭也としては苦手だった。
年下の恭也が相手とはいえ、初対面の相手にあの口調。
あの若さで王になり増長しているのかも知れないが、恭也はゼルスの態度に少なからず不快感を覚えた。
険悪な雰囲気になっても面倒なので特に何も言わなかったが、恭也としてはとてもゼルスと仲良くなれそうになかった。
(じゃあ、十日間ネースに帰ってるのか?)
(うん、そのつもりだよ。その前にティノリスとの国境まで行ってワープ用の目印作るつもりだけど。後できれば移住を希望してるって人たちを実際に見てみたいかな。もし兵士の人たちが乱暴なことしてれば黙ってられないし)
(了解)
ウルが内心兵士たちとの戦いを期待していることを察し、恭也は再びため息をつきつつ店を出た。
幸いなことにクノン王国内での住民と兵士の衝突は口論の域を出ないものばかりだった。
この世界では全員が魔法を使えるため一度集団同士の戦いが起こると多くの死者が出ると聞いていた。
そのため恭也は心配していたのだが、結局恭也が介入しなくてはいけない事態は起こっていなかった。
恭也はそのままクノン王国を縦断し、ティノリス皇国との国境までたどり着いた。そして『降樹の杖』を使い目印用の樹を生やすと『空間転移』で村へと帰った。