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クノン王国

 恭也がミレズの問題に首を突っ込もうとしていたちょうどその頃、クノン王国の王城では王たちによる会議が開かれていた。

 といってもこの会議自体は連日行われていた。

 恭也は知らないことだったが、恭也がメーズを訪れていた時点で王城には早馬によりエバント山での一件は伝わっていた。


 その数日後、実際にあの場にいたジュナたちもメーズに戻って来たため、彼女たちを交えて狼の獣人にしてクノン王国国王、ゼルス・アーカード・クノンは、恭也への対策を話し合っていた。

 その会議が始まって早々、ジュナは恭也への対策という今回の会議の議題そのものに疑問を呈した。


「対策とおっしゃいますが、奴隷の件だけでなくコートネスの捕縛にも彼は協力してくれました。彼を今までの異世界人と同じ様に警戒する必要は無いのではないでしょうか?」


 このジュナの発言に室内の空気が変わった。

 明らかに嘲りの色が混じり始めた空気にジュナが不快そうな顔をしたが、それに先んじてゼルスが口を開いた。


「そう怒るな。実際に助けられたお前が異世界人に感謝するのも分かるし、俺だって奴隷解放の件は感謝してる。でも今回の件は俺たちの国の領土内での問題に異世界人が武力介入してきたんだ。俺たちが警戒するのも分かってくれ」


 二年前に即位したばかりでまだ二十四歳という若さのゼルスはジュナに自分たちが具体的に何を警戒しているのかを説明した。


「今うちの国の国民の一部が異世界人の作った村に移住したいって言い出してるのは知ってるよな?」

「はい」


 恭也がもたらした情報によりクノン王国内では役人、市民を問わず多くの逮捕者が出た。

 その逮捕者に十人以上の貴族や国の英雄と言われていたコートネスまで含まれていたことで国民の国への信頼は失われつつあった。


 そんな中、ギノシス大河を挟んだ場所に異世界人と魔神が守っている場所ができたのだ。

 国民の一部が移住を望み始めたのは自然なことだった。

 クノン王国では他の国への移住自体は別に禁止していない。


 しかし今回は国が把握しているだけで一万人近い国民が移住を希望していた。

 これだけの国民が一度にいなくなると国力の低下は避けられず、それに目をつぶったとしても異世界人側としても一度にこれだけの数の人間は受け入れられないだろう。


 今は何とか各地の役人たちが国民を説得しているが、そもそも役人への信頼自体が失われているので説得は難航しているとの報告をゼルスは受けていた。

 一部では暴動になりかけている地域まであり、ゼルスたちは連日頭を抱えていた。


 ここまではクノン王国でも一定以上の地位にいる者は知っている事実で、ジュナもその事実はゼルスやロップから聞かされて知っていた。

 しかしそれとゼルスが異世界人を警戒することがジュナの中で繋がらなかった。

 結局ジュナはゼルスに素直に聞くことにした。


「申し訳ありません。多くの国民が移住を希望していることがまずいということは理解できたのですが、それと今回異世界人が私たちの国で戦ったことがどう繋がるのでしょうか?彼はどの国にも所属していないのですから特に問題は無いように思うのですが……」


 再び周囲から馬鹿にしたような空気が伝わってきたが、今度はジュナは感情を顔に出さなかった。


「つまりこういうことだ。うちの領土内で異世界人が人助けをいくつも行った後でうちの領土内に村を作りますってなったらどうなる?」


 ここまで言われてようやくジュナもゼルスたちが何を警戒しているのが理解できた。

 もし異世界人がゼルスの予想通りの行動を取ったら、多くのクノン王国の国民がそこに流れ込むだろう。

さらにゼルスの発言は続いた。


「うちの近くに拠点作った時点で警戒はしてたんだが動きが早過ぎる。お前たちを助けた三日後にはメーズで姿を見たって情報もある。手をかざすだけで怪我人を治したって言うしまず間違いないだろうな」

「三日、そんないくらなんでもそんなに早く……」


 恭也の心配した通り、ジュナたちはウルから恭也が二、三日したら顔を出すと言われてかなりの強行軍で帰ってきた。

 もちろん早馬による連絡は行っていたのだから必ずしもジュナたちが急ぐ必要は無かった。

 それでも恭也に直接礼を言おうと思いジュナたちは急いだのだが、恭也の移動速度はジュナたちの想像をはるかに超えていた。


「セザキアの国王からの手紙によると今回の異世界人は遠く離れた場所に一瞬で移動できるらしい」


 このゼルスの発言で恭也に先を越された理由に納得がいったジュナだったが、ゼルスの発言はまだ続いていた。


「今の動きも全然つかめてないし今もどこかの街で顔売ってるかもな。分かるか?軍隊でも止められない力持った異世界人が魔神引き連れてせっせとうちの領土内で評判を上げてるんだ。しかも本人は神出鬼没ときてる。警戒するなって方が無理だろう」


 ゼルスたちのこの心配は完全に取り越し苦労だった。

 恭也がメーズで数人に『治癒』を使ったのは一応メーズまでは来ていたということをクノン王国の上層部に伝えておこうぐらいの軽い気持ちでしたことだ。


 しかし恭也を警戒しているゼルスたちからすれば恭也の人助けは侵略の準備にしか見えなかった。

 その後すぐにゼルスとジュナの話は終わり、ジュナは一礼すると会議室を出た。

 ジュナが家に帰るべく王城の中を歩いていると、前から一人の女性が従者数人を伴いこちらに歩いてくるのが見えた。

 すぐに通路のわきに移動して頭を下げ、女性が通り過ぎるのを待っていたジュナの耳に女性、クレシアの声が届いた。


「あら、あの男に殺されたと思っていたわ。あなたの様な薄汚い女一匹殺せないなんてあの男も大したことないのね。まったく、不快だわ」


 クレシアは言うだけ言うとジュナの返事も待たずに歩き出した。

 ジュナはクノン王国の前国王、キシオス・アカード・クノンの隠し子だ。

 ジュナがそれを知ったのは二年前のことで母親と二人で森で狩猟をして暮らしていた時、ふとしたきっかけから王族の血が流れていることが周囲に知られ、その後初めて父親に、そして母親が違う兄と姉に会った。


 その時、第三王女としてジュナを迎え入れたいとキシオスは提案してきたのだが、ジュナは断った。

 ジュナの母親、フロウも王室に入るつもりは無くそれで話は終わりだとジュナは思ったのだが、ゼルスの『王家の血が流れていることが知られた以上これまで通りの生活はできない。ここで国の目が届かないところでの生活を続けようとしたら不審な事故で死ぬ可能性すらある』という助言を聞き、ジュナはクノン王国の騎士団に所属した。


 キシオス自らフロウとジュナを迎えに来たのならまた違った判断をしたかも知れなかったが、今回ジュナの存在が知られたのは単なる偶然だった。

 そんな状況でキシオスを父と呼び、王女になるなどごめんだったジュナは王家には入らないという条件で王家の監視下での生活を始めた。


 衣食住という面では森での生活とは比べ物にならない程ジュナたちの生活環境は改善された。

 時折キシオスの次女クレシアが嫌味を言ってくるが、もう一人いる異母姉は別の貴族に嫁いでいてほとんど会うことはなく、二人の異母兄は内心どう思っているかは分からないが表面上はよくしてくれている。


 当初思っていたよりジュナの今の生活は悪くなかった。

 もちろんクレシアと会う度に不快な思いはするがそれも我慢できない程ではなかった。

 一度息を吐き出すとジュナはフロウの待つ自宅へと向かった。


 ジュナからの報告を聞いた後もゼルスは大臣や関係部署の長たちと今後の恭也との関係について話していた。


「来るなら来るで早く来て欲しいものですな。これ程私たちを待たせるとは何様のつもりなのか」


 恭也のもとに移住したいという国民たちをなだめるために連日苦労している役人の一人が一向に恭也が城を訪れないことに怒りを露わにした。

 恭也が知る由も無かったが、ゼルスを始めとするクノン王国上層部の面々はメーズで恭也の姿が確認されて以来、いつ恭也が城を訪れても対応できるように常に城で待機していた。

 しかし当の恭也は一向に姿を見せず、おそらくジュナたちの帰りを待っているのだろうと予想がついても普段相手を待たせる側の彼らとしては愉快ではなかった。


「まあ、落ち着け。ジュナ隊長が今日帰ってきたんだ。明日かあさってぐらいには顔を出すだろう」


 恭也の移動速度がこの世界の住人の常識を超えているため、入れ違いになる可能性を考えてこちらから使者を送ることができないという点もクノン王国側の悩みの種だった。


「そう願いたいものですな。異世界人の動向が分からない以上、城の周りや街の巡回を強化せざるを得ません。兵士たちも疲れていますので」


 ゼルスの発言に軍の幹部があいづちを打ったその時、ゼルスが軍の幹部に視線を向けた。


「ところで一つ聞きたいんだが、どうしてジュナ隊長をコートネスの逮捕に向かわせた?俺精鋭を向かわせろって言ったよな?」

「いえ、その、あくまでもジュナ隊長の部隊は主力部隊の援護が主な任務でして、陛下の命令通りわが軍の精鋭も送り込みました。けして陛下のご命令に逆らったわけでは……」


 突然議題とは関係無い指摘をゼルスから受けて軍の幹部は慌てた。

 実際ジュナが隊長を務めている隊の派遣は当初の予定には無く、軍の上層部の横やりで急遽ジュナの部隊の派遣が決まった。


「ったく、余計な気回しやがって。親父はもちろん俺にもあいつをどうこうする気は無い。隊長だって形だけのつもりだった。まあ、本人がやる気出してるんで好きにはさせてるがな」


 ジュナの配属された隊はメーズの巡回が任務の危険の少ない隊だ。

 ジュナに王族の血が流れていることはすでにかなりの国民に知られている。

 こんな状況でジュナが死ねばそれがどんな形でも国民は国の関与を疑うだろう。

 そもそもゼルスは別にジュナに対して否定的な気持ちは持っていなかった。


 さすがに突然現れた妹を家族とは思えないが、それでも父親の大切な人ではあるので立場が許す限りの便宜は図ってやるつもりだった。

 そうした考えでジュナを今の隊に配属したのだが、軍の一部が余計な気を回した結果この様な結果になった。


「今さらあいつ担ぎ上げて国乗っ取ろうとする奴がいるとでも思ってるのか?今回は見逃すが次に余計なことしたらただじゃおかねぇぞ」


 ゼルスの視線を受けて軍の幹部が委縮した。

 この幹部は重要な会議に顔を出しているだけあり、軍でも上から数えた方が早い有力者だ。

 しかし上にはまだ何人も上司がいるし、軍とは関係無い貴族から命令された可能性もあった。


 彼もある意味被害者だ。

 また今の国の状況を考えると貴族たちとやり合っている余裕も無いため、ゼルスはこの場での彼への追及を止めて本題に戻った。


 ジュナが家に帰るとフロウとロップが出迎えてくれた。

 三人は今城から近い一軒家に住んでおり、この家はキシオスがフロウとジュナに贈ったものだった。

 ジュナはキシオスからは何も受け取りたくなかったのだが、これを受け取ってくれればこれ以降キシオスは何もしないと言ってきたので今後の面倒を避けるため受け取った。


 ロップは書類上は王家に仕えているが、事実上はキシオス直属、もっと正確に言うならフロウとジュナ直属だ。

 ジュナは知らなかったが、フロウはロップと何年も前から連絡を取っていたらしい。


 それを知った時は複雑な気持ちになったジュナだったが、年も近かった二人はすぐに打ち解けて今では姉妹の様な関係になっていた。

 食事を終えたジュナはロップを部屋に呼び、今日の会議のことを話していた。


「なあ、ロップはあの異世界人が危険な奴だと思うか?」


 他人の目が無いため砕けた口調で質問してきたジュナにロップはしばらく考えてから自分の考えを述べた。


「ゼルス様の心配なさっている通り、今は警戒するしかないというのが本音です。確かに今のところは私たちの味方をしてくれていますが、今後異世界人がどう動くかは異世界人本人にしか分かりません。ゼルス様の心配もごもっともだと思います」

「でもそんなに悪い人間には見えなかったぞ?」

「ジュナのその素直なところは素敵だと思います。でもゼルス様は国民のために常に最悪の場合を考えて行動しなくてはいけませんから」

「むー、またそうやって子ども扱いする。私はもう大人だぞ!」


 自分の頭を撫でながら笑みを浮かべるロップにジュナは全く怒りの込もっていない文句を言った。

 もう何度も繰り返されている光景だ。

 そんな中、何とか真面目な話題を口にしようと考えたジュナは実際にこの目で見た魔神の感想を口にした。


「でもそうだな。あの魔神は怖かった。私たちのことなんて何とも思っていないという目をしていたからな」

「そうですね。私としては戦闘力よりもあの冷たい目の方が怖かったです。結局魔法らしい魔法も使わないでコートネスを倒してしまいましたし」

「ああ、それに関しては会議でも困ったぞ。魔神の能力について報告しろと陛下に言われた時、何も説明できなかったからな」

「コートネスの攻撃が止まったと思ったら、次の瞬間には魔神がコートネスを倒してましたからね……」


 あの時の理不尽なまでの魔神の強さを思い出し、ロップはしばらく黙り込んでしまった。


「異世界人はあの魔神より強いのか。そう考えると陛下が警戒するのも無理はないか」


 今さら過ぎる発言をするジュナに内心苦笑したロップだったが、口にしたのは別の事だった。


「さあ、そろそろ寝ないと。今回の任務で亡くなった隊員もいるんですから、明日は仕事が山積みですよ」

「ああ、そうだな」


 今回殉職した部下四名の顔を思い出すと同時に苦手な書類仕事が待っていることを思い出してジュナは顔をしかめた。


「そんな顔をしないで下さい。私も手伝いますから」


 その後すぐに就寝したジュナはほんのわずかだったが目にした魔神の強さとそれを従えている異世界人について考えている内に眠りについた。

 恭也がクノン王国の王城に顔を出したのはその翌日のことだった。

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