村人たちのがんばり
サキナトの元幹部たちと別れた後、恭也はカムータたちのもとへと向かった。
特に用があるわけでもなく約束もしていない。
ネース王国の各街の様子を見にいく前に作業の進捗状況を確認しようという軽い気持ちで立ち寄っただけだ。
すでに夕焼けが見える時間だったが今も村のあちこちからは家を建設する音が聞こえ、資材を数人がかりで運ぶ村人たちの姿が見えた。
恭也としては気にせずに作業を続けて欲しかったのだが、村の人々からすればそうもいかない。
すぐに恭也は気づかれて作業中だった村人二人が恭也に近づいてきた。
「こんにちは、恭也さん。今日はどうしたんですか?カムータさんに用なら今は自宅にいると思いますよ」
村人の一人がカムータの居場所を恭也に教えてくれたが、特に急ぎの用も無いため恭也は彼らとの会話を続けた。
「今日は特に用があってきたわけじゃありません。今から街の方に行くつもりでその前にちょっと顔を出しただけです。何か困ったことはありませんか?」
「今のところ特には。することが多くて大変ではありますけど、こればっかりは時間かけてやるしかないですから」
カムータたちがここに村を作り始めてからまだ一週間も経っていない。
家屋すら完成したものは数える程しかなく、先程話に出たカムータの家も精々二、三人が寝起きできる広さだった。
建設途中の家屋はいくつもあり、今も石材や木材を運ぶ村人の姿が遠くで確認できた。
しかし今は畑作りと近くの森の中での狩りに力を入れていると恭也はカムータから聞いていた。
居住環境が改善されるのはまだしばらく先になりそうだと思ったところで、恭也は自分がミレズの領主から屋敷を一つ取り上げたことを思い出した。
取り上げたはいいが全く使い道が無く困っていたのだが、死蔵するぐらいならこの村で使ってもらおう。
屋敷一つでは村人全員が住むことはできないが、それでも無いよりはましだろう。
早速カムータと屋敷の設置場所を相談しようと決め、恭也は村人たちと別れてカムータの家に向かった。
恭也がカムータの家に着いた時、そこにはカムータの他に二人の人物がいた。
村人たちとそれ程一緒過ごしているわけではない恭也は五百人以上いる村人たちの顔をほとんど覚えていないのだが、そんな恭也でも二人の内の一人には見覚えがあった。
ミレズの屋敷で領主から助けたばかりの少女だったからだ。
恭也に気づいたその少女、ノムキナは恭也に気づくなり恭也に近づいてきた。
「恭也様、あの時はきちんとお礼も言えずにすみませんでした。恭也様のおかげでまたこうして楽しく暮らせるようになりました。一緒に助けてもらったゼシアちゃんも恭也様には感謝してます」
「そう言ってもらえるとこっちも嬉しいです。何か困ったことがあったらいつでも言って下さい。といっても毎日は顔出せませんけど」
「はい。ありがとうございます!」
村の者には恭也を様づけで呼ぶのは止めるように頼んでいるのだが、ノムキナは様づけで恭也と話している。
それに面食らった恭也がカムータを見るとカムータが苦笑していた。
おそらく恭也の頼みを伝えたが、ノムキナがそれに従わなかったのだろう。
助けられてすぐなので恭也に過剰な感謝をするのはしかたないし、それが心の支えとなるのならしばらくは我慢しようと恭也は考えた。
恭也より若い少女が奴隷としてさらわれ、自分の倍以上の年齢の男に暴力を振るわれていたのだ。人前に出るのが怖くなっても不思議ではなく、実際男性に近寄られるのは今も怖いという女性はこの村に何人かいる。
それを考えると今のノムキナの態度は見ている恭也としても素直に嬉しかった。
戦闘力以外誇れるものがない恭也は奴隷としてさらわれた人たちに対して奴隷から解放する以上の手助けができない。
もちろん完全に元通りになったというわけではないだろうが、それでもノムキナと話して少し機嫌がよくなった恭也はカムータに用件を伝えた。
「屋敷を一つですか?そ、それはまた……」
突然大きな屋敷を一つ渡したいと言われ、カムータは戸惑っている様子だった。
村の住人達には恭也の能力を全ては教えていなかった。
それでも村の支援に役立ちそうな『格納庫』と『雨乞』の内容は伝えていたのだが、それ程巨大な物が入るとは思っていなかったのだろう。
「邪魔になったらいつでも動かせるんでとりあえず村の郊外に置いときましょうか?」
戸惑っているカムータに恭也が助け舟を出したことでカムータはようやく口を開くことができた。
「そうですね。ではとりあえずギノシス大河の近くに畑を作ってるのでその近くにお願いします」
「分かりました。屋敷の中ですけど家具とかはそのままになってるんでみなさんで好きにして下さい」
「いいんですか?貴族の屋敷なら高価な家具もあると思いますけど」
気前よく自分の持ち物を差し出してくる恭也の申し出を受け、これまでだけで十分過ぎる程世話になっているカムータはさすがに断ろうとした。
しかし恭也からすれば不要な物を渡しているだけなので遠慮されても困ってしまう。
「気にしないで下さい。僕あちこち飛び回ってるんで家とか家具持っててもしょうがないし、お金はセザキアからももらってるんでそんなに困ってませんから。それに能力で持っておける物って限界があるので受け取ってもらえた方が助かるというのが本音です」
「……そういうことでしたらありがたく使わせてもらいます」
そう言うとカムータは恭也に屋敷を設置して欲しい場所を具体的に伝え、その後もアナシン程大きくはないがここから近い町まで村人だけで買い物に行く予定があるなど今後の予定を恭也に報告した。
城壁で囲まれているような大きな街は一応全て回った恭也だったが、村以上街未満の自治体についてはほとんど手つかずだった。
そういった場所にも奴隷はいるはずで、そういった場所では彼らが危険な目に遭うかも知れない。しかしいつまでも恭也が同行するわけにもいかなかった。
最悪の場合『危機察知』が発動するので問題無いだろうと考え、恭也はカムータとの話を終えると屋敷を村の郊外に設置してからアナシンへと向かった。
アナシンのサキナト支部に恭也が顔を出すと、支部には十七人の奴隷がいた。
サキナトの構成員たちは持ち主が差し出してきた奴隷は一日ごとにまとめて国に送り返すように恭也から指示されていた。
彼らも明日の朝にはそれぞれの国へと返されるだろう。
恭也は近くにいたサキナトの構成員に奴隷の差し出し状況を尋ねた。
「昨日は二十人以上の奴隷が差し出されましたけど、うちがこの街で売った奴隷の数を考えると今の調子じゃ一週間以内に全員返って来るのは難しそうですね。もちろん死んでたり他の街に連れて行かれてる可能性もあるんで断言はできないですけど」
まるで他人事の様に言う彼に恭也は腹が立ったが我慢した。
各街のサキナトは奴隷の受け入れと移送に必要なため今も恭也の指示で残されていた。
給料は今まで通りネース王国が出しているが、元々していた仕事(と呼べるようなものではなかったが)をしていないので完全な赤字だった。
奴隷全ての解放が終わるまでサキナトは存続させると恭也が宣言したため、この状況を一日でも早く解消すべくネース王国は兵士を総動員して貴族や金持ちの家に踏み込ませて奴隷の救出を行っていた。
そのため首都のピクトニから比較的近い内陸部についてはネース王国に任せても大丈夫だろうと恭也は考えていた。
問題は国の手が回るのが遅れる港街で、これに関してはしばらくの間は恭也が直々に回るつもりだった。
その後しばらくしてサキナトの支部での用を終えた恭也が支部を出た時点で、ウルが話しかけてきた。
(なあ、もしかして、ネースの街全部を回るつもりか?)
(いや、しばらくはネース王国に任せるつもりだよ。さすがに僕一人で全部回ってると時間がかかり過ぎるし。この前屋敷に飛んで奴隷の人たちを助けたのは能力で呼ばれたからだよ。一週間待つって言った以上、それより先に僕が動いちゃうと今後の僕の発言を信じてもらえなくなっちゃうからね)
(じゃあ、しばらくは暇ってことか?)
(うーん。この後、前行った店に顔出して前に頼んどいた家畜を村まで送るように頼まないといけないし、捕まってる人たちが僕を呼ぶ確率を上げるために海沿いの街だけでもちょっと回ってみるつもりだよ。気休めにしかならないけど一応ね)
(それどれくらいかかる?)
ここでようやく恭也はウルが何か言いたがっていることに気がついた。
(何か言いたいことがあるなら言ってよ?もしかして休みが欲しいとか?それなら二日ぐらい休んでもらって、)
実際ここのところ働きづめだったので、恭也自身も海沿いの街を回ったら一日程休みを取ろうと思っていた。
それより早くウルが休みを欲しがったということだろう。
そう考えた恭也だったが、ウルから伝わってきた内容は恭也の全く想像していないものだった。
(違う、違う。むしろ休みなんていらねぇよ。俺寝る必要無いし、疲れたりもしねぇからな。たださっき会った獣人に恭也が二、三日経ったら顔を出すって言っちまったんだよ。それ破ると面倒なことになるかもと思っただけだ)
(なるほど。じゃあ、先にそっちを済まそうか。もしクノンが兵士を貸してくれるってことになってもその日の内にってわけにはいかないだろうし)
恭也がそう伝えるとウルが安心したのが伝わってきた。恭也の許可無く約束をしたことを気にしていたのだろう。
今から急げば明日の午前中にはクノン王国に着くが、流石に徹夜の状態で一国の有力者と交渉するのは避けたい。
ちょうどいい機会なので魔力の回復とクノン王国の見学、そして休みも兼ねて余裕を持った日程でクノン王国に向かおう。
そう考えた恭也は予定通り店へと向かった。
恭也とウルがエバント山でジュナと会った五日後、恭也はネース王国にいた。
別にクノン王国へ行かなかったわけではない。
クノン王国の王城の前にまで実際に行き、首都メーズの様子もしっかり見学できた。
ではなぜ二人が今ネース王国にいるかというと、恭也たちの移動速度が速過ぎて恭也が(正確にはウルがだが)エバント山でジュナたちを助けたことがメーズに伝わっていなかったためだ。
エバント山からメーズまで馬車で十日程かかるが、空を飛べる恭也なら村からメーズまで三日もかからない。
そのため恭也たちがメーズを訪れた時にはまだメーズにはエバント山での一件は伝わっていなかった。
この状態で恭也が王城に向かっても変な空気になるだけだろうと考え、恭也は一度ネース王国に戻ることにした。
今回のクノン王国への訪問ではクノン王国の有力者には会えなかったが、それでも今回の訪問が無駄になったということはない。
首都のメーズに『空間転移』できるようになったし、ここのところ食事と睡眠以外は戦闘と移動しかしていなかった恭也にはいい息抜きになった。
むしろウルの言った二、三日という言葉にジュナたちが焦っていないかと恭也の方が心配になったぐらいだった。
とにかくそういったわけでここ数日はかなり落ち着いた時間を過ごしていた恭也だったが、立ち寄った街である噂を聞き久しぶりに気を引き締めることになった。
その噂とはミレズの情勢が悪化しているというものだった。
噂によると恭也に全財産を奪われたことで領主の影響力がなくなり、今のミレズは無法地帯一歩手前といった状況らしい。
それを聞いた恭也は自分の不始末に顔をしかめると、急いでミレズへと向かった。