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狼の少女

 サキナトの幹部たちを集めている場所を飛び立った後、恭也は人目につかないようにかなりの上空を飛んでギノシス大河を渡った。


(なあ、恭也、クノンの軍と犯罪者たちが集まってる場所どうやって探すんだ?)


 何の情報も無く出発したので二人はクノン王国の現状をほとんど把握していない。

 ウルの疑問は当然のものだったが、聞かれた恭也は気楽なものだった。


(珍しい魔導具や隠れてる犯罪者探そうってわけじゃないんだから大丈夫でしょ。クノンに着いてからその辺りの人に聞けばすぐに分かるよ)

(毎回適当過ぎねぇか?)

(うーん。こればっかりはねー。素人が行き当たりばったりでやってるわけだし。とりあえず今考えてる計画はアズーバの近くにも村を作るってこととティノリスに封印されてる魔神を仲間にするってことだけだけど、ネースでの奴隷解放も終わってないし当分は出たとこ勝負になるかな。能力での移動の数を減らしたいから早く新しい魔神を仲間にしたいんだけどね)

(あのうっぜぇ戦法で倒すわけか)


 心底うんざりしたウルの感情が伝わり、恭也は苦笑した。


(まともな方法じゃ百パー勝てないしね。ウルも早く他の魔神に会いたいでしょ?)

(いや別に…)


 てっきりウルが他の魔神に会いたがっているものだと思っていた恭也はウルのこの答えに驚いた。

それはウルにも伝わり、ウルは自分たち魔神の関係について説明した。


(勘違いしてるみたいだけど俺たち魔神は別に家族ってわけじゃねぇ。人間の感覚で言うと誕生日が同じってだけの赤の他人だ。会ったこともねぇし別にそこまで会いたいとは思わねぇよ。まあ、人手が多いのは助かるけどな)

(ドライだなー。まあ、会ったこともないんじゃそんなもんか)


 その後も雑談をしつつ飛んでいた恭也とウルだったが、いくらギノシス大河が大きいとはいえ所詮は河だ。

すぐに対岸が見えてきたので、人気が無いところに着地すると恭也は水辺で釣りをしていた人に話しかけた。


「すみません。ちょっといいですか?」

「ん、何だ?」


 恭也に声をかけられた釣り人は驚きつつも恭也の質問に答えてくれた。

 釣り人によると国から逃げている犯罪者たちと軍が戦っている場所はいくつかあるが、精霊魔法の使い手がいるのはここから北にあるエバント山という山らしい。


 山は軍により封鎖されているらしいが、空を飛べる恭也には関係無い。

軍の封鎖を無視するわけだが、精霊魔法の使い手を含む犯罪者たちを捕まえれば大目に見てくれるだろう。

 そう考えた恭也は釣り人に礼を言うとそのまま北へと向かった。


 恭也が釣り人との話を終えてギノシス大河の岸を出発した頃、昼下がりのエバント山では国からの討伐隊とそれから逃げる犯罪者たちによる戦闘が繰り広げられていた。

 戦場となった場所は山深く入った場所のため、クノン王国の兵士たちは巨大な魔導具は運び込めなかった。


 そのため精霊魔法の使い手がいる犯罪者たちに対し、討伐隊は決定打を欠いていた。

 しかし山の周囲は設置型の魔導具を所持した兵士たちが固めているため、犯罪者たちも山から出ることはできなかった。

 負傷者が出ても本隊から増援が来る討伐隊は安全第一で犯罪者たちを追い詰めていた。


「負傷者の搬送を優先しろ!コートネスは無理に相手をしなくていいぞ!他の兵士だけを確実に倒すんだ!」


 討伐隊に指示を出している人物は見たところ十代半ばの少女だった。

狼の獣人のその少女は後ろに少女よりは年上だが、それでも少女と呼べる若さの兎の獣人を従えて討伐隊に指示を出していた。

 コートネスというのは風属性の精霊魔法の使い手の名だ。


「ちっ、アバズレの娘が調子に乗りやがって!お前らは周りの兵士をやれ!この二人は俺がやる!」


 狐の獣人、コートネスは部下たちに指示を出しながら忌々し気に狼の少女をにらみつけた。

 それに対してコートネスの視線を受けた少女はコートネスの視線にひるむどころかにらみ返した。


「怒っているのはこっちの方だぞ!国から部隊長を任されていながらネースに協力するなんて恥を知れ!」


 これまでの罪状がばれた時に投降するどころか自分を捕えようとした兵士十名以上を殺害したコートネスに少女は怒号を飛ばした。

 しかしコートネスは全く悪びれる様子を見せなかった。


「はっ、世の中きれいごとだけじゃ回らないんだよ。俺の強さに見合った報酬をよこさなかった国が悪いのさ!怪我したくなければ売女のママのところに帰りな!」

「貴様!」


 コートネスの挑発に耐えられず少女はコートネスへと襲い掛かった。


「ジュナ様、お待ち下さい!」


 後ろで制止する兎の獣人の声にも止まらず、狼の獣人の少女、ジュナはコートネスと一人で戦い始めた。

 ジュナはコートネスに接近しようとしたが、コートネスの周囲の空気が帯電し始めたため慌てて動きを止めた。

その後右に回り込みコートネスの雷の防御の隙を見つけようとしたジュナだったが、コートネスの周囲のどこにも隙は無かった。


「無駄無駄!この俺に勝てる奴なんて存在しねぇよ!そらっ!」


 コートネスが腕を動かすと、コートネスの周囲の空間から二発の雷撃がジュナ目掛けて放たれた。

 とっさにかがんだジュナはそれと同時に土の壁を創り雷撃から身を守ろうとした。

 しかしコートネスの放った雷撃はジュナの創った土の壁をたやすく貫通し、そのまま軌道上にあった木を何本も焼き払った。


 精霊魔法は本来なら人間が利用できない空気中の精霊を自分の魔法に上乗せして威力を上げている。そのため使い手の消費魔力自体は通常の魔法と大差無い。

 長期戦に持ち込む意味はあまりなく、すぐに守勢に回らざるを得なかったジュナの行動はジュナとコートネスの実力差を如実に現していた。


もっとも精霊魔法の使い手を相手に長期戦に持ち込むということ自体がまず困難なのだが…。

 自分の創った壁が瞬く間に壊された直後、ジュナは姿勢を低くしながら壁の陰から飛び出してコートネスをにらみつけた。


それと同時にジュナは腕に着けた腕輪型の魔導具を発動し、コートネスに攻撃を仕掛けた。

 ジュナの前の地面が盛り上がり、直径二メートル程の土の球が生成された。

ジュナが念じるとその土の球はみるみる速度を上げてコートネス目掛けて飛んでいった。


 自分より大きな土の塊が高速で自分に迫って来るにも関わらず、コートネスは余裕の表情を崩さなかった。回避する素振りすら見せず、コートネスは先程同様数発の雷撃でジュナの創り出した土の球を破壊した。

 その後もコートネスはジュナ、そして周囲の討伐隊の兵士目掛けて雷撃を連発した。


「魔導具使ってそれって情けねぇなー。やっぱ母親の血が悪いと生まれてくるのはでき損ないってわけか!」


 必死に雷撃から逃げるジュナをあざ笑うコートネスにジュナは何も言い返せなかった。

 実際魔導具の使用で魔力をかなり消費して息があがっており、その上身を縮めながら走り回っているため足もきつくなってきた。

 国王から任された兵士を傷つけられた上に大好きな母親まで侮辱されたにも関わらず、何もできない。


ジュナは自分の力の無さに歯噛みした。

そうしている間にもクノン王国側の兵士が次々に雷撃に倒されていった。

 こうなったら切り札を使ってしまおうかとも考えたが、ジュナの切り札は国王から使用を禁じられている。


仮に使ったとしても明確な罰は受けないだろうが、それでも今後軍どころか国にすらいづらくなるだろう。

 しかし今は今後のことなど考えている余裕は無い。

そう考えて切り札を切りたい衝動に駆られたジュナだったが何とか思い留まった。


「一回引くぞ!増援と合流して体勢を立て直す!」


 討伐隊が劣勢に見える現状だが、山中に逃げ込んだ犯罪者側もコートネス以外の兵士はほとんど殺されるか捕まるかしていた。

現在残っているのはほとんどが戦力としては数えられない元貴族たちだった。

 悔しいが増援と合流してコートネスの魔力が切れるまで波状攻撃を仕掛けるしか手は無い。

 そう考えて撤退の指示を出したジュナだったが、それはコートネスが許さなかった。


「おいおい、ここまできて逃がすと思ってるのかよ?お前にはふもとの兵士たち追い払うための人質になってもらうぜ」


 そう言うとコートネスはジュナに向けて十発以上の雷撃を放った。

 先の発言からも分かる通り、コートネスにジュナをこの場で殺す意思は無かった。

実際雷撃は全てジュナの足を狙って放たれていた。


 放たれた雷撃の半分以上を回避したジュナだったが、さすがに雷撃の数が多過ぎた。

 とても全ては回避できず、両脚ともひどい傷を負ってしまった。

 特に右脚はひどい深手でひざから先が焼失していた。


「うっ、がっ…」


 その場に倒れこみうめくジュナにコートネスが近づいた。


「ちっ、両脚潰れちまったか。運ぶのめんどくせぇな」


 言葉通り面倒そうにジュナに近づくコートネスだったが、その時一本の短刀がコートネス目掛けて飛来した。

 それをよけたコートネスはうっとうしそうに自分に短刀を投げた相手に視線を向けた。


「俺の雷撃かわしながら攻撃仕掛けるとはやるじゃねぇか。さすが王家直属の精鋭様」


 コートネスは発言内容と逆の馬鹿にした表情を浮かべながら短刀を投げてきた少女に視線を向けた。


「これ以上無駄な抵抗は止めて下さい。本気でクノン全てを敵に回して逃げ延びることができると思っているんですか?」


 兎の獣人の少女、ロップがコートネスの行動の無謀さを指摘したが、コートネスは余裕の笑みを浮かべた。


「さすがにそこまでうぬぼれてはいねぇさ。ティノリスに逃げるつもりだ。戦争の準備中だっていうあそこなら俺を歓迎してくれるだろうしな」

「ふざけたことを。ここからティノリスとの国境まで逃げられるはずが…」


 今コートネスたちが戦っているエバント山からティノリス皇国との国境までたどり着くためにはクノン王国を縦断しなくてはならない。

 犯罪者となる前から精霊魔法の使い手として国中で知られているコートネスが多くの国民の目をかいくぐってティノリス皇国までたどり着けるはずがない。

 そう考えてのロップの発言だったのだが、コートネスの余裕の表情は崩れなかった。


「せっかくいいお守りが手に入ったんだからやるだけやるさ」


 コートネスが地面に横たわるジュナに視線を向け、一瞬だけロップを意識から外した。

 しかしロップは帯電した空気に守られているコートネスに手が出せなかった。


「どうせ投降しても死刑だろうしな。さて、これ以上増援の相手するのは面倒だし、俺はもう行く。とりあえず死んどけ」


 そもそもロップのことなど障害とも何とも思っていなかったコートネスはジュナを確保するべく歩き出し、そのついでとばかりにロップに十発の雷撃を放った。

 先程のジュナ目掛けてのものと違い殺意のこもったコートネスの雷撃に対し、ロップは魔導具を発動して自分の周囲に竜巻を発生させて雷撃を防ごうとした。


 しかし先程のジュナの土の壁同様コートネスの攻撃の前ではロップの魔法など気休めにもならず、ロップは左腕を吹き飛ばされた上右わき腹を大きくえぐり取られてしまった。

 そのままロップは声をあげることもできずに地面に倒れこんだ。


「なんだ、あんたも風使いか。同じ属性のよしみでとどめは刺さないでおいてやるよ。精々苦しみな」


 明らかに致命傷なロップを意識から外し、コートネスはジュナに近づこうとした。

 しかしコートネスはすぐに動きを止めざるを得なかった。

 背後から人の気配がしたからだ。

 もう増援が来たのかと思い、うんざりしながらコートネスが後ろを振り向くとそこには人間の少年が立っていた。


「ん?なんでこんなとこに人間が?おいお前、どこから入った?」


 突然現れた人間を問い詰めるコートネスに対し、その少年、恭也は一瞥しただけでコートネスへの興味を失いウルを召還した。


「手加減する必要が無い相手みたいだから殺す以外なら何してもいいよ。あの人の精霊魔法、使えないようにしようか?」


 周囲に転がる死者や負傷者を見ながら恭也はウルに提案をした。

 ウルたち魔神は自分が司っている属性以外の精霊は支配できない。

 しかし恭也の『精霊支配』なら全ての属性の精霊を支配できる。


『精霊支配』と精霊魔法の使い手では精霊への支配力は精霊魔法の使い手の方が上だ。

 しかし精霊魔法の使い手は魔神程強力に精霊を支配しているわけではないので、恭也が『精霊支配』で干渉すればコートネスは精霊魔法の使用のためにかなりの意識を向けなくてはならなくなる。

 そう考えて恭也はこの提案をしたのだが、提案されたウルは笑うだけだった。


「馬鹿言うなよ。せっかくおもしろそうな相手なんだ。俺一人でやる」

「あっそ。一応言っておくけど間違っても逃がさないでね」

「分かってるって。任しとけ!」


 楽しそうな笑顔を浮かべたウルは恭也に見送られながらコートネスに襲い掛かった。


「あ、あなたたちはまさか…」


 恭也はウルと話しながらもロップに『治癒』を使用していた。

 ロップは傷一つ無い自分の体と自分を助けてくれた少年が使役した黒ずくめの少女を見て、恭也の正体を察した。


「異世界人の能恭也です。話は後で落ち着いてからで。とりあえずあっちの子も治しますね」


 恭也は両足を負傷して苦しんでいるジュナに近づくと『治癒』を発動した。

 急に脚から痛みが消えたことに驚いたジュナは自分の脚に目をやり、脚が元通りになっていることに気づいて再び驚いた。

 数秒呆然としていたジュナだったが、すぐに目の前に見知らぬ人間の少年がいることに気づき、何者かと尋ねた。

 それに対して恭也はロップの時同様、簡潔に自己紹介を行った。


「異世界人の能恭也です。とりあえず今は怪我人を治さないといけないので失礼しますね」


 そう言うと恭也は負傷者が多数倒れている森の中へと入っていった。

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