村作り
それぞれの国へと帰って行く元奴隷たちをしばらく見送った後、恭也は待たせていた元奴隷たちのもとに向かい、そのまま村を作る予定の場所へと移動した。
恭也たちが村を作ることにした場所は、ネース王国内でもクノン王国に近い港町、アナシンから北に十キロ程向かった場所だ。
可能性はかなり低いが、サキナトが恭也への報復を考えている可能性はゼロではない。
本当はもう少し離れた方がいいかも知れないと恭也は考えたのだが、ゆくゆくは恭也抜きで村の住人がアナシンに行くことも考えられる。
それを考えるとあまりアナシンから離れても不便なのでこの場所に決めた。
アナシン同様、クノン王国とネース王国の間を流れるギノシス大河も近いので食料の確保や流通の面でも便利なはずだ。
目的地に着いた恭也は、『格納庫』から次々に物資を取り出し、移住者たちのまとめ役、カムータと今後の事を話し合った。
「とりあえずは僕が後何回か街へ往復して、家畜とかを運びます。他にアズーバの方にも村を作るつもりなんでいつもここにいられませんけど、みなさんに何かあればすぐに飛んでくるので安心して下さい」
「はい。こっちの方は心配しないで下さい。みんな新天地でやる気いっぱいですし、今までの生活に比べれば村一つ作るぐらいどうってことないです」
そう言って朗らかに笑うカムータだが、十歳の時にセザキア王国でさらわれてそれから三十七年間奴隷として扱われていたという人生を送っている。
奴隷としてさらわれてきた者は数年以内に殺されるか過労で死ぬことが珍しくなかったそうで、実際カムータは恭也が助け出した人々の中で最高齢だった。
恭也についてきた人々は、さらわれる際に家族を殺されたか元々天涯孤独だった人間がほとんどだ。
はっきり言ってしまえば行く当てのない他人同士の彼らだったが、そんな彼らを相手にカムータは積極的に力になっていた。
「食料の方は成長が早いって聞いた野菜の苗や種を買ってきましたけど、どうしますか?さすがに採れるまで一ヶ月はかかりますよね?」
「大丈夫ですよ。恭也さんが用意してくれた保冷器もありますし、二時間も歩けばギノシス大河もあります。私たちが食べるだけならどうにでもなりますから」
氷を創り出して食品を保存するこの世界では一般的な魔導具数個を運んでいる村人たちを見ながらカムータは食料に関しては問題無いと恭也に断言した。
「住む場所に関してはさすがに一週間やそこらじゃ無理ですけど、まあ、ぼちぼちやりますよ。ただ…」
ここで今まで笑顔だったカムータの表情が曇り、カムータの視線が恭也の後ろにいる三百人程の男たちに向いた。
「あの人たちに関しては心配しないで下さい。今すぐ連れて行きますし、ここには絶対近づけさせませんから」
「はい。お願いします。私はもちろんですがみんな怖がってますので…」
恭也とカムータに視線を向けられた彼らはネース王国中の街から連れてきたサキナトの幹部たち二百八十人、そして奴隷たちにつけられていた首輪の開発者、コロトークとその部下数名だ。
サキナトの幹部たちは彼ら自身への罰はもちろんサキナトへ打撃を与えるために、そしてコロトークたちは罰とは別に単純に技術者としても期待してここに連れて来た。
「じゃあ、僕はもう行きます。あさってに顔を出すつもりなので」
そう言うと恭也はカムータと別れ、サキナトの幹部たちを連れてその場を離れた。
恭也はサキナトの幹部たちを伴い、カムータたちが生活する場所から東に十キロ程進んだ場所に向かった。
具体的な場所を決めていたわけではないので、適当に歩いたところで恭也は『格納庫』から様々な物資を取り出して彼らに今後の指示を出した。
「とりあえず一週間分の食料と農業に必要なものは用意してあるので、みなさんは今からここで三十七年間農業を頑張って下さい」
サキナトの幹部たちは恭也に『不朽刻印』を刻まれてからピクトニ、キシスと連れ回された。
そしてようやく目的地に着いたと思った途端、突然告げられた罰に彼らは騒然とした。
「三十七年?そんな、いくら何でも長過ぎる!終わるまでに私たちは死んでしまう!」
「そうだ!そんなもの死刑と変わらないじゃないか!」
自分たちの現状を忘れてサキナトの幹部たちは一斉に不満を口にし始めた。
ここにいる幹部たちの平均年齢は三十代後半から四十代前半といったところだ。
八十歳まで生きれば長生きとされるこの世界では彼らの発言は妥当なものだった。
もっとも恭也には発言を撤回する気は一切無かった。
「長いですよね。さっきの場所にいたカムータさん、十歳でさらわれて三十七年間ずっと奴隷としてこき使われてきたんですよ?あなたたちに文句言う資格なんてありませんよ」
ネース王国では五十歳を過ぎた奴隷は労働力にならないと判断されて殺されてきた。
今まで殺されてきた人々の数を知ることは不可能だが千や二千ではきかないだろう。
その事実を考える度に恭也は目の前の相手への殺意を抑えるのが大変だった。
「もうまともな生活に戻れるなんて考えないで下さい。自殺も逃げることもできないまま後悔しながら働いて精々長生きして下さい」
『不朽刻印』の一日の消費魔力は一人当たり二十だ。
彼らを見張るためだけに一日六千もの魔力を消費することになるが、逃亡はともかく自殺はこうでもしないと防げないのでしかたがなかった。
「さてと、コロトークさんたちには新しい魔導具の開発をしてもらいたいので、」
恭也がコロトークたちに開発してもらいたい魔導具の具体的な内容を説明しようとした時、恭也の『危機察知』が発動した。
恭也は慌ててウルを外に出すと、ウルに指示を出す時間も惜しんで助けを求めている相手の場所へと転移した。
恭也が転移した先はどこかの建物の一室だった。
恭也の視線の先では一人の中年男性が床に座り込んでいる少女に杖を振り下ろそうとしているところだった。
そこから少し離れた壁際では三人の少女が並んでおり、室内の少女全員の首には奴隷用の首輪がつけられていた。
男も少女たちも突然現れた恭也に驚いた様子だったが、男の方はすぐに部屋の外で待機していた奴隷たちを呼びつけた。
「な、なんだ、貴様は?どこから入った?おい、奴隷ども!こいつをさっさと取り押さえろ!」
すぐに呼ばれた男の奴隷二人が入って来たが次の瞬間には少女たち共々首輪を外され、入って来た二人は戸惑いから動けなくなった。
室内が静まる中、恭也は口を開いた。
「異世界人の能恭也です。ネースの全部の街に奴隷の所有は違法になったって伝わってるはずですよね?どうして今奴隷がここにいるんですか?」
「ち、違うんだ!今から全員、サキナトに連れて行こうと…」
恭也の名乗りを受けてようやく恭也の正体に気づいた男がその場を取り繕おうとしたが、手遅れだった。
今から解放しようと思っている奴隷を杖で叩く理由が無いからだ。
その後恭也はすでに何度も男に叩かれて傷だらけになっていた少女の傷を『治癒』で治すと男に視線を向けた。
「さてと、奴隷を差し出さなかった場合、僕が独断で罰を与えることになってるんですけどどうしようかな」
これ以上『不朽刻印』で縛り付ける人間を増やすのは消費魔力の観点からできれば避けたい。
できればこの場で終わる処罰が望ましいが、恭也は罰の具体的な内容は考えていなかった。
どうするべきかと考えている恭也に男が震えながら命乞いをしてきた。
「頼む。金ならいくらでも払う。だから命だけは…」
「そうですね。じゃあ、文字通り全部もらっていきますね」
そう言うと恭也は男とその家族、そして一般の使用人や奴隷たちと共に外に出ると想像以上に立派だった屋敷を『格納庫』にしまった。
もちろん屋敷内にあった金品や家具も全て『格納庫』に収まったため、男は文字通り全財産を恭也に奪われた。
目の前の光景にあぜんとしている男に近づくと恭也は一度肩をたたいてから男に話しかけた。
「この国に生まれたのがついてなかったですね。奴隷がいることが前提の国に生まれたあなたも被害者なんでしょうけどそれでも罰は受けるべきだと思います。これ、当面の生活費にあてて下さい」
恭也は男に銀貨十枚を差し出すと助け出した奴隷たちを連れて敷地を出た。
街の外に向かう途中で恭也は彼らにこの街の名前や先程少女を殴りつけていた男の名前を聞きこれからの予定を考えていた。
恭也が転移した場所はミレズという街で幸運なことにアナシンから南下した場所にある街だった。これなら今日中に帰ることができるだろう。
残る問題は先程恭也が屋敷を取り上げた男がミレズの領主だったという点だ。
もちろん領主だからといって奴隷の所有を大目に見るつもりは恭也には無かった。
しかし領主が財力を失った結果、街の統治ができなくなると困る。
数日経ったら様子を見に来ようと思いつつ、後回しにしていることがどんどん増えていることを自覚しながら恭也は助けたばかりの彼らに謝罪をした。
「さっきはすいませんでした。みなさんを奴隷にしていた人を被害者扱いなんて不快だったと思います。でもあの人たちにもやり直すチャンスぐらいはあげたいと思ってるので許して下さい」
そう言って頭を下げた恭也に謝られた彼らの方が恐縮していた。
「謝らないで下さい。私たちがネースの人たちを許すことはできませんけど、あなたの考えは立派だと思います。だから頭を上げて下さい」
一瞬顔を見合わせた後で助けられた人々の内の一人、まだ十代前半らしき少女が恭也の謝罪に返事をした。
その後街に出た恭也たちは箱に入った状態で中級悪魔に運ばれて目的地へと向かった。
今回助け出した奴隷たちの内、四人が国に帰ることを希望、残り二人は恭也たちの村に住むことを希望したためまずは帰国を望む四人をギノシス大河沿いの街まで運んだ。
海及び大河沿いの全ての街にはいつでも恭也が使える船を用意させているので、四人はその日の内にクノン王国に到着して後は陸路でそれぞれの故郷へと帰ることになる。
残りの二人はどちらも少女で、二人のことはカムータに任せて恭也はウルのもとへと向かった。
「おせぇ!」
恭也の姿を見るなり、開口一番ウルは十時間以上待たされた怒りをぶつけてきた。
恭也と助けられた人々の移動速度は中級悪魔による空輸でかなりの速度だった。
それでも待たされていたウルからすれば長く感じただろうが、今回はまだましな方だった。
恭也が転移した街がネース王国の西部の街だったため『空間転移』無しで日帰りできたが、もし東部の街だったらそうはいかなかっただろう。
現時点で恭也の魔力は三割を切っており、恭也に魔力を使われたウルの魔力も五割を切っていた。
このまま『空間転移』前提の行動を取っているとすぐに身動きが取れなくなりそうだ。
どうしたものかと思った恭也だったが、今は恭也が帰ってくるまで寝ずに待っていたサキナトの幹部たちに声をかけるのが先だ。
今はとっくに日も沈み、時計が無いので正確な時間は分からないがおそらく午前一時か二時といったところだろう。
しかし恭也の許可無く寝るわけにはいかないと待っていた彼らはウルによると食事すらとっていないらしくさすがに悪いことをした。
「すみません。寝てもらっていいですよ。というよりこの場所から離れない限り自由にしてもらって構いません。極端な話、農作業もしなくていいですよ。みなさんがおなかすかせて困るだけですから」
それだけ言うと恭也は彼らの返事を待たずにコロトークたちに近づいた。
「みなさんに開発して欲しいものを言いますね。まずはこれの時間を伸ばして欲しいんです」
そう言って恭也はコロトークに中級悪魔召還の指輪を差し出した。
「これは中級悪魔を召還できる指輪で発動して十分経つと悪魔が消えちゃうんですよ。移動手段として考えたら短いんでこれの召還時間を伸ばして下さい。後複数人で召還して簡単な命令を出せるようにできませんか?」
「簡単な命令と言いますと?」
恭也のあまりに漠然とした指示にコロトークが質問を返してきた。
「そうですね。理想は街道沿いに飛んで荷物を運べるようにしてもらいたいです」
「そ、それはさすがに…」
恭也の答えを、コロトークが困惑気味に否定してきた。
「本当に無理ですか?」
すぐに『不朽刻印』による質問をした恭也だったが、今度はコロトークは肯定も否定もしなかった。
「返事がはいじゃないってことはできるってことですか?」
「やってみないと分からないというのが正直なところです。この指輪自体話には聞いていましたが、刻まれた術式をこの目で見るのはこれが初めてですし…」
「なるほど。じゃあ、やるだけやってみて下さい。正直あなたたちのことは全く信用してませんけど素人の僕としては任せるしかないので」
その後離れた場所との連絡手段の開発も指示し、参考になればと『情報伝播』で飛行機や電話について恭也が知っていることを教えた。
といっても恭也にできることなど実際にそれらが使われている光景を見せるぐらいだ。
揚力という言葉は知っていても具体的な説明できない。
とりあえず参考までに紙飛行機を折り、交通手段と連絡手段にさえなればどんなものを開発しても構わないと伝えた。
また悪魔召還の際に出る魔法陣の研究を命じるのも忘れない。
今さらこの世界を見捨てる気は無いが、恭也が元いた世界とこの世界を自由に行き来できるようになればできることも増えるだろう。
駄目元でも手は打っておきたい。
ついでに『魔法看破』のこともコロトークたちには知らせ、抜き打ち検査で妙なものを見つけたら一日かけて殺し続けてやると脅した。
とはいえコロトークたちの研究にはかなり期待しているので、恭也は最後に飴も与えることにした。
「みなさんこれで人生終わりみたいな顔してますけ、研究自体は続けられるわけですし、貴重な材料なんかも僕なら手に入れられると思います。転職したぐらいのつもりで働いてもらえると嬉しいです」
その後、いくつかコロトークたちからの要望を聞き、恭也はようやく当面の用事を終えた。