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帰郷

 恭也が王たちを埋めてから二日が経った。

 ピクトニの周辺の街の制圧も済み、恭也は今洗脳したサキナトの構成員がピクトニ中から集めた魔導具や資材の処理に追われていた。


『格納庫』にしまえる数の上限は五十個だが、その際の『一個』というのはかなり大雑把なものだ。

 何十個もの魔導具でも一つの箱に入れれば『一個』という扱いになり、これにより恭也は多くの魔導具や硬貨を『格納庫』にしまっていた。


 しかしそれにも限界はあり、恭也一人で魔導具を大量に持っていてもしかたがない。

 押収した魔導具に関してはそのほとんどを自衛用として解放した人々に渡していた。

 またそろそろピクトニから離れることも考えないといけない時期なので五百人で一まとまりの組を作ってもらい、またそれとは別のとある準備もしてもらっていた。


 押収した資材の中には今すぐは使えそうにないが、サキナトに返すには不安なものが多くあった。

解放した人々にずっと見張らせておくわけにもいかないので、それらを『埋葬』で手早く隠した恭也は急いで海岸沿いの街へと向かった。


 クノン王国寄りのネース王国の港町、アナシン。

 恭也がこの街にたどり着いたちょうどその時、港には新たに奴隷としてさらわれた人々を乗せた船が入港していた。


「ほらっ、さっさと降りろ!手間を取らせるな!」


 さらった人々に時折蹴りを入れながら奴隷商人たちは三十人程の奴隷たちを船から降ろそうとしていた。

 左右から奴隷商人たちに威嚇されている獣人やエルフたちの表情は暗い。

 その時だった。


「やれやれ、タイミングがいいんだか悪いんだか」


 突然頭上から聞こえてきた声に奴隷商人やさらわれてきた人々が空を見上げると、そこには背中から羽を生やした恭也がいた。

 悪魔の襲撃かと戦闘態勢に入ろうとする奴隷商人たちを見下ろしながら恭也は彼らを即座に洗脳し、闇属性の加護を与えて同業者を手あたり次第洗脳するように指示を出してから解放した。

 その後恭也は不安そうに恭也を見る獣人やエルフたちに話しかけた。


「そんなにおびえないで下さい。僕は奴隷を解放して回っている異世界人です。数時間待っててもらえれば今日中にあなたたちをクノンに帰せると思います。しばらく我慢していて下さい」


 恭也がこの世界に来てもうすぐ一ヶ月になろうとしていた。

 この頃になると情報が伝わるのが遅いこの世界でも恭也の存在は周辺の国では知られているようになっていた。


 最初は怯えていた彼らだったが、恭也の正体を聞き安心したようだった。

 その場で首輪を外したこともありすぐに彼らは恭也の指示に従ってくれた。

 しかし恭也が彼らに船の奥に隠れているように言った途端、彼らの表情が変わった。


 嫌な予感がした恭也が船の奥に進むと、腐敗臭と排泄物の臭いが立ち込める室内で二人分の遺体を発見した。

 いら立ちと共に新たな能力を獲得した恭也は彼らの遺体を『格納庫』にしまうと部屋を出た。

 そこでウルが話しかけてきた。


(恭也、一旦外出ていいか?俺が中にいる時ムカつかれると俺までムカついちまうんだよ)


 魔神が契約者の中にいる間、魔神と契約者には相手の考えと感情が直接流れ込んでくる。

 基本的に魔神は人間を契約者とその他としか認識していない。

 ウルにとって恭也が助け出した人々は恭也の所有物という認識だ。


 そのため目の前で人が死んでいても何とも思わないウルだったが、今は恭也の感じている不快感や怒りを直接感じさせられている状態で気持ち悪いことこの上なかった。

 ウルの苦情の理由をあらかじめ説明されて知っていた恭也は謝りつつもう少し中にいてくれるように頼んだ。


(ごめん、ごめん。でもいちいち悪魔召還して運ばれるよりウルの羽で飛んだ方が早いからこのままでいてよ)

(あいよ。ところでどんな能力獲得したんだ?)


 恭也が回収したばかりの死体のことなどどうでもいいとばかりにこの質問をしてきたウルに内心ため息をつきつつ(もちろんウルには伝わっている)、恭也は新しい能力を発動した状態で自分の体を見た。


 今回手に入れた能力『危機察知』は、命の危険を感じた人の恭也への救援要請をどこにいても察知できるという能力だ。

 これで今より多くの人を助けられると喜んだ恭也だったが、すぐにこの能力を獲得した経緯を思い出した。


現時点で恭也が誰かに殺される可能性はほぼ無いため、今後も新たに能力を得るとしたらこういう形になるだろう。

 このこと自体は覚悟していたつもりの恭也だったが、実際に体験するとやはりきつかった。

 またこの能力により行える人助けの量が自分の許容量を超えかねないことをも心配し、恭也は一度落ち着くために深呼吸した。


(とりあえずこの街を制圧しようか。この街ではしないといけないこと他にもあるし)

(ほんと面倒なことばっか考えるよな、恭也は)

(せっかく手に入れたチャンスだからね)


 食らい気持ちの中恭也は無理矢理自分を奮い立たせてから甲板に出ると、この街の奴隷市場へと向かった。

 その後市場及びサキナトの制圧は一切被害を出すことなく終えることができた。


 今回市場と農場から助け出した人々は船に乗せ、一部のサキナトの構成員に出港の準備をさせている。

 一応の面識があったセザキア王国の時と違い、今回は何の事前連絡も無く助け出した人々をクノン王国に送ることになる。


不安が無いわけではなかったが、クノン王国には行ったことがないので『空間転移』で行くことができない。

 飛んで行っても数時間で王や有力者と会うのは難しいだろうと考え、今回は助け出した人々はそのまま送り返すことにした。


 まさか自国民ではないからとセザキア国民が手荒に扱われるようなことはないだろう。

 いつも通りの制圧の手順を終えた恭也は洗脳されたサキナトの構成員がゾンビの様に徘徊する街を一瞥するととある場所へと向かった。

 恭也はこの街で一番大きな店に着くと、中に入りレジへと向かった。

 そして銀貨と銅貨が入った袋を数袋ずつ取り出すと恭也は店員に用件を伝えた。


「これで野菜の種や苗、それに農具と、できれば家畜も買いたいんですけど」


 街の騒ぎなどどこ吹く風の恭也に戸惑っている様子の店員に恭也は自身の正体を明かした。

 明らかに怯えた様子の店員だったが、欲しい物さえ買えればすぐに帰ると恭也が伝えると何とか商品を取りに行った。


 さすがにサキナトの構成員でもない人間に逃げたらただじゃおかないと言うわけにもいかず、もしかしたら逃げられるのでと心配した恭也だったが幸い店員は同僚らしき人物数人と戻ってきた。

 彼らは恭也の前に立ったかと思いきや、即座に土下座をしてきた。

 突然のことに驚く恭也に店員の一人(おそらく店長)が口を開いた。


「申し訳ございません!異世界人であるお客様に逆らうつもりなど毛頭無いのですが、私どもではお客様がお望みの数の家畜をすぐにはご用意できません!三日待っていただければ街中からかき集めてでも用意して見せます!なにとぞ、なにとぞお時間をいただけないでしょうか!もちろんお代は結構です!」


 大げさに見える彼らの反応だったが、突然異世界人が街を結界で覆い魔神と共にサキナトの構成員を洗脳し始めたのだ。怖がるなという方が無茶なのは恭也も分かっていた。

 そのため恭也はできるだけ穏やかな声で店員たちに話しかけた。


「いや、お金は払います。それに今日必要ってわけじゃありません。他の街から取り寄せると十日ぐらいかかりますよね?その時に全部そろってれば問題無いです」

「ありがとうございます!必ずお客様のお望みの品はそろえてご覧にいれます!」


 農業に関して素人の恭也でも植物より動物の方が用意が大変なのは分かる。

 そのためすぐに用意できないという答えは予想通りで、恭也は全く怒ってはいなかった。

 しかし恭也と彼らの力関係を考えると、怒っていないと言っても信じてはもらえないことも分かっていたので恭也は彼らとの会話を早々に切り上げた。


 彼らが代金も要らないと言い出したので無理矢理に代金を渡し、しばらくしたら取りに来るので取り置きしておくように頼み恭也は店を出た。

 今となっては戦闘よりもこういった交渉の方が骨が折れる。

 何とか買い物を終えて店を出た恭也にウルが話しかけてきた。


(金いらねぇって言ってたんだからただでもらっとけばよかったじゃねぇか)


 店を出る前の恭也と店員の代金の押し付け合いを見ていたウルは不要と言われた支払いをわざわざした恭也が不思議でしかたなかった。


(やだよ、強盗じゃないんだから)

(大差ねぇと思うけど)

(…こういうのは気持ちの問題だから)


 今の恭也は感情に任せて暴れた場合誰も止められる相手がいない状態だ。

 自分が今の力を手に入れてから気が大きくなっていることを自覚している恭也としては必要以上に以前と同様の行動を心がける必要があった。

 その後もウルと話しながら恭也は街の目立つ場所数ヶ所に立て札を立てて回った。


 立て札に書いてあることは以下の五つだ。

 一、首都のピクトニはすでに恭也が制圧した。

 二、今日から奴隷の首輪の所持・使用を禁止する。

 三、サキナトに一週間以内に奴隷を返還した者は罪に問わない。

 四、期日を過ぎてから奴隷の所有が判明した場合、違反者には恭也の独断で罰を与える。

 五、期日を過ぎてから奴隷の所有者を密告した者には銀貨十枚を報酬として与える。ただし自作自演だった場合、奴隷の所有と同等の罰を与える。


 この立て札は恭也が制圧した全ての街に立てている。

 いきなり自分たちの生活の基盤を否定され、ネース王国の国民たちは戸惑っている様子だったがこればかりは我慢してもらうしかない。


 また五番目の項目はネース王国の国民同士を疑心暗鬼にさせてしまうだろう。

 そのことには恭也も気づいていたが、国内で百人以上のサキナトへの協力者が捕まりすでにセザキア王国の国民がそうなっているらしい。


 ネース王国の国民には自業自得と諦めてもらうしかなかった。

 しばらくして船の準備が終わり、解放した人々を乗せた船を洗脳したサキナトの構成員に任せて恭也は次の港町を目指した。


 途中ピクトニに帰りつつ、恭也は一週間かけて全ての港街を制圧した。

 これによりネース王国の全ての街が恭也に制圧され、ピクトニに集められた人々以外は次々に船でセザキア王国とクノン王国へと送り返された。


 そしてとうとうピクトニに集められた人々が出発する日がやってきた。

 しかしその前にやることがあった恭也は郊外に集まる人々をその場に残し、その場を離れた。

 恭也はピクトニの中心に来ると、王城を制圧した際に手に入れた魔導具、『降樹の杖』を『格納庫』から取り出した。


 この『降樹の杖』は森林を出現させていくつもの街を飲み込んだ上級悪魔の力が封じられている魔導具だ。

 樹木の発生と成長促進がその能力で、常人では全魔力を使っても苗木を生やすの精一杯だ。


しかし恭也は一万の魔力を消費し、直径三メートル、高さ十メートルの樹を生やすことに成功した。

 恭也から距離を取りつつその光景を眺めていた住民たちは声を抑えながらも恭也の行ったことに驚いている様子だった。

 一方恭也の中から恭也のしたことを見ていたウルは恭也のしたことの意味が分からなかった。


(これ何の意味があるんだ?ただ邪魔なだけな気が…)


 街の中央を通っている道のど真ん中にこれ程巨大な樹を生やしたのだ。

 もうこの道は通り抜けるのすら困難だろう。そう考えてのウルの疑問だったが、恭也の返事はウルにとっても予想外のものだった。


(うん。ほとんどただの嫌がらせだからね。一応転移する時の目印にするつもりだけど)


『空間転移』を手に入れて以来、恭也はこの能力であちこち移動して活動を行ってきた。

 しかし二回だけ目的地と違う場所に転移してしまったことがある。

『空間転移』は転移する先の光景を恭也が頭に思い浮かべる必要があるので、似たような場所だと転移先を混同してしまうのだ。


 一万の魔力を消費する『空間転移』の失敗はかなり痛いので、頻繁に転移する場所には頭に浮かべやすい目印が欲しいと恭也は考えていた。

 そこでピクトニが恭也の監視下にあるという象徴と目印を兼ね、恭也はこの樹を生やした。


 定期的に見回りには来るつもりだが、ピクトニでやるべきことを一応は終えた恭也は郊外へと向かいとうとう出発の時が来た。

 当初は五百人ずつ日を分けて出発する予定だったのだが、それでは時間がかかり過ぎるので多少大変ではあったが一度に移動することになった。


 道中の街には移動中の人々に近づいた時点で敵対行為と見なすので、彼らの通過中は街から出ないようにあらかじめ伝えてあった。

 もっとも魔導具で武装した彼らを相手に魔導具を取り上げられたサキナトの構成員たちが何かできるわけもなかったのだが念のためだ。


 移動している彼らはもちろんウルと一緒に彼らを空から見守っていた恭也も緊張しながらの道中だったが、特に何事も無く恭也たちはネース王国最北端の街、キシスに到着した。

 恭也が新しく作る予定の村に住むことを希望する五百人にはキシスに残ってもらい、残りの七千人以上の人々はここで別れてそれぞれの国に帰って行く。


 与えた魔導具を回収した後、恭也はそれぞれ帰って行く彼らを見送った。

 ここからセザキア王国とクノン王国までの国境までは二日もかからないし、今回はそれぞれの国の兵士が国境を越えて迎えに来ている。


 さすがに恭也の手でこれだけの奴隷が解放された以上、奴隷などさらっていないというネース王国の言い訳が通用しなくなったため、国を挙げて迎えに来れたらしい。

 これでようやく一区切りついたと考えながら恭也はキシスへと帰った。

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