最終決戦(ゾアース)①
ヘクステラ王国の港街、ゾアースでディアンたちの襲撃を待ち構えていたランはゾアースの西に上級悪魔を含む悪魔の群れが現れたと聞き、エイカと共に急いでゾアースの西へと向かった。
「てっきり海の方から来ると思ってたわね」
「……少し予想が外れたのは確かだけど問題無い。改造人間と悪魔は全部私が倒すからあなたたちは門の守りだけお願い」
ディアン側が海から奇襲してくるとばかり思っていたためゾアースの守りについていたエイカとランは慌ただしく移動しながら今後の役割分担を相談した。
本来はゾアースを囲むラン製の外壁からできるだけ距離を取って戦う予定だったのだが、この調子では外壁のすぐ近くで戦うことになりそうだとエイカは顔をしかめた。
一方のランは敵が現れた場所に急いで向かわなくてはいけないと焦ってはいたものの、現場に着いた後のことは全く心配していなかった。
自分が恭也やアクアと共に作った外壁に加えて恭也が用意してくれた専用魔導具と上級悪魔がいるのだから負ける方が難しい。
そう考えながらランが外壁の西側の門を開けるとゾアース襲撃を任された改造人間、ジューグスの軍勢は外壁まで百メートルの地点まで迫っていた。
ラミアとハーピィ両方の特徴を併せ持ったジューグスは背中から生えた翼で空を飛び、周囲の悪魔たちに指示を出していた。
ランとその後ろにいたエイカたちを見たジューグスが周囲の上級悪魔に命じると光線、火球、風刃といった様々な上級悪魔の攻撃がゾアースを覆う外壁に命中した。
しかし当たった際に巨大な爆発音こそしたもののゾアースを覆う外壁には傷一つ無く、それを見てジューグスは感心した様子だった。
「へー、大きいだけかと思ってたんだけど大した硬さね。あなたもしかして土の魔神?」
「……そうだけど、だったら何?」
別に自分の属性ぐらいばれても構わないと思ってジューグスの質問に素直に答えたランの後ろではこちらの情報を素直に話したランの態度にエイカが困った様な表情を浮かべていたが、それに気づくことなくランはジューグスとの話を続けた。
「……改造人間ってあなた一人?もっとたくさん来ると思ってた」
敵地ならともかく時間をかけて準備を重ねたこの場所でなら自分は恭也かディアン以外には負けないとランは考えていたため、見た限り改造人間がジューグス一人しかいないことを受けて拍子抜けさえしていた。
そんなランの心情を知る由も無いジューグスだったが、それでもランが自分とその軍勢を前にしても余裕の表情を崩さないのを見てわずかながら不快感を覚えた。
そのためジューグスは自身に満ちた表情でランに向けて自己紹介をすることにした。
「あなたが言うところの改造人間は私を入れて六人しかいないわ。ディアン様があなたたち魔神以上の存在を創ろうとした結果の最高傑作が私たちだもの。今頃は他の五人も他の場所で好きに楽しんでるでしょうね」
「……ふーん。それはいいことを聞いた。あなたが最高傑作ってことはあなたを倒せばディアンとかいう男の能力の低さも証明できる」
このランの発言を聞いた瞬間、ジューグスは思わず吹き出してしまった。
「見た目通りかわいらしいこと言うわね。忘れたの?前戦った時あなたたちはディアン様に手も足も出なかったのよ?どうやら能恭也も他の魔神もいないみたいだし、あなた一人でどうやって私を倒すって言うの?」
ランの傲慢な言動に最初は怒りを覚えていたジューグスだったが、ランの見た目もあり次第にジューグスはランをまともに相手にするのが馬鹿らしくなった。
こうなったら身の程知らずの子供に現実を教えてやろう。
そう考えながらジューグスは率いていた悪魔たちに近くの兵士、及び門への攻撃を命じた。
土の魔神がリリノートや猿型の上級悪魔の体を構成する金属以上の硬度を持つ金属を創れることはジューグスも知っており、先程上級悪魔十体以上の攻撃を受けたにも関わらずひびすら入っていないということは目の前の外壁は土の魔神の創った金属でできているのだろうとジューグスは判断した。
確かにジューグス本人を含むジューグス側の戦力ではこの外壁を壊すのは不可能だったが、上空から見たところ外壁の上は完全に無防備でその上今は魔神や兵士たちが出てきた門が開いている。
こうした状況を踏まえてジューグスは外壁の突破にはそこまで手こずらないだろうと考えた。
一応不確定要因である魔神さえ自分が抑えておけば五分とかからず街へと入れるはずだ。
そう考えたジューグスの指示を受けて悪魔たちは一斉に外壁、あるいはエイカを含む兵士たちに攻撃を仕掛けようとしたが、それより先にランが地中に仕込んでいた金属を操ってジューグスたちに攻撃を仕掛けた。
表面に普通の土を被せて隠していたがランはゾアース周辺の地面の大部分を『錬城技巧』で金属に変えており、大量に用意された金属で作られた剣や槍はジューグスとその配下の悪魔たちに容赦無く襲い掛かった。
「ちっ、こんなに大量に金属を用意できるなんて……」
百本や二百本ではきかない大量の武器が突然地中から出て来たのを受けてジューグスの表情から余裕が消え、ジューグスも体の数ヶ所を斬り刻まれた。
しかしジューグスたち改造人間はリリノート以外は体の硬度は大して高くない。
そのため言ってしまえばただ硬いだけの『錬城技巧』製の金属でできた剣による攻撃はジューグスや上級悪魔にとって大して脅威ではなく、すぐに冷静さを取り戻したジューグスは風魔法を操って自分に近づく剣や槍を弾き飛ばした。
地中から現れた大量の武器による奇襲には確かに驚かされたが、中級悪魔はともかく自分同様魔力を使って体を再生できる上に大きさだけなら遥かに自分を上回る上級悪魔たちにとってこの攻撃はそれ程効果は無いだろう。
そう考えて上級悪魔に落ち着いて前進するように指示を出そうとしたジューグスだったが、一度全ての武器を地中に戻した後にランが仕掛けてきた攻撃を見て思わず舌打ちしてしまった。
二回目にランが地中から出現させた武器は刃渡り五メートルの刃十本で、それらの刃は風車の様に回りながら次々に近くの上級悪魔を斬り刻んでいった。
受けた傷の大きさで再生のための消費魔力が決まる改造人間や上級悪魔にとって刃物は本来それ程怖い武器ではない。
しかし刃がこれだけ大きいと話は別で、その上今回ランが作り上げた刃は微妙に作りが荒かったので斬り裂いた箇所の周囲まで削る様にして上級悪魔たちの体を斬り裂いていった。
今回創り出された巨大な刃は数が少なかったため中級悪魔にはほとんど被害が出ていなかったが、それでもこのまま土の魔神を野放しにしたら主力である上級悪魔たちに壊滅的な被害が出てしまう。
そう考えたジューグスは自分に迫り来る刃二枚を風魔法で弾くと三体いた猿型の上級悪魔だけを残して他の上級悪魔を魔導具に収納した。
悪魔を収納できる魔導具には回数制限があるのでジューグスとしてはあまり悪魔の召還と収納を繰り返したくはなかったのだが、このままではほとんどの上級悪魔が土の魔神に倒されてしまうと判断して渋々大部分の悪魔を魔導具に収納した。
こうなったら自分と猿型の上級悪魔で土の魔神を倒してから上級悪魔を召還するしかないだろう。
そう考えていたジューグスの見ている前で猿型の上級悪魔三体はランの作り出した『アルスマグナ』製の刃に囲まれ、その後箱型に変形した『アルスマグナ』製の金属により閉じ込められてしまった。
「うっとうしいまねを……」
激しい金属音が中から聞こえてくる『アルスマグナ』製の金属でできた箱三つを見ながらジューグスは忌々し気にランをにらみつけた。
土の魔神が創った金属が本当にリリノートの体より硬いならジューグスにも猿型の上級悪魔にもあの箱を破壊するのは不可能だ。
仮に土の魔神を倒したとしてもあの箱が消えるかどうかは分からないので猿型の上級悪魔は三体とも倒されたと考えるしかないだろう。
ここに来た改造人間がリリノートだったら同じ方法であっさり負けていただろうからここに来たのが自分でよかったと考えながらジューグスは切り札が入っている魔導具を取り出した。
「……何それ?とっておきの悪魔でも入ってるの?」
風魔法が使える上に空を飛べるジューグスを猿型の上級悪魔と同じ方法で捕まえられるとはランも考えておらず、ランはジューグスについては『錬城技巧』で殴って倒すつもりだった。
そんなランに対してジューグスは素直に自分がランを見くびっていたことを認めた。
「ええ、これはできれば使いたくなかった私の切り札よ。でもあなたは思ってたよりずっと強いしその上魔導具まで持ってる。さすがに後の事なんて考えてる余裕は無さそうだからこっちも本気でいかせてもらうわ」
そう言うとジューグスは風属性を持つ鳥型の上級悪魔と闇属性を持つ蛇型の上級悪魔を二体ずつ召還し、その後召還した四体の上級悪魔と融合した。
元々尾まで入れて三メートル程の長さだったジューグスの体は上級悪魔四体と融合したことで体長十五メートルまで大きくなり、十二万程だった魔力も三十万近くまで増えていた。
魔力の増大を伴っての上級悪魔との融合は異種族を融合させても拒絶反応が出なかったジューグスにのみ使用可能な切り札で、ディアンがいないと元に戻れずこの姿では隠密行動ができなくなるのでできればジューグスも使いたくはなかった。
しかし目の前の魔神は出し惜しみして勝てる相手ではないとジューグスは判断し、上級悪魔と融合した体の感覚を確かめ終えると先程収納した上級悪魔を再び召還した。
その後上級悪魔たちに街の襲撃を命じたジューグスは突風を起こしてランを牽制し、その後竜巻を纏いながらラン目掛けて突撃した。
ジューグスの横から自分が差し向けた刃がジューグスの纏った竜巻で吹き飛ばされるのを見て、ランは自分とジューグスの中間地点の地面から刃渡り五メートル程の刃を生やした。
空中に浮いている刃と違い地面に支えられた刃はジューグスの風魔法でも吹き飛ばせず、勢いを全く弱めなかったジューグスの腹部にランの作った刃が深々と突き刺さった。
しかしジューグスもそれは織り込み済みで、ジューグスは再生能力を頼みにそのままラン目掛けて突っ込んだ。
その後ジューグスはランの左右から突風を起こしてランの動きを封じるとそのままランの上にのしかかった。
それに対してランは体が一度潰れるぐらいは構わないと判断し、地中に逃げることなくジューグスを迎え撃った。
自分の腹部に魔神を潰した感触が伝わってきた瞬間、それと同時にジューグスは自分の腹部が強打されたのも感じ取った。
単純に潰したぐらいで魔神が死ぬとはジューグスも思っていなかったが、まさか今の自分程の巨体が上から迫っても魔神が逃げ出さないとは思っていなかった。
その上今もジューグスの腹部には何度も強打される感触が伝わってきたため、痛みこそ感じないものの腹部に伝わる感触がうっとうしかったのでジューグスは一度上空に逃れることにした。
上空に逃れたジューグスが地上に視線を向けると魔力を消費して体を再生したランが無傷で立っており、その近くには『錬城技巧』が浮いていた。
いくら魔神でも潰された状態で反撃するのは無理だとジューグスは考えていたので、土の魔神が魔導具を操っているのを見て先程の攻撃に納得した。
その後ランは足下の土を『錬城技巧』で叩いて金属に変え、それに乗ってジューグスのもとに向かった。
「あら、空中戦に乗ってくるとは思ってなかったわ」
「……いつまでもあなたに時間を使っていられない。さっさと終わらせる」
ジューグスに足止めを食らい自分の後ろに悪魔の群れを通した時点で全ての悪魔を自分一人で倒すというランの計画は狂っていた。
そのため一秒でも早くジューグスとの戦いを終わらせたいというランの考えを悟り、ジューグスは笑みを浮かべた。
「私を前座扱いとはなめてくれるわね。あなたの金属を操る魔法、操れる量はともかく精度の方はお粗末なものだったわ。さっきみたいに地面から不意打ちでもしない限り私には当たらないわよ?それに土を金属に変えるその槌、確かに便利だけどそれで私を倒せると思ってるの?」
ディアンが負ける可能性が無い以上、ジューグスは目の前の魔神相手に時間稼ぎをしているだけでよく、仮にディアンと能恭也の戦いが長引いても魔神さえ足止めしておけば上級悪魔がゾアースを滅ぼす。
どちらにしてもジューグスの勝ちは揺らがず、武器兼魔力源の地面から離れて戦うことを選んだ土の魔神に対してジューグスは周囲の空気を取り込むことで魔力を回復することができる。
この圧倒的に有利な状況でどうやって負ければいいのかと考え、ジューグスは余裕の笑みを浮かべながらランを挑発した。
「さあ、どうしたの?この街には精霊魔法が使える人間がいるって聞いてるけど上級悪魔相手じゃ何の役にも立たないわよ?急がないとまずいんじゃない?」
嗜虐的な笑みを浮かべるジューグスを前にしてもランは表情を変えず、淡々とジューグスの勘違いを正した。
「……体を大きくしたぐらいで調子に乗らない方がいい。巨大化は敗北ふらぐだってごしゅじんさまが言ってた」
「訳の分からないことを。じゃあ、勝ってみせてちょうだい」
「……当然」
以前恭也が口にしていたのを耳にしただけで自分でも意味が分かっていない単語を使いランは余裕の表情を崩さないジューグスの勘違いを正そうとしたのだが、ランのこの発言は当然ながらジューグスには通じなかった。
自分の発言を受けても全く表情を変えないジューグスを見てランは更に何か言おうとしたのだが、そういった仕事はホムラの仕事だと考え直してそれ以上は何も言わなかった。
残念ながら口では勝てそうにないのでさっさと目の前の敵を倒そう。
そう考えたランだったがさすがに魔力の保有量だけなら自分以上の相手を瞬殺とはいかないと判断し、外壁の近くの地中で待機させていた二体の上級悪魔に敵の上級悪魔の始末を命じてからジューグスとの戦いに臨んだ。