最終決戦(ケーチ)⑤
ライカがデナパスを海に沈めた頃、ミーシア率いるケーチの兵士たちと中級悪魔の群れの戦いも終わりを迎えようとしていた。
ライカと戦っていたデナパスに代わり、中級悪魔の指揮はデナパスの部下の二人のオーガ、スルツとニギンが取っていた。
スルツとニギンはディアンによる改造こそ受けていなかったがどちらもラインド大陸のオーガの中では有数の戦士だったので、魔神以外に自分たちが負けるわけがないと考えていた。
スルツは両手に金属製の籠手を、ニギンは右手に鉄製の大斧を持っており、二人が持っている武器はいずれもデナパスが二人に与えた魔導具だった。
これまでデナパスに従い多くの命を奪ってきた二人は今回もこれらの魔導具に恥じない働きをしてみせると闘志を燃やし、デナパスが魔神を倒して自分たちに追いつくまでに少しでも多くの敵を殺そうと考えていた。
そんな二人に頭上から声がかかり、スルツとニギンが顔を上げると二人の視線の先にはミーシアがいた。
「初めまして。ケーチの領主代行を任されているミーシアと申します。今中級悪魔たちに指示を出しているのはあなたたちですね?中級悪魔への命令を止めて大人しく捕まるなら手荒なまねはしませんがどうしますか?」
このミーシアの提案は形式的なものでこれだけの悪魔を率いて攻め込んで来た相手が大人しく投降するとはミーシアも思っていなかった。
そのためミーシアの提案を聞いた直後にスルツが籠手から火球を撃ち出してもミーシアは特に驚かず、すぐに剣型の魔導具、『サイアード』から風の刃を放って火球を相殺した。
以前恭也と戦った時にもミーシアが使っていた『サイアード』はミーシアが正式に恭也の部下になった直後にヘーキッサたちによる改良を受けて大幅に強化されていた。
フウの加護を受けた今のミーシアが使う『サイアード』による攻撃は全て風の刃ではなく、より強力な雷撃によるものとなっていた。
そのため『サイアード』による攻撃は並の魔導具では相殺も防御も不可能だったので、ミーシアと戦って早々にスルツとニギンはミーシアの魔法の威力に驚くこととなった。
ミーシアが『サイアード』を振るうと雷撃四発が迸り、それらの雷撃は狙いを外すことなくスルツとニギンに向かった。
それを受けてスルツは籠手から火の壁を、ニギンは斧から氷の障壁を創り出して防ごうとしたのだが、ミーシアの放った雷撃は二人の防御をたやすく貫いて二人の体に直撃した。
ミーシアが全力を出せばスルツとニギンを一撃で焼き尽くすこともできたが、この戦いが終わったら敵の死体は恭也が来るまで保管しておかなくてはならない。
戦いの後でオーガたちの死体を運ぶことになるミーシアの部下も原型を留めていないオーガの死体など運びたくはないだろう。
そう考えて初めての実戦使用となる『サイアード』及び精霊魔法による手加減に苦心していたミーシアに動揺したスルツの声が届いた。
「ば、馬鹿な。俺たちの武器はデナパス様から頂いた特注品だぞ。たかが精霊魔法で突破できるはずが……」
スルツとニギンの持っている魔導具は上級悪魔由来でこそなかったがデナパスがディアン直属の研究所で作らせた特注品で、実際精霊魔法が使える改造人間、ダクタルが使う通常の精霊魔法程度なら二人の武器は防ぐことができた。
それにも関わらずミーシアが自分たちの防御をたやすく突破したことにスルツは驚き、それはニギンも同じだった。
「どうしてだ?貴様は異世界人の血を引いているとは言っても大した魔法は使えないはずだ!」
「へえ、それぐらいの情報は持っているんですね」
ミーシアの出自自体は秘密でも何でもなかったが、それでも今回の侵略者がその程度のことは調べていたことにミーシアは素直に驚いた。
そして自分のことをまるで警戒せずに戦いに臨んでいたスルツとニギンに同情的な視線を向けながらミーシアは『サイアード』に魔力を込め始めた。
「確かに恭也さんや魔神のみなさんの力に比べたら私の力なんて取るに足らないものです。実際私そこまで強くないですし」
まだミーシアは直接会ったことは無いがミーシアと同じく恭也の婚約者となろうとしているジュナとエイカもかなりの強さを持っていると聞いており、ジュナはともかく元々持っていた精霊魔法がアクアの加護で更に強化されたというエイカには自分ではまず勝てないだろうとミーシアは考えていた。
恭也や魔神は言うに及ばずで、敵が恭也側の戦力の内自分のことを警戒していないことをミーシアは当然のことだと考えていた。
しかし領主代行として、そしてゆくゆくは恭也の婚約者、そして妻として恭也と共に歩むのなら目の前の敵程度に負けている場合ではないとも考えており、ミーシアは自分が使える最強の技を発動しようとしていた。
「私も自分が一番強いと考えていた時期がありますから今のあなたたちを笑う気はありません。……こうして会ったのも何かの縁でしょうから私が使える最強の技で敗北を教えてあげます」
そう言うとミーシアは降下を始め、それを見てスルツとニギンはミーシアに向けて魔法を放った。
ミーシアは二人の攻撃をよける様子も見せずに風の障壁で防ぎ、そのまま二人の近くに降り立った。
距離を取っての魔法の撃ち合いに徹していればミーシアは間違いなくスルツとニギンに勝つことができ、それはスルツとニギンもこれまでの攻防で理解していた。
それにも関わらずのこのこと地上に降りて来たミーシアを前にしてスルツとニギンは嘲りより前に怒りを覚えた。
この距離で自分たちに勝てると思っているのならその思い上がりを正してやる。
そう考えながらスルツとニギンはそれぞれミーシアに武器による直接攻撃を仕掛け、そんな二人をミーシアは風魔法で上空へと打ち上げた。
ミーシアの魔法を受けてなす術も無く打ち上げられたスルツとニギンはミーシアが自分に有利な空中戦で二人をいたぶるつもりかと警戒したが、ミーシアにそのような意図は無く単に自分の魔法による地上への被害を避けようとしただけだった。
「ついでなんでこのまま墓地まで運びますね」
そう言ったミーシアの頭上には翼長十メートルを超える雷の鳥が創られており、ミーシアの発生させている風で上下も定まらない状態でそれを見たスルツとニギンはミーシア相手に命乞いを始めた。
「ま、待て!降参だ!大人しく捕まる!だからその魔法をすぐに消してくれ」
食らったら死体も残りそうにないミーシアの魔法を見たスルツは手から籠手を外して地上に捨て、それに続く形でニギンも大斧を手放した。
「中級悪魔たちにも今すぐに攻撃を中止させる!だから命だけは助けてくれ!」
スルツもニギンも殺されさえしなければ魔神に勝ったデナパスが自分たちを助けてくれるはずだと考えて何とか戦いを長引かせようとした。
しかしケーチの兵士たちが中級悪魔の群れ相手に有利に戦いを進めている状況でミーシアに二人と交渉する必要は無く、ライカが戦っているはずの場所の上空に無数の剣が現れたのを見てミーシアは自分たちの勝利を確信した。
「どうやらライカさんの方も終わりみたいですね。最初から侵略者に容赦する気はありません。後で恭也さんが蘇らせてくれるそうですから、しっかり自分たちのしたことを反省して下さいね」
そう言ってミーシアはスルツとニギンに魔法を放ち、スルツとニギンはデナパスが自分たち同様自力での勝利を諦めていたことも知らずに最後までありもしない希望を抱きながら焼死した。
スルツとニギンに勝利した後、ミーシアはため息をつきながらライカの操る無数の剣に視線を向けた。
「それにしてもすごいな。あんなにたくさんの剣を創って操れるなんて。風も全然気にしてないみたいだし」
ミーシアはライカから猿型の上級悪魔だけは海に沈めて対処するしかないと聞いており『統界輝粒』の能力も聞いていた。
そのためケーチの上空に大量の光り輝く剣が出現したことには驚かなかったが、それでも実際に空を覆い尽くさんばかりの剣を目の当たりにした驚きからしばらく呆然としていた。
これだけのことができる存在が六人恭也に仕えている上に恭也自身も多彩かつ強力な能力を持っている。
それを考えるとミーシアが今後戦闘面で恭也の役に立つのは難しいだろう。
かといって領主の婚約者や妻として振る舞えるかと言うとそちらの方もミーシアは自信が無かった。
これに関してはノムキナも似た様なものだと言っていたので追い追いやっていくしかなく、今回の戦いの後始末が終わっても色々大変そうだなと考えながらミーシアはスルツとニギンの焼死体を墓地まで運んだ。
ミーシアはスルツとニギンの焼死体を墓地に置いた後すぐにライカと合流するために港に向かったのだが、ミーシアが港に着いた時にはライカは中級悪魔やマンタを召還して破壊された港のがれきの撤去作業を行っていた。
「それぐらい私たちでしますよ。恭也さんのところに行かないんですか?」
恭也が魔神たちに恭也への救援よりそれぞれの担当場所の方を優先することを求めていることはミーシアも知っていたが、ライカは恭也に呼ばれなくても自力で恭也のもとに向かうことができる。
そのためミーシアはケーチでの戦いが終わり次第ライカは恭也のもとに向かうと思っていたのだが、そんなミーシアの前でライカは苦笑いを浮かべていた。
「いや、自分もそのつもりだったっすけど港が思ってたより壊れちゃったっすから、これ放って行くと師匠に怒られると思うっす。だから港の後片付けぐらいはしてから行くっすよ」
ライカの考えを聞いたミーシアは少し迷ったが結局ライカの助けを借りることにした。
ライカの言う通り港の被害が想定以上だったからで、部下の兵士たちに指示を出しながらミーシアは先程のライカの戦い振りに言及した。
「すごかったですね、さっきの剣。あんなにたくさんの剣を創れるなんて思わなかったです」
ミーシアはライカの先程の戦い振りを素直にほめたのだが、それを受けてライカは複雑そうな表情を浮かべた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいっすけど他のみんなは普通にあの悪魔倒せるっすからね。正直複雑っす」
上級悪魔を無理矢理別の場所に運ぶのも十分すごいことだとミーシアは思ったが、魔神基準だと大したことがないのだろうと考えてそれ以上は何も言わずに港にあるはずの改造人間の死体の所在をライカに尋ねた。
「ところで改造人間の死体はどこですか?運ぼうと思ってたんですけど」
「ああ、その必要は無いっすよ。今頃海の底っすから」
ライカからデナパスが猿型の上級悪魔と融合したこととその後の顛末を聞かされたミーシアは、上級悪魔と融合した改造人間を目的の場所まで運ぶという当初の作戦よりも難しいことをあっさりと成功させたというライカの報告を聞いて絶句した。
この結果を受けて自分は火力が低いという結論を出して悔しそうにしているライカを見て、ミーシアは改めて魔神が規格外の存在だと思い知った。
「恭也さんの方はまだ勝負ついてないんですよね?」
ライカがこうして目の前にいる以上恭也が死んでいないことはミーシアも分かっていたが、それでも自分たちが戦いを終えた後も何の連絡も入ってこない現状にミーシアは不安を覚えた。
そんなミーシアにライカは先程ホムラの眷属を通して手に入れた情報を伝え、ライカから恭也の現状を聞いたミーシアは驚いていた。
「相手がそんな魔導具を……」
「はい。アロジュートさんが戦ってるらしいっすけど結構手こずってるみたいっす」
ソパスに現れたディアンが戦いに投入したある魔導具の話を聞きミーシアは不安そうにしていたが、ライカは恭也の心配は全くしていなかった。
「大丈夫っすよ。今の師匠は異世界人五、六人が束になっても勝てないしアロジュートさんもかなり強いっす。もし本当に危なかったら自分たちが呼ばれるはずっすからどーんと構えてればいいっすよ」
「……そうですね」
ミーシアはライカ程楽観的にはなれなかったが、それでも今自分ができることは無いと考えてそれ以上何も言わなかった。
その後ミーシアは避難していた住民たちのもとに向かうためにライカと別れ、ミーシアを見送りながらライカはソパスで戦っている恭也とアロジュートについて考えていた。
先程のライカのミーシアへの発言は気休めでも何でもなく、ライカは恭也がディアンに負ける心配は全くしていなかった。
通常時と違い今の恭也は魔神全員で同時に挑んでも勝てない程強いからだ。
そのためライカが考えていたのはアロジュートのことで、ライカはいつ恭也を裏切るか分からないアロジュートがディアンの持ち出した魔導具と刺し違えてくれないかと考えていた。
もしそうなってくれればライカを含む魔神たちとしては万々歳だったのだが、ただ死んだだけでは恭也が蘇らせてしまうのでディアン側には程々にがんばってアロジュートを消し去って欲しいと考えながらライカはがれきの撤去作業を行っている悪魔たちに指示を飛ばした。