最終決戦(ケーチ)③
ライカがデナパスと戦い始めた頃、ケーチに配置されていた上級悪魔、『キュウビ』と『イモータル』も二十体程の上級悪魔相手に戦いを始めていた。
『イモータル』はヘクステラ王国から借り受けた魔導具、『守護者』を使って恭也が作った悪魔で、装着者に高い耐久力を与える『守護者』の能力が反映された『イモータル』は敵の上級悪魔たちが放つ様々な属性の魔法を受けても傷一つ負っていなかった。
『守護者』を装着した者は魔法が使えなくなり、そのせいで『イモータル』も一切の魔法が使えなかった。
しかし『イモータル』は両腕の先に刃渡り三メートル程の『アルスマグナ』製の剣を取り付けていたので、魔法が使えなくても上級悪魔を倒すのに何の支障も無かった。
自分目掛けて放たれる雷撃をものともせず風属性を持った鹿型の上級悪魔を斬り伏せ、その後次の標的を探そうとした『イモータル』は左わき腹に衝撃を受けて動きを止めた。
『イモータル』が視線を下げると火属性を持つライオン型の上級悪魔が『イモータル』に噛みついていたが、『イモータル』の体に上級悪魔の牙程度が通用するわけもなかった。
しかしこのことはライオン型の上級悪魔も織り込み済みだったようで、ライオン型の上級悪魔は自分の牙を『イモータル』に突き立てられずとも口を離さなかった。
その後ライオン型の上級悪魔の口から何かが焼ける音がして周囲の空気が若干歪んだ。
何度自分の火球を受けてもびくともしない『イモータル』にライオン型の上級悪魔は高熱を直接注ぎ込むことを決め、鉄が二秒とかかからずに溶ける程の高熱が『イモータル』の体に注ぎ込まれた。
しかし上級悪魔由来の魔導具である『守護者』と恭也の『悪魔召還』が組み合わさった結果作り出された『イモータル』は五秒までなら二つの能力を同時に使ったディアンの攻撃に耐えられるだけの耐久力を持つ。
そのため上級悪魔程度の攻撃が『イモータル』に通じるわけもなく、『イモータル』は無防備に差し出されていたライオン型の上級悪魔の首を斬り落とした。
その後まだ地上に数体残っていた上級悪魔を倒すために動き出そうとした『イモータル』に空から光線と竜巻が降り注ぎ、これらの魔法の発射源には光属性を持つ鳥型の上級悪魔と風属性を持つ竜型の上級悪魔が二体ずついた。
これらの攻撃自体は『イモータル』に傷一つ負わせられなかったが上空から魔法を浴びせられると『イモータル』も動きが制限されてしまう。
また『イモータル』の攻撃手段は剣による斬りつけしか無かったので『イモータル』は上空からの攻撃を黙って受けるしかなかったが、デナパス側の上級悪魔の攻撃は長くは続かなかった。
ライカが『統界輝粒』を本格的に使ったことでデナパスから上級悪魔への指示が途絶えたからだ。
他の場所同様ケーチの各所にも悪魔誘導用の魔導具が設置されていたのでデナパスの指示が途絶えても上級悪魔たちがケーチを離れることはなく、この一瞬の隙を突いて九本の尾を持つ狐型の上級悪魔、『キュウビ』は上空の上級悪魔たちに攻撃を仕掛けた。
突然自分たちの近くに現れた『キュウビ』が立て続けに放った数十発の光線を受け、竜型の上級悪魔は二体共穴だらけとなり程無く消滅した。
『イモータル』共々地上にいたはずの『キュウビ』の不意打ちに鳥型の上級悪魔二体もそれなりの傷を負ったが、同属性での攻撃だったため致命傷とまではいかなかった。
魔力を使いすぐに体を再生した鳥型の上級悪魔二体はすぐに『キュウビ』に向けてそれぞれ光線数発を放った。
鳥型の上級悪魔にもう少し知能があれば『キュウビ』に対して効果が薄い光属性の魔法での攻撃ではなく接近戦を仕掛けただろう。
しかしデナパスからの指示が無い状況で上級悪魔にそこまで細かい行動が取れるわけもなく、そもそも鳥型の上級悪魔たちどんな攻撃をしても『キュウビ』には当たらなかっただろう。
鳥型の上級悪魔二体が放った光線は全て『キュウビ』を素通りして海や街に被弾し、大量の海水が打ち上げられる音や建物が破壊される音が響く中、鳥型の上級悪魔の内一体の頭に光り輝く剣三本が深々と突き刺さった。
突然の自分の頭に攻撃を受けたことに鳥型の上級悪魔が驚く中、この攻撃を仕掛けた『キュウビ』はその後鳥型の上級悪魔の背中を踏みつけた。
『統界輝粒』を核に作られた『キュウビ』はライカ程自由自在とはいかなかったが剣を創り出すことができ、自分と同じ光属性を持つ鳥型の上級悪魔に思う存分剣を突き刺していった。
『キュウビ』は光魔法で自分の姿の幻を創り出した上に姿を消していたため鳥型の上級悪魔たちは何が起きているか理解できなかったが、それでも自分たちが敵に攻撃を受けていることだけは理解できた。
そのため鳥型の上級悪魔たちはやみくもに光線を放ち始め、もしこれに気づいたライカが『統界輝粒』の粒子を操ってこれらの光線を防いでいなかったらケーチの港はもちろんミーシアたちにも甚大な被害が出ていただろう。
光線を撃つ時は周りのことも考えて欲しいものだとライカが嘆いている内に上空の戦いは終わり、その後『キュウビ』は上空に来た時同様『統界輝粒』の能力で足場を創りながら地上へと戻った。
『キュウビ』が地上に戻った時点で地上には『イモータル』の他には猿型の上級悪魔二体しか上級悪魔はいなかった。
ケーチにいる恭也側の戦力で猿型の上級悪魔に対処できるのはライカだけだったので、『キュウビ』と『イモータル』は猿型の上級悪魔二体がミーシアたちの方に行かないように適当に相手をする必要があった。
猿型の上級悪魔同様ほぼ不死身の『イモータル』がいるので足止めはそれ程難しくはないだろう。
『キュウビ』と『イモータル』を通して周囲の状況を把握していたライカがそう考えていた頃、ライカとデナパスの戦いも最終局面を迎えようとしていた。
『統界輝粒』で創られた結界の中でライカと対峙していたデナパスは、『バフカル』を手にしながらも泣きそうな表情でライカに視線を向けていた。
「どうしたっすか?せっかくその棍棒壊さないであげてるっすよ?もう少しがんばって欲しいっす」
既にデナパスはライカが創り出した剣で体を千回以上斬り刻まれており、初めの内は風魔法や『バフカル』で『統界輝粒』による攻撃を防いでいたが今はライカに虚勢を張る余裕すら無かった。
「あなたが空飛ぶの苦手みたいだからこうして地面に降りて戦ってるっすよ?もう無理って言うなら終わらせるっすけどどうするっすか?」
ライカは風魔法を使えるはずのデナパスがケーチに着いてから空を飛ぼうとしないことからデナパスは細かな魔法の操作は苦手なのだろうと考えた。
そのため光線での攻撃がしづらい地上での戦いをわざわざ行っているというのに肝心のデナパスにやる気が無いのではライカもどうしようもなく、そんなライカにデナパスは命乞いを始めた。
「頼む!命だけは助けてくれ!他のオーガたちを人質に取られてしかたがなかったんだ!」
『バフカル』を捨ててライカに土下座をしてきたデナパスを見て、ライカはデナパスの頭を踏みつけた。
踏みつけると同時にライカは足から光線を放ったためデナパスの頭は跡形も無く吹き飛び、その後ついでとばかりにライカは剣を二十本程創り出してデナパスの体に向けて放った。
傷自体はすぐに治したもののライカの容赦無い攻撃を受けてデナパスは声を震わせながら命乞いを続けた。
「もう勝負はついただろう?大人しく捕まるから止めてくれ!」
デナパスは既にライカに勝つことは諦めており、ディアンが恭也を倒すまでの時間稼ぎに徹するつもりだった。
目の前の魔神がどれだけ強くても主が殺されたらそれまでのはずで、ディアンが負けるはずがないと考えてデナパスは何とかライカ相手に時間を稼ごうとした。
しかしライカにそれに付き合う義理は無く、ライカはデナパスの魔力を削るために全方位から剣の雨を降らせた。
既に数え切れない程体を切り刻まれていたデナパスの精神は限界で、もう体を再生するのは止めてこのまま死んでしまおうかとすら考え始めていた。
しかしそうした場合デナパスの生涯はここで終わってしまう。
仮にディアンやその部下が殺された能恭也の能力を手に入れたとしても、あのディアンが任務に失敗したデナパスを蘇らせてくれるとは思えないからだ。
そう考えて一秒でも早くライカが消えてくれることを望んでいたデナパスにライカの声が届いた。
「フウみたいに魔法の威力上げる魔導具作らせればよかったっすかね?魔力で体ができてる相手殺すのがここまで面倒だとは思わなかったっす」
ライカは恭也の許可を得て他の魔神たちと手合わせぐらいはしたことがあったが、その時は魔力を五千も消費したらその時点で手合わせは終了となっていた。
そのため自分たち魔神と似た様な体を持つ相手と本気の殺し合いをするのはライカにとって初めてのことで、いくら切り刻んでも死なないデナパスを前にライカは面倒そうな表情を浮かべていた。
とはいえ自分たちと似た様な体を持つ相手との戦いが初めてなのは他の魔神たちも同じなので、ここは仕事だと割り切ってひたすらデナパスを削り殺すしかないだろう。
そう考えながらデナパスへの攻撃を続けていたライカは今も結界の外にいるはずの猿型の上級悪魔二体のことを思い浮かべて何気無く口を開いた。
「あの硬い上級悪魔も倒さないといけないっすからやる気無いなら早く死んでくれないっすか?ホムラの拷問はきついと思うっすけど負けた方の宿命として受け入れて欲しいっす」
このライカの発言は既にデナパスとの勝負はついたと考えて軽い気持ちで行ったものだったのだが、この発言を聞きデナパスの目に闘志が戻った。
「おっ」
これまで自分の攻撃を受けるがままになっていたデナパスが突然動き出して『バフカル』を拾ったのを見て、ライカは驚いた様な表情を浮かべた。
「あれ?まだ諦めてなかったっすか?正直もう無理だと思うっすよ?まあ、勝ち目自体は最初から無かったっすけど」
既に勝負はついたと考えていたライカだったが、デナパスの無駄な抵抗を邪魔するつもりも無かったのでデナパスの出方を黙って見守っていた。
そんなライカの前でデナパスはライカ目掛けて『バフカル』を発動し、その後ライカが分解の波動を防ぐために自分の目の前に剣を創り出した隙を突いて風魔法で『統界輝粒』の粒子の一部を吹き飛ばした。
それによりできた道を通り粒子の結界の外に出たデナパスは『キュウビ』と『イモータル』の姿に驚きながらも急いで猿型の上級悪魔二体と合流し、迷うことなく猿型の上級悪魔二体と融合した。
ライカからの指示を受けた『キュウビ』と『イモータル』はデナパスの行動を一切妨害しなかった。
そのためデナパスが無事猿型の上級悪魔二体と融合した直後、デナパスを追って来たライカの姿を見てデナパスは高笑いを浮かべた。
「くっくっく、調子に乗り過ぎたな!この悪魔と融合した今、俺を倒すことは不可能だぞ!どんな小細工でこの悪魔たちを倒すつもりだったか知らないが、悪魔と違い俺に小細工は通用しないからな!」
粒子の結界の外にいた敵側の上級悪魔二体が猿型の上級悪魔二体を倒していなかったということはあの上級悪魔たちは猿型の上級悪魔の守りを突破する攻撃力を持っていないということだ。
光の魔神は何やら対策があるような口振りだったが、こうしてデナパスが猿型の上級悪魔と融合した以上小細工は通用しない。
命令に従うだけの上級悪魔と違いデナパスには歴戦の経験と技術があるからだ。
それに加えて高い耐久力に七メートルを超える巨体を併せ持つ今の自分を倒せるものなら倒してみろ。
そう考えて自信を取り戻したデナパスを前にライカは不思議そうな表情を浮かべていた。
「あれ、よかったっすか?属性の違う悪魔と融合したら魔法まともに使えなくなるって聞いてるっすけど」
恭也とアクアから『魔法看破』を借りたヘーキッサたちがバフォメカを観察したことで恭也たちはディアン以上に改造人間についての知識を得ていた。
そのためディアン側の誰もが知っている悪魔と融合した際の副作用はライカも知っており、ライカの指摘を受けてデナパスは少し考え込んだもののすぐに余裕の笑みを浮かべた。
「ああ、あの使い捨ての失敗作が捕まっていたんだったな。あいつの体を調べたのか」
デナパスたち改造人間はディアンからバフォメカが恭也に連れ去られたという話は聞いていたので、ライカに自分の現状を指摘されてもそれ程動揺しなかった。
「魔法が使えないからどうしたと言うのだ!この体になった以上貴様のちんけな攻撃など通用しない!この体一つで街の一つや二つ潰してみせる!」
自分に勝機が戻って来たと考えている様子のデナパスを見てライカは楽しそうに笑った。
「人質取られて嫌々戦ってる割にはずいぶん楽しそうっすね。まあ、いいっす。最後まで抵抗してもらった方がこっちも助かるっすから」
「ほざけ!」
無敵の体を手にした自分を前にしてまだ余裕の表情を崩さないライカを見てデナパスは激高し、ライカに掌底を突き出した。
高い硬度を持つ巨体から繰り出された掌底はそれだけで凶器で、ライカの立っていた場所の舗装は軽々と削られて深さ二メートル程の溝ができていた。
「どうした!逃げるだけか?」
自分の攻撃を回避して上空に逃れたライカにデナパスは挑発的な表情を向けた。
この体を手に入れた以上自分が負けることはないが風魔法が使えなくなった今のデナパスは空を飛ぶことができず遠距離攻撃もできない。
こうなったら『バフテル』で攻撃をするしかないとデナパスが考えているとデナパスの視線の先で『バフテル』にライカの創り出した剣三本が突き刺さった。
唯一の飛び道具を壊されて顔をしかめたデナパスにライカが話しかけた。
「悪いっすね。さすがにそれがあると今のあなた攻略できないっすから壊させてもらったっす」
「……おもしろい。攻略とやらをしてもらおうか」
自分と猿型の上級悪魔が融合した今でも自分に勝てると言い放った光の魔神を見てデナパスは自信と不安の入り混じった感情を抱いていた。
リリノートの耐久力をデナパスは良く知っていたので今の自分の体がディアン以外に傷つけられるわけがないと思うと同時に魔神がまだ奥の手を隠しているのではという不安に襲われていた。
「どうした!俺を倒せると言うのなら早く倒してみろ!」
不安を隠す様に叫び声をあげたデナパスの発言を受けてライカは再び呆れた様な表情を浮かべた。
「自分、あなたを倒すなんて一言も言ってないっすよ?」
「何?」
予想外のライカの発言を聞きデナパスが戸惑う中、ライカは周囲に漂っていた『統界輝粒』の粒子を全て自分の近くに集め、更に粒子を追加すると自分の背後に五千本の剣を創り出した。
「……一体何を」
この期に及んでライカが無駄な攻撃をしてくると考える程デナパスも愚かではなかったが、今のデナパスに『統界輝粒』で創り出した武器をいくら当てても無意味なことも事実だった。
そのためライカの意図が分からず困惑するデナパスにライカは笑いかけた。
「一つ忘れてないっすか?これ、試合じゃなくて戦争っすよ?あなたが悪魔と融合したのは予想外だったっすけど自業自得ってことで諦めて欲しいっす」
そう言うとライカは手前の剣千本をデナパス目掛けて撃ち出した。