最終決戦(ユーダム)③
再びフウの分身二体が風の結界を創り出す中、不可視の分身を数体召還できるフウの不意打ちを回避するのはまず不可能だと判断し、リリノートは自身の耐久力を頼みにしてフウ本体目掛けて斬りかかった。
防御も回避も考えていないリリノートの突撃を受け、リリノートの前に姿を現しているフウは自身は攻撃をせずに守りに徹することにした。
ディアンの能力を再現できるリリノートの剣で斬られたらフウも無事では済まないからだ。
先程はリリノートにフウの強さを示すためにリリノートの剣を一撃(一撃ではないが)で破壊したが、ただリリノートを倒すだけならこの場にいるフウ八人分の攻撃力など必要無い。
改造人間たちはできるだけ痛めつけてから殺すように恭也に言われていたこともあり、フウは安全第一でリリノートをじわじわと削り殺すことにした。
小回りを優先した通常の大きさの剣でフウに斬りかかったリリノートはフウの体自体からは大した風は吹き出していなかったのですぐにフウを斬り裂けると考えていた。
しかしリリノートの剣は『護国嵐士』で強化した風を纏わせたフウの両手で防がれ、敵に届かなくては最強の斬れ味を持つ剣も意味が無かった。
一度剣を振るう度にリリノートは突然姿を現すフウの分身の繰り出す掌底で体のあちこちを破壊された。
フウの分身の放つ掌底は一撃だけではリリノートの体にひびを入れることしかできなかったが、それでも攻撃が二十発、三十発と重なるにつれてリリノートの魔力は減少していった。
ディアン製の猿型の上級悪魔同様、リリノートは土を取り込めば魔力を回復できるのだが、風の結界に閉じ込められている今はそれもできない。
リリノートとしては今も姿を消して自分の周囲に浮遊しているはずのフウの分身を体中から鉄の棘を撃ち出して破壊してやりたいところだったが、自分の体を動かすのにすら苦労する程の風が吹く中で飛び道具など使っても効果は薄いだろう。
そうなると先程から作業の様にリリノートの攻撃を捌いているフウ本体を斬り裂く以外にリリノートに活路は無いのだが、先程からリリノートはフウたちに一方的に嬲られていた。
フウの分身二人に左眼と右脇腹の周囲を砕かれた直後、リリノートは防御力を上げるためか全身から棘を生やしてからフウの左肩目掛けて剣を振るい、リリノートが無造作に振った剣は左右からフウの分身二体の掌底を受けて砕かれた。
優位に戦いを進めているように見えるフウだったが、既にフウたちの攻撃を何十発と受けているリリノートと違いフウは一撃でもリリノートの攻撃を受けたら本体分身関係無く戦闘不可能になってしまう。
そのためフウはリリノートの攻撃を防いでからその隙を突いて分身たちに攻撃させるという戦い方を徹底しており、折った剣の刃は不意打ちを避けるために毎回結界の外に排除していた。
そのため今回もフウは自分の足下に落ちていた刃を風を操って排除しようとしたのだが、ここでフウにとって予想外のことが起こった。
今まで簡単に風で結界の外に排除できていた刃が微動だにしなかったのだ。
すぐにリリノートが何かしたのだと察したフウはすぐに後ろに退がろうとしたのだが、それよりもリリノートの行動の方が早かった。
フウの足下に落ちていた刃が急激に体積を増やしたと思ったらリリノートへと変化し、フウの不意を突いたリリノートはフウの右手首に装着されていた『護国嵐士』を斬り裂いた。
「しまっ、」
『護国嵐士』が斬り裂かれたのと同時にフウの右手も手首から先が斬り落とされたのだが、フウにとってもリリノートにとっても『護国嵐士』に比べればフウの手のことなどどうでもよかった。
「油断したわね。分身を作れるのが自分だけだとでも思ってたの?」
『護国嵐士』を破壊できれば形勢を逆転できると考えたリリノートは自分を剣の姿に変形させて切り離し、それと同時に自分から切り離した金属で人間大の囮を作り出した。
さすがに金属を変形させただけでリリノート本人と全く同じ見た目の囮を作ることはできなかったので直前にリリノートの姿の方を変化させ、そのかいあってリリノートは見事にフウの装着していた『護国嵐士』を斬り裂くことに成功した。
魔神の魔法を自分の守りを突破できる程に強化する魔導具には確かに驚かされたがそれさえ破壊すればこちらのもので、敵に自分を倒す手段が無い以上少なくとも自分の負けは無くなった。
そう考えたリリノートは勝利を確信した笑みを浮かべながらフウに話しかけた。
「魔導具が無ければ私に手も足も出ないでしょう。さあ、どうする?能恭也に私を痛めつけて殺すように言われているんでしょう?」
自分のこの発言を受けても何も言い返さずに後ずさるフウを見て、リリノートは自分がようやく奪う側に戻って来たことを実感した。
「ずいぶんと好き勝手やってくれたわね。どうする?この結界を解けば見逃してあげてもいいわよ。あなたはどうせ能恭也がディアン様に殺されたら消えるんだから無理して戦う必要も無いし」
リリノートとしては自分の体を散々砕いてくれたフウに仕返しをしてやりたいところだったが、魔導具を壊したにも関わらず自分を閉じ込めている風の結界が消える様子が無かったためフウと取引をするしかなかった。
時間をかければ力押しで風の結界を突破できるとは思うが今の時点でリリノートと上級悪魔たちは予想以上の足止めを食らっていたので交渉で外に出られるならそれに越したことはなかった。
頼みの綱の魔導具が壊された時点で魔神は自分に従うしかないとリリノートは考え、既にリリノートの頭の中はこれからユーダムで行う遊びのことでいっぱいだった。
しかしここでフウがリリノートの予想とは違う返答をしてリリノートの考えに水を差した。
「能恭也からここを任されている以上通すわけにはいかない。一秒でも長く時間を稼いでみせる」
そう言って自分をにらみつけてくるフウを見てリリノートは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「いいわね。そういうの嫌いじゃないわよ」
何かを守るために勝ち目の無い戦いに挑む相手を倒し、その後その相手が守りたかった物を蹂躙する。
これまで何度も行ってきた娯楽を目の前の魔神が提供してきたのを受け、リリノートは心の底から笑みを浮かべた。
ただ一つ残念なのはさすがに魔神の生け捕りは難しいだろうという点で、目の前の魔神にユーダムが蹂躙される様を見せるのは諦めるしかないだろう。
自分の体を散々壊した魔神に仕返しする機会を逃したことにリリノートが不快そうな表情を浮かべていると、フウがリリノート目掛けて突撃してきた。
先程までのうっとうしいながらも確実だった戦法を捨てて特攻してきたフウを見てリリノートは嘲笑を浮かべた。
終わってみればこんなものかと既にフウへの警戒を解いていたリリノートは突撃してくるフウ目掛けて剣を振るい、リリノートの剣がフウに届く直前にリリノートは頭をフウの分身四体の攻撃で吹き飛ばされた。
改造人間は魔力さえあれば体を復元できるため頭を吹き飛ばされてもリリノートは死ななかったが、それでも自分の頭が破壊されたことに驚き動きを止めた。
「な、どうして?あなたの魔導具は確かに壊したはず」
動揺しながらもリリノートは目の前にいるフウはもちろん自分に攻撃を仕掛けてきたフウの分身たちも魔導具らしき物を装備していないことを確認していた。
それにも関わらずリリノートの頭が吹き飛ばされたということは目の前の魔神は自前の能力だけでリリノートの防御を突破したことになるが、そんなことはあり得なかった。
「どうして魔導具無しで私の体を壊せるのよ!闇の魔神はこの体に手も足も出なかったはずでしょ!」
属性によって向き不向きはあるだろうが同じ魔神でそこまで実力差があるとは考えにくく、以前闇の魔神は猿型の上級悪魔に手も足も出なかった。
その猿型の上級悪魔と同等の耐久力を持つ自分の体を目の前の魔神が魔導具での強化も無く壊したことが信じられず、リリノートは困惑と恐怖から現実逃避気味にフウに怒号を飛ばした。
そんなリリノートを見てフウはリリノートの勘違いを正した。
「私と分身は情報も魔力も状態も全部共有してる。だからその気になれば後ろに残して来た二体の分身にここから魔力を送ることもできるし逆もできる」
「それがどうしたって言うのよ!」
フウがユーダムに分身二体を配置しているという情報にリリノートはかなり驚かされたが、今は目の前のフウに勝てるかどうかが重要だったのでフウの伝えてきた情報に大して興味を示さなかった。
しかしそんなリリノートを見てフウはこれ見よがしにため息をついた。
「あなたがしっかり絶望できるように私の能力を説明してるんだからちゃんと聞いて」
このフウのリリノートを見下した発言を聞きリリノートは怒りの表情を浮かべたが、リリノートが何か言う前にフウが口を開いた。
「後ろに残して来た分身は二体共『護国嵐士』を装備してるから、私に『護国嵐士』を使わせたくなかったら後ろの二体の持ってる『護国嵐士』も壊さないと意味が無い」
「……じゃあ、さっき魔導具を壊されたのはわざとだったのね」
風の結界から抜け出せないこの状況で今からユーダムに向かってフウの分身を倒すなど不可能だ。
そう考えたリリノートは自分がまんまとフウの演技に騙されていたと知り怒りに体を震わせ、一方のフウは自分の演技にあまり自信が無かったので無事リリノートを騙せたことに安堵していた。
『護国嵐士』を壊すという唯一の勝ち筋が潰された上に先程自分の攻撃がフウに届いたのもフウの演技の一環だったと知り、リリノートは怒りと絶望に顔を歪めた。
フウが見たところリリノートは『護国嵐士』さえ壊せば勝てるという希望を潰されて勝利を諦めた様子で、これなら敵を精神的に痛めつけるという恭也の命令は十分果たしただろうとフウは判断した。
確かにフウの判断通りリリノートはフウに勝つことを諦めていたが、それでもこのまま大人しくフウに嬲り殺されるつもりはなかった。
地上にいる上級悪魔は既に半数近くが敵側の上級悪魔二体に倒されているがまだ数体は残っている。
それらの上級悪魔を呼び出して風の結界を破壊させると同時に逃げ出せば風の魔神も先程の様な先回りはできないだろうとリリノートは判断した。
リリノートは恭也の『埋葬』と同じことを街一つを覆う範囲で行うことができたので、地中を進んでユーダムまで行きそのままユーダム全体を地面に沈めるつもりだった。
この方法はユーダムを滅ぼす過程をゆっくり楽しめないのでできれば避けたかったのだが、風の魔神を倒せずユーダムも滅ぼせなかったとなるとリリノートは間違いなく戦いの後でディアンに殺されるだろう。
それだけは何としても避けなくてはならなかったのでリリノートは上級悪魔を手元に呼び出そうとした。
空を飛べる上級悪魔は後四体しか残っていなかったが魔神の結界を壊すだけなら上級悪魔が四体もいれば十分だろうと考えてリリノートは上級悪魔たちの到着を待った。
しかしいくら待っても上級悪魔たちは上空に姿を現さず、結界を創っている分身たちを通して外の状況を把握していたフウはリリノートに外の状況を伝えた。
「悪魔を呼ぼうとしてるなら諦めた方がいい。あっちも大変みたいだから」
このフウの発言を受けてリリノートはフウに質問をしようとしたのだが、既に魔力を四割以上消費していたフウにリリノートに付き合う余裕は無かった。
これ以上リリノートを痛めつけるのは恭也やホムラに任せるとしてとりあえず今はリリノートと残っている上級悪魔たちを仕留めよう。
そう考えたフウはリリノートにとどめを刺すべく一気に攻勢に出た。