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最終決戦(ユーダム)②

 フウの分身二体が創り上げた結界に閉じ込められた直後、リリノートは余裕の笑みを浮かべながらフウに話しかけた。


「これで私を閉じ込めたつもり?私はディアン様の能力を頂いてるのよ?こんな風すぐに斬り裂けるわ」


 リリノートはディアンの斬撃の能力の一つ、威力の増大を使うことができるので、自分なら魔神の創った風の結界程度たやすく斬り裂けると考えていた。

 そのためフウと共に風の結界に閉じ込められてもリリノートは余裕の表情を崩さず、そんなリリノートにフウはある提案をした。


「だったら試してみればいい。邪魔しないから好きに斬ってみて」


 そう言うとフウはリリノートから距離を取り、それを受けてリリノートは不快そうに眉をひそめた。

 魔神風情がディアン直属の自分を前に余裕を見せたことにリリノートは怒りを覚えたが、それをそのまま表情に出す程直情的ではなかった。


 さっさと魔神ご自慢の結界を斬り裂いてどちらが優位なのかを教えてやろう。

 そう考えながらリリノートはフウ相手に無防備な背中を見せ、耳障りな音を立てている風の結界に視線を向けた。


 そしてリリノートは右腕を剣状に変えて風の結界を斬り裂こうとしたのだが、ここでリリノートにとって予想外のことが起こった。

 風の結界の風圧に押されて風の結界に触れることができなかったのだ。

 どんなにがんばってもリリノートは風の結界に一メートル以上近づくことができず、頼みの綱のディアン由来の斬れ味を持つ剣を風の結界に届かせることができなかった。


「どうしたの?さっきからじっとしてるけど」


 何とか結界の風圧に逆らって結界を斬り裂こうともがいているリリノートの耳にまるで敵意を感じさせないフウの声が届き、それを受けてリリノートは少なからず屈辱を覚えた。

 地面から切り離された上に結界内を吹き荒れる風の影響もありリリノートは動きにくさを感じていたが、それでも風の魔神の創り出した結界の風圧がここまでの強さだとは思っていなかった。


 これでは風の結界を斬り裂いての脱出など到底不可能だが、それはリリノートがただの人間だったらの話だ。

 この程度で自分を閉じ込めたつもりでいる魔神の浅はかさにリリノートは嘲笑を浮かべ、それと同時にすぐに冷静さを取り戻した。


「この程度で私を閉じ込めたつもりなんてずいぶんとなめられたものね。所詮はただの風でしょう?」


 そう言うとリリノートは自分の体を細い針状に変形させて風の結界に突っ込んだ。

 体全体を変形させるとその間視覚が遮断されるのでできれば避けたかったのだが、魔神風情にいつまでも見下されるなどリリノートには耐えられなかった。


 こんなちゃちな結界でいい気になっていた自分の愚かさを思い知るといい。

 フウを嘲りながら針状に変化したリリノートは予想通り風圧の影響をほとんど受けることなく風の結界を突破した。


 自分が少し本気を出せば魔神の創った結界などこの様に簡単に突破でき、この結果を見れば身の程知らずの魔神も自分とリリノートの力の差を理解しただろう。

 多少手こずったものの魔神の結界を突破したリリノートは当然の結果に勝ち誇りながら体を元に戻し、目の前の光景を見て驚いた。

 体を元に戻したリリノートは先程同様風の結界の中におり、目の前にはフウがいたからだ。


「そんな馬鹿な……」


 自分は確かに魔神の結界を突破したはずで、仮に魔神が風を起こして自分の軌道を操ったとしてもそれだけの干渉を受けたら視覚が遮られていても気づくはずだ。

 そう考えて混乱していたリリノートにフウが話しかけた。


「安心して。あなたはちゃんと私の結界を突破した。この結界はあなたが止まった場所に新しく創っただけ」

「……ふーん。そんなに私と一対一でやりたいわけ」


 最初は目の前の魔神が転移能力でも使ったのかと慌てたリリノートだったが、フウ本人の種明かしを聞いてすぐに落ち着いた。

 ディアンからの報告によると能恭也の能力を使える魔神は水の魔神だけのはずなので、目の前の風の魔神のできることはどこまでもいっても強力な風魔法を使うことだけだ。


 このまま先程と同じことを繰り返すのも時間の無駄なので、魔神の望み通り一対一で戦って正面から殺してやろう。

 そう決めて両手をかぎ爪状に変形させたリリノートを見てフウは意外そうな表情を浮かべていた。


「もう諦めたの?改造人間って言うから私の結界ぐらい簡単に壊してくれると思ってた」

「ええ、認めるわ。あなた自身はともかくあなたの創った結界は大したものよ。私正直攻撃の方は苦手だから一番壊しやすいあなたを壊すことにするわ」


 悔しいがリリノートが使える程度の土魔法ではこの結界は壊せず、先程見た相手側の上級悪魔の強さを考えると自分の指揮下の上級悪魔にこの結界を壊す余裕などないだろう。

 そう考えたリリノートはこの場で一番壊しやすいフウに攻撃を絞ることにした。


 自分が結界の突破を諦めて魔神との一対一を選んだ時点で魔神に勝機は無く、どんな攻撃も通じない不死身の体に精々絶望するがいい。

 そう考えながらリリノートはフウに襲い掛かろうとし、それを見たフウは結界から内側に向けて無数の風の刃を発生させた。


 フウの分身が創り上げた風の結界は直径五メートル程の球体で、それだけの広さしかない空間に無数の風の刃が発生したのだから回避など不可能だった。

 当然リリノートは無数の風の刃をその身に浴びたが、厚さ二センチの鉄板すらたやすく斬り裂く風の刃を体中に受けてもリリノートは平然としていた。


「何をする気かと思ったらずいぶんとかわいらしい攻撃をしてくれるわね」


 他の改造人間ならこの無数の風の刃に体を斬り刻まれて魔力を失うのだろうがリリノートは体の耐久力を超える威力の攻撃を受けない限り体の再生に魔力を消費することはない。

 リリノートは別に体に障壁を張っているわけではなく単純に体が硬いため、弱い攻撃をいくら食らっても痛覚という意味でも魔力消費という意味でも痛くも痒くもなかった。


 分身による手数の多さや瞬時に展開できる結界など確かに厄介な点もあったが、結局は自分の守りを突破できない以上目の前の魔神に勝機は無い。

 殺すついでに目の前の魔神に本当の攻撃というものを見せてやろう。


 そう考えながらリリノートは右腕を変形させて刃渡り三メートル程の剣を三本生やした。

 今も全方位から振り注いでいる風の刃のせいでリリノートの視界はほぼ遮られていたが、それ程広くない結界の中でこの長さの剣を三本も振ればどれかは魔神に当たるだろう。


 以前ラインド大陸のディアンの支配領域内でイビルアイが体を解いた状態のホムラの眷属を倒したことがあり、このことからディアンたちは魔神たちが体を透明かつ不定形の状態に変えられるのだと判断した。


 ディアンの能力を持たされていたイビルアイが倒せたのだからこの状態の魔神たちは無敵というわけではなく、強力な能力で攻撃すれば倒せるというのがディアンたちの判断だった。

 ホムラの眷属と魔神たちでは体を解いている際の能力への耐久力も違うのだが、異世界人や改造人間が使う能力の前では誤差の様なものだったのでディアンたちの判断は結果的には間違ってはいなかった。


 結界内を吹き荒れる風のせいでかなり動きにくかったが、リリノートは能力で自分の体を制御して普通に振るうのと大差無い速さと精度で剣を振るうことができた。

 目の前の魔神が分身の可能性もあるのでこの一撃で戦いが終わるかは分からないが、魔神も自分と遜色無い能力の分身を無尽蔵には創れないはずだ。


 ひたすら魔神を斬り裂いていけばその内勝利することができるはずなので、最強の攻撃力と防御力を兼ね備えた自分はただそれを待てばいい。

 そう考えたリリノートは体と剣の制御に全神経を集中させて剣を振るった。


 自分にリリノートの剣が迫るのを見てもフウに特に慌てた様子はなかった。

 限定的とはいえディアンの力を再現したリリノートの剣で斬られたらフウもただでは済まないだろう。

 ホムラの眷属と違いフウの分身はやられてすぐに新しい個体を召還するということはできない。


 仮に二体の分身が破壊された場合、分身の復元が終わるまでフウは分身を七体しか召還できなくなるので、フウの分身は敵にひたすら特攻させるという使い方には向いていなかった。

 風を纏いながら分身二体に特攻させればリリノートの攻撃を防ぐことはできなくても剣の勢いを弱めることぐらいはできるだろうが、それではただの時間稼ぎにしかならない。


 自分は時間稼ぎのために戦っているわけではなく、目の前の改造人間を肉体的にも精神的にも痛めつけた上で殺すために戦っているのだからそろそろ反撃をしよう。

 そう考えたフウは『護国嵐士』を発動して迫り来る三本の剣に視線を向けた。


 降り注ぐ風の刃に視界を遮られながらもフウ目掛けて正確に剣を振るったリリノートは自分の剣がフウを斬り裂くと確信していたので、右手の先から伝わってきた感覚が信じられなかった。

 リリノートがフウ目掛けて剣を振り降ろした直後、リリノートに降り注いでいた風の刃が止み、視界が晴れたリリノートは信じられない光景を目の当たりにした。


 フウの足下に刃渡り三メートル程の刃三本が落ちており、リリノートが自分の右手に視線を向けると右手の先には無残に折れた剣の根元しか残っていなかった。

 先程右手の先から伝わってきた感触でリリノートは自分の剣が折られたことを察していたが、その時は自分の剣が折られたなど信じられなかった。

 それは実際に折られた剣を見た今も同じで、リリノートはこれまでの傲慢さや余裕をかなぐり捨てて叫び声をあげた。


「そんな、あり得ない!私の剣が折れるだなんて!」


 自分の体は以前闇の魔神が手も足も出なかった猿型の上級悪魔と同じ硬度を持っているのだ。

 能恭也ならまだしも魔神一体に傷つけられるはずが、ましてや折られるなどあり得ない。

 そう考えて取り乱したリリノートの耳にフウの声が届いた。


「確かにあなたの主の能力は強いけど所詮は剣。折ればいいだけ」

「そんなことできるわけがないって言ってるでしょう!」


 フウにはっきりと剣を折ったと断言されてリリノートは現実逃避気味に怒鳴り声をあげ、そんなリリノートを見てフウはため息をついた。


「じゃあ、今度は見えるようにやってあげる。さあ、どこからでもかかってきて」


 そう言うとフウは自分の周囲の風を操って足下に落ちていた刃を結界の外に排除した。

 その気になればリリノートはフウの足下に落ちていた刃を操ってフウに攻撃を仕掛けることができたのだが、自分の剣が折られるという想定外の状況に混乱していたためそんな余裕は無かった。


 それでもここで何もしなければ自分の敗北が決まってしまう。

 視界が遮られていない今なら魔神が何をしてきても対処できるはずだと考え、リリノートは萎えかけていた闘志を奮い立たせて再び右手に剣を生やした。


 今回リリノートは右手から剣を一本しか生やさず、その代わり今回リリノートが作り出した剣は刃渡りは先程の剣と同じだったが厚さが十センチもある肉厚の剣だった。

 どうせ能力で制御するのでいくら大きくてもリリノートは問題無く剣を振るうことができ、多少刃が厚くてもディアンの能力で斬れ味は保証されている。


 これだけ厚ければ何かの間違いで折られることもないだろうと自分の作り出した剣を見てリリノートは再び自信を取り戻し、そんなリリノートを、正確に言うならリリノートの作り出した剣を見てフウは困っている様子だった。


「こんなに大きいの作れるとは思ってなかった。……壊せないかも」


 さすがに結界創りに分身を二体割いた状態では今回のリリノートの剣は壊せないとフウは判断し、しかたがなかったのでフウは結界を維持していた分身二体を手元に呼び戻した。

 その結果フウとリリノートを取り囲んでいた風の結界が消え、自分たちの周囲に視線を向けたリリノートは驚愕に目を見開いた。


 自分が風の結界に閉じ込められて五分と経っていないはずなのにいつの間にか地上から遥か離れた上空にいたからだ。

 リリノートが地上に視線を向けると上級悪魔たちが戦っている様子が確認でき、正確なところは分からないが少なくても百メートルは地上から離れた場所に自分たちはいるようだとリリノートは判断した。


「怖かったら助けを呼んでいい。さすがに結界を創りながらじゃその剣は壊せないから今なら助けを呼べる」

「……今すぐにその大口を叩けなくしてあげるわ」


 全力さえ出せば自分の作った剣を破壊できると当然の様に言い放った魔神を前にリリノートは怒りを覚え、今すぐに目の前の魔神に剣を振り降ろしたいという衝動に駆られた。

 リリノートはその衝動に逆らうことなくフウに剣を振り降ろし、その直後本体を含む八人のフウがリリノートの作り出した剣の周囲に現れて剣に掌底を放った。


 フウの専用魔導具、『護国嵐士』はフウの魔法の威力を上げるだけの魔導具で、方向性こそ様々だが自分の魔法に何らかの付与効果を持たせる他の魔神たちの専用魔導具と比べるとかなり単純な魔導具だ。


 しかし発動に必要な魔力自体は他の魔神たちの専用魔導具と同等なので、遠距離魔法には使えないという欠点こそあるものの単純な破壊力という点では『護国嵐士』は魔神たちの専用魔導具の中でも間違い無く最強だった。


『護国嵐士』で強化された風魔法を帯びたフウ八人分の掌底を受けたリリノートの剣は刃の四分の一程が砕け散り、それを見たリリノートは一瞬放心状態になった。

 フウの分身による奇襲はリリノートも予想していたが、自分ならどんな攻撃を受けても大丈夫だと考えていたリリノートはフウの攻撃など全く警戒していなかった。


 しかしこれまでディアン以外には傷一つつけられたことがない自分の体が砕かれたことでリリノートはかなり動揺してしまった。

 それを見逃す程フウもお人好しではなかったので、フウは二体だけ残した分身と共に隙だらけのリリノートの顔、胸、腹部に掌底を放った。


 フウ三人の攻撃を受けた瞬間、リリノートは自分の金属の体にひびが入るのを感じ、先程三本の剣が折られた時にも感じた魔力を喪失する感覚に恐怖を覚えた。

 目の前の魔神が自分の体を破壊できるとなると自分が負ける可能性も出てきた。

 そう考えて今の体を手に入れて以来初めてとなる恐怖にすくんでいたリリノートにフウが話しかけてきた。


「能恭也からはあなたたちに殺される側の気持ちをたくさん教えるように言われてる。あなたの能力はそういう意味ではやりやすいから助かった」


 自分を全く警戒していないフウの発言を受けてリリノートは闘志を失いそうになったが、このまま無抵抗でいても状況が好転するわけではないと考えて何とか踏みとどまった。

 自分の体を傷つける程の攻撃を使い続ければ魔神の魔力はすぐに底をつくはずだ。

 そう考えて何とかフウに視線を向けたリリノートを見てフウは安堵した。


「完全に諦めた相手痛めつけてもしかたがないから助かった。あなたができるだけたくさん抵抗してから絶望した方が能恭也の望みに適うと思うから最後までがんばって欲しい」

「今の内に好きに言ってればいいわ。あなたの魔力も無限じゃないでしょう」


 とことん自分を見下した発言をしてくるフウにリリノートは改めて怒りを覚えつつも、いざとなったら逃げることを選択肢に入れつつフウとの戦闘を再開した。

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