最終決戦(ユーダム)①
ディアンたちとの戦いを当日に迎え、襲撃予定地の一つ、ユーダムではジュナやロップが兵士たちと共に改造人間や悪魔の群れの襲撃を待ち構えていた。
「いいですか?どんな状況になっても改造人間と上級悪魔とは決して戦わないように!私たちはあくまで中級悪魔のみを相手にします!」
ロップが不安を隠し切れない様子の兵士たちに指示を飛ばす中、ジュナはユーダムの住民たちから離れた場所で空を見上げているフウに話しかけた。
「おい、最後の確認をしているんだから顔ぐらい見せてくれ」
ジュナたちを当てにしていないという自分の考えを隠そうともしないフウにジュナ以外のユーダムの人間は匙を投げていたが、恭也の部下のフウとは今後長い付き合いになると考えていたジュナはフウの態度にもめげずに何度もフウに話しかけていた。
そんなジュナの態度を受け、恭也からユーダムの人々と協力して戦うように言われていたこともありフウはジュナに返事をした。
「作戦なんて必要無い。街を守るのに二人は残して行くけど改造人間と悪魔たちは私と能恭也が創った上級悪魔で倒す。あなたたちは街さえ守っててくれれば中級悪魔の方も後で私が倒すつもり」
人数でこそホムラの眷属に負けるが質という点ではフウの創る分身の方が遥かに上だ。
本体を含めて十人まで分身を創れる自分なら他の魔神たちと違い一人でも任された場所を守れるとフウは考えており、ジュナたちには邪魔だけはしないで欲しいと考えていた。
この考えをフウはジュナたちにはっきり伝えたのだが、そう言われたからといってジュナたちもうなずくわけにはいかず昨日の夜から臨戦態勢を取っていた。
そんなジュナたちの言動がフウには理解できず、フウは自分の疑問をジュナにぶつけた。
「どうしてそんなにやる気を出してるの?能恭也と私が守るって言ってるんだから大人しく壁の近くで待ってればいい」
自分たちという強大な存在に守ってもらえるにも関わらずわざわざ戦うとは一体何を考えているのか、と不思議に思っていたフウにジュナは自分の考えを伝えた。
「他のみんなはどう思ってるか分からないけど私は恭也に頼り切りになるのは嫌だと思ってるぞ。恭也はいつも平気な顔して無茶をするからな。それに私は恭也に返し切れない程の恩があるからそれをこれから一生かけて少しでも返していきたいと思ってる」
「ふーん。まあ、精々がんばって」
恭也の支配下にある住人のやる気があること自体はフウにとっても好ましかったのでフウはジュナに一応激励の言葉をかけた。
「大きくなったあなたはそれなりに強いって聞いてるから期待させてもらう。死なない程度に、来た」
フウとジュナが話している途中、フウがユーダム周囲に展開していた分身九人の内の一人が二十体程の上級悪魔を含む悪魔の群れを確認し、この事実をフウに伝えられたジュナはすぐにロップたちのもとに向かった。
自分の報告を受けてにわかに慌て始めたジュナたちを見ながらフウはユーダム周囲に展開していた分身たちを消し、改めて分身二体を創り出した。
フウとフウの創り出す分身は恭也と魔神たちの様に言葉を使わずとも意思の疎通ができるので、召還された分身たちは何も言われなくてもランの作った外壁のもとへと向かった。
防衛用に残して行く分身には三千ずつの魔力しか渡していないので改造人間や上級悪魔との戦いを任せるには不安がある。
そのためあくまでこの二体は中級悪魔と戦うジュナたちの支援が目的で、改造人間と上級悪魔との戦いは残る八人のフウで行う必要があった。
改造人間だけで密かに行動してユーダムの近くで突然悪魔の群れを召還されると正直街を守り切るのは難しかったのだが、ユーダムの住民に恐怖を与えるためか今ユーダムから南に二キロ程行った場所にいる改造人間は自分たちの姿を堂々と晒しながらユーダムに近づいていた。
分身を通して見た改造人間らしき女の姿を思い浮かべながらフウは『凍魔蒼玉』で凍らされていた恭也製の上級悪魔を起動させるためにユーダムの郊外へと向かった。
フウがユーダムの郊外に向かっていた頃、ユーダム襲撃を任された改造人間の女、リリノートはこれから行う襲撃への期待から笑みを浮かべていた。
リリノートは元々は土属性を生まれ持ったごく普通の人間だった。
しかしディアンによる改造を生き延びた結果、以前恭也が戦った猿型の上級悪魔と同等の耐久力を獲得し、皮膚の色は黒みがかった茶色となっていた。
リリノートには他の改造人間たちでも傷一つつけられず、リリノートはこの体のおかげで敵からの攻撃を一切気にすることなく殺戮を楽しむことができた。
もちろんリリノートは猿型の上級悪魔が以前恭也たちに敗れたことを知っていたが、猿型の上級悪魔が負けたのはあくまで恭也と魔神がそろっていたからだと考えていた。
ディアンから聞いた限りでは今回自分たちが戦う能恭也という少年は確実な勝利のために街を一つか二つ見捨てるという判断ができるような性格だとは思えない。
そして能恭也自身はおそらくソパスを守っているはずなので今日自分が戦う相手は精々魔神一体だけだ。
そうなるとディアン以外誰も傷つけられない体を持つ自分が負けるはずがないのでこれまで通り一方的に敵を蹂躙させてもらおう。
そう考えながら上級悪魔の一体に乗り進軍していたリリノートの視界に上級悪魔らしき二体の巨大な存在が入ってきた。
更にその二体の上級悪魔の前に人間程の大きさの何かが浮かんでいるのに気づき、リリノートは引き連れていた悪魔たちに止まるように命じてから自分たちを待ち構えていた相手、フウに話しかけた。
「こんなところで待ち構えてるなんてずいぶん準備がいいのね。今頃能恭也は慌ててあなたたちを配置してるところなのかしら?」
今回リリノートはユーダムからかなり離れた場所で悪魔の群れを召還したが、それでもこんなに早く敵に出迎えられるとは思っていなかった。
今日ディアンたちがどこを襲うかはディアンたち七人しか知らなかったので前もって待ち構えておくのは無理のはずだ。
そう考えてのリリノートの質問を受けてフウは淡々とした表情で口を開いた。
「あなたたちがどこを襲うかぐらいとっくに把握済み。昨日の時点で私はユーダムにいた。暴れるしか能が無いあなたの上司と違って能恭也は多才だから」
「へー、まあ、あんたの主は色々小賢しいまねができるって聞いてるから本当なんでしょうね。でもディアン様の前じゃどんな小細工も無駄よ。あのアロジュートとかいう女が一緒でもディアン様には勝てないわ」
自分たちの襲撃する場所が予想されていたことにリリノートは多少驚いたが、どうせ戦えば自分たちが勝つのだと考えてすぐに冷静さを取り戻した。
自分の上司の勝利を疑っていないリリノートを前にフウはこれまで同様淡々とした口調でリリノートの発言の内容を否定した。
「確かにあなたの上司はこの世界で一番強いけど、部下の強さと万能さでは能恭也には遠く及ばない。戦いが終わった後の拷問とかはホムラに任せるつもりだけど能恭也から殺す前にできるだけ痛めつけるように言われてるから少し苦しんでもらうことになる。抵抗は好きにしていい」
フウのこの傲慢な発言を聞き、リリノートは怒ることなく噴き出した。
「能恭也がディアン様に勝てると思ってるなんてずいぶんとおめでたい頭してるわね。それに魔力の塊の魔神風情が私を殺す?笑わせてくれるわね!それだけ大きな口を叩いたんだから少しは楽しませてちょうだい!」
「……一応名乗っておく。私は風の魔神のフウ」
既に主と契約している魔神にとって魔神と呼ばれることはあまり愉快なことではなかったので無駄だろうと思いつつもフウはリリノートに自分の名前を伝え、それを受けてリリノートは嘲笑を浮かべながらフウ相手に名乗りを上げた。
「私の名前はリリノートよ!私の体に傷の一つもつけられたらほめてあげるわ!さあ、始めましょう!」
そう言うとリリノートは近くにいた上級悪魔数体をフウに差し向け、それに対してフウも従えていた上級悪魔二体を差し向けた。
光属性を持つ鳥型の上級悪魔二体と火属性を持つライオン型の上級悪魔一体がフウの左側で待機していた上級悪魔に魔法を放ち、それらの攻撃をフウの後ろにいた上級悪魔はまともに受けた。
リリノートの差し向けた上級悪魔の攻撃をまともに受けた恭也製の上級悪魔、『リベリオン』は人型の上級悪魔で左腕が大砲に、右腕が剣になっていた。
その上背中からはそれぞれ異なる色の四枚の翼が生えているという『リベリオン』の異形を見てリリノートは多少は警戒していたのだが、自分の命令を受けた上級悪魔たちの攻撃を無防備に食らった『リベリオン』の無様さを見てすぐに嘲笑を浮かべた。
「その立派な武器は飾り?私たちに勝つのは無理でしょうけど、せめて抵抗の真似事ぐらいはしてよ」
イビルアイを通してディアンたちは恭也が上級悪魔を各地に創っていることを把握しており警戒もしていた。
しかし実際に戦ってみると鈍重というのもはばかられる程お粗末な動きしかできない上級悪魔が出てきたのだからリリノートは嘲笑を抑えることができなかった。
そんなリリノートを前にフウは何か言い返してやろうと思ったが、リリノートの嘲笑を消し去るには『リベリオン』の能力を見せるのが一番だと考えて無言で『リベリオン』に攻撃の指示を出した。
フウの指示を受けた『リベリオン』は先程とは打って変わって機敏な動きで大砲となっている左腕を持ち上げ、その砲口から先程鳥型の上級悪魔が自分に向けて放った光線を放った。
立て続けに四発放たれた光線を受けてライオン型の上級悪魔の上半身は瞬時に消し飛び、やがて残された下半身も消滅した。
量産品とはいえディアンの作った上級悪魔が瞬殺されたことにリリノートは驚いたが、『リベリオン』の攻撃はまだ終わっていなかった。
左腕の大砲から光線を放つと同時に『リベリオン』は上空に飛び上がり、背中の翼からも魔法を放っていた。
『リベリオン』の四枚の翼から雷撃、氷の礫、火球、そして『キュメール』が雨の様に降り注ぎ、『リベリオン』の攻撃によりリリノートが乗っていた鳥型の上級悪魔を含む上級悪魔四体は十秒足らずで消滅した。
『リベリオン』は以前ディアンがユーダムに送り込んだ上級悪魔が残した魔導具の残骸を使って恭也が作った上級悪魔で、恭也は『リベリオン』に魔神たち全員の魔法を学習させていたので『リベリオン』の火力は元となったディアン製の上級悪魔とは比較にならない程高かった。
乗っていた上級悪魔が倒されたことでリリノートは十メートル程の高さから地上に落下し、その瞬間を狙ったフウの指示を受けて『リベリオン』は『キュメール』を纏った剣をリリノートの落下地点に振り降ろした。
周囲に巨大な音が響き渡り『リベリオン』の振り降ろした剣の周囲の土が消滅する中、フウが従えていたもう一体の上級悪魔、『スサノオ』も上級悪魔数体を相手に戦いを繰り広げていた。
『スサノオ』はフウの専用魔導具、『護国嵐士』を核に作られた上級悪魔で『リベリオン』同様人型をしていた。
『スサノオ』は両腕に二本の刀を握っており、全身に纏った風の防壁で敵の上級悪魔たちの攻撃のダメージを軽減しながら戦場を駆け抜けていた。
風属性を持った蛇型の上級悪魔が雷を纏いながら『スサノオ』に襲い掛かったが、『スサノオ』は攻撃が効きにくいはずの同じ属性の上級悪魔を苦も無く真っ二つにした。
『スサノオ』の戦っている上級悪魔の中には高い耐久力を持つ猿型の上級悪魔が二体いたため『スサノオ』は『リベリオン』程の戦果は上げていなかったが、それでも数体の上級悪魔を相手に互角以上に戦っていた。
『スサノオ』は自分の専用魔導具を使って恭也が作った上級悪魔なのだからこれぐらいはしてもらわなくては困る。
そう考えながら『スサノオ』の活躍を見ていたフウだったが、いつまでも観戦しているわけにもいかなかったのでフウは『リベリオン』に命じて地面にめり込んでいた剣を引き抜かせた。
「それぐらいで死なないことは分かってる。さっさと出てきて」
フウがそう言った直後、風に乗り地中まで届けられたフウの言葉を聞いたリリノートは魔法で足下の地面を盛り上げながら地上に顔を出した。
「まさかディアン様の作った上級悪魔を再現しているとは思わなかったわ。……面倒だけど私が相手をするしかなさそうね」
そう言いながらリリノートは両腕を剣に変形させて『リベリオン』に視線を向けた。
目の前の上級悪魔が自分の考えている通りの能力を持っているとしたら、通常の上級悪魔をいくら差し向けても倒すことはできない。
ディアンがユーダムに送った上級悪魔は完全に倒されたとリリノートは聞いていた。
戦闘後に残された残骸からここまで能力を再現できるとなると確かに能恭也は悪魔創りという点ではディアンより優れているようだとリリノートは内心舌を巻いていた。
正直な話リリノートの能力は攻撃向けではないのでリリノート一人で上級悪魔を相手取るのは面倒だったが、目の前の上級悪魔に六属性全ての魔法が効かない以上しかたがなかった。
見たところもう片方の上級悪魔は風の防壁で攻撃を防いでいるだけなので、残る上級悪魔を差し向ければ風の魔神共々数の差で押し切れるだろう。
そう考えたリリノートは後方で待機させていた中級悪魔三百体に先行してユーダムを襲うように指示を出した。
リリノートの指示を受けて中級悪魔たちは一斉に飛び立ったのだが、フウにもフウに従う上級悪魔にも中級悪魔を止める素振りは一切見られなかった。
イビルアイからの情報によるとユーダムに残された戦力は精々兵士百人程度で、これだけの戦力で中級悪魔三百体を相手取るのは難しいはずだ。
それにも関わらずユーダムに向かう中級悪魔の群れに視線すら向けないフウを見てリリノートは戸惑った。
そんなリリノートにフウは若干誇らしそうな表情で話しかけた。
「能恭也の部下は優秀だって言ったはず。あなたと上級悪魔さえ通さなければ中級悪魔ぐらい倒せる」
ユーダムの方にまだ自分たちが把握していない戦力を残していたのかとフウの自信に満ちた表情を見てリリノートは驚いた。
しかし魔神風情にいつまでも得意になられているのもしゃくだったので、リリノートは再び嘲笑を浮かべながらフウを挑発した。
「ずいぶん余裕みたいだけどその上級悪魔を当てにしてるならあいにくだったわね。さっきあんたも言った通り私にはどんな攻撃も通用しないわ。私とその上級悪魔、どっちも不死身って言いたいところだけど魔法で攻撃しなければその上級悪魔の魔力はいずれ尽きるはず。お互い不死身なら知恵のある方が勝つに決まってるでしょ?あんたともう一体の上級悪魔は残りの上級悪魔たちと遊んでなさい」
リリノートが見たところ両手に刀を持って戦っている上級悪魔は機動力こそ群を抜いているが耐久力はそこまで高くもなさそうだった。
実際『スサノオ』は魔力を消費して再生こそしているものの常に数体の上級悪魔を相手取り何度も傷を負っていた。
そのためリリノートの思惑通りリリノートが『リベリオン』と戦い、今残っている上級悪魔をフウと『スサノオ』に差し向ければリリノートが勝利を収めることができただろう。
自分程ではないにしても耐久力が高い上級悪魔を相手にすることになりユーダム着くのが予定より二時間近く遅れそうだが、それでも自分の勝利は揺るがない。
そう考えていたリリノートの前でフウはこれ見よがしにため息をついた。
「……ウルやラン相手に苦労してるホムラの気持ちが少しは分かった。同じ事何度も言わせないで。あなたは私が殺す」
そう言うとフウは分身を二体創り出し、二体の分身はフウ本体から離れるとフウとリリノートを包み込む形で球体状の風の結界を創り出した。
それにより二人の足下が不安定になったが、風を操って飛べるフウはもちろん自分の体ぐらいならある程度は操れるリリノートも足場が無くなったことを苦にしなかった。
「私が負けることはまずないけど地面に逃げられたら面倒だから閉じ込めさせてもらった。さっきも言ったけど抵抗は好きにしていい」
そう言うとフウは『護国嵐士』の発動を確認しながらリリノートに接近した。