決戦前日
ディアンたちの部下に襲われる場所へのあいさつを終えた後も恭也はディアンたちを迎撃する準備に追われ、息をつく暇も無い日々を送っていた。
そしてディアンたちの襲撃が二日後に迫った日の昼下がり、各地の防衛準備を終えた恭也はアロジュートを相手に最後の調整を行っていた。
しかし調整と言っても別に恭也はアロジュートと激しい戦いを行っていたわけではなく、一時間程かけてアロジュートに一方的に殺され続けていた。
この行為はディアンとの戦いに備えて恭也が新しい能力を獲得するためのもので、ここ数日恭也は時間を見つけては魔神たち相手にも同様の行為を行っていた。
ここ数日で二百回以上死んだ恭也はそのかいあっていくつかの強力な能力を新たに獲得しており、無抵抗な相手を一方的に殺し続けるという嫌な仕事を引き受けてくれたアロジュートに礼を述べた。
「特訓に付き合ってくれてありがとうございます。魔神たちは僕を殺すのあんまり乗り気じゃないみたいなんで助かりました」
恭也が死んだ際の能力獲得は本来それ程容易に行えるものではないが、能力を獲得するだけなら恭也はここ数日で死に慣れたこともあり以前よりは容易に行えるようになっていた。
しかし恭也がいくら能力の練度を上げようが死因に応じた能力を獲得するという能力の根幹まではどうしようもなく、ディアンに通じる程強力な能力を獲得しようと思ったら恭也はそれ相応の攻撃で死ぬ必要があった。
そうなると恭也のこの特訓に付き合える相手など異世界人か魔神しかいないのだが、今この世界にいる異世界人はディアンとアロジュート以外は攻撃向けの能力を持っていない。
そのため恭也が異世界人に特訓に付き合ってもらおうと思ったら、相手はアロジュート一択だった。
また恭也がこの特訓の際に無抵抗でいるのは能力の獲得に全神経を注ぐためなのだが、戦うならまだしも無抵抗の恭也を一方的に、それも何度も殺すとなるとウルやライカですら嫌がった。
こういった事情で恭也はこの特訓を主にアロジュート相手に行っており、恭也が強くなるための殺人という不快な行為を延々と行ってくれているアロジュートに心の底から礼を述べた。
今日既に恭也を五十回近く殺しているアロジュートはさすがに表情が若干暗かったが、それでも恭也に話しかけられるとすぐに気丈に返事をした。
「気にすることないわ。あのエイカとかいう人間も言っていたけどあんたが正義に邁進する限りはあたしもそれに付き合うだけよ。それより恋人と一緒にいなくていいの?今日を逃すと明日はそれどころじゃないわよ」
パムリンの占いで恭也たちはディアンたちが予告した日の何時に襲撃を始めるかを占い、いずれの場所も襲撃は早朝に行われることが分かっていた。
具体的な時間までは絞り込むことができなかったためソパスを守る恭也とアロジュートはもちろん各地を任された魔神たちも前日の夕方から各地に詰めることになっていた。
そのため今日がディアンたちの襲撃前に気を抜ける最後の日で、既に恭也たちはディアンたちへの備えをほぼ終えていたのでせめて数時間だけでも恭也はノムキナと過ごした方がいいのではないだろうか。
そう考えてアロジュートは恭也に今日ぐらいはノムキナと一緒に過ごせばいいと提案したのだが、アロジュートの予想に反して恭也はアロジュートの提案を断った。
「気持ちは嬉しいですけどディアンさんとの件が終わるまでノムキナさんと会う気はありません。一応さっき会ってきてノムキナさんにも直接伝えました」
恭也としても緊張の連続を強いられている合間にノムキナとゆっくりしたい気持ちはあったが、ディアンたちとの戦いが終わる前にノムキナに会ってもノムキナとの時間を心の底からは楽しめないだろう。
またディアンたちとの戦いを前に急いで会うとなるとまるで最後の時間を過ごす様な形になってしまうが、恭也はディアンたちとの戦いに勝利してその後ノムキナと共に歩んで行くつもりだ。
そう考えていた恭也にとって今日や明日は全く特別な日ではなく、これまで戦ってきた盗賊や軍を相手にした時同様余裕でディアンに勝つつもりでいた。
こうした恭也の考えを聞き恭也がまるで恐怖を感じていないと考える程アロジュートも単純ではなかったが、自分の主が張っている虚勢を指摘することもないと考えてアロジュートは何も言わなかった。
そんなアロジュートを見て恭也はアロジュートが納得してくれたのだろうと判断し、特訓の続行を提案した。
「さすがに明日は死んでる暇無いと思うので後三十回ぐらいお願いしていいですか?できれば主天使と力天使を後二、三回ずつ召還して欲しいんですけど」
「……あんた、天使を何だと思ってるの?」
熾天使や智天使程ではないとはいえ高位の天使を自分の特訓のために召還して欲しいと言ってきた自分の主にアロジュートは呆れ、その後自分の元上司や同僚に心の中で謝りながらアロジュートは恭也の要求通り高位の天使数人を召還した。
その後恭也の特訓を終えたアロジュートは恭也と共にソパス研究所にいる魔神たちのもとに向かい、その道中街を行き交う人間たちに視線を向けた。
両親に挟まれる形で両親と手を繋いでいる子供を見ながらアロジュートは恭也の今後について考えていた。
ディアンとの戦いに勝利した後で恭也に表立って逆らおうとする者はまずいないだろう。
そうなると恭也も今よりは落ち着くはずで、そうなるといずれ恭也はノムキナと結婚して子供も生まれるだろう。
その後魔神たちや他の異世界人の協力を得てこの世界を変革していくであろう恭也の近くに自分の居場所はあるのだろうか。
ここ最近何度考えた分からない悩みを思い浮かべながらアロジュートはディアンとの戦いの後のことを考え続けた。
一方恭也と三十分程の逢瀬を楽しんだ後、ノムキナもアロジュート同様恭也とディアンとの戦いの後のことを考えていた。
自分とフーリン、ミーシアの三人が恭也と結婚するというノムキナがホムラと秘密裏に進めていた計画は若干の変更があったものの概ね順調に進んでいる。
ジュナとエイカもこちらの提案を受け入れてくれたのでこの件については問題無く進むだろうとノムキナは考えていた。
フーリンとミーシアに一緒に恭也の婚約者になろうと提案した後で王や領主全員が一夫多妻というわけではないと知りノムキナは多少後悔もしたが、自分はともかく他のみんなと結婚できれば恭也も楽しめるはずだと考え直して行動してきた。
まさか恭也の婚約者が五人にまで増えるとはノムキナも考えていなかったが、さすがにこれ以上は増えないだろうと安心もしていた。
恭也はノムキナの知る限り最高に格好いい男だが、それでもさすがに出会った全ての女が恭也に好意を持つわけではない。
正直に言うとノムキナはシュリミナのことを多少警戒していたのだが、街の運営などについて話す際に何度か探りを入れた結果脈無しだと判断した。
シュリミナが恭也のことを異性としては意識していないと知った時点でもしかして命を助けられたぐらいで相手を好きになる自分はもしかして軽い女なのではとノムキナは心配した。
フーリンやミーシアと話している内にノムキナのこの心配は薄れたのだが、自分たち同様に恭也に助けられた結果恭也を好きになる女が現れることをノムキナは警戒していた。
しかしノムキナの心配は杞憂に終わり、あからさまな政略結婚の申し出は最近では来なくなっているのでさすがにこれ以上恭也の婚約者は増えないだろう。
そう考えたノムキナはこの件について考えるのを止め、今日の朝ソパスの住民を相手にたどたどしくディアンの襲撃を伝えていた恭也の様子を思い出しながら領主代行の仕事に取り掛かった。
ディアンたちとの戦いの前日、恭也は魔神たちをそれぞれの担当場所に送る前に自分の部屋に集めて明日の戦いについての指示を出していた。
指示を出すと言っても恭也に具体的な戦術などは助言できないので、恭也が魔神たちに伝えることは単純だった。
「明日みんなは悪魔だけじゃなくてディアンさんの作った改造人間とも戦うことになると思うけど、一つだけ戦い方に注文がある。徹底的に苦しめてから殺して。間違っても絶対に一撃で殺したりしないでね」
恭也のこの発言を聞き魔神たちが不敵な笑みを浮かべる中、恭也は話を続けた。
「もう伝わってると思うけどディアンさんたちがラインド大陸でしてきたことと明日ダーファ大陸とウォース大陸でしようとしてる事に僕まじでむかついてるから、ディアンさんは僕の方で何とかするとして改造人間の方はみんなに任せるよ」
「殺しちまっていいのかよ?半殺しぐらいにしとこうと思ってたんだけど」
恭也がディアンたちに激しい怒りを覚えていたことはウルはもちろん他の魔神たちにも伝わっていたが、それでも恭也の口から敵を殺せという指示が出たことに魔神たちは少なからず驚いていた。
今回は恭也が魔神たちと行動を共にしないので『不朽刻印』が使えず、魔神たちが敵を殺したら敵は死んだままになってしまう。
それにも関わらず敵を殺して構わないと告げた恭也に念のためウルは確認をし、そんなウルの質問を受けて恭也は自分の考えを魔神たちとアロジュートに伝えた。
「もちろん殺した後に蘇らせるよ。でも戦争を楽しむとか言ってる想像力の無い人たちには一回本当に死んでもらった方がいいと思う。命乞いは生き返らせた後で聞くつもりだから、遠慮無く殺される側の気持ちを教えてあげて」
バフォメカに聞いたところ改造人間の面々はディアンから街一つを与えられており、その街で改造人間たちは思うままに殺戮や破壊を行っていたらしい。
そんな相手にかける情けなど恭也は持ち合わせていない。
正式な罰を決めるのは彼らがラインド大陸で行った事を調べてからになるが、恭也は改造人間たちへのとりあえずの罰は魔神たちに任せるつもりだった。
「改造人間だけならともかく上級悪魔もいるから無茶なお願いだとは思うけどよろしくね」
恭也が一通り自分の考えを伝えるとウルが自分の意気込みを伝えてきた。
「あの角女は大して戦力にならねぇけど戦いの方は俺に任しとけ。でも改造人間いたぶってから殺せってことなら助けにはいけないぜ?できるだけ早く終わらせて助けに行くつもりだったんだけど」
「こっちにはアロジュートさんもいるしノムキナさんたちのおかげで準備もしっかりできたから大丈夫だよ。こういう言い方はあれだけど多分明日の戦い以上の戦いはもう起きないだろうからウルなりに楽しめばいいよ」
別にウルが現状で楽しめていないとまでは恭也も思っていなかったが、それでも恭也がウルの望むもの全てを与えられていないのも事実だった。
そのため恭也はウルに明日は少しでも楽しむように伝え、その後ホムラが口を開いた。
「私たちがいくら勝ってもマスターが殺されたら全てがご破算ですわ。マスターの勝利を疑ってはおりませんけれど、優先順位だけは間違えないで下さいまし」
「大丈夫だよ。最悪の場合はディアンさんごとそっちに転移して僕、ホムラ、アロジュートさん、ガーニスさんでディアンさん袋叩きにすればいいんだから」
この恭也の案を実行したらソパスが悪魔の群れ相手に無防備になるので恭也はこの案を絶対実行しないだろう。
しかしそれを指摘しても恭也は笑ってごまかすだけだろうと考えてホムラはそれ以上何も言わなかった。
「……明日は街には指一本触れさせないから任せて」
「うん。ランがいるからゾアースの心配は全然してない。悪魔を逃がさないようにだけ気をつけてね」
発言こそ簡潔だったがやる気に満ちた視線を向けてきたランの頭を恭也は軽く撫で、その後ライカに視線を向けた。
「あれ?これ自分も何か言う流れっすか?……まあ、そうすっすね。戦いの方は任せて欲しいっす。自分なら敵逃がすこともないと思うっすから。でも本当に助けに行かなくていいっすか?自分なら迎えに来てもらわなくても行けるっすけど」
「うん。七ヶ所全部で完全に勝つのが明日の目標だから他のみんなはもちろんライカも自分の所のことだけ考えててくれればいいよ」
他の魔神にも言えることだったが恭也としてはどんな能力を持っているか分からない改造人間をもう少し警戒して欲しいところだったので、普段通りとはいえ軽い口調のライカを前に恭也は多少不安になった。
しかしライカの言う通り、ライカと専用魔導具の能力を考えると敵を逃がすことだけはないだろうと考えたので恭也は何も言わなかった。
その後恭也がアクアに視線を向けるとアクアは待っていましたとばかりに自分の意気込みを恭也に伝えてきた。
「明日は恭也様のお望み通りゼキア連邦のみなさんはきっと守り切ってみせます。改造人間への罰に関してもホムラさん程うまくはできないかも知れませんけど私なりにがんばります!」
「うん。お願い。……正直な話戦力って意味ではアクアの所は一番心配してない。明日はがんばってね」
「はい!お任せ下さい!」
恭也のアクアへの賞賛を聞き他の魔神たちが表情を変えたのを見て、迷ったものの言ってよかったと恭也は判断した。
魔神たちが負けるとは恭也も思ってはいなかったが、それでも魔神たちの何人かが緊張していないように見えたのも事実だった。
そのため恭也は他の魔神たちのやる気を引き出すためにアクアを利用したのだが、その効果は恭也の予想以上だった。
他の魔神たちから嫉妬や羨望の視線を受けているアクアに心の中で謝りながら恭也はフウに視線を向けた。
「特に言いたいことは無いけど他のみんなに負けるつもりは無い。あなたが初めて手に入れた土地を敵の好きにさせるつもりは無いから安心して」
「うん。ありがとう。場所的に他の国も近いから悪魔を逃がさないようにだけ気をつけてね」
普段他の魔神と恭也の会話にすらほとんど口を挟んでこないフウだが、先程の恭也のアクアへの賞賛の結果か一応はやる気を示していた。
魔神全員がやる気に満ちた表情をしているのを確認した後、恭也は自分の中にいるアロジュートにも声をかけた。
(一応僕も準備はしましたけど実際ディアンさんと戦うとなるとアロジュートさんが頼りです。明日はよろしくお願いしますね)
(ええ、全力を尽くすから安心して)
「よし、じゃあ、明日のこの時間に全員がいい報告できるようにがんばろうね」
アロジュートの返事を聞いた後、恭也は最後にもう一度だけ声をかけてから魔神たちと融合し、魔神たちをそれぞれの場所に送るためにソパスを離れた。