出陣の日
「じゃあ、後は上級悪魔創って帰りますね。六日後はよろしくお願いします」
そう言って恭也はエイカと別れ、上級悪魔を創る現場に立ち会いたいというイオンと共にゾアースの郊外へと向かった。
イオンに関しては今でも恭也は複雑な気持ちを抱いていたが、自分たちがいつまでも険悪な関係でいると周りが疲れるだろうと考えてイオンの同行を許可した。
恭也はギルドにいる人間が以前来た時より多くなっていることに気づき、郊外に向かう道中このことについてイオンに尋ねた。
「ギルドに所属する人急に増えましたね。何かあったんですか?」
ギルドの活動が活発になること自体は恭也としても大歓迎だったが他の働き口がなくなっているというのなら話は別だ。
もしそうなら多忙のホムラには悪いが早急に対策を考えてもらおうと恭也は考えていたのだが、ギルドが盛況だった理由は恭也の予想とは違った。
「サドナ連邦からかなりの人が流れて来たみたいで、そういう人たちの中にはギルドに入りたがっている人も多いって姉は言ってました」
(……ホムラ、その人たち大丈夫?)
恭也はホムラからサドナ連邦の統治は問題無く行われていると報告を受けており、ホムラが調査や報告で失敗をするとは考えられなかった。
そんな中でサドナ連邦からの移住者が増えていると聞き、恭也は彼らがスパイである可能性を考えたのだがこの程度のことはホムラも考えていた。
(問題ありませんわ。マスターの御心配通り既に何人か怪しい動きを見せている者がいますけれど各自対応済みですもの。逆に利用したいとも考えておりますのでしばらくは放置するつもりですわ)
ホムラのこの報告を聞き、恭也はホムラなら自分が気づく程度のことはとっくに対応済みかと苦笑した。
その後主にイオンが恭也に質問をするという形で恭也とイオンは会話を続けながらゾアースの郊外に向かい、二人の会話を聞きながらホムラは今回のディアンたちによる襲撃について考えていた。
今回のディアンたちの襲撃は人命尊重など考えてもいないホムラにとってもかなりの痛手で、ディアンたちの襲撃への対策のせいで現在進めているいくつもの計画の進行が遅れていた。
しかし現状を嘆いてもしかたないのでホムラは今回のディアンたちの襲撃を利用していくつかの策を進行中だった。
その内の一つが恭也に敵対的な権力者の排除で、そのための計画自体はディアンの襲撃予告以前から進めていたのだがこの機会に一気に進めることにした。
ウルではないがサドナ連邦がディアンたちに襲われたらそれはそれでやりようもあったのだが、現状は総合的にはかなりいい方向で進んでいたのでホムラはそこまで不満を感じてはいなかった。
恭也とディアンが戦うと聞いた途端自分の想像通りの動きを見せた操りがいのないとある連中の顔を思い出しながらホムラはいつも通りいくつもの策について考えを巡らした。
恭也がエイカとイオンとの対談を終えてから一時間程経った頃、ギルドの支部長としての仕事を行っていたエイカのもとに興奮冷めやらぬ様子でイオンが顔を出した。
「本当にすごかったよ、恭也さんが悪魔を創るところ。お姉ちゃんも来ればよかったのに!」
「別にいいわよ。彼の能力自体にはそこまで興味無いし」
エイカは恭也の行動理念を尊敬しているだけで恭也の能力自体には大して興味は無い。
もちろんエイカは恭也の能力をすごいとは思っている。
しかし恭也とアロジュートの戦いを見た時にエイカはアロジュートや魔神たちの能力も目の当たりにしていたので、恭也の能力がそこまですごい能力だとは思えなかった。
この殺傷能力に重きを置いた自分の感想の歪さにエイカは最近気づき、恭也の能力について楽しそうに話すイオンを見てさらに自己嫌悪を感じた。
十代の半分近くを軍人として過ごしたのだから自分がこの様な考え方を持つのはしかたがないと初めの内はエイカは考えていたが、ノムキナと話す機会が増えてこれがただの言い訳にしか思えなくなった。
ノムキナから恭也が経験した様々な事件の話を聞いたからだ。
死者の蘇生すら行える万能に近い存在だと考えていた恭也が自分が助けようとした人々の死を背負って戦い抜いてきたと知り、そんな恭也に父親の復讐のために多くのトーカ王国の人間を殺した自分が説教をしていたなんて笑い話にもならない。
最近そう考え始めていたエイカは恭也の活躍を聞く度に恭也への賞賛と自己嫌悪を同時に感じてため息が増える日々を送っていた。
恭也の様な不本意な戦に明け暮れている人間の恋人には戦いとは無縁の人間がふさわしいのだろう。
そう考えていたエイカは恭也に無邪気に好奇心を向けているイオンの性格がうらやましく、今回も複雑な気持ちを抱えながらイオンの話に付き合っていた。
そんな時だった。
扉が叩かれたと思ったらホムラの眷属が姿を見せ、ノムキナがエイカに話があると伝えてきた。
ディアン関連の報告ならまだゾアースにいる恭也を呼んだ方がいいとエイカは考えたのだが、フーリンからジュナについての報告を受けたノムキナの用件はエイカの想像もしていないものだった。
このままでは収拾がつかなくなりそうなので今の内にディアンとの戦いの後のとある問題について決着をつけておこう。
そう考えたノムキナが恭也のいない時を狙ってエイカにしたある提案を聞き、その予想外の内容にエイカはもちろん横にいたイオンもしばらく言葉を失ってしまった。
恭也たち相手の蹂躙が四日後に控えていた日の朝、ディアンは本拠地として使っている街、セジバガにある王城に自分が作った改造人間六人を集めた。
集められた六人の内、四人は見た目は普通の人間だったが残る二人は明らかに亜人だった。
二人の亜人の内、一際目立つ巨体を持つオーガ、デナパスはとうとう出発の日を迎えたことに喜びを隠せない様子だった。
「とうとうこの日がやってきましたな!ディアン様から頂いたこの力、存分に振るわせていただきます!」
「ああ、精々楽しんできな。お前が行くところには異世界人の血を引いてる奴がいるそうだから少しは楽しめると思うぜ?」
四日後に楽しめる破壊と虐殺に心を躍らせるデナパスを含む部下たちにディアンはイビルアイを通して手に入れた情報を伝えた。
「能恭也はご苦労なことにほとんどの国の海沿いの街に防壁を作ったみたいだ。土で作っただけの防壁だが土の魔神が何かしてたみたいだから簡単には壊せないかもな。ま、上はがら空きだからどうにでもなるだろう」
ディアンは部下たちにそれぞれ二十体以上の上級悪魔を渡しており、その中には恭也が以前戦った光属性の魔法を使える鳥型の上級悪魔も含まれていた。
それらの上級悪魔を使って上空から攻撃を仕掛ければ防壁など何の役にも立たず、そもそもディアンたちが四日後に狙う予定の場所は半数近くが内陸部だ。
そのためディアンはもちろんディアンから報告を受けた改造人間たちも恭也たちのほとんど徒労に終わる迎撃準備を嘲笑い、口々に自分たちの遊び相手について楽しそうに話していた。
「今から異世界人の悲鳴を聞くのが楽しみですよ」
シュリミナのいるイーサンに向かうことになっていた男、アギュメインはディアンの行った改造により強力な火属性の魔法が使え、今の能力を手にしてから数百人の人間を焼き殺していた。
特にアギュメインは顔を焼かれた時の女の悲鳴を聞くのが好きで、自分を異世界人の女がいる場所に派遣してくれたディアンに感謝していた。
「頭に角が生えてるが顔はまあまあだからお前好みだと思うぜ?殺すなりおもちゃにするなり好きにして、飽きたら持って来いよ。また融合させてやるから」
「はい。その時はぜひお願いします」
聞くに堪えない会話をその後もしばらくアギュメインと行った後、ディアンは六人の内唯一の女、ジューグスに声をかけた。
ジューグスは元々はただのラミアだったのだがディアンの手によりラミアとハーピィ数十人ずつと融合させられており、風属性と闇属性の強力な魔法が使えた。
「お前の行く所には水属性の精霊魔法の使い手がいるそうだ。まあ、今のお前らの能力に比べたらカスみたいなものだろうが一応気をつけろよ」
ジューグスは異なる種族を混ぜ合わせた結果それぞれの種族の特徴がきれいに発現した唯一の成功例だったので、他の改造人間と話す時より優しい口調でディアンはジューグスを心配した。
そんなディアンの心配を受けてジューグスは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ご心配には及びませんわ。異世界人や魔神ならともかくただの人間なんて私の前ではただの操り人形ですもの。その女はギルドとやらの活動にも熱心な高潔な人間なのですよね?そんな人間が私に操られて自分の手で街の人間を殺した時にどんな顔をするか。想像しただけでもわくわくしますわ」
心底楽しそうに闇魔法による遊びの内容を口にするジューグスを見てディアンも同様の笑みを浮かべ、その後も改造人間たちはディアンに自分が四日後にいかに楽しむつもりかを伝えた。
別に死んでも構わないとまでは考えていなかったが、ディアンは改造人間たちを魔神たちを恭也から引き離すための捨て駒としか考えていなかった。
そのため改造人間たちを心の中で馬鹿にしながらディアンは彼らに今回の戦争における注意点を伝えた。
「今回の戦争は俺たちが一方的に楽しむだけの遊びだ。でも遊びだからこそちゃんと規則は守らないとな。間違っても俺が能恭也に伝えた日より早く攻撃始めるんじゃねぇぞ。特にダクタルは気をつけろ」
鳥型の上級悪魔に乗って移動すればどんなに遅くてもディアンたちは二日もあればそれぞれが襲撃する場所に着くことができる。
しかし光速で移動できるダクタルはその気になれば一分とかけずに襲撃する場所まで行くことができるので、ディアンは名指しでダクタルに注意を促した。
数年我慢すればまた異世界人数人がこの世界に送り込まれるので、ディアンにとって今回の戦争は数年に一度の大規模な催しの様なものだった。
しかし一応は戦争という名目で始めるのだから襲撃予告の日時ぐらいは守ろうとディアンは考え、このディアンの自尊心による指示に改造人間たちが逆らうはずもなくやがて改造人間たちはそれぞれ出発の準備に向かった。
改造人間たちと別れた後、ディアンはセジバガ郊外の地下に作らせた工場に向かい、そこに眠っていた全長二十メートルに及ぶ巨大な魔導具に視線を向けた。
「もうすぐお前のお披露目の日だ。能恭也の街を火の海にしてやろうぜ」
この魔導具が四日後に活躍すればこの魔導具の動力源を作るために犠牲になった多くの人間たちも浮かばれるだろうと考えながらディアンは本格的な起動は今日が初めてとなる魔導具に魔力を通した。