負い目
シュリミナに会った翌日、恭也はゼキア連邦でアルラウネの長、ミウとエルフの長、キザンに会っていた。
パムリンの占いでゼキア連邦が六日後にディアンたちに襲われることは分かっていたが、ゼキア連邦の亜人たちは種族ごとに別れて暮らしている上に一つの種族の中でも小さな集落をいくつも作り細々と生活している。
そのためゼキア連邦には特に狙うべき場所というものが存在せず、世界地図を使った大まかな占いでは正確な襲撃場所を知ることができなかった。
しかしラインド大陸との位置関係を考えるとディアンの部下たちは北の海岸から上陸してくる可能性が高く、実際にゼキア連邦に来て占いをし直したところゼキア連邦北部のオーガの居住区とエルフ、アルラウネの居住区の中間地点に六日後に何者かが現れるという結果が出た。
すでに恭也はエルフとアルラウネ以外の種族の長との話を終えており、各種族の精鋭が六日の間に秘密裏にゼキア連邦北部に集まる手はずになっていた。
一応は単にゼキア連邦全土を警戒しているだけだと装うためにホムラの眷属を各地に配置していたが遅くとも二日後にはこれらの眷属は撤収する予定だった。
「この度は私たちのためにご尽力いただきまことにありがとうございます。能様がいなかったら私たちはなす術も無くディアンという男とその部下に蹂躙されていたでしょう」
「気にしないで下さい。当日はみなさんの力も借りるわけですし困った時はお互い様ですから」
今回の恭也によるゼキア連邦の防衛に対して深々と頭を下げてきたキザンに恭也は気にしないように伝え、そんな恭也にミウが話しかけてきた。
「どうしてディアンという人はゼキア連邦を狙ったのでしょうか?」
恭也はディアンたちが恭也と関係のある場所や異世界人のいる場所を意図的に狙っていると各地の王や領主たちに伝えていた。
この恭也の説明を聞いたミウはゼキア連邦がディアンたちに狙われた理由は自分なのではと考えており、ミウのこうした考えを察した恭也は言いにくそうに自分の考えを伝えた。
「……言い方は悪いですけどディアンさんたちはこの国の亜人のみなさんを悪魔を作るちょうどいい材料ぐらいに思ってるんだと思います。これだけ亜人が揃ってる場所はこの世界でもここだけですから」
ディアンの能力とそれによる所業を恭也から聞いていたミウとキザンは恭也のこの発言を聞き嫌悪感を露わにし、それを見た恭也はどう慰めるべきか分からなかった。
ただでさえゼキア連邦の亜人たちはヘクステラ王国の人間により誘拐や虐殺をされてきた歴史を持っており、それがようやく解決したと思ったら今度は異世界人による侵略だ。
ミウとキザンを含むゼキア連邦の亜人たちが不快に思うのは当然で、そんな彼らをうまく慰められる程恭也は器用ではなかったので話題を次に移した。
「そういう目で見られるのは不快でしょうけどでも安心して下さい。当日は上級悪魔二体をここに配置しますし魔神も一人配置します。ここを任せる水の魔神アクアは僕の能力も使えますし戦う場所も海の近くです。当日は悪魔一匹通しませんよ」
そう言って恭也がアクアを召還するとアクアはミウとキザンにあいさつをした。
「恭也様からゼキア連邦を任されたアクアです。六日後の勝利のためにはみなさんの協力が必要になると思います。どうかよろしくお願いします」
魔神であるアクアが想像以上に丁寧な態度を取ったことに驚いたミウとキザンがあいさつを返すのを見ながら恭也はゼキア連邦での戦いが海の近くで行われる幸運を喜んでいた。
他の魔神たちの前で言うと面倒なことになるので言わないが恭也はアクアが魔神たちの中で一番強いと考えており、そのためディアンたちに襲われる場所の中で一番戦いの人手が少ないゼキア連邦の守りをアクアに任せた。
ただでさえ魔神として強力な魔法が使えるアクアが恭也の能力も使え、その上当日戦う場所が海の近くとなるとアクアの優位は揺るがないだろう。
ディアンたちとしては単に真っすぐ南下しただけなのだろうが、これだけの条件が揃っていればアクアに安心してゼキア連邦を任せられると考えながら恭也はミウとキザンとの話を続けた。
ミウとキザンと六日後の戦いについて三十分程話し合った後、恭也はエイカのいるゾアースに向かおうとしたのだがその前にミウに呼び止められた。
ミウの話したいことは大体察しがついていたので、恭也は人目の無い場所に移動すると念のため『隔離空間』で中の会話が外に聞こえないようにしてからミウとの話を始めた。
「さっき能様はああ言ってくれましたけど今回ゼキア連邦が狙われたのは私のせいなんじゃないでしょうか?」
開口一番自分の不安を伝えてきたミウに恭也はその可能性は無いとはっきり伝えた。
「さっきの説明は別にミウさんに気を遣ったわけじゃありません。僕も眼の能力が無かったらミウさんの正体に気づけませんでしたから、直接会ったならともかく悪魔越しに見たぐらいじゃミウさんの正体には気づけませんよ」
ディアンが直接ミウに会えばミウの保有魔力量でミウの正体に気づけるだろうが、分解の能力すら限定的にしか再現できていないイビルアイ越しに見ただけでそこまで判別できるわけがない。
これはこれまで『魔法看破』でイビルアイを見てきた上での結論だったので恭也は断言できたのだが、『魔法看破』の能力を恭也の説明でしか知らないミウはそれでは納得できなかった。
そのため自分のせいでゼキア連邦の住民たちを巻き込んでしまったのなら自分の寿命を削って眷属を数体召還しようとミウは考えていた。
しかしミウのこの考えを聞き恭也は不快そうな表情を浮かべた。
「そんなことしちゃ駄目です。何度も言いますけどもしミウさんがいなかったとしても今回ディアンさんはゼキア連邦を襲ったはずです。だからミウさんが気にする必要なんて全然無いですよ。これ僕が言っても言い訳に聞こえるでしょうけど僕たちがいなくてもどうせディアンさんは今回みたいな侵略は始めてたと思います。だからほんと気にする必要無いですよ」
自分の説得を聞き黙り込んだミウに恭也はディアンとの戦いの後についての話をした。
「僕はもちろんディアンさんとの戦いに勝つつもりでその後にしたいことがたくさんあります。ミウさんが能力を使ったらミウさんの正体がばれるかも知れません。そうなったら今の生活ができなくなります。ディアンさんみたいな人のために今の生活を捨てる必要なんて無いですよ。戦いは僕に任せて当日はアルラウネのみなさんの指揮だけ取ってくれればいいです」
こう言って恭也はゼキア連邦に配置する分の上級悪魔を創りに向かおうとしたのだが、ミウの表情はまだ晴れなかった。
そこで恭也はミウにしかできない貢献をすればミウの気も少しは晴れるだろうと考え、ミウの許可を得て『ベルセポネー』でミウの魔力を全て吸い取ってから六日後の戦場になる場所へと向かった。
ゼキア連邦には守るべき街が無いため外壁を作る必要が無く、ゼキア連邦での作業は他の場所と比べてかなり早く終わった。
そのためまだ日が高い内に恭也たちはゾアースに向かうことができ、ゾアースのギルド支部の一室で恭也はエイカとイオンと六日後について話をしていた。
「ゾアースの人には悪いですけど正直言って狙われたのがゾアースで助かりました。エイカさんがいるとかなり助かりますから」
ラインド大陸から南下してたどり着く港街はゾアースの他に二つありどちらも比較的に恭也に協力的ではあるが、やはりエイカとイオンの存在によりギルドの恩恵を多く受けているゾアースには及ばない。
そのため恭也はヘクステラ王国の街の中で狙われたのがゾアースだったのは不幸中の幸いだと考えており、それを伝えられたエイカは特に気分を害した様子も見せずに意気込みを口にした。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ギルドに所属している人間と衛兵たちにも既に六日後のことは伝えてあるしイオンが魔導具の準備も進めてる。上級悪魔はあなたたちに任せるしかないけど私たちにできることは準備は進めているわ。当日は任せておいて」
「はい。よろしくお願いします。ゾアースの守りはランに任せるつもりなので細かい打ち合わせはランとして下さい」
そう言って恭也がランを召還するとランはイオンには視線すら向けずにエイカに話しかけた。
「……あなたはこの世界の人間にしてはましな方だって聞いてる。六日後の戦いでは中級悪魔を逃がしても街に被害が出ても負けだってごしゅじんさまから言われてるからお互いがんばろう」
「ラン!……すいません。失礼なこと言って」
ランの発言の後半部分はともかく最初のましというエイカへの評価はとても聞き逃せなかったので恭也は即座にエイカに謝罪したのだが、姉を侮辱されたと感じたイオンはともかくエイカ本人はランの発言を聞いても特に気分を害した様子はなかった。
「あなたたちからすれば私の評価なんてそんなものでしょう。特に気にしてないわ。前にも言った通りあなたがこれからも人を助け続けるというのなら私に文句は無いわ。精々私の期待を裏切らないようにしてね」
このエイカの発言を聞き何人かの魔神が不快そうにしたが、恭也は自身に満ちた表情でエイカに返事をした。
「はい。それに関しては任せて下さい。さっき会ったゼキア連邦の人にも言ったんですけどディアンさんとの戦いの後にしたいことがたくさんありますしディアンさんとの戦いに関しても色々考えてます。エイカさんの期待を裏切るつもりはありません」
「そう。期待してるわ」
恭也の意気込みを聞いてもエイカは特に表情を変えず、このエイカの反応を特に気にせずに恭也は話を進めた。
「そう言えばランが一つ確認したいことがあるそうです」
「何?」
恭也に促されたランはエイカに当日の戦闘について気になっていたことを尋ねた。
「……六日後の相手はかなり強いと思うから私もかなり派手に地面を操ると思う。だから壊しちゃいけない物が街の外にあったら教えて欲しい」
ゾアースでの戦いも海岸近くで行われることになる予定で、海沿いに畑や農場は無いため街の近くで戦うよりは戦いやすいがそれでも建物が皆無ということはないだろう。
街への被害を出すなと言われている以上、自分の魔法でゾアースに被害を出さないことはランにとって重要だった。
そんなランの質問を受けてエイカは用意していた資料を取り出し、このエイカの手際を見てさすがにオルフートで将軍をしていただけのことはあるなと恭也は素直に感心した。
「戦場は海の近くになる予定だけど一応街から海までの間にある畑や建物の場所は調べておいたわ。印がついてる所以外は最悪壊しても構わないって持ち主の許可をもらってあるわ」
「……分かった。これなら大丈夫だと思う」
ランが見たところ被害を避けて欲しいと資料に書いてある場所はそのほとんどが街の近くで、当日自分が改造人間と上級悪魔に押されない限りは自分が地面を操ることによる被害は考えなくても問題無いとランは判断した。
一方のエイカはランが強化した外壁についてランに質問をした。
「あの外壁完全に金属になってるけど戦いが終わった後元に戻せるの?」
ランが金属を操作できることはエイカも知っていたが、例え外壁を変形させて撤去したとしてもあれだけの量の金属をゾアース近辺に放置されると交通や農作業の邪魔になる。
それを心配してエイカはランにこの質問をしたのだが、質問を受けたランは涼しい顔でエイカの質問に答えた。
「……大丈夫。戦いが終わったらあの壁は土に戻すから」
「そんなことできるの?」
ランの発言を聞きエイカとその隣にいたイオンも驚いた様子を見せ、そんな二人の様子を見た恭也は『格納庫』から通常の剣を取り出した。
「実際見せた方が早いと思うよ」
「……分かった」
そう言ってランが剣に触れると剣の刃の部分は一瞬で土に変わり、ランが事も無げに使用した魔法を見てエイカとイオンは言葉を失っていた。
「……私は金属を土に変えることができてこの土は何の特徴も無いただの土だから心配無い」
「……なるほど。安心したわ。当日はよろしくね」
エイカのこの発言に短く返事をした後ランは恭也に視線を向け、それを受けて恭也はランと融合してからエイカとイオンに話しかけた。