下準備
フーリンたちとの話し合いが予定通り午前中で終わり、恭也はこのままトーカ王国の街、イーサンに行きシュリミナとも会っておくことにした。
恭也の仕事の上級悪魔創りは数分で終わるがランやアクアが担当している防壁の強化などは数時間がかりの仕事だ。
住民たちへの影響を考えて夜間は大掛かりな仕事を行わないことにしていたので、残るゼキア連邦とエイカのいるゾアースに行くのは明日にしよう。
魔神たちのおかげで各地での作業が順調に進んでいることを喜びながら恭也は一度ソパスに帰り、ソパスの住民たちの力を借りたある作業を終えてからイーサンへと向かった。
フーリンがジュナの件でノムキナと連絡を取っていた頃、恭也がイーサンの領主の館に着くと既にシュリミナは応接室で待っていた。
「お疲れ様です。ホムラさんから聞いてますけど忙しいみたいですね。まだ時間に余裕はあるんですからそんなに急がなくてもいいんじゃないですか?」
シュリミナはホムラの眷属を通して恭也がラインド大陸から帰ってから常に各地を飛び回っていると聞いていた。
しかしディアンが襲撃を予告した日までまだ一週間近くあり、聞いている各地の作業の進捗状況を考えると恭也は急ぎ過ぎているようにシュリミナは感じた。
そんなシュリミナの指摘を受けて恭也は自分の今後の予定を伝えた。
「シュリミナさんの言う通りディアンさんたちに襲われる場所の備え自体は多分明日には終わると思います。でも残った数日でできるだけの準備はしておきたいので各地の準備はできるだけ早く終わらせときたいんです。他のところはともかくディアンさんとの戦いはいくら準備してもやり過ぎってことはないと思うので」
そう言って恭也はシュリミナに自分がディアンとの戦いに備えて行っていることを伝え、それを聞いたシュリミナはしばらく言葉を失った。
「そんなことをしてディアンさんとの戦いまでに魔力は持つんですか?たくさんの上級悪魔創りまでしてるって聞いてますけど」
恭也がシュリミナに伝えたディアンへの対策はうまくいきさえすれば確かにディアンにも対抗できる策だったが、必要な魔力も膨大な策で何より当日までの恭也の負担が大き過ぎた。
そのためシュリミナは自分が思いついた策を恭也に伝えた。
「そこまでしなくても恭也さんの能力で魔神のみなさんの魔法を強化して相手にぶつければいいんじゃないですか?ディアンさんとの戦いを手短に終わらせて、その後で他の場所に行けばいいんですから……」
自分の能力を強化できるという便利な能力を持っている恭也が魔神を従えているのだからいくらディアンが強いと言っても恭也なら小細工無しでディアンに勝てるだろう。
そう考えてのシュリミナの発言を聞き魔神たち全員が複雑な気持ちを抱く中、恭也はシュリミナに『能力強化』の仕様について説明した。
「僕の能力を強化する能力を魔神たちに使った場合制御がすごく難しくて、前に魔神三人の魔法を融合させようとして大変なことになっちゃいました」
以前恭也はランを仲間にした時点でウル、ホムラ、ラン三人の融合技を試してみた。
元々の魔神の仕様ではこれは不可能なのだが、『能力強化』によりそれが可能になった。
しかし恭也自身の能力を対象にした時と魔神たちの能力を対象にした時では『能力強化』で強化した能力の制御の難易度がけた違いで、その時は魔力を三万近く消費した上に何も起こらず魔神たちが二時間近く元に戻れなくなるという結果に終わった。
魔神三人の融合技を使った際の手応えとしては訓練さえすれば制御できそうではあったが、失敗の度に魔力を三万近く消費する技の訓練をそう何度もは行えない。
慌てなくても将来的には魔神三人以上の融合技を使えるようになるかも知れず、これができればシュリミナの言う様にディアンとの戦いを力押しで手短に終わらせることもできるだろう。
しかし無いものねだりをしてもしかたがないので少なくともこの技術をディアンとの戦いに使う気は恭也には無かった。
恭也の説明を聞き心配そうにしているシュリミナを見て恭也はシュリミナにまずは自分の心配をして欲しいと伝えた。
「ソパスについてはさっき言った作戦もありますしアロジュートさんもいますから問題無いです。で、正直に言うとここイーサンが戦力的には一番厳しいと思ってます」
「……そうですよね。話を聞いた限りでは私は改造人間はともかく上級悪魔相手ではお役に立てませんし」
シュリミナは恭也からディアン製の上級悪魔や改造人間の能力を聞いており、それを踏まえて自分なりに戦い方を考えていた。
シュリミナの能力は戦闘向きではないが、白兵戦が可能な改造人間なら勝てるかどうかはともかく勝負にはなるだろう。
しかし数メートルの巨体を持つ上級悪魔が相手ではシュリミナに勝ち目は無い。
しかし不死に近い再生能力を持つシュリミナが殺されることもないので、シュリミナと上級悪魔の戦いは長期戦になりその間にイーサンは壊滅しているだろう。
恭也に自分が戦力にならないと指摘され、分かっていたこととはいえシュリミナは落ち込んだ様子だった。
しかし恭也はそこまで悲観的になることもないと考えていたのでシュリミナを励ますために話を続けた。
「でも戦力的に厳しいって言ってもそれは他の街と比べたらで上級悪魔二体とウルをつけるので大丈夫だと思いますよ」
「ああ、任しとけ。何なら改造人間の方も俺が倒してやるぞ?」
恭也に召喚されて早々不敵な笑みを浮かべたウルを恭也はたしなめた。
「『染心冥獄』は街の近くで使えないんだから街の近くで戦う人は必要でしょ?まあ、改造人間の能力次第ではあっさりウルが勝っちゃうかも知れないけど」
『染心冥獄』は魔神たちの専用魔導具の中でも特に殺傷能力が高い魔導具だったので、その使い手のウルが攻撃力に乏しいシュリミナと今回組むことが話し合いの結果決まった。
そのためウルが『染心冥獄』に自身を持つのは分かるがあまり調子に乗られても困るので恭也は一応釘を刺した。
「……情けないですけどあてにさせてもらいますね。当日はよろしくお願いします」
そう言ってウルに頭を下げたシュリミナに恭也は改めて心配いらないと伝えた。
「ランの壁が壊されることはまずないですから最悪街さえ守っててもらえれば僕かライカが戦いが済み次第すぐに駆けつけます。安心してて下さい」
ランの専用魔導具、『錬城技巧』はハンマー型の魔導具で、ランはこれで叩くことで土を鉄以上の強度を持つ金属に変えることができる。
さすがに『アルスマグナ』製の金属並とまではいかないが『錬城技巧』によって作られた金属は魔神ですら破壊に手こずる強度を持つ。
今回恭也たちが各地に作った防壁は高さ十メートル厚さ五メートルに及ぶもので、この防壁を戦闘の片手間に壊すのは上級悪魔でも難しいだろうと恭也は考えていた。
しかし耐久力とは別の点で恭也は防壁について気になっていたことがあったので、それをシュリミナに尋ねた。
「防壁のせいで日当たり最悪になっちゃいましたけど街の人たちから文句とか出てませんか?」
さすがに天井を作って完全に日光を遮る形にこそしなかったが、それでも突然巨大な防壁によって街が囲まれたのだから住民たちは恐怖や不満を感じているだろう。
そう考えての恭也の質問にシュリミナは少し考え込んでから答えた。
「上級悪魔十体以上が襲ってくるかも知れないと伝えているので苦情を口にする人は少ないですけど、それでも洗濯ものが乾かなかったりと小さな不便はあるみたいですね」
この世界にも乾燥機の様な魔導具はあるがどの家庭にもあると言う程は普及していない。
その他にも昼に細かい作業がしづらい、街の出入りが不便など親しい住民たちから聞いた様々な苦労をシュリミナは恭也に伝え、それを聞いた恭也はしばらく考え込んでから口を開いた。
「ちょうどこれからイーサンの様子を見て回るつもりだったんでついでにその件については直接謝っておきます」
正確には恭也は『情報伝播』を使って謝罪するつもりだったので直接の謝罪ではなかったが、イーサンの分の上級悪魔創りなどの諸作業もあるので今日のところはこれで勘弁してもらうしかなかった。
そう考えた恭也はイーサンを含む三つの街の住民による恭也への協力についてシュリミナと話し合い、その後イーサンの様子を見て回るために街へと向かった。
恭也とシュリミナが会っていた頃、ホムラは眷属を通してオルフートの首脳部に七日後にイーサンがディアンの部下に襲われることを伝えた。
今回恭也たちがオルフート首脳部にイーサンが襲われることを伝えたのはイーサンがオルフートとトーカ王国の国境沿いにある街だからだ。
ディアンの発言を信じるなら七日後にオルフートが襲われることはないが、ディアンの部下とその軍勢がオルフートの領土内を通過する可能性はある。
そうなった場合あらかじめ知らせておかないと後でオルフートからどんな難癖をつけられるか分からないというホムラの進言を受け、恭也はホムラの眷属を通してオルフートに七日後の件を伝えた。
オルフートに常駐しているホムラの眷属が報告を終えた後、ホムラから報告を受けたオルフートの文官はすぐに七日後の件を国王のヘイゲスに伝えた。
「七日後に異世界人同士が戦うだと?」
文官からの報告を受けたヘイゲスは異世界人同士が戦うと聞き勝手に潰し合えばいいとしか思わなかったのだが、続く文官の発言を聞き考えを変えた。
「正確に言うとイーサンを襲うのはディアンという異世界人の部下で、ディアンという男本人はティノリス皇国にある能恭也の本拠地を襲うそうです。能恭也はディアンという男に一度負けており苦戦は免れないだろうが必ず勝つので安心するようにとのことでした」
この文官の発言を聞きヘイゲスは不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど。まさかこれ程絶好の機会が訪れるとは思わなかったな」
「は?」
唐突なヘイゲスの発言に文官が戸惑う中、ヘイゲスは不敵な笑みを浮かべたまま文官に自分の考えを伝えた。
「つまり七日後に我々が軍を動かしても能恭也は身動きが取れないということだろう?イーサンを含む三つの街を取り返す絶好の機会ではないか」
「お待ち下さい!能恭也のせいで我が軍の力は弱まっています!とても異世界人同士の戦いに介入する余裕などありません!どうかお考え直しを!」
オルフートとトーカ王国の戦争を止めた後、恭也はトーカ王国のオルフートへの賠償金を決める話し合いの仲介以外でオルフートに干渉はしていなかったが、ヘイゲスがエイカとその妹、イオンを追放したことを受けて兵士・技術者両方の人材が恭也が領主を務めるトーカ王国の街に流出した。
彼らの行動は別に恭也が強制したものではなかったが、オルフートの首脳部、特にヘイゲスはこの件で恭也を恨んでいた。
そんなヘイゲスにとって突然聞かされた異世界人同士の戦いはまさに千載一遇の好機で、自分をたしなめようとする文官を前にしてもヘイゲスは自身に満ちた表情を崩さなかった。
「考えてもみろ。能恭也が動けない以上、イーサンを守っているのはあの角の生えた女だけだ。傷を治すしか能の無いあの女はディアンとやらの部下に負けるだろう。そうなったら次は我が国だぞ?それならディアンという男に協力した方がまだ生き残る可能性があるだろう」
拮抗している異世界人同士の戦いに介入するというヘイゲスの意見を聞き文官は少し考え込んでしまった。
恭也が勝てば現状維持のままだがディアンが勝てばヘイゲスの言う通りになる可能性が高いことに気づいたからだ。
それを考えると自分たちがどちらかに助力して恩を売るというヘイゲスの考えは悪くない案に思え、能恭也に散々煮え湯を飲まされてきた自分の同僚たちもどちらに助力するかと聞かれたらディアンの方を選ぶだろう。
このところいくつかの街で起きていた暴動への対策に頭を悩まされていてこともあり、その鬱憤を晴らしたかったこともあり文官は汗ばむ手を握りながらヘイゲスの案に同意した。
その後文官は具体的な話し合いを行うべく動き出し、ヘイゲスも自分の心と体が高揚しているのを感じながら恭也の悔しがる顔を想像して笑みを浮かべた。