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お見舞い

 ユーダムを襲ったディアンの上級悪魔を倒すために『獣化』を使用したことを報告するためにジュナがメーズに帰った直後にはまだクノン王国の首脳部にはジュナに重い罰を下す意思は無かった。

 ジュナがクノン王国王家の血を引いているのはもはや周知の事実で隠す必要も無く、『獣化』を使った理由も恭也に恩を売れたという意味で申し分無いものだったからだ。


 処分が決まるまで王城の一室に軟禁されていたジュナは首脳部の考えなど知る由も無かったが、それでも自分にそこまで重い処分が下ることがないだろうと予想はしていた。

 しかしディアンの上級悪魔がユーダムを襲う前にクノン王国の住民を殺害していたという報告がメーズに入ったことでクノン王国首脳部の間に不穏な流れが生まれた。


 ここ数ヶ月の間、クノン王国首脳部の間では恭也と距離を取ろうとする勢力と恭也を受け入れようとする勢力が激しくぶつかっており、ここ最近は恭也を受け入れようとする勢力の方が優勢だった。

 クノン王国内のエルフが獣人たちに先んじて恭也とギルドを受け入れたこともあり、これ以上ギルドの受け入れを後回しにしてはクノン王国内での獣人とエルフの力関係すら変わってしまうという意見まで出始めていた。


 しかしディアンの上級悪魔がユーダムを襲う前にクノン王国内で暴れたことにより、恭也との距離を詰め過ぎると自分たちまで異世界人同士の戦いに巻き込まれるのではという意見が優勢になり始めた。

 これによりクノン王国としてギルドを受け入れるという話は頓挫し、その結果恭也を受け入れようとしていた勢力の貴族や軍人たちの中に不満が残った。


 自分たちの怒りの向け先を探し始めた彼らの言動は過激になる一方で、特に軍人たちの中には恭也と距離を置くのなら軍事費を倍にしろと言う者まで出始める始末で彼らの他の勢力に対する言動は日に日に激しくなっていた。


 ついにはジュナのユーダム派遣を決めたゼルスにまで彼らの批判の矛先は向き始め、もはや誰かを処罰しなくては収まらない状況となっていた。

 しかしここ数日の間に各勢力間の緊張が高まっている状況でゼルスの抵抗勢力の人間を処罰したら一歩間違えば即内戦で、かといって自分の勢力から犠牲を出すのもゼルスは避けたかった。


 そうなると一番手頃な生贄はジュナとなり、ゼルスは首脳部を集めて彼らにジュナの役職を解きメーズの屋敷に軟禁すると伝えた。

 ただしゼルスとしてもこれが恭也の怒りを買いかねない決定であることは分かっていたので、ジュナの処罰は恭也に知られないようにジュナたちのユーダムへの派遣が終わる来月以降に秘密裏に行うと首脳部には伝えて了承も得ていた。


 そしてこの決定をゼルスはジュナにも伝え、対外的にはジュナは慣れない『獣化』を使った反動でしばらく職務を離れると発表することになった。

 ジュナの『体調不良』は恭也がメーズを訪れる二日前には公表され、後は無事時間が経つのを待つだけとなった時に恭也がメーズに来たためゼルスは計画変更を余儀無くされた。


 ゼルスは恭也が口実さえつけば実力行使をためらわない人物だという考えを今も変えておらず、自分が相談役を務めている自治区を守ったジュナが処罰を受けるなど恭也にとってはクノン王国と敵対する恰好の口実だろう。


 そう考えたゼルスはジュナを予定より早く母親の待つ屋敷に送り出し、後は口裏を合わせるようにジュナに命じるつもりでジュナを謁見の間に呼び出した。

 衛兵二人に付き添われて謁見の間に向かうジュナは自分が勢力争いの犠牲にされたことにかなり驚いていた。


 まさか自分への処罰がここまで重いものになるとは思っておらず、自分に比較的配慮してくれていると思っていたゼルスが自分をあっさり捨て駒として扱ったことにも衝撃を受けていた。

 なおジュナたちの父親でクノン王国先代国王のキシオスは既に引退している上に隠し子を作っていたことで国と家庭両方で肩身の狭い思いをしていたのでこの件でジュナの力にはなれなかった。


 自分が国内の権力争いを収めるための捨て駒にされたことにジュナはもちろん納得などしていなかったが、ここで自分が反論をしても無意味であることは分かっていた。

 いっそ逃げ出してやろうとも思ったが、結局は捕まり母親やロップに迷惑をかけるだけで終わるだろう。


 唯一ジュナを助けられるとしたら恭也だけで、実際恭也なら今の自分の境遇を知れば助けてくれるかも知れないとジュナは考えていた。

 しかしもしそうなったらクノン王国と恭也の関係に致命的な亀裂が入り、ジュナもそこまでは望んでいなかった。


 恭也への説明はクノン王国の方でしてくれるらしいので後は屋敷で自堕落な生活を送ろう。

 そう考えて涙をこらえながら謁見の間へと向かっていたジュナの耳に今最も聞きたくない人物の声が聞こえてきた。


 半ばやけになっていたジュナは面倒だと思っていることを隠そうともせずに声の主に視線を向け、ジュナの視線の先にはクノン王国第二王女、クレシアがいた。

 クレシアの登場を受けてジュナの後ろにいた兵士たちが頭を下げる中、クレシアは嗜虐的な視線をジュナに向けた。


「あら、お兄様に見捨てられた野良犬の顔を見に来たのだけどずいぶん元気そうね。あなたの様な卑しい人間がクノン王国の役に立てたのだからお兄様には感謝しなさい」

「王女って思ったより暇なんですね。やっぱりならなくて正解でした」


 既にクレシアに気を遣う必要も無くなっていたジュナの呆れた様な視線を受け、クレシアは声こそ荒げなかったものの怒りを露わにした。


「調子に乗るんじゃないわよ。あなたにこの国の王女になる資格なんて無いわ。……もう会うこともないでしょうね。精々母親と監視付きの生活を楽しんでちょうだい」


 それだけ言うとクレシアはその場を後にし、一方のジュナはクレシアと会ったことで気分が高揚したせいか体の火照りを覚えながら謁見の間へと向かった。


 ジュナが謁見の間に着くと既にその場にはゼルスを含むクノン王国首脳陣の姿があった。

 ジュナが指定された位置に移動するとすぐにゼルスはジュナに話しかけた。


「昨日能恭也が城に来た。お前に会いに来たそうだ。すぐに追い返したが何度も来られると面倒だからお前はこのまま屋敷に戻れ。分かってると思うが能恭也が家に来ても余計なことは言うなよ」

「分かりました。ロップたちは帰ってから何らかの罰を受けるのでしょうか?」


 ジュナは自分の今後については既に諦めていたが、ロップたちまで上層部の都合で処罰されるとなるとさすがに受け入れ難かった。

 自分への処罰についての不満とロップたちへの心配が入り混じったジュナの視線を受け、ゼルスはすぐにジュナの質問に答えた。


「あいつらは国に帰ってから新しい上司の下で働くことになる。ただしロップとかいう女はお前のところに戻ることになるだろうな。あいつは親父直属だから俺もあんまり口出しはできない。……とりあえず今回の件はお前が屋敷で大人しくさえしてればそれで終わりだ。何か言うことはあるか?」

「いえ、ありません」


 今までと違い温かみのまるで無いゼルスの視線を受け、ジュナはこれ以上ゼルスと話しても無駄だと悟った。

 ロップの今後の生活にも制限がかかることにジュナは少なからず罪悪感を覚えたが、それでもロップと離れ離れにならずに済んだことは素直に嬉しかった。


 これから屋敷に戻ったら外出はおろか生まれ育った森を訪れることもできないだろう。

 そう考えたジュナは生まれ育った森やユーダムの光景を思い出して泣きそうになりながらも、何とか涙をこらえて謁見の間を後にしようとした。


 その時だった。

 謁見の間の扉が乱暴に開かれたのを受けてゼルスやジュナを含む謁見の間にいた全員が扉の方に視線を向け、やがて不機嫌そうな表情をしている恭也の姿を確認した。


「……恭也!どうしてここに?」


 心のどこかで待ち望みながらも決してこの場に来て欲しくはなかった恭也の姿を見てジュナは戸惑い、状況を把握できていない様子のジュナに恭也は笑顔で話しかけた。


「ジュナさんの具合が悪いって街で聞いてお見舞いに来たんですけど思ったより元気そうですね。もう用が済んだならユーダムまで送りますよ?」


 ジュナを除く謁見の間にいる者全てを無視して話を進めようとしている恭也を見て、ゼルスは玉座から立ち上がると恭也の行動に苦情を入れた。


「おい、勝手に入って来て何一人で話進めてやがる。今はそいつへの処罰を与えてるところだ。部外者は引っ込んでろ」


 ゼルスのこの発言を受けて恭也はこれ見よがしにため息をついた。


「このままだと偉い人同士でけんかになりそうだからどこからも文句が出ないジュナさん処罰して終わらせよう。こんな馬鹿なことしようとしてるみなさんの顔を立てて何も知らない振りして帰ろうと思ったんですけど、やっぱ無理ですか」


 恭也がこの場に現れた時点で覚悟はしていたが、クノン王国の現状を把握していると明言した恭也を見てゼルスは重いため息をついた。

 既に恭也との衝突は避けられないと悟ったゼルスの前で恭也は今回のクノン王国の決定への不満を伝えた。


「じゃあ、はっきり言いますね。ユーダム守るために命懸けてくれたジュナさんを下らない理由で一生屋敷に閉じ込めておくって言うならこっちも黙ってませんよ?」


 室内を見渡しながらされた恭也のこの発言を受けてゼルスは反論しようとしたが、それより先に恭也に批判的な姿勢を取ってきた貴族の一人が口を開いた。


「部外者は引っ込んでいろ!許可も取らずに勝手に入って来るとはとうとう本性を現したな!貴様の出る幕など無い!引っ込んでいろ!」

「そうだ、そうだ!ディアンという異世界人が貴様と関係がある自治区を狙う際に我が国の国民まで巻き込まれた!貴様がいるだけで我が国が危険にさらされる!とっとと消えろ!」


 その後も口々に恭也を罵る貴族や軍人たちに魔神たちは怒りを覚えていたが、無許可で入り込んだ時点で歓迎されないことは分かっていたので恭也は聞こえてくる罵声にも特に動じず室内が静まり返るのを待った。

 やがて貴族たちの罵声が収まったのを見計らって恭也は先程の貴族の発言の内容を肯定した。


「確かにその通りです。九日後にディアンさんがウォース大陸とダーファ大陸を襲いますけど、半分以上は僕に関係のある場所ですから」


 突然恭也の口から告げられた情報に室内は一瞬静まり返り、恭也は彼らが静かな内に話を進めようとした。


「僕がいなかったらディアンさんは無差別に街を襲ってただけだと思うので全部僕のせいにされても困りますけど、でも僕と関わると面倒事も増えるっていうのは否定できないので僕もギルドも拒否するっていうのは別に構いません。僕としてはジュナさんさえ連れていければこれ以上何もする気無いんですけど」


 こう言って恭也が再び室内を見渡すと貴族の多くが恭也から視線をそらし、室内が静まり返る中ジュナが恭也に声をかけた。


「ちょっと待て、恭也!助けに来てくれたことには礼を言うが、私は今回の罰に何の不満も持っていない!屋敷からは出られないが一生生活の面倒を見てもらえるんだぞ?何の問題も無い!」


 今回自分に下された処分にジュナが納得していないのは確かだったが、ここで自分が恭也を止めないと恭也とクノン王国は間違い無く敵対する。

 そう考えてジュナは恭也を説得しようとしたのだが、恭也はジュナの自己犠牲を認めるつもりは無かった。


「ジュナさんの考えてることは大体分かりますけどでも安心して下さい。ジュナさんが何て言おうと僕もうクノン王国と仲良くするつもり無いんで」


 この恭也の発言を聞きジュナはもちろんゼルスたちも息を飲んだが、周囲の反応を気にも留めずに恭也はジュナとの会話を続けた。


「それと僕最近相手の嘘を見破る能力手に入れたんで僕に嘘ついても無駄ですよ」


 恭也のこの発言を受けてジュナは説得の言葉を口にすることができなくなった。

『真偽看破』は自動で発動する能力ではなく、恭也は謁見の間に入ってから一度も『真偽看破』を使っていない。

 それでも涙を浮かべているジュナを見ればジュナが嘘をついているのは一目瞭然だった。


「とりあえずジュナさんは元気そうなんでこのままユーダムに連れて行きますね」


 九日後に襲われるユーダムにジュナを連れて行くことには恭也も抵抗を覚えたが、いざとなったら他の場所に移せばいいと考えてとりあえずはジュナをユーダムに連れて行くことにした。

 ゼルスは恭也の言動と表情からこの場を丸く収めることは不可能だと判断したが、今後のために一つだけ確認することにした。


「お前、そいつ一人のためにクノン王国敵に回すつもりか?これだけのことされたんだ。もうギルドの受け入れなんてありえないぞ。それが分かってるのか?」


 既に敵意を隠そうともしていないゼルスの視線を受けても恭也は全く怯まず、自分の気持ちを正直に口にした。


「別に勢いでこんな事したわけじゃありません。ちゃんと考えてしたことですし、特に後悔もしてません。この国にジュナさん以上の価値があるとは思えませんから」


 恭也のこの発言を聞きゼルスは何も言えなくなり、周囲にいる貴族たちも口を閉ざしたままだった。

 一方ジュナは何やら言いたそうな表情で恭也を見ていたが、恭也はそれには気づかずに魔神たちを召還した。

 その際なぜか頼んでいないにも関わらずアロジュートまで姿を現していたことに恭也は驚き、自分に視線を向けてきた恭也にアロジュートは面倒そうな表情を向けた。


「何よ、相手脅すなら数は多い方がいいでしょ?何なら天使も召還するわよ?」

「いや、大丈夫です。十分ですから」


 アロジュートの言う通りアロジュートが姿を見せたこと自体には特に不都合も無かったので、恭也はアロジュートに礼を述べてから突然現れた魔神たちを見て動揺しているゼルスたち相手に話を進めた。


「さっきも言いましたけど九日後にディアンさんと戦争をすることになったんで今その準備で忙しいんです。だからその間は大人しくしててもらえると助かります」


 恭也のこの発言を受けてゼルスは返事をしようとしたが、召還されてからずっと殺意が込もった視線を送ってくるホムラに気押されて結局何も言えなかった。

 自分の発言に返事一つしないゼルスを見て恭也は戸惑ったが、魔神全員を召還して脅したのは自分だったのでそのことについては特に何も言わなかった。


「あ、一つ言うの忘れてました。僕と縁もゆかりも無いこの国はディアンさんに襲われないので安心して下さい」


 この恭也の発言を聞きクノン王国首脳部の面々はわずかながら安堵し、その様子を見た恭也は伝えるべき事は伝えたと判断して魔神たちと融合してからジュナを連れて城を後にした。

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