奴隷解放
彼らをその場に残して恭也は『埋葬』を使って束縛していたトラルクたちのもとに向かった。
恭也がトラルクたちを埋めたところに戻ると、サキナトのメンバーらしき男たちが埋められたトラルクたちを掘り出そうとしていた。
サキナトの支部と奴隷市場はそれ程離れていないため、騒ぎを聞きつけた仲間が助けに来ることは恭也も予想していた。
頭だけを出した状態で埋められたトラルクを助けるのに苦労していた彼らに恭也は慌てることなく近づいた。
「その人たち引き上げたいなら手伝いますよ?」
恭也に話しかけられてトラルクの部下たちは慌てて逃げ出そうとした。
そんな彼らを洗脳した恭也は彼らにトラルクたちを引き上げるように命じた。
再び『埋葬』が発動され、抵抗がなくなった地面からトラルクたちは解放された。
「大人しくしとくように言ったのに逃げるつもりだったんですか?」
「こんなことをしてただですむと思ってるのか?こっちにはまだ人質がいくらでも、」
最後まで言わせず、恭也はトラルクの首を背中から生やしたウルの羽で斬り落とした。
もちろん『不朽刻印』を使用していたのでトラルクはすぐに蘇った。
『不朽刻印』は恭也に精神的に屈服している相手にしか刻めない。
つまり恭也相手に殺すなら殺せと言えるぐらいの気概があれば防げるのだが、トラルクにはそんな気概は無く人質を使って恭也を脅すのが精いっぱいだった。
そんなトラルクとこの場にいる全員に恭也は『情報伝播』を発動し、三分程かけて焼死がどれほど苦しいかを教えた。
「少しはあの人たちの気持ちが分かりましたか?次に人質に何かするなんて言ったらこんなものじゃすみませんからね?」
その後恭也がトラルクたちに『不朽刻印』の説明を行い、すでに国王たちも支配済みと説明するとトラルクたちは完全に抵抗する意思を失ったようだった。
「さてと、とりあえず市場にいる人たちを迎えに行きましょうか」
その後サキナト側からは抵抗らしい抵抗も無く、奴隷として捕らわれていた人々は解放された。
さすがに前回の件からそれ程時間が経っておらず、今回市場に捕らわれていたのは十一人だけだった。
彼らから闇属性の指輪と自爆用の魔導具を回収した恭也は彼らを『隔離空間』の外で待たせていた元奴隷たちと合流させると港へと向かった。
前回と違いサキナトが完全に降伏しているので、今回は助け出した人々を送り返すのにサキナトの船が使えた。
恭也はその後、次々に奴隷の所有者の屋敷を襲撃して奴隷たちを解放していった。
とはいえ、アズーバも首都のピクトニ程ではないが大きな街だ。
さすがに三時間程の恭也の襲撃では全員は解放できず、今回の成果は三百人程だった。
恭也が実際に助け出した人々は農場で働かされていた百人程だったのだが、恭也が街全体を覆う障壁を創り、魔神を従えているという事実から自主的に差し出した人々が多かったのだ。
これで全員ではないことは恭也も分かっていたが、いつまでもここばかりに時間は割けない。
『隔離空間』の維持も消費魔力が少ないとはいえ、流石に何時間も続けて使うときつくなってきた。
今回はここまでと見切りをつけた恭也は今回のアズーバでの活動を切り上げることにした。
その後一週間以内に奴隷を解放してサキナトに用意させた窓口に差し出せば一切制裁は加えないという情報を街中に流させると、恭也と奴隷たちを乗せた船はセザキアへと向かった。
助け出した人々の移送はサキナトに丸投げしたいところだったが、現状彼らを信頼できるかというと難しかったため時間が惜しかったが恭也も同行することにした。
この世界では風を自在に生み出せるので帆船の進行速度が恭也の思っていたよりずっと速かった。陸地から離れての航海となるとまた別の話だったが、海岸沿いに進むだけなら大した技術は必要無く船は滞りなくセザキア王国へと向かった。
セザキア王国の港町まで一日で着くと聞き、恭也は最初からサキナトを制圧しておけばよかったと思ったのだった。
今恭也はサキナトの用意した船の一つに乗り、サキナトの構成員たちの動向を見張っていた。
外に出ているウルは初めて見る海に興奮した様子で、海面すれすれを飛んだり、海に羽で触れたりして海を楽しんでいた。
しばらく海を堪能したウルが戻ってきたところで、恭也はウルと今後のことについて話し合い始めた。
「おい、恭也。この国に街がいくつあるか知らねぇけどもしかしてこれめちゃくちゃ時間かかるんじゃねぇか?」
「そうだね。多分、二ヶ月、三ヶ月かけても終わらないと思うよ」
「えー、まじかよ!こんな雑魚狩り、これからもずっとやるのか?」
想像以上に自分の主人が長期計画を立てていたことを知りウルは思わず声をあげた。
「どっちかと言うと、ウルの言う雑魚狩りはまだ簡単な部分で、それが終わった後が大変だと思う。奴隷を素直に差し出さない人は、絶対出てくるだろうし」
「あー、めんどくせぇ。とんでもねぇ奴と契約しちまったぜ」
どちらかと言えば暴れ回るのが好きなウルは恭也の行動方針に不満を隠さなかった。
「この前も言ったけどこの世界にウルが満足できるような相手、まずいないからね?今は地味な仕事やってるかも知れないけど、落ち着いたら別にしたいこともあるし我慢してよ」
「ったく、しかたねぇな。まあ、負けた以上はつきあうぜ」
その後も二人は船に揺られながら今後の方針や互いのしたいことを話し合った。
恭也がサキナトの構成員と共に元奴隷たちをセザキア王国の港街、ケーチに送り届けた五日後、ミーシアは部下五十人と共にケーチを訪れていた。
アズーバを出発する直前に『空間転移』でセザキア王国へと飛んだ恭也は助け出した人たちを海路でケーチまで運ぶとミーシアに伝えた。
しかもその時にケーチやその周辺の街でのサキナトの協力者の名前が載った一覧表を渡されたミーシアは一瞬で増えた仕事量に数秒間思考停止に陥った。
もちろんさらわれた国民数百人がこの国に帰ってくることもサキナトへの協力者が判明したのも歓迎すべきことだ。
また何か恭也が失敗したのではと心配していたことを考えるとうれしい誤算と言えた。
しかし今回の恭也の仕事はあまりにも早過ぎた。
戦闘力は言うまでも無く、『空間転移』で片道二十日以上かかる距離を一瞬で移動できる恭也は助けられる側にもかなりの仕事の増加を強いる存在だった。
特に移動速度に関してはセザキアの首都、オキウスから急いでも四日はかかるケーチへの元奴隷の移送を見届けてからそのままネース王国の首都にそのまま向かうと恭也に言われ、徒歩か馬車での移動を基準に考えていたミーシアはかなり困惑した。
それに加えてクノン王国内のサキナトへの協力者の一覧も渡され、恭也には伝手が無いのでよろしく頼むと言われてしまった。
これはしばらくは仮眠続きだな、と覚悟を決めたミーシアは別の質問を恭也にした。
「魔力は大丈夫なのですか?あなたの瞬間移動はかなりの魔力を使うと以前おっしゃってましたけど」
これが理由で一度転移するとしばらくは戻って来られないという説明をミーシアは以前恭也から受けていた。
「そうですね。今も魔力の二割ぐらい使ってますし、アズーバに一回、ピクトニに一回使うんで他のことも考えると半分ぐらいは魔力使うことになります。でも大丈夫です。今は魔神がいるの、戦闘には魔力必要無いですし」
「ああ、そうか。こうして生きてるってことは魔神に勝ったんですね」
奴隷解放のついでと言わんばかりに魔神を倒している恭也にもう何と言えばいいか分からなかったミーシアはとりあえず思ったことを素直に口にした。
「助けてもらっているこちらが言うのもなんですがあまり無理をしないで下さい。今回のあなたの功績だけでも十分過ぎる程ですから」
さらわれた国民の救出に関しては何の成果もあげられていなかったミーシアたちからすれば捕らわれていた人々数百人を助け出し、さらにネース王国の首都にまで乗り込み奴隷を解放するようにネース王国上層部に交渉したという恭也の行動は文句をつけられない程の偉業だ。
そう思ってのミーシアの発言だったのだが、それに対する恭也の発言はミーシアの想定外のものだった。
「でも僕他にしたいことがあるんで、その前準備の奴隷解放はさっさとすませたいんですよね」
「したいことですか?」
ミーシアたちにとって大きな関心事の奴隷解放を前準備と言われ、ミーシアがいら立ちを覚えなかったと言えば嘘になる。
しかしする義理も無いことをやってくれている異世界人相手にそれを表に出す程、ミーシアは恩知らずではなかった。
「はい。小さな村の人たち一ヶ所に集めて守れれば思ってますし、後完全には無理ですけど、僕のいた世界の技術や制度をこの世界の技術で再現したいとも思ってます。時間も人手もいくらあっても足りないし、実際にやってみたら新しい問題も起こってすごく大変だと思うんですよね。だから早くそれに集中できるように僕の周辺は平和でないと困るんです」
「それはさすがにあなた一人では難しいのでは?いくらあなたが強くてもずっと一ヶ所に留まっているわけにもいかないでしょうし…」
途方もない目標を口にした恭也にミーシアは思わず否定的な意見を口にしてしまった。
それを聞いた恭也は特に不快そうな表情も見せず話を続けた。
「うーん。まあ、正直最初は探り探りになるとは思いますけど、せっかくチャンスをもらったんだからやるだけやってみるつもりです」
「あなたの目的が実現すれば大変素敵だと思います。頑張って下さい」
今までの事務的な返事ではなく心からの称賛と激励を送ったミーシアに対し、そんなミーシアの心情に気づいていない恭也は今思いついた質問をした。
「今気づいたんですけどもしかして一度に多くの人を送り返すのって迷惑ですか?もし受け入れ準備が大変ってことなら送るペース考えますけど…」
すでにさらわれた人々を助けた後のことしか考えていない恭也に呆れつつ、ミーシアは真顔で恭也の心配を否定した。
「大丈夫です。うちの文官たちは優秀ですし、国にいるみなさんも一刻も早い家族の帰りを待っています。受け入れる側の心配までするなんてさすがに気を遣い過ぎですよ。心配せずどんどん助けて下さい。あなたの目的のためにも」
恭也のお人好しな発言に苦笑したミーシアだったが、続く恭也の発言にはミーシアも言葉を失うしかなかった。
「そう言ってもらえると助かります。いきなり八千人はさすがに大変かと思ったんですけど、そうですよね。国を挙げて受け入れてもらえるんだから大丈夫に決まってますよね」
「八千人ですか?」
いきなりネース王国から送り返される人間の数が増えたことに戸惑ったミーシアは思わず戸惑いを口にしてしまった。
「はい。ネースの首都にはだいたいそれぐらいの数の奴隷がいるってことでした。この人たちは馬車で何回にも分けて送ることになると思いますけど…。本当に大丈夫ですか?」
「安請け合いしてしまってすみません。もちろん助け出された人たちは全員受け入れます。でもその人数の受け入れはさすがに一度では難しいかも知れません」
ミーシアの表情の変化を見て改めて今のペースで奴隷を解放してよいのか確認した恭也だったが、やはりそう簡単ではないようだ。
長い年月をかけてさらわれてきた人々が一気に帰ってくるのだから、それはしかたないことだと恭也も納得した。
「はい。それはしかたないと思います。さっき言った八千人についても別に今すぐって話じゃないのでそんなに気にしないで下さい」
「受け入れるだけのこちらが足を引っ張ってしまい申し訳ありません。しかしこちらとしてもあなたの活動に援助は惜しまないように陛下からも言われています。何かあったら遠慮無くおっしゃって下さい」
「はい。ありがとうございます」
こうして恭也との会話を終えたミーシアはその後ザウゼンの指示を受けてサキナトへの協力者を捕まえるべくケーチを訪れた。
どうしてわざわざ首都から王直属のミーシアが来たかと言うと、恭也の渡してきた協力者の一覧に幹部を含むケーチの衛兵の名が載っていたからだ。
もちろんその一覧に載っていたからといって即逮捕とはならない。
しかしその一覧には協力者への謝礼の額も載っており、これがすでに逮捕された者たちの自供と一致した。
そのため一覧に載っていた人物は全員捕縛してオキウスで調べることとなった。
さらわれた自国民の救出は異世界人に任せっきりな上に想像以上の数の自国民がサキナトに協力していた事実。
これらを思うとミーシアの気持ちは暗くなり、ここ数日何度目になるか分からないため息をついた。
そうした心中を隠しつつミーシアは部下に指示を飛ばして容疑者たちの捕縛へと向かった。