提案
その道中アロジュートは先程の話し合いの最中の恭也の様子を思い出していた。
アロジュートが以前いた世界でのアロジュートの上司や同僚の中には自分が認めた相手が理想と現実の間で苦しんでいる姿を見るのが楽しいと口にしている者が少なくなかった。
以前いた世界では主従契約を結びたいと思う相手に出会えなかったこともあり、それを聞く度にアロジュートは悪趣味なことを言うものだと同僚たちに呆れていた。
もちろん天使たちも自分たちのこの嗜好が人間にとって不快であることは分かっていた。
そのため天使たちの間で密かに共有されていたこの嗜好の楽しさをアロジュートは今日ようやく理解した。
先程のディアンとの戦いでアロジュートは自分と恭也の二人ではディアンに勝つどころか一撃与えるのも不可能だと考えていた。
異世界人二人分の能力、それもどちらも殺傷向けの能力を併せ持つディアンの能力に自分と攻撃に不向きの恭也が力を合わせても対抗できないと考えたからだ。
しかしそんなアロジュートの考えを覆し、本当にかろうじてながらも恭也はディアンに一矢報いてみせた。
ディアンとの戦いの後、アロジュートは完全に諦めていた自分に諦めないように話しかけてきた時の恭也の表情を何度も思い出していた。
先程の話し合いの最中、恭也はディアンたちに襲われる七ヶ所全てを守り切ることの難しさを理解しながらもあの時と同じ顔でホムラの意見を聞き入れずに全て守ると言い切った。
以前いた世界でアロジュートは上司からの命令、あるいは自身の判断で集団のために少数の人間を切り捨てたことが何度かあった。
そのため恭也が確実な勝利のために七ヶ所の内いくつかを見捨ててもアロジュートはそれを受け入れるつもりだったのだが、結局恭也は全て守ることを選んだ。
契約を結んだ相手を嬉しそうな表情で馬鹿な奴と罵っていた同僚たちの気持ちが今ならアロジュートにも分かり、そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。
二人が郊外に着きアロジュートが恭也と戦うために実体化してすぐに恭也は不思議そうな表情を浮かべた。
「何か嬉しそうですけどどうしたんですか?」
「あんたがあの男相手に七ヶ所全部守るなんてこと言う馬鹿な奴だったことが嬉しかっただけよ」
自分が恭也への評価を上げたことは隠すことでもないと考え、アロジュートは素直に先程の話し合いでの恭也の決定が嬉しかったことを伝えた。
突然アロジュートにほめられて恭也は一瞬戸惑ったがすぐに気を引き締めた。
「正直不安はあります。でもあんな人のために僕はもちろんこの世界の人たちまで不快な思いをするのは嫌ですからね。全部守ってみせます。思ったより改造人間の数も少なかったですしね」
裏切りの恐れがあるとはいえ恭也はディアンが改造人間を十人前後は作っていると考えていたので、襲撃場所も十ヶ所以上になると思っていた。
しかしパムリンの占いを信じるなら十日後に襲われる場所は七ヶ所だけで、数だけを考えるなら自分と魔神たちだけで間に合うことに恭也は安堵すると同時に拍子抜けもした。
パムリンの占いでは十日後に送り込まれてくる改造人間の数までは分からなかったので恭也は知らなかったが、ディアンが最終的に残した改造人間はバフォメカを除けば六人だけだった。
ディアンの作った改造人間の数が魔神と同じなのは魔神を部下にできなかったディアンが自分製の魔神を作ろうと考えたためで偶然ではなかった。
この事情自体は知る由も無い恭也だったが、正直今回の自分たちの戦いにはこの世界の住人のほとんどがついてこれないだろうと考えていた。
そのため理由こそ知らなかったものの襲撃場所の数が自分たちだけで対応可能な数だったことに恭也は安堵し、そんな恭也にアロジュートはある質問をした。
「もしあの男に狙われる場所が二十ヶ所だったらあんたはどうした?」
恭也の人となりを知りたいという理由だけでアロジュートがした質問に恭也は数秒考えた後で答えた。
「その場合はディアンさんとの約束破ってラインド大陸でゲリラ戦してましたね。ラインド大陸の人には悪いですけど僕これでも優先順位はつけてるので」
「……ふーん」
恭也のこの回答を聞いた後でも恭也がラインド大陸の住人を見捨てる姿が思い浮かばず、アロジュートはもう少し突っ込んだ質問をしてみようかと思った。
しかし仮定の話をこれ以上長々と続けてもしかたがないと考え直すとアロジュートは鎌を創り出して恭也と対峙し、そんなアロジュートに恭也が話しかけてきた。
「遠慮無く殺して下さい。十日後に僕たちがディアンさんに勝てなかったらこの世界終わりですから」
以前アロジュートがいた世界ではアロジュートの強さは極々平均的なものだったのでアロジュート一人の存在が戦局に影響を与えることなどまずなく、ましてや世界の命運を決する戦いなどアロジュートは経験したこともなかった。
そのため自分が世界の命運を担う一人になっているという現状にアロジュートはかなりの重圧を感じていたのだが、同じ立場の恭也はただ自分がするべきことだけを見据えていた。
そんな恭也を見てアロジュートは緩みそうになる表情を引き締め、以前は感じなかった恭也を殺すことに対する抵抗を感じながら恭也に襲い掛かった。
一方の恭也はディアンに勝つために考えたある案が実行可能かを確認するために『能力強化』を発動してアロジュートに斬り殺された。
そして数分後、アロジュートに二十回程殺された恭也は自分の考えがうまくいったことを確認し、それを聞いたアロジュートは呆れた様子だった。
「……多分他の異世界人も思ってるだろうけどあんたの能力やっぱずるいわ」
「僕は自前の能力持ってませんからね。これぐらいは大目に見て下さい」
目立った特殊能力を持っていないシュリミナですら鉄を水飴の様に曲げる力を持っているのだから、平凡な人間の自分はもらった能力が少しぐらい強くないと釣り合いが取れないだろう。
そう考えながら恭也はアロジュートとの話を続けた。
「これで少しはディアンさんとの戦いもましになりそうですね。後はディアンさんが上級悪魔どれだけ連れて来るか次第ですけどそこまでは占えないんですよね?」
「パムリン様の能力は因果率操作で占いはあくまでついでよ。それにあたしが召還した天使はどうしても本人よりは力が劣るからあまり細かいことまでは占えないわ」
十日後にどこが襲われるか分かっただけでも大助かりだったので、恭也はパムリンの占いに文句を言わずに別の質問をアロジュートにした。
「当日は上級悪魔三体創るつもりですけどアロジュートさんは上級悪魔並の天使召還できますか?」
十日間で回復する魔力量を考えると恭也たちが戦闘準備に使える魔力は恭也と魔神たちのものを合わせて五十万を超える。
少しでもこちらの勝率を上げるためにはこの魔力は無駄にはできず、全てを上級悪魔創りには回せないが当日恭也は『悪魔召還』で上級悪魔を三体創り上げるつもりだった。
その悪魔を操る魔導具は帰る途中で回収したバフォメカを分析してヘーキッサたちが作ることになっており、今日から数日は睡眠不足の日々を送ることになるだろうヘーキッサを始めとするソパス研究所の研究員たちに恭也は同情した。
ちなみに恭也専用の魔導具を作る件についてはこの世界の魔法と関係がある魔神専用の魔導具を作るのとは勝手が違うというヘーキッサたちの意見が理由で見送られた。
同様の理由で専用の魔導具を用意されなかったアロジュートは恭也の質問に即答した。
「他のことに神聖気回さないなら座天使を二人までは召還できて、相性にもよるけど単純に火力が高いだけの上級悪魔ならその二人だけで四、五体はいけるはずよ」
「それは助かりますね。となると後はディアンさんだけですけどこれは結局出たとこ勝負になりますね」
恭也の出たとこ勝負という発言を聞き先程の実験の結果を思い出したアロジュートは呆れた様な表情を浮かべたが、結局何も言わずに話を進めた。
「で、あたしが確認した巨大な魔導具はどうするの?」
「それに関しても出たとこ勝負としか言えませんね。本拠地守る用の魔導具かも知れないわけですから」
以前セジバガを訪れた際、アロジュートは能力の副産物でセジバガの地下に巨大な何かがあることに気がついた。
その何かは大きさの割には感じる魔力が少なかったのでアロジュートはそれを上級悪魔ではなく魔導具だと判断してこの事実を恭也に伝えた。
それを聞いた恭也の反応は微妙なもので、先程恭也が言った通りその魔導具が攻撃用の魔導具かすら分からなかったのでとりあえず保留ということになった。
とりあえずの確認は終わったためアロジュートはこのまま恭也と共にソパスに帰ろうとしたのだが、そんなアロジュートに恭也は待って欲しいと伝えた。
「ん?まだ何かあるの?」
移動時間を考えなくていい恭也には比較的時間があるとはいえ、十日後の決戦までの時間は少しだって無駄にはできないはずだ。
そう考えていたアロジュートに恭也はこれまで考えていたディアンを倒した後についての話をした。
「仮にディアンさん倒したとして、いやもちろん勝ちますけど勝った後でディアンさん閉じ込めておくのって無理ですよね?」
「そうね。あんたと魔神が創った金属でも壊されるんだもの。あいつをどこかに閉じ込めておくのは無理だと思うわ。でも殺す気は無いんでしょう?」
「はい。あの人のために主義変える義理も無いですし」
「じゃあ、どうするつもり?」
恭也がディアンを殺すつもりが無いことはアロジュートも予想していたので、アロジュートはこれに関しては特に何も言わずディアンに勝利した後のディアンの処遇を恭也に尋ねた。
そんなアロジュートの質問を受けて恭也は先程思いついたばかりの考えをアロジュートに伝え、恭也の考えを聞いたアロジュートは絶句した。
「よくそんなこと思いつくわね。でもあんたの言うことなんて聞いてくれるかしら」
「そこは駄目元ってことでとりあえずやるだけやってみます」
そう言うと恭也は空を見上げ、『魔法看破』で周囲にイビルアイがいないことを確認してから大声を出した。
「僕の言ってること聞こえてますよね?僕がディアンさんに勝ったら一つお願いがあるんですけど!」
そう言って恭也は今も自分たちの言動を見ているはずの神、及び神の使いに自分の考えを伝え始めた。
「ディアンさんが能力二つ持ってるのって多分そっちとしても手違いですよね?だからディアンさんを倒すところまではこっちでやるんでその後で一つお願いがあります!あの、聞いてますか?聞いてるなら僕の足下に五百円玉落として下さい!」
これまで散々迷惑をかけられたのだから一回ぐらいは役に立ってもらおうと考え、恭也はディアンを倒した後の対応を神の使いに頼むことにした。
しかし自分の発言を聞いているはずの神の使いから何の反応も返ってこなかったため、恭也は当てが外れたかと顔をしかめた。
しかしそんな恭也の足下に五百円玉が落ちてきたため恭也は安堵し、その後神の使いに自分の要望を伝えた。
「僕の案を採用するっていうなら今度は千円札を落としてもらえませんか?」
要望を伝え終えた恭也がそう言うと今度は恭也の足下に千円札が落ち、それを確認した恭也は一応神の使いに礼を述べた。
「言いたいことは色々ありますけどとりあえず礼を言っておきます!ありがとうございました!」
恭也がそう言った直後、恭也の足下に落ちていた五百円玉と千円札は消滅し、その後アロジュートが恭也に話しかけてきた。
「さっきのはあんたの世界の通貨よね?じゃあ、話はついたってこと?」
「……多分。確認のしようが無いですけど」
この世界で恭也しか知らない五百円玉と千円札を恭也の目の前に出現させられるのは神か神の使いぐらいのものだろう。
そのため恭也の頼みが神の使いに届いたことは確かだったが、神の使いが恭也の頼みを聞き入れるかは別問題だった。
しかしこれに関しては恭也には確認のしようが無いためどうしようもない。
一応恭也は世界の発展とやらを目標にしている神の使いにとって利益のある提案をしたつもりだったが、最終的には相手次第だった。
「最悪僕が付きっきりで魔力吸収し続けてもいいですし、とりあえず今は十日後の戦いに集中しましょう」
仮に神の使いが恭也の頼みを聞き入れるつもりでもその前提となるディアンの殺害を恭也が果たせなくては意味が無い。
とりあえず今はディアンに勝つことだけを考えよう。
そう考えた恭也は体を解いたアロジュートと共にソパスへと帰った。