対策会議
ソパスに着いた恭也はノムキナに出迎えられたが、今はとてもゆっくり話していられる状況ではなかったので手短にディアンが十日後に攻めてくることを伝えた。
「さっきディアンさんと戦ってきた。で、結局勝てなくてディアンさんに十日後に攻めるって宣戦布告された」
久し振りに帰って来た恭也を出迎えたら軽い口調でとんでもないことを告げられてノムキナは一瞬返事に困ったが、自分のすることはこれまでと変わらないとすぐに気を取り直して恭也に質問をした。
「街の人たちにはいつ伝えますか?」
ミーシアやアロジュートの様に戦いの場で活躍できない以上、これまで通り領主代行として恭也を支えよう。
そう考えてノムキナは恭也に今後の予定を尋ねたのだが、あまり動揺していないノムキナを見て恭也は驚いた。
もう少しノムキナは慌てるだろうと恭也は考えていたからで、そんな恭也をノムキナは不思議そうに見ていた。
「どうかしましたか?」
「いや、ノムキナが思ったより落ち着いてるから驚いて……」
ノムキナの領主代行としての働きはホムラから聞いていたが、それでもノムキナがこれ程精神的に成長しているとは恭也は思っていなかった。
そのため恭也は驚きから数秒間黙り込んでしまったがいつまでもそうしているわけにもいかずノムキナに今後の予定を伝えた。
「ディアンさんがどこを襲うかも分かってない状態ですからソパスの人に避難してもらうわけにもいきませんし、正直まだ何も決まってません。一応これからみんなで話し合うつもりですけど」
恭也の考えを聞き少し考え込んでからノムキナは口を開いた。
「分かりました。それなら衛兵のみなさんには細かい事情は伏せていつでも動けるように準備だけしてもらって、役所の人たちは幹部にだけこのことを伝えておきますね。詳しいことは恭也さんたちの話し合いが終わったらということで」
「うん。それでお願い」
その後ホムラの眷属二体を連れて役所へと向かったノムキナを感心しながら見送ってから恭也は自室へと向かった。
「一番の問題はどこが襲われるか分からないってことだよね」
「あの悪魔を収納できる魔導具がある限り隠密行動も容易ですものね」
相手と話し合いの余地が無い以上恭也たちとしては全力で迎え撃つつもりだが、今回は保有魔力だけなら異世界人以上の改造人間が上級悪魔数体に加えて中級悪魔二千体を率いて襲ってくる。
そのため街が襲われてから現場に向かっては恭也たちがどれだけ急いでも被害が大きくなってしまうだろう。
そのため恭也としてはディアンが部下にソパス以外のどこを襲わせるつもりなのかが知りたかった。
単に予想するだけなら恭也が相談役を務めているユーダムとコーセス、そして恭也が領主を務めているもう一つの街、セザキア王国のケーチが候補に上がるが確証は持てない。
こうなったら犠牲を受け入れてダーファ大陸とウォース大陸に魔神たちを三人ずつ配置し、ディアンの部下たちが現れてから駆けつけるしかないのか。
犠牲を出すことが前提の作戦は嫌だという思いとディアンの部下たちが襲撃する場所を予想する方法が無いという現実の板挟みになり、恭也の思考は堂々巡りを繰り返した。
極端な話恭也さえ守れればいい魔神たちのほとんどは犠牲を出すことに悩む恭也に具体的な助言はせず、ホムラだけが優先順位は大切だと遠回しに切り捨てる場所を考えた方がいいと述べた。
多少の人的被害は出しても構わない魔神たちと一言もしゃべらずに恭也を見ているアロジュートの視線を受けながらしばらく考え込んだ後、恭也はアロジュートに質問をした。
「アロジュートさんは普通の天使以外に強い天使何人召還できますか?」
いつまでも無いものねだりをしていてもしかたがないので、十日の間にできるだけこちらの戦力を増強して戦いに臨もう。
十日の間に恭也は上級悪魔を数体創り上げるつもりだったが、戦力の増強という意味ではアロジュートの召還できる天使にも期待していた。
しかしそんな恭也に対するアロジュートの返事の内容は恭也にとって残念なものだった。
「あたしの天使数ヶ所に配置するつもりなら無理よ。あたしが召還した天使ってあたしが離れたらすぐに消えちゃうから。それに自分より階級が高い天使は元々長くは召還できないから長期戦には向いてないし」
「そうですか……」
自分の発言を聞き残念そうにしている主を見て、アロジュートはこの辺りが頃合いだと考えて恭也の悩みを解決する方法を伝えた。
「十日後に襲われる場所なら分かるわよ」
「どうやってですか?」
いきなりこれまでの話し合いの内容を全否定する発言をしたアロジュートに恭也は期待を込めた視線を送り、そんな恭也にアロジュートは自分が召還できる主天使の能力を説明した。
「あたしが召還できる主天使、パムリン様の能力なら十日後にどこが襲われるかを占えるわ」
また後出しで何か言い出した。
その占いは当てになるのか。
かわいい名前の天使だな。
アロジュートの発言を受けて恭也は様々なことを考えたが、実際に口にしたのは一番気になったことについての質問だった。
「そんなことができるならどうして早く教えてくれなかったんですか?」
アロジュートは今回の会議の内容を最初から聞いていたので、パムリンとやらの能力を紹介する機会はいくらでもあったはずだ。
それにも関わらずどうしてこのタイミングで今まで一言もしゃべらなかったアロジュートが話し合いに参加したのかが恭也は気になったのだが、それに対するアロジュートの答えは単純明快だった。
「だって聞かれなかったから」
このアロジュートの回答を聞き恭也は呆れた表情を見せて魔神たちは全員が不機嫌そうな表情を浮かべたが、アロジュートは涼しい表情を浮かべていた。
「とりあえず占いましょ」
そう言ってアロジュートは机の上に広げられていた地図の上にパムリンを召還した。
パムリンの見た目は高さ一メートル程の水色の円錐で、恭也から見て右の中程と左の下の部分から黄色い腕が一本ずつ生えていた。
顔がどこかも分からない見た目のパムリンの体はいたるところに時計の針の様な物が刺さっており、アロジュートの頼みに応じてパムリンは体に刺さっていた針を抜いて次々に地図に刺していった。
この世界の地図は大変貴重な物で世界地図ともなるとソパスにしかない。
それ程の貴重品にパムリンは容赦無く針を突き立て、やがて針は地図上の七ヶ所に突き刺さった。
その七ヶ所の内ソパス、ユーダム、ケーチまでは恭也も予想していたが、残りの四ヶ所の内三ヶ所を見て恭也は驚くと共に納得もしていた。
コーセスが襲われる場所に入っていないことを意外に思いながらも恭也は話を進めた。
「わざわざガーニスさんたちがいる場所襲うなんて本当に遊び感覚なんだね」
ガーニスがいるギズア族の居住区、恭也がトーカ王国から奪いシュリミナに任せているイーサン、そしてミウが正体を隠して住んでいるゼキア連邦と恭也、アロジュートそしてディアン以外の異世界人がいる三ヶ所全てに針が突き刺さっているのを見て、恭也は呆れた表情を浮かべた。
ただ弱者相手に暴れたいだけなら異世界人は避けるはずなので、ディアンの部下はディアン以外の異世界人をちょうどいい遊び相手としか考えていないのだろう。
ディアンだけでなくその部下たちまで自分たち異世界人を侮っている現状に恭也は呆れと同時に怒りも覚えたが、シュリミナとミウはともかくガーニスがいる場所まで襲ってくれたのは恭也としても正直好都合だった。
ただ針の刺さった場所が微妙にギズア族の居住区からずれていたので、場合によってはティノリス皇国の手も借りることになるだろう。
そうなるとティノリス皇国とギズア族の確執を考えると少々面倒なことになりそうだったが、これに関しては十日の間に恭也が直接双方と話して解決するしかないだろう。
イーサンに関しては恭也が領主をしている街の一つなので襲撃の対象に選ばれたことはそこまで意外でもなく、戦力的にもシュリミナなら魔神を一人つければディアンの部下程度なら相手にできると恭也は考えていた。
そのためイーサンも特に問題は無いと恭也は考えたのだが、今回ディアンがゼキア連邦、というよりミウを狙ったのが恭也には意外だった。
ディアン本人が直接見たならともかくディアンの劣化版のイビルアイを通して見ただけでディアンがミウが異世界人だと見抜けるとは恭也は思っていなかったからだ。
しかしこの恭也の考えにホムラが異議を唱えた。
「今回ゼキア連邦が狙われたのとミウ様は無関係だと思いますわ。マスターのおっしゃる通り眷属を通して見た程度で他の異世界人の擬態を見抜けるとは思えませんもの」
「じゃあ、何でわざわざゼキア連邦を狙ったんだろう」
一応ゼキア連邦ではギルドの支部の設置が進められているが、それはこの世界のほとんどの国も同じだ。
ゼキア連邦の国としての恭也との繋がりは他の国と比べて浅く、ミウの件を除けばディアンが今回わざわざゼキア連邦を襲う理由は無いように恭也には見えた。
そんな恭也にホムラは何やら言いにくそうにしながら自分の考えを伝えた。
「おそらく亜人たちを悪魔の材料にしようとしているのだと思いますわ。相手は自分たちが勝った後のことしか考えていないでしょうから」
「ああ、なるほど。その発想は無かったよ」
ホムラの発言を受けて恭也はホムラが言いにくそうにしていたわけだと納得し、不快になりながらもホムラがあまり気にしないように話を進めた。
「ラインド大陸って亜人いないんだっけ?」
「眷属を通して見た限りオーガとハーピィはいるみたいでしたわ」
「ダーファ大陸にもそんなに亜人はいないし、そう考えるとゼキア連邦ってすごい場所だね」
ホムラからの報告を聞き恭也はディアンがミウの存在抜きにしてもゼキア連邦を狙うことに納得し、その後話題を針が刺さった七ヶ所目に移した。
「ゾアースってただの港街だよね?わざわざ狙う理由ある?」
「名前忘れたけどアクアの加護のおかげで少しはましになった女がいるからじゃねぇの?」
「理由としては弱い気もしますけれど他に思い当たりませんわね」
ゼキア連邦以上にゾアースが今回襲撃される場所に選ばれた理由が恭也には分からなかった。
そんな恭也の疑問を受けてウルがそれ程深く考えず発言し、ウルの発言にホムラが消極的な同意を示した。
実際ディアンたちはゾアースを意図して狙ったわけではなく、他の六ヶ所と違いゾアースが狙われたのは偶然だった。
今回のディアンたちの襲撃はディアンたちからすれば遊び半分なものとはいえ一応は侵略だ。
そのためディアンたちは今回の襲撃にあたりウォース大陸の他の二ヶ所との位置関係を考えてウォース大陸の北の街を襲うことにした。
つまりディアンたちからすれば襲う場所はヘクステラ王国北部の街ならどこでもよかったので、ゾアースが狙われた理由を考えるのは時間の無駄だった。
そのためこの後の恭也たちの話し合いでもゾアースが狙われた理由についてはこれというものが出なかった。
しかし正直な話どこが襲われるかさえ分かればディアンたちの意図など知ったことではなかったので、恭也たちの話題はすぐに当日の担当場所に移った。
その結果、恭也とアロジュートがソパスでディアンと戦い、ウルはシュリミナのいるイーサンに、ホムラはガーニスのいるギズア族の居住区に、ランはエイカのいるゾアースに、アクアはゼキア連邦に、ライカはミーシアのいるケーチに、フウはユーダムに配置されることになった。
攻撃手段を持たないシュリミナがいるイーサンはともかくガーニスがいるギズア族の居住区には援軍は不要だという意見が魔神たちから出たのだが、ギズア族の居住区とソパスは比較的近いためガーニスが苦戦した場合ソパスにまで影響が出る可能性があると恭也が主張して自分の意見を押し通した。
魔神たちに気を遣って言わなかったが恭也はディアンの部下一人につき異世界人か魔神合わせて二人をぶつけたいと考えていた。
そのためガーニスとホムラという戦力は恭也にとって最低限のもので、半数以上の場所で魔神だけでディアンの部下とその軍勢に対応しなくてはならない十日後の戦いの結果を恭也は不安視していた。
自分たちが負けるなど全く考えていない魔神たちを見て期待と不安を同時に感じながら恭也はアロジュートと魔神たちに声をかけた。
「戦力的にかなり厳しい戦いになると思うけどディアンさんの性格を考えると僕たちが負けたら街の人たちは皆殺しにされてもおかしくないと思う。一ヶ所でも負けたらこっちの負けだからよろしく頼むね」
恭也のこの発言を受けて魔神たちは口々に返事をし、アロジュートは恭也を見て黙ってうなずいた。
そんな面々の反応をたのもしく思いながら恭也はこの十日間の予定を伝えた。
「こっちが待ち構える側っていうのがかろうじて有利な点だからできるだけの準備はしておこうと思ってる。特にランとアクアには働いてもらうつもりだからよろしくね」
「……任せて」
「お任せ下さい」
恭也の視線を受けてランとアクアはそれぞれやる気に満ちた表情を見せた。
その後本格的に動く前にそれぞれの専用魔導具の最終調整を行うためにソパス研究所に向かった魔神たちと別れ、恭也はアロジュートと共に自分の切り札の訓練のためにソパスの郊外へと向かった。