一矢
ディアンが二つの能力を混ぜて創り出した波動を見て、アロジュートは即座にその波動の危険性を悟った。
これを食らったら恭也はともかく自分は死にかねないと判断し、アロジュートは腕の復元もそこそこに座天使ガイサムを召還した。
以前恭也と戦った時、アロジュートは恭也の転移による逃亡を防ぐためだけにガイサムを召還したが、ガイサムは八つある天使の階級で上から三番目に当たる座天使の一人だ。
当然ガイサムの能力はそれだけではなく、今回アロジュートの意思に応じてガイサムはその時空を司る能力を使い前方の空間を歪曲させた。
原理こそ違うがガーニスの切り札にさえ匹敵する強度を持つこの防御はディアンの波動を受けるとすぐにきしみ始めた。
天使の第二階級に相当する智天使の中にすら突破できない者がいるガイサムの防御が破られそうになっているのを見てアロジュートが驚く中、数秒の拮抗の後ガイサムの防御は突破されたが何とかディアンの波動もアロジュートが消せる程度にはその威力を減退させていた。
この結果を受けてアロジュートは安堵のため息を吐いたのだが、安心するのはまだ早かった。
「へぇ、すげぇな。そのデカブツ。お前自身の能力だよな?今の攻撃防ぐとかまじで驚いたぜ」
そう言いながらしばらくガイサムを眺めた後、ディアンは楽しそうな表情でアロジュートに話しかけた。
「どうしてそれだけの力持ってるのにそんな奴の下についてるんだ?今からでも俺の部下になれよ。歓迎するぜ?」
このディアンの発言自体は何の裏も無い勧誘だったのだが、ディアンに仕える気など毛頭無かったアロジュートは不快そうな表情でディアンの勧誘を断った。
「あんたは自分の力に溺れてるどこにでもいるつまらない男よ。そんな相手に仕える程あたしは安くないの」
「そりゃ、残念だ。しかたねぇからお前の死体だけでも有効活用してやるよ。……さっきのはお見事だったけどこれならどうだ?」
アロジュートの罵倒を軽く聞き流しながらディアンは先程同様能力を混ぜ合わせた波動を創り、それを恭也たちに向けて撃ち出した。
ディアンの攻撃を受けてアロジュートは再びガイサムに防御を命じ、再びガイサムの歪曲させた空間とディアンの波動が衝突した。
ガイサムならディアンの攻撃を何とかしのげるが、このガイサムはアロジュートが一時的に召還しているに過ぎないためディアンにやられなくても数分で消滅してしまう。
そのためこの辺りが引き際だろうとアロジュートは考えていたのだが、すぐに自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
「いや、まじですげぇな。俺の攻撃正面から受けるなんて。じゃあ、次いくぜ?」
そう言うとディアンはディアンの攻撃を何とか防いでいるガイサムに向けて二発目の波動を放った。しかもディアンの攻撃はそれで終わりではなく、ディアンは立て続けに三発目の波動を撃ち出した。
ディアンの撃ち出しているこの波動は切り札でも何でもないので、ディアンはその気になればこの波動を十発でも二十発でも続けて放つことができる。
ディアンの攻撃を一回防ぐのがやっとだったガイサムがこの連続攻撃を防げるわけもなく、ガイサムの防御は二発目の攻撃であっさりと突破されてガイサム自身も消滅した。
その後威力が半減した二発目の波動とそれに続く形で放たれた三発目の波動が恭也とディアンに襲い掛かり、即座にディアンの攻撃を防げないと判断した恭也はアロジュートに指示を出した。
「アロジュートさん!足下の地面を消して下さい!」
この恭也の指示を受けてアロジュートはすぐに自分たちの足下の地面を消し、その後体を解いて恭也の中に戻った。
一方の恭也はディアンの波動が迫る中『高速移動』を使い急いで足下にできた穴に逃げ込んだ。
アロジュートが作った穴の深さは十メートル程あったのだが、遠慮無く撃ち出されたディアンの波動は地面を大きく削ったため地下に逃れた恭也は一回殺されてしまった。
それでも何度も死と復活を繰り返すような事態だけは避け、波動が通り過ぎたのを確認してから恭也は地上へと戻った。
先程まで自分たちがいた場所を含む広範囲の地面が消滅しているのを目の当たりにして恭也は思わず息をのんだ。
威力、範囲共にけた違いのディアンの攻撃の結果を見て、恭也は慌てて魔神たちと連絡を取ろうとした。
魔神たちは恭也たちの後ろにいたため今のディアンの攻撃をまともに受けたはずで、分解の方はともかくディアンの斬撃の方の能力を受けると魔神たちも無事ではすまないはずだ。
以前猿型の上級悪魔に傷つけられて体を再生できなくなっていたウルの姿を思い出し、恭也は逸る気持ちを抑えながら魔神たちに呼びかけた。
そんな恭也の呼びかけに対する魔神たちの返事は恭也が予想していたよりもずっと近くから聞こえてきた。
「呼んだか?」
後方で待機しているはずのウルが脳内にでなく直接話しかけてきたことに驚きながらも、魔神全員の無事を確認して恭也は安心した。
「全員無事でよかったよ。よく今の攻撃防げたね」
ディアンの攻撃は物理攻撃ではないため体を解いて回避することができず、ライカ以外の魔神たちではあの視界を埋め尽くす程の広範囲攻撃から逃れることはできないだろう。
そう恭也は考えていたのだが、恭也が見た限り魔神たちは誰一人傷を負っていなかった。
一体どうやって魔神たちがディアンの攻撃を防いだのかと恭也が不思議に思っていると、アクアが恭也に話しかけてきた。
「私がみなさんを取り込んで転移したんです。さすがにあの攻撃を食らったら私たちも無事では済まないと思って。みなさんもすぐに同意してくれました」
「ああ、なるほど。助かったよ」
魔神たち全員が嫌がっているから普段行わないだけで、アクアはその気になれば他の魔神たちに恭也同様の支配権を行使できる。
短時間とはいえ恭也以外の支配下に入るのは魔神たちとしては避けたかったのだが、さすがに自分たちのわがままで余計な傷を負うわけにもいかない。
そう考えて今回魔神たちは一時的にアクアと融合して難を逃れ、アクアの説明を聞き納得した恭也にホムラが話しかけてきた。
「想像以上でしたわね。あんな攻撃を何度も撃てるとは思いませんでしたわ」
「まあ、よく考えたらあれディアンさんにとっては普通の攻撃だもんね。当たり前って言えば当たり前か」
ディアンが異世界人としての能力を二つ持っているという事実に動揺してそんな当たり前のことにも気づけなかった自分に呆れつつ恭也はディアンに視線を向けた。
「さすがにあんな大雑把な攻撃じゃ死なねぇか。ま、思ったよりは楽しめたぜ」
既に今回の戦いは終わりといった表情を浮かべるディアンを見て、魔神たちやアロジュートは悔しいながらも今回は自分たちの負けだと考えていた。
魔神たちを含めた八人でディアンと戦えば勝機はあるかも知れないが、そうなったらディアンは遠慮無く上級悪魔を召還してくるだろう。
それを考えるとこの場は撤退するしかないと恭也以外の面々は考えていた。
もちろん恭也もこのままディアンとの戦いを続けるつもりは無かったが、それでもただ負けたまま帰るつもりも無かった。
「確かにこのまま戦っても勝てそうにないんでこの場は逃げさせてもらいますけど、後一回だけ試させてもらっていいですか?勝つのは無理でもディアンさんに攻撃を当てるだけなら多分できると思うんですよね」
「へぇ、おもしれぇ。やってもらおうじゃねぇか」
自分との力の差を見せつけられて打ちひしがれる周囲をよそに今も自分に闘志を向けている恭也を見てディアンは楽しそうな笑みを浮かべた。
あくまで余裕の態度を崩さないディアンを見て恭也は少なからず不快に思ったが、ディアンの方が格上な以上相手が油断ぐらいはしてくれないとこちらに勝ち目は無い。
そう考えた恭也はディアンの態度を我慢しながらアロジュートに話しかけた。
「もう一度『ミナリカ』を撃って下さい。僕が援護します」
「援護って何する気?あいつみたいにあたしとあんたの能力合わせる気なのかも知れないけど、あんたまともに攻撃できる能力持ってないじゃない」
確かに主従契約を結んでいる恭也とアロジュートなら能力を合わせて使うこともできるかも知れないが、肝心の片方、恭也の能力はそのほとんどが防御・支援向けの能力だ。
それらを『ミナリカ』と合わせてもとてもディアンに通用するとは思えない。
そう考えたアロジュートは恭也の指示に難色を示したが、そんなアロジュートに恭也は自分の考えを伝えた。
「このまま逃げても次につながらないと思うので同じ逃げるにしてもせめて一矢ぐらいは報いたいと思います。……信じてもらえませんか?」
「……分かったわ。がっかりさせないでね」
これまであまり見たことがなかった恭也の強い視線を向けられて多少驚きながらもアロジュートは恭也の指示通り『ミナリカ』を発動し、それに合わせて恭也は『能力強化』を発動した。
今回恭也が強化した能力は『不朽刻印』で、強化された『不朽刻印』は恭也の意思に従い『ミナリカ』と合わさってディアンへと向かった。
さらにそれに合わせて恭也はディアンのはるか頭上に『物質転移』で普通の剣数本を転移させた。
これらの剣はディアンの気を少しでも散らせればいいと思って転移させただけで、恭也もあまり重視していなかった。
実際ディアンは自分の頭上に突然何らかの物体が現れたことに少しは驚いたが、結局そちらに視線を向けることなく自分の周囲に能力二つを混ぜ合わせた波動を展開した。
その結果恭也が転移させた剣はディアンに触れることなく分解され、ディアンは自分に向けて発動された恭也たちの能力もそうなると予想していた。
しかしディアンの予想に反して強化された『不朽刻印』と融合した『ミナリカ』はディアンの能力を突破してディアンに命中し、それを受けてディアンは今日初めて動揺した。
「てめぇ、……何をしやがった?」
この世界に来た当初ならともかく二つの能力を使いこなせるようになって以来、ディアンは外部からの干渉を受けたことが無かった。
そのため異世界人二人がかりとはいえ自分の能力を突破されたことにディアンは驚き、すぐに自分に刻まれた何らかの能力を打ち消した。
その後特に能力の行使に不具合が無いことを確認して安心したディアンに恭也は『不朽刻印』の説明をした。
「僕とバフォメカさんとの戦いを見てたなら僕がバフォメカさんに印を刻んだのは見てましたよね?あれをアロジュートさんの力を借りて撃ち込んだだけです。結局すぐに消されちゃいましたけど」
「……へぇ、思ったよりやるじゃねぇか」
今回恭也とアロジュートがディアンに刻んだ刻印はディアンの能力に大したダメージは与えておらず、ディアンはそのことを理解していた。
しかし精々補助役だと考えて大して警戒していなかった恭也が主導して自分に能力を通したことを受け、ディアンは恭也の遊び相手としての評価を上げた。
「さすがに異世界人二人同時の全力は防げないみたいですね。何やっても駄目かと思ってたんで安心しました」
アロジュートの切り札である『ミナリカ』と強化した恭也の能力を同時にぶつけてディアンに通じなかったらさすがに恭也には打つ手が無かった。
そのためかろうじてとはいえディアンに自分たちの能力が通用したことに恭也は安堵し、一方のディアンは楽しそうに笑っていた。
「思ったよりは楽しめそうで安心したぜ」
自分より弱くそれでいて手応えもきちんとあるといういたぶる相手としては申し分ない戦い振りを見せた恭也を見てディアンは満足そうにしていた。
しかしディアンもさすがに異世界人二人と魔神六体を同時に相手にして勝てると思う程うぬぼれてはいない。
大勢の実力者に囲まれずに戦いを楽しむための計画はちゃんと立てており、ディアンは恭也に自分が以前から準備していた計画を説明した。