余裕の理由
ディアンの提案を恭也が受け入れた三十分後、恭也とアロジュートはセジバガの郊外でディアンと対峙していた。
二人から少し離れた場所には魔神たちがおり、異世界人三人による戦いの開始を待っていた。
「ここまでこっちに都合がいいと怖いっすね」
「いざとなったら悪魔を呼べるからこその余裕だと思いますわ。あの男がどれだけ強くてもマスターかアロジュート様のどちらか一人ならともかく二人同時に相手取って勝てるとは思えませんもの」
恭也同様魔神たちも今回のディアンの提案をとても喜ぶことなどできず、ただひたすらに警戒心を募らせていた。
ランやアクアなどは今すぐにでも恭也に加勢したいと考えていたが、それは恭也自身に止められていたので魔神たちは全員で大人しく恭也たちの戦いを観戦するしかなかった。
「この辺りには人も住んでねぇし牧場や畑も無い。お互い遠慮無くやれるからたっぷりと楽しもうぜ」
「はい。その点についてはお礼を言っておきます。ありがとうございます」
街の中で住民たちを守りながらの戦いも覚悟していたので、ディアンがセジバガの郊外を戦いの場に選んだことに関して恭也は素直に礼を述べた。
そんな恭也を見てディアンは獰猛な笑みを浮かべた。
「気にするな。せっかくの遊びに余計な邪魔が入らないようにしただけだからな。ああ、そうだ。一つ言うの忘れてた。お前がこの前使ってた魔神の力で創った剣、今回は使ってもいいぞ。俺からすりゃあんなの木と変わらねぇし」
アロジュートですら消せない『アルスマグナ』製の金属をまるで警戒していないディアンの発言に恭也はさらに警戒心を強め、そんな恭也の横で今まで恭也とディアンの会話を黙って聞いていたアロジュートがしびれを切らして口を開いた。
「もういいでしょう?さっさと始めましょう」
そう言うとアロジュートは恭也の返事すら待たずに天使二百体を召還してディアンに差し向けた。
もちろんただの天使などいくら召還してもディアンの脅威にならないことはアロジュートも分かっており、天使たちを目くらましにしてアロジュートはディアンに近づいた。
召還した天使たちと共に空からディアンに近づくアロジュートを見て、恭也は『高速移動』を使って地上からディアンに接近した。
マンタを召還してもどうせディアンにすぐ消されることは目に見えており、魔神の力無しでは恭也はまともに空中戦を行えない。
そう考えて地上を進んでいた恭也の前でアロジュートが召還した天使二百体が瞬く間に消滅し、その直後ディアンの声が聞こえてきた。
「おいおい、そんな雑魚いくら召還しても意味無いぜ?攻撃っていうならこれぐらいはしてくれねぇとな!」
そう言うとディアンは先程天使たちをまとめて消滅させた時同様自分の周囲に物質を分解する波動を撒き散らした。
ディアンを中心に半球状に展開された波動を受けて恭也はあっけなく消滅し、アロジュートは常時展開している能力によりディアンの波動を相殺した。
消滅してすぐに復活した恭也は再びディアンに向けて走り出したが、その頃にはアロジュートはディアンを間合いに捉えていた。
既に創り出していた鎌を手にアロジュートがディアンに斬りかかると、ディアンは右手に剣を創り出してアロジュートの攻撃を防いだ。
「へぇ、俺の結界力づくで突破するなんてなかなかやるじゃねぇか。何でも消す。いい能力だ。お前を材料にすればさぞ強力な悪魔が創れるだろうな!」
そう言って剣を振るうディアンをにらみつけながらアロジュートはディアンに蔑む様な視線を向けた。
「あんたのおもちゃになる気は無いわ。黙って殺されなさい」
「お前の都合なんて関係ねぇさ。強い奴は何してもよくて俺はこの世界で一番強い。お前らは精々俺を楽しませてから死んでくれ!」
会話をしながらアロジュートとディアンは何度も鎌と剣を交え、その隙を突いて恭也はディアンに背後から近づいた。
もちろん能力の副産物でディアンは恭也の接近に気づいており、恭也もそれは織り込み済みだった。
ここに来るまでに恭也は七回死んでいたため隠密行動など望むべくもなく、それでも何とかディアンに近づいた恭也はディアンに攻撃を仕掛けた。
これまでの様に恭也が分解されると思っていたディアンは恭也に意識こそ向けていたもののまるで警戒していなかった。しかし本日九回目の死を迎えた直後に恭也が『無敵化』を発動したことでディアンの目論見が狂った。
『無敵化』でディアンの分解の能力を防いだ恭也はそのまま『アルスマグナ』製の剣をディアン目掛けて振り下ろし、それに合わせてアロジュートも『切り札』を切った。
『ミナリカ』でディアンの能力にダメージを与えようとしたアロジュートを前にし、ディアンはアロジュートのしようとしていること分からなかったものの感じ取る魔力の量から目の前の敵が大技を使おうとしていることを察した。
全力を出していないとはいえ自分の結界をそれぞれの方法で突破してきた恭也とアロジュートに対し、ディアンは少しだけ本気を出すことにした。
右手に握っていた剣に能力を纏わせてディアンが振るうと、恭也の振り下ろしていた『アルスマグナ』製の剣はたやすく斬り裂かれてそのまま恭也の体も両断された。
『無敵化』はそう何度も使えないので、『アルスマグナ』製の剣がいとも簡単に斬り裂かれたことに驚きながらも恭也は一度ディアンと距離を取った。
後退しながら恭也がアロジュートに視線を向けると、アロジュートの攻撃もディアンに迎撃されておりアロジュートは鎌だけでなく両腕の先まで失っていた。
それを見た恭也は慌ててアロジュートを近くに召還し、アロジュートに何があったのか尋ねた。
「一体何があったんですか?ディアンさんの『切り札』ですか?」
異世界人の力でも破壊できないはずの『アルスマグナ』製の金属が斬り裂かれた上に純粋な戦闘力なら自分よりはるかに上のアロジュートが深手を負っているのを見て恭也は慌てた。
そんな恭也をたしなめる余裕も無く、アロジュートは自分が先程感じたことを端的に恭也に伝えた。
「あいつの『切り札』かどうかは分からないけどあたしの結界も『ミナリカ』も全部あっという間に消されたわ。すぐに後ろに退がらなかったら腕だけじゃ済まなかったでしょうね」
「その腕治るんですか?」
アロジュートの腕を見て恭也はすぐに『治癒』を発動したのだが、体が神聖気のみで構成されているアロジュートに『治癒』は効果が無かった。
そのため心配そうな表情を浮かべながらアロジュートの腕に視線を向ける恭也にアロジュートは心配無いと伝えた。
「あんたのおかげで神聖気には困ってないし腕は治るわ。ただし五、六分はかかるわね」
「……分かりました。その間は僕が時間を稼ぎます」
「無理しないで撤退した方がいいわ。あんたと魔神で創った金属を簡単に斬り裂いて、あたしの『ミナリカ』も通用しない。理屈は分からないけど言うだけあってあいつかなり強いわよ」
元々長期計画でディアンとは戦うつもりだったのだからここで危険を冒す必要は無い。
敵を倒すためならアロジュートは自分の命など惜しくなかったが、今この世界では自分と恭也がディアンに対する最後の砦なのだ。
そう考えるとこのまま玉砕覚悟で突っ込むわけにもいかず、アロジュートは恭也に撤退を進言した。
しかし恭也の考えは違った。
「逃げるにしてもディアンさんがさっき使った技の正体は知っておかないとまずいですからね。そういうのは僕の方が得意だと思うんで任せて下さい」
そう言って恭也がディアンに視線を向けるとディアンは余裕の笑みを二人に向けてきた。
「いやー、参った、参った。さすがに異世界人二人相手はきついな。俺も少しだけ本気出しちまったぜ」
「せっかくなんでもう少しだけ本気出してもらいますね」
そう言うと恭也は再びディアンに近づき、それを受けてディアンは分解の波動による結界を解除した。
再び死にながら突っ込むつもりだった恭也はディアンが結界を解除したことに驚き、そんな恭也にディアンは余裕の笑みを崩さないまま話しかけてきた。
「俺の本気が知りたいんだろ?一対一なら接近戦に付き合ってやるよ。どうせあの女の回復が終わるまでの暇潰しだ。気軽にやろうぜ」
そう言ってディアンが飛ばしてきた分解の波動を『高速移動』でよけながら恭也はディアンに近づき、先程同様『アルスマグナ』製の剣をディアンに振り下ろした。
しかし今度も先程同様恭也の振り下ろした剣はディアンに斬り裂かれ、その後『格納庫』から出した『アルスマグナ』製の盾や箱もディアンは軽々と斬り裂いた。
ディアンが創り出した剣の斬れ味をまざまざと見せつけられ、恭也は思わず愚痴をこぼしてしまった。
「まったく、みんな自前の強い能力持ってて嫌になりますね。『アルスマグナ』で創った金属スパスパ斬り裂く能力元々持ってるなんてずるくないですか?」
今さら相手の能力に文句を言ってもしかたがないと分かってはいたが、アロジュートの能力でも『アルスマグナ』製の金属は消せなかったのだから先程からこちらの攻撃や防御を軽く蹴散らしているディアンの剣は異世界人としての能力ではなくディアン自身の能力だろう。
自分以外の異世界人がそれぞれ何らかの異能を自前で持っているだけでも不公平だと考えていた恭也からすれば、自前の能力が異世界人としての能力より強いなど反則もいいところだった。
恭也の予想通りディアンが現在手にしている剣はディアン自身の能力で創った物だったが、恭也の予想には致命的な勘違いがありそれをディアンは笑いながら指摘した。
「確かにこの剣は俺が元から持ってる能力だけど、この剣の能力は大した能力じゃないぜ。俺の世界でもはずれの能力だって馬鹿にされてたしな」
ディアンが手にしている剣、及びこの剣の能力はディアンが元いた世界では『英雄譚』と呼ばれていたもので、異なる十の能力を発動できるディアンの世界の住人に代々受け継がれていた武器だった。
しかし『英雄譚』の各能力を使えるようになるためにはそれぞれに応じた条件を満たす必要があり、ディアン以前の『英雄譚』の継承者は誰一人『英雄譚』の能力を発動させることができなかった。
『英雄譚』の継承は完全に無作為に起きる現象なので、すっかりはずれ能力とされていた『英雄譚』をディアンが継承した時には周囲の人間全員がディアンに同情した程だった。
この世界に来てから多くの人間を殺したディアンは『英雄譚』の能力を一つだけ使えるようになっていたが、この能力は異世界人として手に入れた能力に比べたら取るに足らない能力だった。
そのためディアンにとって『英雄譚』は剣を持ち歩く必要が無い程度の意味しか無い能力で、この場で『英雄譚』の能力を使う気はディアンには無かった。
警戒していたディアン自身の能力をディアンが大したことがないと言ったことで恭也は戸惑い、そんな恭也にディアンは自分の異世界人としての本気の一端を見せることにした。
ディアンは剣を消してから恭也に右手を向け、右手の先から大量の斬撃を発生させた。
ディアンから離れた形で使われたためこの攻撃には『魔法看破』を発動することができ、恭也は『魔法看破』の結果を受けて驚いた。
ディアンのこの能力も異世界人としての能力で、斬撃の数、斬れ味、命中精度のいずれかを強化して体から撃ち出すことができるらしい。
この能力は放つ斬撃の特性を同時に二つ強化することはできず、今回ディアンが放った斬撃は数を強化していた。
そのため今回ディアンが撃ち出した斬撃の威力そのものは大したことなく、恭也は斬撃の弾幕を『物理攻撃無効』で難無くしのいだ。
今度も恭也は一度は死ぬと思っていたため、自分の攻撃を無傷で耐え切った恭也を見てディアンは感心した様な表情を浮かべていた。
「へー、さすがに今の攻撃じゃ死なねぇか。そこらの軍隊程度なら今ので全滅するんだけどな」
このディアンの称賛を受けても恭也は何も感じず、『魔法看破』で知ったばかりの事実をディアンに確認した。
「この能力、僕が前に戦った悪魔が使った能力ですよね?バフォメカさん見た時点で分かってはいましたけど、あなた殺した相手の能力奪えるんですね」
先程の斬撃の能力は明らかに分解とは別の能力だったので、ディアンは殺した異世界人の死体を自分の体に取り込んで能力を増やしたのだろう。
バフォメカを見た時点で恭也はディアンが殺した相手を悪魔作りや部下の改造の材料としか考えていないことは分かっていた。
そのため恭也はディアンが分解以外の能力を使ったのを見て驚きよりも嫌悪感を覚え、自分たちが殺された場合ディアンがさらに強くなる可能性に恐怖した。
しかしこの恭也の発言を聞きディアンは心底心外そうな表情を浮かべた。
「馬鹿言うなよ。死体混ぜるなんて気持ち悪いこと自分の体でするわけないだろ。この能力も神の使いとかいう奴からもらったものだぜ?」
「え?だってディアンさんの能力は分解と再構築じゃ……」
ディアンの言っていることの意味が分からず困惑する恭也を前にディアンは不敵な笑みを浮かべた。
「恨むならあの馬鹿共を恨め。俺はこの世界に来る前に一度別の世界に送られて、その時に全てを斬り裂く能力を、そしてこの世界に来た時に全てをおもちゃにできる能力を手に入れたのさ」
「……そんなむちゃくちゃな」
ディアンの発言の意味を理解して恭也は心の中で無計画にも程がある神の使いたちを罵ったが、そんな恭也に構うことなくディアンは分解の波動に斬れ味を強化した斬撃を融合させた。
この異世界人二人分の能力で構成された波動は『アルスマグナ』製の金属はもちろんガーニスの能力でも防げない文字通り防御不可の攻撃で、この世界の誰も防ぐことができない必殺の波動が恭也の視界を埋め尽くした。