土産
ディアンとの話を終えた後、恭也が路地裏を逃げる様に進むバフォメカに話しかけるとバフォメカは驚いた表情を恭也に向け、そんなバフォメカに恭也は逃げても無駄だと伝えた。
「さっきあなたに僕の能力で印をつけておきました。その印がついている間はあなたは死ねませんし、僕に居場所が筒抜けになります。だからこそこそ逃げようとしても無駄ですよ」
こう言って恭也がバフォメカに自分の首を見るように伝えると、バフォメカは恭也を警戒しながら近くの建物の窓に目をやり首に刻まれた刻印を確認して愕然とした。
先程の恭也と上級悪魔との戦いに巻き込まれて自分が死と復活を繰り返していたことをバフォメカは不思議に思っていた。
そのため恭也の発言をバフォメカは比較的すんなりと信じることができた。
しかし『不朽刻印』により恭也に自分の居場所が筒抜けになるということはバフォメカにとって歓迎できることではなく、バフォメカは声を荒げた。
「ふざけるな!この妙な刻印をさっさと外せ!外さないとこの辺り一帯を、」
焼き払うぞと言おうとしたバフォメカだったが、これ以上の街への被害を避けたかった恭也が『ヒュペリオン』でバフォメカを上空に打ち上げたためバフォメカの発言は中断させられた。
街の上空に打ち上げられたバフォメカは動きが止まったところで『アルスマグナ』製の箱に入れられ、そこにウルの羽で飛びながら恭也が話しかけた。
「これでゆっくり話ができますね。少し落ち着いて下さい」
周囲に自分と恭也以外人はもちろん建物すらない状況に置かれ、バフォメカは恭也の話を黙って聞くしかなかった。
「さっきディアンさんはあなたのこと使い捨てって言ってましたから、このまま逃げるよりは僕のところにいた方がいいと思いますよ?ディアンさんと違って命だけは保証しますし。まあ、本当に命だけはですけど」
恭也のこの発言を聞きバフォメカの表情が変わり、バフォメカは『アルスマグナ』製の箱から乗り出して地上に向かおうとした。
地上に向かうと言っても空を飛べないバフォメカでは落下するしかなかったが、ただの落下による損傷程度ならディアンの改造を受けた自分ならすぐに修復できる。
そう考えてバフォメカは恭也を雷撃で牽制しながら箱から乗り出したが、一メートルも降下できずに恭也が『アルスマグナ』製の箱を変形させた槍に体中を串刺しにされた。
バフォメカは金属を体に取り込むことができるので、先程の戦いでも恭也が使っていた『アルスマグナ』製の金属を自分の体に取り込もうとした。
しかしバフォメカ程度の能力で『アルスマグナ』製の金属を取り込めるはずもなく、結局バフォメカは両腕両脚を『アルスマグナ』製の拘束具で束縛されてしまった。
身動き一つ取れなくなり忌々し気に自分をにらみつけてくるバフォメカを前に恭也は話を進めた。
「その金属理不尽に強いんで抵抗は諦めた方がいいと思いますよ?……このまま閉じ込めておいてもまた暴れそうですね。魔力はもらっておくことにします」
恭也のこの発言を聞きバフォメカは戸惑ったが、そんなバフォメカの反応を無視して恭也はバフォメカの首を掴むとランとアクアの合体技、『ベルセポネー』を発動してバフォメカの魔力を吸収し始めた。
『ベルセポネー』による魔力の吸収は一定以上の魔力を持っている相手には通用しないが相手に直接触れて発動すれば話は別だった。
恭也に首を掴まれた途端自分の魔力がみるみる減っていくのを感じ、バフォメカは首から刃物を生やして恭也の手を傷つけた。
しかし『痛覚遮断』を発動していた恭也は手が傷ついても表情を変えず、バフォメカに礼を言った。
「ありがとうございます。この調子だとあなたの魔力全部吸うのに十分ぐらいかかりそうなんで、そうやって能力使ってくれると助かります。遠慮しないで雷とかもがんがん撃っていいですよ?」
自分の反撃を意にも介さず魔力を吸い続ける恭也を前にようやくバフォメカは完全に抵抗する意思を失った。
やがてバフォメカの魔力を吸い尽くした後、恭也はすっかり大人しくなったバフォメカと共に地上へと降りた。
その後今回被害を受けた人々の蘇生・治癒を行った後、恭也はこの街、ゼフィスの代表数人と今後について話をしようとしたのだが、彼らとの話し合いはうまくいかなかった。
彼らの恭也への態度がその原因で、言葉を選びながら恭也に自分たちの現状を説明してきた彼らの発言から恭也は彼らの本音を何とか読み取ることができた。
バフォメカを倒したことには感謝しているがどうせ恭也はディアンに勝てないだろうから、あまり恭也と仲良くすると後でディアンからどんな報復を受けるか分からない。
それがゼフィスの住民たちの総意のようで、今彼らに恭也が自分たちならディアンに勝てるいくら言っても信じてもらえないだろう。
ディアンによる支配は恭也がこの世界に来るずっと前から行われていたからだ。
そのため恭也はゼフィスの住民たちの自分への態度を不快には思わなかったが、自分が去った後でゼフィスの運営が問題無く行われるのかだけは気になった。
まがりなりにもこの街を管理していたバフォメカを恭也は倒してしまったわけで、バフォメカがいなくなって混乱が起きないかと恭也は心配したのだがそれは余計な心配だった。
バフォメカは気まぐれに暴れるだけで街の運営は人任せにしており、正式な領主は別にいたからだ。
それを聞いて安心した恭也はバフォメカを『埋葬』でゼフィスの郊外に埋め、その後三日間はバフォメカを見張りながらゼフィスの郊外で過ごした。
そしてディアンが告げた日を迎え、恭也はゼフィスの人々にバフォメカに手を出さないように伝えてからディアンの本拠地に向けて出発した。
(あのバフォメカという奴と同じ改造人間、一体どれぐらいいるんだろうな?何百人もいたらさすがに面倒だぞ)
(その心配は無いと思うよ)
恭也によりすっかり魔神たちやアロジュートの間で定着した改造人間という単語を使いながらウルが口にした不安を聞き、恭也はウルに大丈夫だと伝えたのだがウルは納得していない様子だった。
(どうしてだよ?あの男なら改造人間作るための犠牲なんて気にしないで改造人間作りまくってるだろ)
『魔法看破』によるとバフォメカ一人を今の状態にするために六百人程の人間が犠牲になっており、犠牲になってから時間が経ち過ぎていたためこの犠牲者たちは恭也はもちろんシュリミナの能力でも蘇生は不可能だった。
一人の改造に何千、何万という犠牲が必要だというならともかく、数百人の犠牲でそれなりに強力な部下が作れるならディアンは積極的に部下を改造するだろう。
ウルを含む魔神たちやアロジュートはそう考えていたのだが、恭也はそうは考えていなかった。
(バフォメカさん見た感じだと特に行動を縛るような仕掛け無かったから、僕がディアンさんなら改造人間そんなにたくさんは作らないと思う。だって何百人も改造人間作って裏切られたらディアンさんでも手こずると思うし)
(そうですわね。他に手が無いならともかく忠実に動く上級悪魔を創れるんですもの。裏切る可能性のある改造人間は多くても数十人といったところだと思いますわ)
(あれが数十人なら自分たちだけでどうにかなりそうっすね)
恭也の予想に同意したホムラの発言を聞き、ライカはどこかつまらなそうにしていた。
そんなライカの反応に気づき恭也は気を引き締めるように伝えた。
(バフォメカさんのこと、ディアンさんは使い捨てって言ってたからこれから戦うことになる改造人間はバフォメカさんよりは強いんだと思う。上級悪魔だってたくさんいるんだから気抜かないでよ)
(分かってるっすよ。でも今回はあいさつだけっすよね?)
(うん。ディアンさんの出方次第だけどそのつもりだよ)
ディアンの能力が戦力の増強向きだったことに加え、自分たちと比べてディアンは何年も前から侵略の準備をしていた。
この状況で正面からぶつかってディアンに勝てると考える程恭也は楽観的ではない。
ましてや今回はディアンの本拠地でディアンと会うことになるのだから、恭也は今回『魔法看破』を使っての敵情視察以上のことをするつもりは無かった。
(めんどくせぇな。時間かけて上級悪魔倒してその後であいつを袋叩き。めちゃくちゃ時間かかりそうだな)
(しょうがないじゃん。こればっかりはあっちに合わせるしかないんだから)
既に戦力を充実させている現状を考えると、上級悪魔を使わずに直接戦って欲しいなどとこちらが頼んでもディアンは乗ってこないだろう。
時間をかけてでもディアンの周りの戦力を削っていかなくてはまともに戦うこともできない。
そう考えていた恭也は自分がディアンの恐ろしさの半分も理解していないことにまだ気がついていなかった。
ゼフィスを出発してから三時間程経った頃、恭也はイビルアイに出迎えられ、そのままイビルアイに案内されてディアンの本拠地、セジバガにある王城へと案内された。
警戒しながらも恭也がイビルアイに続き謁見の間に着くと、玉座に座ったディアンが嬉しそうな笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「ようやく会えたな。一応食事や休憩の準備させてるんだけどその顔見る限りそんな気分じゃなさそうだな」
「はい。僕あなたと友達になりに来たわけじゃないんで。本当は今すぐあなたと戦いたいんですけど、今もたくさん上級悪魔連れてるでしょうから今日のところはこれで失礼します」
ガーニスやアロジュートの時同様、ディアンを対象とした『魔法看破』は効果を阻害されてしまったが、おそらくディアンはバフォメカが持っていたのと同様の魔導具を隠し持っているはずだ。
ディアン一人ならともかく複数の上級悪魔まで相手にするとなると恭也たちの勝ち目はほとんどない。
そう考えて今日はもう帰ろうと考えていた恭也だったが、一つ気になったことがありディアンに質問をした。
「それにしても上級悪魔はともかく改造人間も一人も連れてないなんてずいぶんと余裕ですね」
恭也はディアンが改造人間を一人も連れていないことを不思議に思い『魔法看破』を使って室内を見渡したが、室内には恭也たちとディアン以外誰もいなかった。
あわよくばディアンの部下の能力を確認して帰ろうと思っていたため恭也はこの目でディアンの部下を見れなかったことを残念に思い、それと同時にディアンがここまで自分たちを警戒していないことに少なからず驚いた。
そんなことを考えていた恭也の発言を聞きディアンは苦笑した。
「だってここに俺の部下連れて来たら能力がばれちまうじゃねぇか。さっきから俺に何度も能力使おうとしてるみたいだし」
ディアンは恭也の『魔法看破』や『不朽刻印』といった実際に何かを飛ばすわけではない能力も分解して無効にできる。
そのためディアンは恭也が自分に対して何度も探りを入れていることに気がついており、ディアンの指摘を受けて恭也はため息をついた。
「みんな僕の能力気軽に無効にしてくれて嫌になりますね。まあ、いいや。今日のところはあいさつだけのつもりだったんでこれで失礼します」
そう言って立ち去ろうとした恭也をディアンが呼び止めた。
「そう慌てるなよ。せっかく来てくれたんだ。土産の一つぐらいはくれてやる」
ディアンの土産という発言を聞き恭也は嫌な予感しかしなかったのだが、ディアンの提案は恭也にとって都合が良過ぎるものだった。
「お前の考えてることは大体想像がつくぜ。俺一人ならともかく悪魔や部下まで相手にするとなると正面突破は無理だから長期戦に持ち込もうって考えてるんだろ?」
ディアンに図星を刺されて返事に困った恭也を前にディアンは話を進めた。
「それ自体は別に構わないぜ。むしろ遊びが長引くのは大歓迎さ。前にも言ったけど久し振りの異世界人だしな。で、どうだ?部下を使っての戦いは後で楽しむとして、俺と直接戦う気は無いか?」
「どういう意味ですか?」
ディアンの発言をそのまま受け止めれば自分にとってあまりに都合が良過ぎる。
そう考えて思わず聞き返してしまった恭也だったが、ディアンの提案はそのままの意味だった。
「お前が魔神の力を借りなければ俺も一人で戦う。こうなったらついでだ。お前の部下のあの羽の生えた女もまとめて相手をしてやるよ。もちろんそのまま俺を倒せたら煮るなり焼くなり好きにすりゃいい。どうだ?悪い話じゃないだろ?」
『真実看破』によりディアンが本気で部下や上級悪魔の力を借りずに自分とアロジュートの二人を同時に相手取る気だと知り恭也は絶句した。
そんな恭也にディアンは最後の駄目押しをしてきた。
「もちろんこれはわざわざあいさつに来てくれた礼だからな。俺が勝ってもお前らを殺したりはしない。悪くない話だろ?」
悪くないどころではないディアンの話に恭也の不信感は募るばかりだったが、いざとなったら逃げればよくこれはディアンの手の内を直接探るいい機会だ。
そう考えた恭也はディアンの提案を受け入れた。