試験
イビルアイを破壊した後、恭也は急いでジュナのもとに向かった。
「すみません。僕が遅くなったせいで『獣化』を使わせてしまって。ゼルスさんたちに怒られますよね?」
「大丈夫だ。恭也から任されたユーダムを守るためだったんだからゼルス様たちもそこまで怒らないと思うぞ。一応ここが落ち着いたら直接報告に行くつもりだけどな。その時はマンタを貸してくれ」
ジュナのこの発言を聞き、やはり何らかの叱責は受けるかと考えながら恭也はジュナにある提案をした。
「何なら今から行きませんか?ロップさんたちを蘇らせたら、僕すぐにクノンに行ってクノンで殺された人たちも蘇らせるつもりですから。それが終わったら城に行ってジュナさんを能力で呼びますよ」
「悪いけどそうしてくれると助かるぞ」
上級悪魔に破壊された街の復興についてはロップが指揮を執ればよく、ジュナとしてもゼルスに今回の件を一刻も早く報告したかったので恭也の提案は好都合だった。
恭也に気を遣ってジュナは言わなかったが、再三に渡り王族になることを断ってきたジュナが国に無断で『獣化』を使ったのだから言葉による叱責だけでは済まないだろう。
今回『獣化』を使った理由が理由なのでそこまで重い罰は下されないにしても、今行っているユーダムでの任務が終わったらジュナの行動はかなり制限されるはずだった。
しかし恭也の手前クノン王国もジュナへの処罰は秘密裏に行うはずで、ここでジュナが黙っていれば恭也もジュナの今の発言を信じるだろう。
そう考えながらジュナは笑顔で恭也との会話を続け、その後ロップたちを蘇らせてクノン王国に向かった恭也の『救援要請』でクノン王国の首都、メーズへと転移した。
メーズの王城でゼルスたちに今回の顛末を伝えた後、恭也はユーダムに戻りカムータたちへの謝罪を終えてからすぐにラインド大陸へと向かった。
できれば今日中にディアンとの決着をつけたいところだったが、相手がディアンだけならともかく恭也たちはディアンが従えているはずの何十体もの上級悪魔の相手もしなくてはならない。
正面からぶつかったらアロジュートの助力があっても恭也たちに勝ち目は無いだろう。
そのため今回恭也はディアンと直接会った後でラインド大陸の数ヶ所に拠点を作りたいと考えていた。
その拠点を使ってディアンの軍勢相手にゲリラ戦を行い徐々にディアンの戦力を削り、最後にディアンを袋叩きにする。
それが現段階での恭也の案だった。
(みんなの魔導具の開発具合ってどんな感じ?)
恭也は魔神たちがヘーキッサたちに命じて作らせている魔導具の能力を既に聞いており、それぞれの魔導具の名前も既に決めていた。
ウルの専用魔導具の様に能力を聞いて思わず恭也が引いてしまった物もあったが、それでもどの魔導具もいざという時には頼りになりそうな魔導具ばかりだった。
恭也はホムラからホムラとアクアの魔導具の開発が遅れていると聞いており、ホムラは申し訳なさそうに恭也に魔神たちの専用魔導具の開発状況を報告した。
(私たち全員分の魔導具は一応はできあがっていて、それぞれの試作品は私たちの手元にありますわ。けれども私とアクアさんの魔導具はまだ私たちの求めている水準に達していないので、研究所の人間たちに完成を急がせているところですの)
(まあ、こればっかりは完成したのがディアンさんとの戦いが終わってからじゃ意味無いからね。ヘーキッサさんたちには悪いけどがんばってもらうしかないか)
(はい。最終調整と予備の制作まで含めて昼夜兼行で行わせていますわ)
(……ほどほどにね。後、今日これからディアンさんと戦うことになっても、ウルは絶対『染心冥獄』街の近くで使わないでね)
(分かってる、分かってる。あれ、雑魚用に作っただけだしぶっちゃけ出番無いだろ)
ウルの専用魔導具、『染心冥獄』は、魔神たちの専用魔導具の中で唯一恭也が制作を中止させようとした魔導具だ。
他の魔神たちの多くが防衛向きの魔導具を作っている中、『染心冥獄』の能力を聞いた恭也はウルに心底呆れてしまった。
闇属性の魔法を戦闘用に強化するとこの様な魔導具にするしかないというホムラの説得もあり恭也は『染心冥獄』を受け入れたが、実際に『染心冥獄』が使われた時のことを考えると憂鬱になった。
もっとも今回の相手は異世界人のディアンと上級悪魔なので、ウルが『染心冥獄』を使ってもそこまで酷いことにはならないだろう。
そう考えながら恭也はアロジュートに話しかけた。
(アロジュートさんは一人で上級悪魔何体まで倒せますか?)
恭也の見立てでは専用魔導具を装備した魔神たちならこれまで戦ったディアン製の上級悪魔二体までなら一人で倒せるはずだった。
アクアなら相手の能力次第では三体までいけるのではと考えており、恭也としてはアロジュートにも同等の戦果を期待していた。
ちなみに恭也は自分一人では上級悪魔二、三体に時間稼ぎがやっとだと考えており、そんな他力本願な考えを持っていた恭也の質問にアロジュートは正直に答えた。
(あの体を硬くする上級悪魔以外なら五体まではいけるわ。今のあたしなら座天使様もかなり余裕を持って召還できるから、それも入れたら十体はいけるわね。本当は智天使様も召還できるんだけど、あたしが御力を借りることができる智天使様って一人しかいなくてその方の御力使いにくいからそっちはあんまり期待しないで)
(はい。まあ、その辺はお任せします)
一応恭也はアロジュートから天使の階級や神聖気についての説明を受けていた。
それでもアロジュートによる天使の説明には恭也が初めて聞く言葉が頻出し、知らない言葉の説明に別の知らない言葉が出てくる事態が頻発した。
また神聖気自体は現状ほぼ無限に使えるが神聖気を使用するアロジュートの方には限界があるらしかった。
そのため恭也は天使関係の能力の運用方法はアロジュートに一任していた。
こうしてラインド大陸に着いてから恭也たちはそれぞれの現時点での能力について話しながら北上していたのだが、二時間程飛んだ頃から周囲の風景が一変して恭也たちは驚いた。
(この辺りずいぶん街がきれいなまま残ってるね)
(人もめちゃくちゃいるな。こんなに人間いるなら他の大陸襲う必要無くね?)
恭也の発言にウルが同意する中、アロジュートはこの辺りの街がきれいなままの理由を想像も交えて恭也たちに説明した。
(それなりの生活がしたかったらある程度労働力は残しておかないといけないでしょ?自分の庭の家畜小屋自分で壊す馬鹿はいないわよ)
(……その表現はともかく言いたいことはわかりました)
前にいた世界で自身が戦った悪魔の発言を引用したアロジュートの発言を聞き恭也は不快気に顔をしかめたが、一部とはいえ街や住民が無事だったのだからよしとしようと考えてさらに北を目指した。
とはいえそろそろ日が暮れそうだったので今日のところはこれぐらいにしておこう。
そう考えていた恭也に一体のイビルアイが近づいて来た。
「よお、能恭也。まさかこんなに早く来るとは思ってなかったぜ」
透明になって飛んでいるところに話しかけられ、少なからず驚きながらも恭也はイビルアイに返事をした。
「あなたみたいな人、いつまでも放っておくわけにはいかなかったので」
今恭也の前にいるイビルアイは恭也がこれまで見てきたイビルアイと比べて一回り大きく、色もこれまでのイビルアイと比べるとかなり濃かった。
透明になって飛んでいた自分を発見するとは面倒なものがその辺りを飛んでいるものだと考えながら恭也はディアンとの話を続けた。
「お出迎えってことはディアンさんの家が近いってことですか?」
透明になっていたところを発見されたことは決して歓迎できることではなかったが、ディアンの支配している場所では聞き込みもしにくいのでディアンからの出迎え自体は恭也としても助かった。
恭也はディアンの本拠地の正確な場所も分からずに適当に北上していたからだ。
このままイビルアイに連れられてディアンと会うとなるとこちらも総力を挙げて挑む必要がある。
そう考えて恭也はウォース大陸にいるアクアとフウを手元に呼び寄せようとしたのだが、そんな恭也の予想をディアンは否定した。
「俺の本拠地はまだ先だ。でもお前が俺の部下を素通りしそうだったんで声をかけてやった」
「部下?」
自分より先にこの世界に来ているディアンに部下がいること自体には恭也も驚かなかった。
しかしどうしてディアンがわざわざ自分の部下の所在を教えてきたのかが恭也には分からなかった。
恭也と戦うつもりならどうして恭也に何も言わずに合流しないのかと恭也は疑問に思い、そんな恭也にディアンは楽しそうな声で自分の狙いを伝えた。
「その部下っていうのは俺が能力で創った特別製だ。人間に人間や悪魔、それに魔導具を大量に混ぜて作った。こいつを魔神の力無しで倒してみな。それが俺の遊び相手になるための最低条件だ」
何を言い出すかと思えば勝手なことを言い出したディアンに恭也は呆れてしまい、そのまま北上を続けようとした。
その部下とやらがディアンと合流するようならまとめて相手にすればよく、そうでないなら無視すればいいと考えたからだ。
「あなたの下らない試験を受ける気はありません。あなたがこれまでしてきたみたいに戦うかどうかに襲われた方の意思は関係無いですから」
そう言って移動を始めようとした恭也を見てディアンは呆れた様子だった。
「しかたねぇな。暴れてる奴としか戦えないって言うなら部下に命じて街の人間適当に襲わせてやるよ。ここから西に二十キロぐらい行った所にある街にその部下はいる。俺とそいつ、どっちを優先するかはお前の好きにしな」
「分かりました。その人とは戦いますから暴れさせるのは止めて下さい」
ディアンの思惑に乗るのはしゃくだったが、自分をおびき寄せるためだけの殺人などとても見過ごせない。
そう考えてディアンの指示した街に向かおうとした恭也だったが、それで部下への命令を撤回する程ディアンはお人好しではなかった。
「何人か死人が出た方がお前としては助かるだろ?おっと、もう俺の部下が暴れ始めたみたいだぜ?俺と話してる暇があったらさっさと行った方がいいんじゃねぇかな」
そう言って恭也を嘲笑ったディアンに恭也は怒りを覚え、ウルの羽でイビルアイを斬り裂いてから急いで現場へと向かった。
一分とかけずに恭也が現場に着くと、ディアンの部下、バフォメカが街の住人たちを殺害していた。
恭也がざっと見ただけでも既に二十人近くの死体が路地に転がっており、家屋もいくつか燃えていた。
現場に着いても今回恭也は新しい能力を獲得しなかったが、このことを理由に落胆することなく今も街で暴れている男に話しかけた。
「そこまでにして下さい!後は僕が相手をします!」
恭也が上空からバフォメカに声をかけると、バフォメカはゆっくりと振り向いて恭也に歪んだ笑みを向けた。
「おお、お前がディアン様の言ってた異世界人か。お前を殺したらディアン様の御力で俺はお前の死体を取り込むことができる。さっさと死んで俺の一部になってくれ」
「さすがあの人の部下、いきなり気持ち悪いこと言ってくれますね」
ディアンの能力ありきとはいえ、殺した相手の死体を自分に取り込んで強くなるという発想を平然と口にするバフォメカに強い嫌悪感を覚えながら恭也はアロジュートに話しかけた。
(さっきディアンさんは魔神の力を借りるなって言ってましたけど、ディアンさんが後で文句を言ってきても困るので今回はアロジュートさんも手を出さないで下さい)
ディアンが創った部下がまさか恭也の目の前にいる一人だけということはないだろう。
また恭也を呼ぶためだけにディアンが部下を暴れさせることは避けたかったので、恭也はディアンのお望み通り今回は一人で戦うつもりだった。
そのため同行していた魔神たちの融合まで解いた恭也の考えにアロジュートは特に反対しなかった。
(別に手を出すなって言うならそれでもいいけど一人で大丈夫なの?あの人間、あたしたち程じゃないにしてもなかなかの魔力を持ってるわよ?)
恭也は先程バフォメカを制止した時に『魔法看破』を発動していた。
そのため恭也はもちろん、恭也と融合していた魔神たちと恭也と主従契約を結んでいるアロジュートもバフォメカの保有魔力の量や能力は把握していた。
そのためアロジュートは自分や魔神たちはともかく単独での戦闘力はそれ程高くない恭也では目の前のディアンの部下には負けはしないにしても苦戦するのではないかと考えた。
そんなアロジュートの心配に対する恭也の答えは簡潔だった。
(任しておいて下さい。簡単に勝負を終わらせたりはしません。あの人に今まで自分がしたことの報いをたっぷりと受けさせてみせます)
相手に勝てるかどうかの心配をしていない自分の主の考えを聞き、アロジュートは不敵な笑みを浮かべながら戦いに臨む恭也を見送った。