宣戦布告
イビルアイと上級悪魔が融合してから二分もかからずにジュナの近くにいた兵士たちは全員上級悪魔の手により殺され、最後の兵士の死体を無造作に投げ捨ててから上級悪魔はまだほとんど動けないジュナへと近づいた。
イビルアイはディアンが創った存在となら自在に融合でき、融合した場合はディアンが直接融合相手を操ることができる。
ディアン本人が近くにいれば周囲の兵士たちの死体を上級悪魔と融合させるという演出も可能だったのだが、それはまた別の機会に回すしかなかった。
この状態の上級悪魔にはディアンの戦闘技術が加わるため通常時より強くはなるが、ディアン本人が近くにいない限り融合した個体は元通りには分離できない。
イビルアイによる融合はディアンの奥の手の一つだった上に今回の件でイビルアイを一体失ったことはディアンにとって痛かった。
現在ダーファ大陸各地で発見されたイビルアイが各地の人間に倒されるという事例が三件起こっていたからだ。
魔法無しであれだけの戦闘力を発揮できる種族がいたことはディアンにとっても誤算だったが、考え方を変えれば興味深い材料が見つかったとも言えるのでそう気落ちすることもないだろう。
自分にそう言い聞かせながら上級悪魔を通してディアンはジュナに話しかけた。
「ずいぶんおもしろいものを見せてくれたな。他の連中がしてこなかったってことはお前らの種族全員ができるってわけじゃないんだろ?どういう仕組みでさっきの化け物になったのか教えてもらおうか」
「ふざけるな。誰がお前なんかに……」
『獣化』による疲労は回復するどころか時間が経つにつれてどんどん酷くなっていったが、それでもジュナは気力を振り絞って何とかディアンをにらみつけた。
そんなジュナの視線を受けてディアンはジュナを小馬鹿にする様に話しかけた。
「なるほど、自分で調べろって言うならそうするぜ。お前の国に上級悪魔十体ぐらい送って、国滅ぼすついでに調べさせてもらおうかな」
ディアンのこの発言を聞きジュナは悔しそうな顔をしながら『獣化』の説明をディアンにしようとしたのだが、その時ジュナの耳にある声が届いた。
「その人の質問に答える必要無いですよ」
この声にジュナが振り向くと同時に上級悪魔が後方へと吹き飛ばされ、上級悪魔をランの怪力で殴り飛ばした恭也はジュナに『治癒』を使いながら話しかけた。
「遅くなってすみません。後は僕に任せて下さい」
そう言うと恭也は『格納庫』から服を取り出し、ジュナにそれを渡してから上級悪魔をにらみつけた。
「あなたみたいな人の言ったこと信じた僕が馬鹿でした。ずいぶんふざけたことしてくれましたね」
周囲の惨状を見ながら静かに怒りを燃やす恭也ににらまれてもディアンは軽薄な笑い声をあげるだけだった。
「心外だな。ちょっと遊びを盛り上げようとしただけじゃねぇか。そもそもお前が来るの遅くなったのお前の勝手な都合だろ?」
上級悪魔を送り込みウォース大陸の各地を襲撃させるというだけで恭也としては不愉快極まりない行為だったのに、その約束すら守らなかったディアンに恭也はこれまで感じたことのない怒りを感じていた。
恭也が憎くて恭也に関係ある場所を狙うというのならまだ恭也も理解できたが、この時点で恭也はディアンが目の前の上級悪魔を使ってクノン王国の人間を殺したことを知っていた。
そのためディアンにとって殺す相手や狙う場所などどこでも構わないということに恭也は気づいており、激しい怒りと共に嫌悪感も覚えていた。
恭也はこの場所に到着した時点でホムラの眷属を自動で手元に召還する能力、『眷属召還』を獲得していた。
この能力にはいくつかの発動条件があったが、今の恭也はそれどころではなかったので『眷属召還』の発動条件どころか能力の内容すら確認していなかった。
今回ディアンに殺された人々の蘇生にユーダムの復旧とやることは山積みだったので、とりあえずさっさと目の前の上級悪魔を倒そう。
そう考えた恭也にジュナが話しかけてきた。
「気をつけろ!そいつには魔法が通用しない!」
目の前の上級悪魔が魔神たちの魔法まで覚えたら恭也でも手こずるだろう。
そう考えてジュナは恭也に上級悪魔の能力を伝えたのだが、『魔法看破』で上級悪魔の能力を既に把握していた恭也は特に気負うことも無くジュナに返事をした。
「大丈夫です。すぐに終わらせますから」
そう言う恭也に上級悪魔が斬りかかってきたが、ウルの魔法を纏った剣が自分に迫って来るのを見ても恭也は特に慌てなかった。
恭也は『格納庫』から『アルスマグナ』製の剣を取り出すと上級悪魔の剣を受け止め、その後上級悪魔に触れて『ヒュペリオン』を発動した。
『ヒュペリオン』を使われた上級悪魔は必至に翼を動かして自分にかけられた加速に抵抗したが、そんな上級悪魔の抵抗も虚しく上級悪魔はみるみる高度を上げていった。
やがて上級悪魔の動きが止まった時には上級悪魔は高度百メートル程まで打ち上げられており、ようやく動きが止まった上級悪魔の前には既にウルの羽を生やした恭也がいた。
いきなり上空に打ち上げられたことに驚きながらも、ディアンは嘲笑う様な口調で恭也に話しかけた。
「今のはこの前俺の悪魔を潰した時に使った魔法だな?重力操るとは大したもんだが、さっきの女の言葉聞いてなかったのか?」
今回ユーダムにディアンが送り込んだ上級悪魔を創る際に使用された魔導具の能力はこの世界の六属性の魔法の吸収と反射だ。
これを核にして創った上級悪魔は体に受けた六属性の魔法の威力を大幅に軽減することができ、そのおかげでどんな強力な魔法を受けても体の修復に使う以上の魔力を相手の魔法から得ることができた。
またイビルアイの体を使ってこの上級悪魔と融合していたため、ディアンは悪魔の感覚を通して今の恭也の攻撃が異世界人の能力ではなくこの世界特有の魔法であることを把握していた。
恭也が魔神の力を借りなくても通常の精霊魔法を使えることはディアンも把握していたが、今の魔法はどう見ても通常の精霊魔法ではない。
おそらく魔神の魔法ならこの上級悪魔の吸収能力を上回ることができると考えたのだろうが、この上級悪魔は六属性の魔法に対しては無敵に近い耐性を持つ。
それは魔神の魔法に対しても例外ではなく、ディアンは早速先程恭也が使った『ヒュペリオン』を使おうとして驚愕した。
「な?てめぇ、何をしやがった?」
「魔法がコピーできないのがそんなに不思議ですか?きっと魔神の魔法は例外なんですよ」
「……答える気は無いってわけか」
ディアンもさすがに魔法や悪魔についての研究を一人でしているわけではなく、直属の研究者を何十人も抱えていた。
彼らはこの上級悪魔の能力に上限が無いと断言し、実際ディアンが生み出した戦士の強力な精霊魔法を受けてもこの上級悪魔は倒れなかった。
先程魔法を受けた時の感覚だと魔神の魔法と思われる先程の魔法もこれまで受けてきた魔法と出力以外は違いは無いように感じたためディアンは戸惑った。
自分が唯一手に入れることができなかった魔神にだけ特別な力があるのだとしたらこんな理不尽なことはない。
そう憤っていたディアンに恭也は話しかけた。
「僕は自分の能力は使ってません。さっきは魔神の魔法を使っただけです。それはディアンさんも分かってますよね?」
『魔法看破』により恭也は目の前の上級悪魔の能力をディアンより正確に把握していた。
そのため恭也はディアンが悪魔の感覚を通して異世界人の能力と魔法を区別できることも、目の前の上級悪魔が魔神の合体技を模倣できない理由も知っていた。
確かに今恭也が戦っている上級悪魔は六属性の魔法全てを吸収・模倣でき、魔神たちの最強の技でも倒すことができない存在だ。
しかしこの上級悪魔が模倣できる魔法の属性はあくまで火、水、土、風、光、闇だけだ。
そのため『土+光』属性の『ヒュペリオン』はこの上級悪魔の能力の対象外で、この攻略法は魔神を二体以上従えている恭也ですら『魔法看破』を持っていなければ気づかなかっただろう。
魔神を従えるどころか戦ったことすらないディアンがこの可能性に思い至れるわけもなく、そんなディアンに恭也はある提案をした。
「不思議なら試してみるといいですよ」
そう言って恭也は『火+闇』属性の『インフェルノ』を発動し、黒い火球を上級悪魔の体に叩き込んだ。
「くそっ、どうなってやがる!」
自分が操っている上級悪魔が受けた攻撃は確かに魔法によるもののはずだ。
それにも関わらず自分の体にまとわりつく黒い炎により自分の体が次々に焼失していくことにディアンは驚いた。
こうなったら何とか上級悪魔の体からイビルアイだけでも切り離して戦闘から離脱しよう。
上級悪魔と融合したことでイビルアイは透明化能力は失ったがこのままやられるよりはましだ。
そう考えていたディアンの耳に何かが空を切る音が届き、今度は何だと思いながら音のする方を見たディアンに『火+土』属性の魔法、『アルスマグナ』で作られた刃二十枚が飛来した。
上下左右から絶え間無く襲い掛かってくる刃に囲まれては体の一部を切り離す暇も無く、ディアンは打つ手を全て封じられた。
上級悪魔の体が焼かれ、切り刻まれていく中、恭也はディアンに話しかけた。
「イビルアイの部分だけ切り離すつもりなら邪魔はしません。少し話したいこともありますし」
そう言って恭也が『アルスマグナ』の刃での攻撃を止めると、ディアンは上級悪魔からイビルアイだけを切り離して恭也と対峙した。
「いやー、参った、参った。見たこともない化け物にやられたと思ったら魔神のわけの分からねぇ魔法にやられるんだもんな。上級悪魔通してとはいえこんなにはっきり負けると傷つくぞ」
「上級悪魔創って街襲わせるなんて馬鹿なことしといてよくそんなこと言えますね」
今さらこんなことを言ってもディアンに響かないことは恭也も分かっていたが、それでも今回のユーダム襲撃から自身の敗北まで含めてただの遊びと言わんばかりのディアンの様子に恭也は怒りを覚えた。
そして案の定ディアンは恭也の敵意の込もった視線を受けてもどこ吹く風だった。
「そう怒るなよ。なかなか家に帰れないお前に里帰りの機会用意しただけじゃねぇか。感謝して欲しいぐらいだぜ」
「……ここの後始末が終わったらすぐにあなたの本拠地に行きます。覚悟しておいて下さい」
「ひでぇな。他の街が襲われてもそこまで怒ってなかったのに自分の街が襲われた途端それかよ。正義の味方がそんなことじゃ駄目だぞ」
ディアンが各地に送り込んだ上級悪魔を全て倒したのでディアンとの決着をつけよう。
そう思って恭也はディアンに宣戦布告をしたつもりだった。
それにも関わらず見当外れのことを言ってきたディアンに恭也の我慢は限界を迎えようとしていた。
今回の件を考えるとディアンが各地に送り出した上級悪魔の数が四体という話も疑わしかったので、恭也はその真偽をディアンに問い質すつもりだった。
しかしイビルアイを通しての会話で(直に話しても難しいが)ディアンの発言の真偽を見抜くのは自分には無理だと恭也は判断し、話も終わっていたためさっさとイビルアイを破壊しようとした。
しかし恭也の考えを感じ取ったアロジュートがいきなり出てきて恭也を斬り殺したためイビルアイの寿命はわずかに延びた。
隙さえあれば逃げようと思っていたディアンでさえ突然の出来事を前にイビルアイを動かすことを忘れ、そんなイビルアイの前で即座に蘇った恭也にアロジュートは成果を確認した。
「どう?能力増えた?」
「いや、増えましたけどせめて後にして下さいよ」
初めてではないとはいえディアンでさえ驚いているアロジュートの過激な行動に恭也は形ばかりの文句を言った。
今回アロジュートに殺されたことで恭也は相手の発言の真偽を見向く能力、『真偽看破』を獲得した。
再び恭也がアロジュートに殺されたことで魔神たちは複雑な心境だったが、そんな魔神たちの心境を知る由も無くアロジュートは淡々と恭也との会話を続けた。
「こいつの嘘を見破りたいんだからこれを消す前に殺さないと意味無いじゃない」
「いや、まあ、それはそうですけど……」
今回アロジュートに殺されたことで手に入れた能力を恭也は今すぐ使おうとしていたので、これ以上アロジュートに文句も言えずイビルアイに視線を戻した。
そんな恭也とアロジュートの会話を聞き、アロジュートが恭也を殺した意味を理解したディアンの笑い声がイビルアイから聞こえてきた。
「お前、能力増やすために仲間に自分のこと殺させてるのか?イカれてんな!」
「……余計なお世話です」
この件に関しては強く反論できなかったので恭也は早速本題に入った。
「ディアンさんが外に送り出した上級悪魔って本当に四体だけですか?」
「ああ、そこ疑ってたのか。大丈夫だ。俺が外に送り込んだ上級悪魔は四体だけだぜ」
『真偽看破』によるとディアンのこの発言は本当だったので恭也はすぐにイビルアイを壊すことを決め、その前にディアンに宣戦布告した。
「そんなに待たせるつもりはありません。すぐにあなたがしたことの報いを受けさせてみせます」
「ああ、楽しみにしてるぜ。こっちもお前が能力をたくさん増やせるように歓迎の準備して待ってるぜ。ああ、一応言っとくと俺の上級悪魔、今回ここ以外でも人殺してるから蘇らせるつもりならそいつらも忘れないで蘇らせてやれよ。そんなに急がなくてもいいからな」
まるで友人と遊びの約束をする様な気楽さで自分と話しているディアンに怒りを覚えつつ、恭也はウルの羽でイビルアイを斬り裂いた。
そろそろサブタイトルが被りそうですが、その場合はスルーしてもらえると助かります。