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第二の姿

「上級悪魔の相手は私がします!上級悪魔には極力近づかず、がれきなど使って遠くから攻撃しなさい!」


 上級悪魔が遠慮無く振り撒いた攻撃魔法のせいでユーダムの街は酷い有り様で、多くの家屋が焼け崩れていた。

 兵士も数人殺されているためとても上級悪魔の魔力切れまで粘れる状況ではなかったが、ここでロップが引いたらおそらくジュナは後先考えずに全力を出すだろう。


 それに加えてカムータたちの避難も終わっていない以上自分ががんばらなくてはならない。

 そう考えてロップは上級悪魔が大砲から撃ち出した雷撃を最小限の風の防壁で防ぎ、再び上級悪魔に近づいた。


 ロップは投擲用の短刀を上級悪魔の顔に投げ、上級悪魔はそれを意にも介さずに顔に受けながらロップに近づいて来た。

 火力で負けている上にこちらは魔法で攻撃できず、その上上級悪魔のこの不死身振りを見てロップは思わず舌打ちしそうになった。


 しかしすぐに気を取り直したロップは一度フェイントを入れて上級悪魔の背後を取り、そのまま上級悪魔の背中に近くに落ちていた槍を突き立てようとした。

 しかしその槍が上級悪魔の背中に当たるより先に上級悪魔の背中から腕ごと剣が二本生えてきた。

 その剣は槍とロップの右腕を斬り裂き、そのまま伸びてロップの腹部を貫いた。


「ロップ!」


 これまで同様牽制気味に戦っていたロップが突然上級悪魔の攻撃を受けたのを見て、ジュナは思わず叫び声をあげてしまった。

 その後ジュナは我を忘れて服に手を伸ばし、それを見た兵士が慌ててジュナを止めた。


「いけません、ジュナ隊長!陛下の許可無くその力を使ったら後でどの様なお叱りを受けるか!」

「うるさい!離せ!このままじゃロップが!」

 そう言って兵士たちを振り払って前に出たジュナに口から血を流して地面に横たわるロップが声をかけた。

「ジ、ジュナ様、私はもう駄目です。私が死んでも恭也さんが蘇らせてくれます。今は逃げて下さい」


 息も絶え絶えといった様子でジュナに逃げるように頼むロップとジュナの間にイビルアイが降りてきた。

 イビルアイを通してこれまでの戦いを見ていたディアンは馬鹿にした様な口調でジュナに話しかけた。


「お前どっかの国の姫様だろ?何でこんな所で戦ってるのか知らねぇけど、部下の言うこと素直に聞いて逃げた方がいいんじゃねぇか?」


 ディアンはダーファ大陸の各地に四十体程のイビルアイを放って情報収集を行っていたので、ジュナの境遇を簡単には把握していた。

 この情報収集は目立たないように盗撮と盗聴のみで行われていたのでディアンはジュナがここにいる詳しい事情までは知らなかった。


 しかし恵まれた生まれのはずの女がこんな危険な場所にいるはめになっているという状況を見てディアンは暗い喜びを感じていた。

 そのためディアンはジュナにいたぶる様に話しかけたのだが、ジュナはイビルアイなど気にもせずに地面に倒れるロップから視線を外さなかった。

 そんなジュナにいらだったディアンは上級悪魔に命令を出すことにした。


「わりぃ、わりぃ。気が利かなくて。こいつが半端に生きてると逃げにくいよな。今殺してやるよ」


 ディアンがジュナにそう言い終えたのと同時に上級悪魔はロップの頭に剣を振り下ろした。


「ちょうどいいからこいつの死体跡形も無く消して、死体が無くてもあいつが蘇生できるのか試してみるか」


 ディアンの命令を受けた上級悪魔の所業を目の当たりにし、ジュナは兵士たちの制止にも気づかずにクノン王国の王族に代々伝わる力を解放した。

 ジュナが力を解放した途端、ジュナの体は服を破りどんどん巨大になり、わずか数秒でジュナは今回ユーダムを襲った上級悪魔より一回り大きい銀色の狼に姿を変えた。

 そんなジュナを見てディアンは面白そうにしていた。


「うおっ、何だこりゃ?この大陸こんなおもしろい種族がいるのかよ。何人か、」


 さらって悪魔の材料にしようと言いかけたディアンだったが、その前に巨狼と化したジュナがイビルアイを噛み砕いたためディアンの発言は中断された。

 その後ジュナは走り出した勢いを殺さずに上級悪魔に突進し、それを見た上級悪魔はジュナの頭部に剣を振り下ろした。


 しかし剣がジュナを深く斬り裂くより先に上級悪魔が吹き飛ばされたため、ジュナは深手を負うことなく戦いを続行した。

 吹き飛ばされて近くの店舗に激突してがれきの下敷きになった上級悪魔はすぐに立ち上がろうとした。


 しかし吹き飛ばされたと思った次の瞬間には上級悪魔はジュナに踏みつけられ、その場から動くこともできずにされるがままとなっていた。

 ジュナのこの姿はクノン王国王家の血が流れている者なら全員が使える能力、『獣化じゅうか』によるもので、この姿の間『獣化』した獣人は身体能力と再生能力が跳ね上がる。


 実際先程上級悪魔に斬りつけられたジュナの頭部の傷は既に完治しており、ジュナに踏みつけられながらも上級悪魔が行った反撃で傷ついたジュナの脚も傷ついた側から再生していた。

『獣化』は使用時に理性を失う可能性のある技だが、クノン王国王家の者は幼少の頃から親の指導の下『獣化』の制御を学ぶ。


 そのため本来『獣化』は長時間こそ使えないものの強力な技だ。

 しかしジュナは正式な王族ではないため『獣化』の訓練をきちんと行っておらず、ジュナが『獣化』したのはジュナがクノン王国王家の血を引いていることが知られるきっかけとなった事件と今回を入れて二回だけだ。


 経験の無さに加えて目の前でロップが殺されたこともありジュナは完全に暴走していたが、今回ユーダムを襲った上級悪魔に対抗するということだけを考えた場合、今の状況は決して悪くはなかった。

『獣化』は体が巨大になり身体能力が跳ね上がるだけなので、今回ユーダムを襲った上級悪魔との相性がよかったからだ。


 この上級悪魔はその気になれば相手を取り込んで魔力を吸収することもできた。

 しかし今のジュナは体が大きく何より単純に強かったので、上級悪魔はジュナを取り込む余裕も無くひたすら体を破壊されて魔力を消耗していった。


 そして二分程ジュナに踏みつけられた後、がれきごとジュナに踏み砕かれた上級悪魔の体は消滅し、それに気づいたジュナは『獣化』こそ解かなかったもののわずかながら落ち着きを取り戻した。

 しかしジュナは嗅覚で離れたところにまだ悪魔がいることに気づきすぐにそちらに視線を向けた。


 そしてジュナが振り向くのとほぼ同時にジュナの右眼に上級悪魔の剣が突き刺さり、ウルの魔力を再現したその剣を上級悪魔はそのままジュナの右の前脚の付け根まで走らせた。

 ウル製の剣は別に毒の様な効果は無いのでジュナの右の前脚とその周りの傷はすぐに治った。

 しかし完全に潰された右眼は治らず、その痛みで動きが止まったジュナに上級悪魔は雷や火球を立て続けに叩き込んだ。


「そんな、完全に押さえつけてたはずだ。一体いつの間に……」


 ジュナに一方的に痛めつけられていたはずの上級悪魔が突然ジュナから離れた場所に現れたのを見て兵士たちは困惑した。

 上級悪魔は力づくでの脱出が困難と判断して体の一部で自分そっくりのおとりを作り、体の大部分を地中に逃がしてジュナから逃れていた。


 ジュナに踏みつけられていた上級悪魔は途中からジュナへの反撃をしなくなっていたのでジュナがまともな判断力を残していたら上級悪魔の異変に気づけただろう。

 しかし近くの兵士を襲っていないことが奇跡に近い今のジュナの判断力ではこの様な搦め手には対応できなかった。


 ジュナはすぐに右眼の痛みを無視して戦闘を続行し、上級悪魔が放つ魔法を全て体に受けながら上級悪魔へと近づいた。

 その後ジュナが上級悪魔の左肩を噛み砕けば上級悪魔はジュナの腹部を焼き払った。

 ジュナが上級悪魔の頭を踏み潰せば上級悪魔は再生した左腕でジュナの腹部を大きく斬り裂いた。


 こうしてジュナと上級悪魔は互いに体の損傷をものともしない消耗戦を続け、先に限界を迎えたのは上級悪魔だった。

 今回ユーダムを襲った上級悪魔は六属性の魔法が通用しないため一人では魔神ですら手に余る存在で、戦闘手段を魔法に頼るこの世界の人間にとってこの上級悪魔は天敵の様な存在だった。


 実際ディアンはこの上級悪魔は自分と同じ異世界人にしか倒せないと考えていたのだが、この世界で唯一この上級悪魔の天敵と言えるクノン王国王家の血を引く者がユーダムにいたことがディアンの誤算だった。


 攻撃魔法の多用に加えてジュナに何度も体を壊されたことで上級悪魔の保有魔力は二千を切っていた。

 体を維持するためのぎりぎりの魔力しかなくなり、上級悪魔は今度は芝居ではなく本当に動くのもやっとという状態だった。


 もちろんそんな上級悪魔の状態をジュナは知らなかったが、相手が突然動かなくなったのだから見過ごす手は無い。

 ジュナはそろそろ傷が再生できなくなってきた体を何とか動かし、上級悪魔に正面から突進した。


 ジュナの突進をまともに食らった上級悪魔は地面に激突し、その後上級悪魔の体が徐々に崩れていくのを見て兵士たちは今度こそジュナの勝利を確信した。

 そしてそれはジュナも同じで、上級悪魔を倒したと考えてジュナが気を抜いたことでジュナの『獣化』が解けた。


『獣化』が解けた途端潰れた右眼はもちろん体中に激しい痛みが走ったが、それらを無視してジュナは真っ先にロップに視線を向けた。

 ロップの死体は上級悪魔に殺された場所から動いておらず、何とかロップの死体だけでもディアンから守れたことに安堵した後でジュナは兵士たちに声をかけた。


「すまない!何か着るものを持って来てくれ!体が動かないんだ!」


 今のジュナは自力では立ち上がることすらできず、例え体中に傷を負っていなくても身動きが取れない状態だった。

 今回ゼルスの許可無く『獣化』を使ったことでジュナは間違い無く何らかの処罰を受けるだろうが、ジュナがロップの言う通りに逃げたら間違いなくユーダムの街は壊滅していた。


 そのためジュナは自分の判断を後悔はしておらず、これで少しは恭也への恩を返せたと考えていた。

 こうして自分たちの勝利を確信して油断していたジュナと兵士たちの耳にある男の声が聞こえてきた。


「いやー、参った、参った。能恭也ならともかく俺の創った悪魔がそこらの獣人に負けるとはな」


 声のする方に視線を向けてジュナは自分の目を疑った。

 先程自分が倒したはずのイビルアイがいたからだ。


「どういうことだ?お前は確かに倒したはずだ!」


『獣化』していたため記憶はおぼろげだが、自分は確かにイビルアイを倒したはずだと驚くジュナにディアンは種明かしをした。


「俺、こいつが一体しか来てないなんて一言も言ってないぜ?ま、今回は運が悪かったと思って諦めるんだな」


 ディアンは他の上級悪魔にもイビルアイを同行させていたが、他の上級悪魔には一体しかイビルアイを同行させていなかった。

 ただ暴れさせるだけの上級悪魔に細かい命令を出す必要が無かったからだが、今回は最初の命令を変更して上級悪魔をユーダムに誘導する必要があったためダーファ大陸にいたイビルアイを一体追加して上級悪魔に同行させた。

 そのためイビルアイが一体倒されたにも関わらずイビルアイが一体残っているという状況が生まれたのだが、それを受けても兵士たちは動じなかった。


「何が諦めろだ!恭也さんからイビルアイが大して強くないのは聞いている!イビルアイの一体ぐらい俺たちだけで倒してやるぜ!」


 そう言って魔導具を手に気勢を上げる兵士たちを見てディアンは呆れた様子だった。


「イビルアイ?人が創ったものに勝手に名前つけるなよ。まあ、いいや。確かにイビルアイは大して強くない。だがこれぐらいの芸当はできるんだぜ?」


 ディアンがそう言った直後イビルアイは消えかけていた上級悪魔に近づき、上級悪魔と融合した。

 イビルアイと融合した上級悪魔の身体は再び安定し、胴体に巨大な眼が浮かび上がった上級悪魔の体からはディアンの声が響いた。


「さあ、がんばってくれ。お前たちだけで倒せるといいな?」


 そう言ってディアンは上級悪魔の腕を剣と大砲に変形させ、剣にウルの魔法を再現すると動けないジュナに襲い掛かった。

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