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アロジュート

 まだ多少視界が定まらないエイカに盗賊の一人が大砲型の魔導具から氷の槍を撃ち出し、それをエイカは氷の障壁で防いだ。

 その後盗賊はエイカに追撃を仕掛けようとしたが、それより先にエイカは大砲型の魔導具を持っている盗賊に干渉した。

 その結果魔導具から氷の槍は発射されず、それどころか魔導具を持っていた盗賊の腕が凍り始めた。


「ひっ……」


 突然のことに驚いた盗賊が何もできずにいる中、他に二人の盗賊が足の先から凍り始め、エイカと戦っていた盗賊たちは動揺した。

 アクアから加護をもらった今のエイカは水属性の持ち主の体に干渉でき、相手を起点に魔法を発動することができる。

 その気になれば体に含まれる水分を爆発させることもできたが、今回は相手の殺害が目的ではないため体の一部を凍らせる程度に留めた。


「びびるこたぁねぇ!この技は水属性の奴にしか使えねぇみたいだ!」


 エイカに凍らされた仲間たちの共通点に気づいた盗賊の一人がそう言って仲間たちを鼓舞しようとしたが、叫び声をあげた盗賊を含めて誰一人エイカに襲い掛かろうとはしなかった。

 そんな盗賊たちを見てエイカは不快気な表情をした。


「少しはあなたたちに襲われた人たちの気持ちが分かった?刑務所でゆっくり後悔するのね」


 そう言って残る盗賊たちに襲い掛かったエイカに盗賊たちは手にした魔導具で攻撃を仕掛けたが、盗賊たちのやぶれかぶれの攻撃はエイカに一発も当たらなかった。

 その後エイカは難無く残りの盗賊たちも倒し、エイカの周囲の盗賊は首から下のほとんどを凍らされてこごえるか手足を斬り落とされて凍りついた傷口を苦し気に押さえるかのどちらかだった。


 ただ出力を上げればいいだけの攻撃魔法と違い治癒効果を持った水の生成には複雑な魔力操作が必要で、今のエイカでは治癒効果を持った水は少量しか生成できない。

 そのため命に関わらない程度の重傷で苦しんでいる盗賊たちを見て、何とか手加減ができたようだとエイカは胸を撫で下ろした。


 先程のラミアの魔法は少し危なかったが今回の戦いは新しい精霊魔法を使った初陣としてはまずまずだった。

 しかし今の自分の力など恭也やアロジュートどころか彼ら異世界人より弱い魔神の足下にすら及んでいないだろう。

 経緯はともかくせっかく手にした力と機会を無駄にしないために精進しようとエイカは改めて決意した。


 一方エイカと離れた場所で盗賊たちと戦っていたアロジュートは、上空でハーピィ三人と戦っていた。

 ハーピィの一人が風魔法でアロジュートを牽制し、残りの二人がその隙をついて鎖型の魔導具でアロジュートを絡め取ろうとした。


 この鎖は捕縛用の魔導具ではなく、絡め取った物を斬り裂く風属性の攻撃用の魔導具だった。

 自分たちの持つ鎖を手にした鎌で防いだ異世界人を見て、鎖を持っていたハーピィたちは自分たちの勝利を確信した。


 鉄すら斬り裂く自分たちの魔導具で異世界人の手にした鎌を斬り裂けなかったことにハーピィたちは多少驚いたが、自分たちの攻撃を武器で防いだということは異世界人自身の耐久力はそれ程でもないはずだ。


 鎌をじくに異世界人を鎖で絡め取れば次の瞬間には異世界人の体は真っ二つだとハーピィたちは考えていた。

 そして異世界人にとどめを刺すべく軌道を変えたハーピィたちだったが、突然鎖から伝わる感触が無くなりハーピィたちは慌てて異世界人、アロジュートに視線を向けた。


 彼女たちの視線の先には真ん中の部分が消滅した鎖と傷一つ無いアロジュートの姿があった。

 完全に必殺のタイミングだったにも関わらず敵である異世界人が生きていることに驚くハーピィたちを放置してアロジュートは恭也に念話を送った。


(ねぇ、このハーピィとかいう連中の飛行能力消していい?)


 戦いが始まって早々にアロジュートは盗賊十人近くを倒し、アロジュートが自分の担当だと考えている盗賊は今戦っているハーピィたちを入れても数人だけだった。

 アロジュートが自分で倒そうと考えている盗賊の内、地上に残された人間や獣人たちは彼らを逃がすまいと隊列を組んでいる天使たちを突破できず、今では祈る様な表情でアロジュートとハーピィたちの戦いを見ていた。


 アロジュートの召喚した通常の天使はそこまで強くなく、実際盗賊たちは最初の戦闘で天使数体を倒した。

 しかし天使が数体倒された直後にアロジュートが追加で天使を二百体程召還すると、盗賊たちはすぐに天使たちの突破を諦めた。


 アロジュートは天使たちに盗賊たちを逃がすなとしか命令していなかったので、盗賊たちが天使たちの隊列の突破を諦めた時点で地上はある種の均衡状態を保っていた。

 地上に残された盗賊たちの最後の希望は忌々しい異世界人が連れて来たもう一人の異世界人と互角の空中戦を行っているハーピィたちで、彼らはただひたすらにハーピィたちの勝利を祈っていた。


 もっとも仮にアロジュートがハーピィたちに負けたとしてもその場合は恭也が戦うだけで、空を飛べるハーピィたちはともかく彼らではエイカから逃げることすらできないだろう。

 そのため彼らの祈りは現実逃避に近い妄想で、そもそもの前提としてアロジュートがハーピィ数人に負けるはずもなかった。


 アロジュートがハーピィたちを最優先で対処したのはあくまでも逃げられる可能性が他の盗賊たちより高かったからで、アロジュートはハーピィたちを脅威だとは全く感じていなかった。

 むしろ手加減が難しい程で先程の恭也への質問もそんなアロジュートの苦労からくるものだった。


(翼じゃなくて飛行能力を。……消した飛行能力って元に戻せるんですか?)

(無理。壊してるわけじゃなくて消してるわけだから)

(……すいません。アロジュートさんの能力がそこまですごいとは思ってませんでした。殺さなければ何をしてもいいって言っといてなんですけど、戦いの後で治せない傷はどんな形でも与えないで下さい)


 翼ならまだしも飛行能力を消していいかというアロジュートの質問を受け、恭也は改めてアロジュートの能力のすさまじさを思い知らされた。

 それと同時に自分の指示の出し方がまずかったことを反省していた恭也にアロジュートが別の質問をしてきた。


(心を折る分には構わないのね?)

(もちろんです。人殺しに加担した人たちにそんな甘い態度取る気無いですし、むしろ徹底的にやって下さい)

(了解、火の魔神には負けるだろうけどあたしなりにやらせてもらうわ)


 犯罪者たちに苦痛を与えていいかという質問に迷うことなく即答した自分の主の反応に笑みを浮かべながらアロジュートはハーピィたちに襲い掛かった。

 アロジュートの元いた世界では天使たちが人間を管理しており、犯罪を行った人間への天使の処罰は大変重かった。


 殺人を行った者など九割以上が処刑され、犯した罪が暴力や窃盗でも手足の一本は覚悟しなくてはならなかった。

 悪魔から人間たちを守りながらの戦いという状況下で人間たちの統率を取るための厳罰で、それを当然だと思っているアロジュートからすれば恭也の彼らへの対応は生温くはあった。


 しかし恭也に水の魔神の創った水と拷問器具を持って嬉々として牢屋に行く火の魔神の様になられても困るので、今回は盗賊たちの制裁を迷わなかったということで一応合格としておこう。

 そう考えながらアロジュートはハーピィ三人の翼を次々に斬り落とし、飛べなくなったハーピィたちの体を天使たちに支えさせながらハーピィたちに話しかけた。


「安心しなさい。今あたしが斬り落とした翼は後であいつが治すから」


 そう言って恭也のいる方に視線を向けたアロジュートを前にハーピィたちは翼を斬られた痛みも忘れて泣きながら刑務所送りを拒んだ。


「お願い、火の魔神の所にだけは送らないで。一生火の魔神に拷問されるなんて嫌」


 ここ最近、ヘクステラ王国全土で恭也の刑務所に送られた者は拷問好きの火の魔神に昼夜を問わず痛めつけられるという噂が流れていた。

 この噂は恭也とホムラの許可の下ヘクステラ王国側が流したもので、今後恭也の手を煩わせる様な事件が起きないように広められたものだった。


 もっとも恭也に組織的に殺人や強盗を行っていた相手に情けをかけるつもりは無かったので、この噂は決して大げさなものではなかった。

 恭也もホムラに刑務所内では一切遠慮する必要は無いと伝えていた。


 こうした事情まではハーピィたちは知らなかったが、悪名高い異世界人とその部下の魔神が管理する刑務所に連れて行かれたら何をされるか分かったものではない。

 そう考えてのハーピィたちの命乞いをアロジュートは一切表情を変えることなく切り捨てた。


「あのエイカとかいう女も言ってたけどあんたたちの様な相手にかける情けは無いわ。まあ、安心しなさい。火の魔神はともかくあのお人好しがいる以上あんたたちが心配してる程酷いことにはならないと思うから」


 今回捕えた者たちを痛めつけるにしても精々数日で終えるつもりだとアロジュートは恭也から聞いていた。

 しかしそれをここでハーピィたちに伝えても彼女たちの気が楽になるだけだ。


 これだけのことに加担したのだから彼女たちには精々苦しんでもらおう。

 そう考えたアロジュートはハーピィたちを地上に降ろすと死なない程度に彼女たちを斬りつけてから残りの盗賊たちのもとに向かった。


 アロジュートの側に残った盗賊は残り四人で、人間が二人、獣人とエルフが一人ずつという内訳だった。

 ただの盗賊に座天使、ガイサムを召還するわけにもいかないのでアロジュートは真っ先に空を飛べるハーピィを倒したが、それさえ済めば後はただの作業の様なものだ。


 刑務所の中での処罰は火の魔神に任せるとしてこの場での盗賊たちへの罰は自分が与えよう。

 そう考えながら盗賊に近づいたアロジュートを見て恐怖に駆られたのか、獣人が決死の形相でアロジュートに殴りかかってきた。


 その獣人が両手につけた籠手の様な魔導具は風を纏っており、これで殴られたら岩ぐらいなら軽く粉砕できそうだった。

 先程の鎖型の魔導具同様この魔導具も消してもよかったのだが、今回アロジュートは獣人の足下の地面を消して落下させることで相手を無力化した。


 恭也とホムラがギルドの支部を増やした結果職員に配る魔導具が足りなくなっていると話していたのを思い出したからだ。

 ここで魔導具を盗賊たちから取り上げれば少しはギルドの活動の足しになるだろう。

 そう考えたアロジュートは何やら杖の様な魔導具を持っていたエルフも穴を作って落下させ、その後アロジュートが穴の中の酸素を消すと穴の中の二人は苦しみ始めた。


「二分ぐらい苦しんだらそこから出してあげるわ。あっ、足くじいたのね。それは後で治してあげる」


 アロジュートが適当に地面を消して作った穴の深さは五メートル程で、そこに落ちた二人は死んでこそいなかったが体の数ヶ所に傷を負っていた。

 アロジュートは簡単な治癒魔法なら使え、斬り落とされた翼や潰れた眼は無理でも切り傷や骨折ぐらいなら治せた。


 自力で歩けない相手を連行するのは面倒なので苦しそうに足首に手をやっている獣人は治療する必要があるとアロジュートが考えていると、アロジュートの能力が発動した。

 地上に残された人間二人が最後のあがきで放った魔法がアロジュートの能力で消されたことでアロジュートはようやく意識を地上の二人に戻した。


「命乞いをしないのは無駄だと分かってるから?それとも無駄に意地張ってるだけ?」


 このアロジュートの質問は別に皮肉や嘲りをもって行われたものではなく、純粋に興味本位で行われたものだった。

 アロジュートは以前いた世界の環境から戦闘経験こそ豊富だったが、戦った相手は話し合いなど無意味な悪魔がほとんどだった。


 またこの世界に来てからもアロジュートは恭也と主従関係を結ぶまではあまり人間と話す機会が無かった。

 そのためどうして今回の様な悪事を、しかも恭也の目のある所で行ったのかとアロジュートは彼らに聞いてみた。

 アロジュートの質問を受け、盗賊たちは少し驚いた表情を浮かべた後ですぐにアロジュートに罵声を飛ばした。


「俺たちの仕事を奪っておきながら何だその言いぐさは?お前らさえ来なければ俺たちもこんなことをする必要は無かった!俺たちが盗賊をするはめになったのも、そのせいで人が死んだのも全部お前らのせいだ!」

「そうだ、そうだ!お前らの自分は正しいことをしているという顔を見ていると虫唾が走る!」

「……今さらあんたたちみたいな連中に善悪をく気は無い。あたしが聞いてるのはあんたたちじゃ絶対勝てない能恭也が止めるに決まってる犯罪に手を染めた理由」


 自分たちの罵声を受けても一切表情を変えないアロジュートに改めて質問をされて盗賊たちの罵声が止まり、そんな盗賊たちを見ながらアロジュートは口を開いた。


「答えられないってことは楽に稼ぎたかった程度の下らない理由ってことね?……本当に当たりね、あの男」


 この盗賊たちの様な人間はアロジュートが元いた世界にもおり、アロジュートは元々人間は強者が管理しない限り堕落する生き物だと考えていた。

 そのため今回の盗賊たちの言動を見てもアロジュートは特に人間に失望したりせず、自分が主に選んだ能恭也という人間への評価を上方修正していた。


 他の異世界人を前にしても考えを曲げず、自分や部下の力を常に他者のために使っている恭也はアロジュートの主として申し分の無い人物だった。

 敢えて恭也の欠点を挙げるなら恭也がどんな敵でも殺そうとしないことだったが、これに関してはアロジュートも誰かの指示無しで動くなど嫌だったのでアロジュートは我慢するつもりだった。


 盗賊との会話を経てアロジュートは改めて恭也を支えていこうと決意し、愛用の鎌で盗賊の脚を貫いた。

 盗賊の脚に刺さったままの鎌をアロジュートが無造作に振ると、盗賊はあまりの痛みに悲鳴をあげたがアロジュートは盗賊の悲鳴を聞いても呆れた様な表情を浮かべるだけだった。


「これぐらいで大げさね。あんたたちみたいな人間、あたしがいた世界なら下級悪魔のえさにされてるわよ。たった数十年であんたたち解放するなんて言ってるあたしの主に感謝しなさい」


 そう言うとアロジュートは残るもう一人の両脚を斬り落とし、悲鳴をあげながら地面に倒れ込んだ盗賊を見下ろしながら穴の中への干渉を止めた。

 その後天使たちに自分が倒した盗賊たちを運ばせ、アロジュートは恭也のもとに向かった。

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