功績作り
ゾアースに戻った恭也はギルドのゾアース支部兼恭也の宿泊先として建てられた建物内の恭也の部屋に入り、魔神たちとの融合を解いた。
恭也たちがゾアースに帰って来た時には日も暮れかけていたので恭也はアロジュートに今日の活動は終わりにすると告げた。
この建物にはアロジュート用の部屋も用意されており、アロジュートにもそれは伝えてあったのでアロジュートはそこに向かうだろうと恭也は思っていた。
しかし恭也の予想に反してアロジュートは部屋から出ずに明日の盗賊退治についてある提案をしてきた。
「ねぇ、明日盗賊を捕まえる時、あんたが担当する場所あたしにやらせてくれない?」
「えっ、相手ただの人間ですよ?」
明日の盗賊退治では街道で実行犯たちを捕まえた後で各地にある盗賊たちの隠れ家まで制圧しなくてはならない。
この制圧にはそれなりの時間がかかると恭也たちは予想しており、そのため明日は手分けして各地の盗賊に対処するつもりだった。
そして恭也が担当する街道はゾアースの南にある街、リミドの近くの街道だった。
別に盗賊側には異世界人や精霊魔法の使い手がいるわけでもなく、明日恭也たちが戦う盗賊たちは戦力的にはヘクステラ王国の兵士に任せても問題無い相手だった。
明日は恭也とエイカの二人でリミド近くの街道に現れた盗賊を相手取ることになっていたがこれは少しでも恭也の力になりたいというエイカの申し出を恭也が断れなかった結果だ。
恭也たちが盗賊の相手をするのはあくまでヘクステラ王国の兵士の中に盗賊への協力者がいるからで、恭也としては自分とエイカどちらかだけでも明日の盗賊討伐に参加するには過剰戦力だと考えていた。
他の街道も同様で人手が足りないため各街道を担当する魔神たちにアロジュートの召喚した天使を同行させる予定だったが、恭也はアロジュート本人の手を借りる気は無かった。
以前アロジュートは誇りという言葉を口にしていたので、大して強くもない盗賊の相手など嫌がるだろう。
そう考えて恭也は明日の盗賊退治にアロジュートを参加させなかったのだが、アロジュートは恭也にとって意外な理由で盗賊退治に参加しようとしていた。
「これから先も紹介される度に氷漬けになってた女とか紹介されちゃたまらないから、あたしがあんたの部下だってことをこの世界の人間に知らせときたいのよ」
「あれ?あの紹介の仕方そんなに嫌だったんですか?」
アクアに負けて氷漬けにされたならまだしもアロジュートが以前氷漬けになっていたのはアロジュート自身の意思によるものだ。
氷の中でまるで封印される様に目を閉じていたアロジュートを見た際、恭也はまるで一枚の名画を見た様な感動すら覚えた。
そのため水の魔神により氷漬けになっていたという恭也の説明をアロジュートがここまで嫌がっているとは恭也は思ってもいなかった。
自分の発言を受けて心底意外だという表情を浮かべた恭也を見て、アロジュートはため息をついてから自分の要望だけを簡潔に伝えた。
「とりあえず明日はあたしも盗賊との戦いに参加するわ。あのエイカとかいう人間とあたしの二人で盗賊の相手はする。盗賊捕まえ終わったら盗賊に殺された人間蘇らせるんでしょ?だったらあんたは少しでも魔力節約した方がいいじゃない」
「……分かりました。アロジュートさんがそれでいいならお願いします」
アロジュートの言う通り明日恭也は盗賊への対処を終えた後に盗賊に殺された人々の蘇生を行う予定だった。
そのため魔力を節約した方がいいというアロジュートの意見はもっともだったので、恭也はアロジュートの提案を受け入れた。
自分が主に選んだ少年が自分には理解できない感覚で動いていることをアロジュートは察していた。
移動距離に関係無く移動など全て転移か光速移動で行えばいいにも関わらずかっこいいからという理由で闇の魔神の翼で飛んで移動し、悪魔を召還できるようになった時もできれば自分が変身したかったなどと考えるような少年、それがアロジュートが主に選んだ少年だった。
恭也の飛行して移動することが楽しいという考えも悪魔への変身がかっこいいという考えもアロジュートは全く理解できなかった。
しかしこれらに関しては恭也の趣味の範疇なので、奇妙だとは感じてもアロジュートも口を出す気は無い。
しかし同様の理由で恭也が多くの相手にアロジュートが氷漬けになっていた時の話をするのはアロジュートも見過ごせなかった。
たちの悪いことに恭也はアロジュートが氷漬けになっていたことを何故か好意的に受け止めていたため一切遠慮することなく話題にした。
そのためアロジュートは恭也の部下として自分をこの世界の人間に周知する機会を待っており、明日の盗賊の件は願ってもない好機だった。
しかし恭也が蘇らせるとはいえ死人が出ている以上願ったり叶ったりとまで言う気はアロジュートにも無く、アロジュートは部屋を去る前に今後の恭也との主従関係についての自分の考えを恭也に伝えた。
「あたしの功績作りは置いといてもあんたはあたしに気を遣い過ぎよ。あたしは相手の強さで自分の考えを変える気は無いわ。あんただってそうでしょ?だから相手が弱くても遠慮無くあたしに振りなさい。分かった?」
「はい。じゃあ、これからは遠慮無く頼りにさせてもらいます」
恭也のこの返事を聞き、アロジュートは短く返事をしてから部屋を後にした。
ヘクステラ王国での盗賊退治へのアロジュートの参加が決まった数時間後、ギルドのゾアース支部内の魔神たちの部屋では恭也と寝ているランを除く魔神たちが話をしていた。
休息や睡眠の必要が無い魔神たちは、自由に動けるソパスや各自治区以外の場所では恭也の睡眠中は手持ち無沙汰だった。
そのため今回の様な場合の魔神たちの話はとりとめのないものとなることが多かったのだが、今魔神たちがいる部屋の空気はかなり緊迫したものとなっていた。
「やっぱあの女役に立つっすね」
「ああ、悔しいけど魔力使わないで戦えるっていうのはやっぱりでかいな」
悔しそうにつぶやいたライカに同じく悔しそうに同意したのはウルだったが、先程のアロジュートの恭也への提案を聞き魔神たち全員の心中は複雑だった。
魔神全員がアロジュートへの敵意を抱いてはいたが、アロジュートが明日の作戦に参加した途端恭也の負担が減った。
アロジュートにそういった狙いがあるかは分からないが、こうもたやすく恭也の活動に貢献されると魔神たちとしてもアロジュートに敵意ばかり抱けなくなってしまう。
ライカとウルが悔しそうにするのも無理は無く、そんな中ホムラが口を開いた。
「今日の作戦もアロジュート様の天使がいなくては一日で終わらせるのは難しかったですわ。悔しいですけれどアロジュート様の力は認めなくてはいけないですわね」
「フウさんが言っていましたけど恭也様が自分の死を作戦に入れている以上、私たちが我慢するしかないですもんね」
「みんな気にし過ぎ。私たち全員がそろってればあの女一人ぐらいいつでも殺せるんだから、能恭也が何も言わない限りは放っておけばいい」
アロジュートに対して魔神の中で一番強い殺意を抱いていたホムラの事実上の降伏宣言を聞き、アクアとフウもそれぞれの意見を述べた。
それを聞いてホムラはこの件については後はランを説得するだけだと考え、話題を盗賊退治へと戻した。
「アロジュート様の件はそれでいいとして、サドナ連邦の件も長引きそうですから盗賊共への制裁は失敗は許されませんわ。みなさんよろしく頼みましたわよ?」
「ああ、あの独立したとかいう連中、まだやってたのか?」
「ええ、なかなかぼろを出さなくて困ってますの。カモイを抑えられたのが痛かったですわ」
ヘクスの北にある街、カモイはサドナ連邦に加盟している街の一つ、アンディアとサドナ連邦が独立を宣言する前から付き合いが深かった。
カモイの領主の娘がアンディアの領主の息子と結婚していることもあり、カモイはサドナ連邦に加盟こそしていないがサドナ連邦の独立直後から他のヘクステラ王国の街と距離を置き始めていた。
このままいくと半年以内にヘクスより北の街は全てサドナ連邦の影響下に入ってしまうとホムラは予測していた。
このホムラの予測を聞きライカは意外そうな表情を見せた。
「意外っすね。ホムラが知恵比べで人間に負けるなんて」
「……多少頭が回る人間がいるのは認めますけれど、ディアンとかいう男に眷属を割いていなければここまでの無様はさらしていませんわ」
ライカの感想を聞きホムラは不快気に眉をひそめた。
確かの今のサドナ連邦は恭也及びヘクステラ王国と決して武力を交えないという方針を隅々(すみずみ)にまで徹底してホムラに隙を見せずにいた。
ヘクステラ王国、正確に言うとその裏にいる恭也と直接戦わないという方針は少しでも考える頭があれば誰でも思いつく。
そのためそれだけならホムラもそれ程サドナ連邦を相手取るのに苦労することはなかっただろう。
しかしサドナ連邦の首脳部にはかなりのやり手がいるらしく、ゼキア連邦から地理的に離れていたこともあり恭也の介入後もサドナ連邦は経済的な打撃をほとんど受けていなかった。
各地の治安や政治情勢にもホムラが付け入ることができる程の隙は無く、ホムラがサドナ連邦に介入する口実に使おうと思っていたサドナ連邦内の盗賊をサドナ連邦の方からヘクステラ王国に突き出してきた時はホムラも思わずサドナ連邦側を称賛してしまったものだ。
しかし先程のホムラの発言の通り、ホムラの眷属のほとんどを諜報に使えないという現状がホムラがサドナ連邦への対処に苦労している大きな原因だった。
もっともホムラは恭也や他の魔神にも内緒でオルフートでの眷属による諜報活動を行っていた。
それを止めればサドナ連邦についてはホムラは今より楽ができたのだが、ホムラは一刻も早くオルフートを、正確に言うならオルフートの現国王、ヘイゲスを破滅させたかった。
オルフートとトーカ王国の停戦条約の締結の際、両国の話し合いに立ち会ったホムラは何度もヘイゲスと話す機会があった。
その際のヘイゲスのあまりに横柄な態度を受け、ホムラは何度ヘイゲスを『事故死』させてやろうと思ったか分からなかった。
またこうしたホムラの個人的な感情を抜きにしても、まだ恭也に対して様子見といった段階のサドナ連邦よりも現在恭也が所有している国境沿いの街を手に入れようとしているヘイゲスの方が対処の優先順位は高かった。
この件で後日恭也にオルフートに出向いてもらわねばならなくなったこともホムラがヘイゲスに殺意を抱いている一因だった。
こうしたホムラの考えは知らなかったもののホムラが苦労していることは他の魔神たちから見ても明らかで、それを見たウルは自分たちにとって理想的な未来を口にした。
「サドナ連邦がディアンの野郎の上級悪魔に襲われれば話早いんだけどな」
自分も考えこそしたが口にはしなかったことを一切ためらわず口にしたウルを見て、ホムラは苦笑した。
「そうですわね。でも上級悪魔に襲われた街の復興を助けるのはそれはそれで手間ですわ。理想は街や土地がきれいなまま降伏させることですから、サドナ連邦に関してはもう少し考えてみますわ」
「私の分身が必要ならいつでも言って」
「ええ、ありがとうございます。その時はお願いしますわね」
恭也相手に隠し事をしそうにないフウの助けを借りる気は今のところホムラにはなかったが、フウの気持ちは素直に嬉しかったのでホムラはフウに礼を言った。