打ち合わせ
魔神が消滅して恭也が先程まで闇の魔神と戦っていた空間から戻ってくると、恭也に遅れること数秒、闇の魔神が姿を現した。
闇の魔神は開口一番恭也に文句を言ってきた。
「ご主人様、あの防ぎ方はさすがになくねぇ?俺の最後の大技だぞ?かっこよく受けてくれよ」
「全方位の即死技撃っといて無茶言わないでよ。というかあの技防ぐとか無理でしょ」
魔神との戦いを終えた恭也はとりあえずネース王国の兵士たちが使っていた宿泊所に移り、魔神とこれからについて話した。
「まあ発動後の『ミスリア』からも逃げられた以上、俺の完敗ではあるんだけどよ」
魔神の使った『ミスリア』による死の気体は戦いが終わった後も残り続け、『魔法看破』によると半日は消えないらしい。
蘇った直後は目の前に黒い気体が充満していて驚いた恭也だったが、『ミスリア』は闇の魔神とその主には効かないと聞いてほっとした。
「とりあえずこのガスが消えるまではここに残ってよう。誰も近づかないだろうけど、万が一ってことがあるからね」
視認できる程のまがまがしい闇が漂っている空間に近づく人間もいないとは思うが、もし死人が出たら寝覚めが悪い。
そう決めた恭也は魔神の能力について質問をしようとしたのだが、それより先にと魔神が恭也にあることを頼んできた。
「これからのことを決める前にまずは俺の名前を決めてくれよ。それで正式にご主人様と俺の間で契約完了だ」
「ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったね。僕の名前は能恭也。恭也でいいよ。で、名前か、んー」
魔神に名付けを頼まれた恭也はしばらく考え込んだ。
これからずっと一緒にやっていく以上、あまり適当な名前をつけるのもはばかられる。
かといって今すぐにしゃれた名前を付けられる程、恭也のセンスはよくない。
「闇、黒、漆黒、…漆、ウル、ウルでどう?僕の世界で黒とよく一緒に使われてる植物の名前だよ」
ついでに下手に扱うと害があるという点もぴったりだと恭也は思ったが、それはさすがに本人の前では言わなかった。
「ウル、ウルか。よし、今日から俺はウルだ!恭也の敵は片っぱしから殺して死体の山を作ってやるぜ!期待しててくれ!」
意気込みながら物騒な宣言をする魔神改め、ウルに恭也は自分が相手を殺すつもりが無いことと当分はネース王国で奴隷の解放に努めることを告げた。
「えー、めんどくせぇ。サキナトとかいう連中皆殺しにすれば手っ取り早いじゃねぇか。何でそうしないんだ?」
純粋に不思議そうにそう尋ねてくるウルに恭也は人が寿命以外で死ぬということ自体が嫌いだからだと告げた。
それを聞いたウルは不思議そうにしていたが、主人である恭也に逆らう気は無いらしくそのまま引き下がった。
「でも相手殺さないって言うなら、俺にできることってそんなにないぞ。俺手加減とか苦手だし」
「そんなことないよ。単純に護衛を任せられる仲間がいるだけで助かるし、それに魔神って自分の属性の魔法はかなり強力なのも使えるんでしょ。洗脳魔法とか相手を殺さずに無力化できる便利な魔法じゃん」
「ああ、そういやそんな魔法もあったな」
ウルにとっては洗脳魔法というのはそれ程有用な魔法ではなかった。
今まで相手を全て殺さなくてはならない状況下にいたからで、先の恭也との戦いで洗脳魔法を使わなかったのもそれが理由だ。
しかし恭也からすれば敵をすぐに無力化できる上に質問にも正直に答えさせることができる洗脳魔法はウルの持つどの攻撃用の能力よりも魅力的だった。
「ウルの闇魔法には期待してるよ。これからよろしくね」
「おお、どんどん期待しろ!きっと恭也の役に立つからな!」
ウルとしては戦闘力が自分の売りのつもりだったので、それ以外を褒められて一瞬戸惑ったが褒められて悪い気はしない。
そうして得意気に笑うウルに恭也が気になっていた質問をした。
「ウルって大きくなって僕を乗せることってできる?ウルで移動できれば便利かなと思ってるんだけど」
「いや姿は変えられない。そう言えば戦う前にも俺の姿に文句言ってたけど、俺のこの姿恭也の望んだ姿だからな?」
「どういうこと?」
「俺たち魔神はただの魔力の塊で、姿形は封印を解いた奴の考えが反映されるんだ。だから俺のこの姿は恭也のせいってわけだ」
「そう言われてもなあ…」
それはまあ恭也も男なので一緒に行動するならむさくるしい中年男性よりかわいい女の子の方がいい。
そこは否定できない事実だったので、ウルが恭也を運べない程小柄なのは自業自得と諦めるしかないだろう。
恭也は奴隷解放が落ち着いたら大陸の北部に封印されているという魔神とも戦うつもりだった。
ウルの時同様時間をかけた復活によるけずりを行えば勝つのはそう難しくないはずだ。
その時には自分を運べる巨大なモンスターをイメージしようと恭也は考えた。
とにかくウルの見た目が少女の姿なのは今さらどうしようもない。
それより問題なのはウルの恰好で恭也はそれを直接指摘した。
「ねぇ、その恰好なんとかならない。目のやり場に困るんだけど…」
今のウルは一糸まとわぬ姿でウルが起伏に乏しい体形をしているといっても恭也としては直視しづらかった。
「ああ、そういや人間は服を着てるんだったな。いいぜ。服ぐらいなら恭也の想像で、」
ウルが最後まで言う前にウルを黒い気体が覆い、次の瞬間にはウルの姿は黒を基調としつつところどころに白いフリルがついた、いわゆるゴスロリファッションとなった。
この世界では大変目立つ服だったが裸に比べればましだ。
ほっとしていた恭也に変化した自分の姿を気にも留めていないウルがある提案をしてきた。
「恭也を運ぶって要は飛べればいいんだろ?だったら恭也の中に俺が入れば、恭也自身が飛べるようになるぜ」
「入る?融合みたいなこと?」
「まあ、そんな感じ」
ウルの説明だけでは要領を得なかった恭也は実際に試してみることにした。
ウルが自身の体を魔力に変え、そのまま恭也の中に入って来た。
すると今まで新しい能力を獲得した時の様に恭也はどうすれば空を飛べるかが理解できた。
恭也が念じただけで恭也の背中からウルのものと同様の黒い羽が生え、それを一度動かすだけで恭也は数メートル浮き上がり、その後数回動かすだけで地上をはるかに見下ろせる程の高度に飛び上がった。
「へぇ、これは便利だね」
羽で飛ぶと言ってもそこまで難しいことをする必要は無く、恭也の感覚としては羽を動かして念じるだけで飛びたい方向に飛べるといった感じだった。
まだ距離については加減が難しかったが、飛行自体は滞りなくできるようになった。
その後しばらく飛行の感覚を味わった恭也は地面に降り立ちウルを外に出した。
「いやー、こんなことまでできるとは思わなかったよ。これならウルを街中に連れていくのも簡単だね」
ウルは体格は人間の少女と変わらないが、見た目は明らかに人間とは異なる。共に街で活動する時はフードでもかぶってもらおうと考えていた恭也だったがその必要がなくなった。
「ついでに言っとくと、俺が中にいる時なら羽で物を斬ることも闇魔法も全部使えるぞ」
「へぇ、その場合はどっちの魔力を消費するの?」
「わかんね、誰かと契約するの初めてだから…」
その後試したところ、融合時にはウルの魔法はもちろん恭也の能力を使った場合もウルの魔力を消費することが分かった。
他にウルが体内にいる時は『六大元素』が使えなくなることも分かったが、外に出さえすれば使えるようになったので大した問題ではなかった。
その後も色々試し、お互いにとって初めての契約について確認し終えた二人は今後の方針を話し合った。
と言ってもウルは恭也の命令に従うだけなので、話し合いというよりは説明といった感じになった。
「とりあえずは僕がウルと契約したってことをネース中に伝えるために首都のピクトニに乗り込むつもりだよ。ウルの宣伝と奴隷たちに手を出したら王様が無事じゃすまないっていう脅しを兼ねてね」
「ふーん。でも下っ端が勝手に奴隷たち殺すかもよ?」
「それに関しては大丈夫だと思うけど、結局は出たとこ勝負になるね。サキナトは国の機関だって聞いてるから、国の偉い人に命令させた上で異世界人と魔神が同時に敵に回ったとなれば、相手も無茶はしないんじゃないかな」
「詰め甘くね?」
「うん。でも二人で国を相手にする以上、綿密な計画とか立てるのは無理だし。一応首都の近くの街の奴隷解放は立ち会って、連絡が遅れる離れた街の奴隷解放については別の方法を考えてるよ」
あまり物事を深く考えない上に世間知らずのウルにすら指摘される程荒い恭也の計画だったが、圧倒的に人手が足りない以上、その場しのぎのごり押しが行動のメインになるのは避けられなかった。
「とりあえずは僕たち両方の魔力が回復するまで待ってからピクトニに行こう。飛んでいけば三日もかからないと思う」
「分かった。じゃあ、回復するまで恭也の中にいていいか?何もしないでじっとしてるのって苦手で」
ウルが言うには恭也の中にいる時のウルは封印時の意識が無い状態でいられるらしい。
この状態は恭也が念じるとすぐに解除でき、意識がある状態で恭也の中にいることも可能だ。
退屈が苦手なウルは意識が無い状態で魔力が全快するまでの数日間を過ごすつもりなのだろう。
特に断る理由も無かった恭也はウルを体の中に入れると宿泊所に入っていった。
恭也がウルと戦い契約を終えてから十日後、ネース王国の首都、ピクトニにある王城は厳戒態勢下にあった。
異世界人が魔神の封印を解いたとの報告が入ったその日から普段の二倍の警備が二十四時間敷かれ、それと同時にサキナトの本部と奴隷市場も警戒が強まっていた。
しかし封印を守っていた兵士たちの報告から数日経っても何も起こらず、警備についている兵士たちの顔には疲れが見え始めていた。
「ったく、ほんとに異世界人来るのかよ?これがずっと続くとか勘弁してくれよ」
「まったくだ。寝ずの警備とか奴隷にさせればいいじゃねぇか」
あくびをしながら同僚のぐちに相槌を打った兵士は何気なく空を見上げた。
今の警備が敷かれてから騒動らしい騒動は何も起きていない。
そのため他の兵士同様彼も緊張感を全く持たず門の前に立っており、後二時間程で訪れる勤務の終わりをひたすら待っていた。
そんな時だった。
彼の視界に妙なものが入ってきた。
彼の視線の先、強力な風魔法を使っても人が到達できない程の上空に何かがいた。
最初は自分の見間違いかと思っていた兵士だったが、その何かがどんどん大きくなるのを見て彼はそれが悪魔なのではと考え始めた。
そしてそれが視認できる距離に入り、彼はようやくそれが人だと理解した。
速度を緩めて着地したその少年は背中から生えていた羽をしまうと、城門を守っている兵士たちに視線を向けて口を開いた。
「どうも、異世界人の能恭也です。王様に用があって来ました。通りますね」
兵士たちのことなど気にした様子も無い恭也を前に兵士たちは一瞬呆けてしまった。
しかし兵士たちはすぐに我に返ると、あらかじめ用意していた魔導具に近づき恭也に攻撃をしかけた。
三人での発動が前提の設置型魔導具二つが恭也相手に使用された。
左側の魔導具からはラグビーボール程の大きさの氷の散弾が、右側の魔導具からは帯電した竜巻が撃ち出された。
どちらも中級悪魔すら秒殺できる威力の魔法で、本来は戦争時のみに使われる代物だった。
今自分たちの国で暴れている異世界人が死んでも蘇るということはこの場の兵士全員が知っていた。
そのためこの魔導具で恭也を殺し続けて王を始めとした城内の重要人物が逃げる時間を稼ぐのが彼らの仕事だった。
二つの強力な魔法にさらされた異世界人は再び背中から生やした羽を動かすと氷の散弾を回避した。
しかしその動きは竜巻の事を全く考えていない動きで、案の定異世界人は竜巻をまともに食らった。
兵士たちの誰もが異世界人の体が飛び散る光景を想像したがそうはならなかった。
帯電した竜巻をまともにくらった異世界人は傷を負うどころか吹き飛ばされることすらなく放たれ続ける魔法を受け続けた。
そして魔導具の発動時間が終わり竜巻が止むと、そこには服すら破けていない異世界人の姿があった。
「うーん、なるほど。さすがに軍隊ならこれぐらいの魔導具は持ってるか。これ何十個も用意されたらさすがに面倒かも」
まるで何かの試験をしたかのような異世界人の発言に戸惑いながらも兵士たちは続けて魔法を撃ち出そうとした。
しかしそれは異世界人によって邪魔された。
「もう実験はすんだのでこれ以上は勘弁です」
そう言った異世界人は兵士たちに向けて右手をかざした。
兵士たちの記憶はここで途絶え、城門は容易に突破された。