重ね掛け
「エイカさんとイオンさんに水の魔神の加護を与えたいと思うんですけどいいですか?」
「イオンはともかく私にも?」
恭也が全ての属性の魔神を従えていることも魔神がそれぞれの属性の持ち主に加護を与えられることもエイカは知っていたが、既にエイカは水属性の精霊魔法が使える。
そのためイオンだけならともかく自分にも水の魔神の加護を与えたいという恭也の申し出を聞き、エイカは不思議に思った。
そんなエイカに恭也はアクアから聞いた事実を伝えた。
「アクア、水の魔神ですけど、によると精霊魔法を使えるエイカさんにも加護を与えられるみたいなんです。ただ初めてのことなんでどうなるかは分かりません。不安なら止めますけどどうしますか?」
恭也のこの質問に対してエイカは即答した。
「喜んで加護をもらうわ。ただ精霊魔法を使えるだけじゃあなたの役に立てないと思っていたところだったの。さっきのランさんの話も考えたらなおさらもらわないといけないし、ぜひお願いするわ」
「分かりました。イオンさんもいいですか?」
「はい。もちろんです」
エイカに続きイオンからも加護を与える許可をもらい、恭也はすぐにアクアとの融合を解除した。
イオンは先程恭也が二人にアクアの加護を与えたいと言った時から興奮気味で、それを見た恭也は多少不安になったがイオンも与えられた加護を悪用する程馬鹿ではないだろうと考えて何も言わなかった。
アクアはイオンはもちろんエイカにも無事に加護を与え終わり、その後アクアと融合した恭也は二人に起こった変化を知るために『魔法看破』を使った。
イオンの方は単に精霊魔法が使えるようになっていただけだったが、エイカの方では恭也の予想以上の変化が起きていた。
自分が見て知ったことを二人に伝えるために恭也は二人を誘って外に出た。
恭也はエイカとイオンを連れて魔法を使っても大丈夫な場所に着くと、すぐに二人に彼女たちの体に起きた変化を伝えた。
「イオンさんは普通に精霊魔法が使えるようになってるだけですけど、エイカさんは割とすごいことになってますね。まず魔力が四千まで上がってます」
「加護をもらう前はいくつだったの?」
この世界に住む人間や亜人の魔力量に種族による差が無いことはこの世界でも広く知れ渡っていた。
そのためこの世界の住人は自分たちの魔力量を誰かと比べる機会が無かったため、いきなり数字だけを言われてもぴんとこなかった。
自分の説明を聞いたエイカだけでなく研究者のイオンの反応も薄かったため、恭也は自分の言葉が足りなかったことにようやく気づいた。
「えーっと、この世界の人たちの魔力量は個人差無くて十で、異世界人は全員が十万です。だから四千っていうのは結構すごい量だと思います」
「なるほど、確かに力がみなぎっている感じはするわね。それともう一つ何か体の中にあるような気が……」
「はい。魔力が増えてる以外にもう一つ変化があって、難しいかも知れませんけど氷を創るんじゃなくて魔力を固める感じで武器を創ってもらっていいですか?」
「は?」
魔力を固めて武器を創るという異世界人の様な所業を唐突に求められ、エイカは戸惑わずにはいられなかった。
そんなエイカに恭也はもう一度同じことを頼んだ。
「僕の眼のことは知ってると思いますけど、さっき見たら元々精霊魔法を使える人に魔神の加護を与えるとその人専用の武器を創れるようになるらしいです」
「へー、……武器を創る」
恭也がそう言うのなら創れるのだろうと考え、エイカは右手に魔力を集中させた。
そして三回氷の塊を創った後、エイカは右手に剣を創り出すことに成功した。
「おお、すごいな」
『魔法看破』で知っていたとはいえ、実際にエイカが目の前で武器を創るのを見て恭也は思わず感嘆の声をあげてしまった。
そんな恭也をよそにエイカは自分が創った剣を不安そうな表情で見ていた。
「ずいぶんもろそうな剣だけどこれ実戦で使えるの?もしかして剣の形をしているだけの飛び道具?」
エイカの創り上げた、後に『エルウィスカ』と名づけられるこの剣は大きさこそ普通だったが、刃も柄も全てが氷の様な物質でできていたためエイカの言う通り見ただけでは少し振っただけで壊れそうだった。
しかし実際は『エルウィスカ』はエイカの魔力が固まってできたものなので、そう簡単に壊れることはなかった。
恭也は『魔法看破』でこの事実を知っていたが口で伝えるよりも実際に試した方がいいだろうと考え、『格納庫』から鉄板を取り出して地面に立てるとエイカに鉄板を『エルウィスカ』で斬るように頼んだ。
エイカが恭也に言われるまま『エルウィスカ』を横に振り鉄板を斬り裂くと、鉄板はまるで紙の様に斬り裂かれた。
『エルウィスカ』のあまりの斬れ味に驚いたエイカが今度はそれ程力を入れずに『エルウィスカ』を鉄板に振り下ろすと、今度も鉄板はたやすく斬り裂かれた。
その後エイカは『エルウィスカ』の刃の横の部分で鉄板を叩いたが、『エルウィスカ』の刀身は割れるどころか傷一つつかなかった。
この実験を経てエイカはようやく自分の手にしている武器の特異性に気づいたようで、そこに恭也が声をかけた。
「その剣は多分異世界人か魔神以外では壊せないと思います。後相手が鎧着てても真っ二つにしちゃうと思うんで気をつけて下さい」
「えぇ、分かったわ」
「後魔法も強化されててできることの幅も広がってると思うんですけど、これはエイカさんの訓練次第なのでがんばってもらうしかないです」
『エルウィスカ』のあまりの斬れ味に恐怖すら感じていたエイカは、比較的威力の融通が利く魔法も強化されていると聞き試しに魔法を発動してみた。
するとエイカが軽く魔法を発動しただけで周囲の地面が、恭也の基準で言うなら体育館程の広さの地面が凍りついてしまった。
精々二メートル程の氷の槍を創るつもりが考えていた以上の範囲に氷の槍を生やしてしまい、エイカは今さらながら自分がもらった力の強大さに気がついた。
恭也はエイカの表情からそんなエイカの気持ちに気づきエイカに話しかけた。
「もしいらないなら加護消しますけどどうしますか?」
「いえ、このままでいいわ。確かにこの威力には驚いたけど制御は私ががんばればいいだけだし」
エイカは恭也に敬意に似た感情を抱いていたが、それと同時に自分や祖国の邪魔をした恭也の行く末を見届けて恭也が心変わりするようなら敵わずとも一矢報いたいと思っていた。
もしここで加護を返してただの精霊魔法の使い手に戻ったら恭也の中での自分の価値が下がり、恭也の言動を近くで見る機会を失うことになるかも知れない。
エイカはそう考えて恭也の提案を断り、その後明日の盗賊退治について恭也と相談してから早速新しく手に入れた力の訓練に向かった。
エイカと別れた後、恭也はヘクステラ王国の首都、ヘクスに出向き、王城で国王のソアロに会っていた。
兵士たちの目につかないように恭也は光魔法で姿を消し、あらかじめ指示されていた部屋へと入った。
恭也が部屋に入り席に着くなり、ソアロは謝罪の言葉を口にした。
「この度は我が国の兵士たちの不始末のためご足労いただき誠に申し訳ありません」
「いえ、気にしないで下さい。前にダーファ大陸で奴隷を売ってた組織を潰した後も似た様なことになったので、ヘクステラの人たちには失礼な言い方になりますけど予想はしてましたから」
「……そうですか。明日の作戦の説明はフユートにさせます。フユート!」
「はっ!」
自国の兵士たちの所業を聞いた際の恭也の反応にソアロとしては思うところがあった。
しかし名目上は協力関係ということになっているが恭也とヘクステラ王国の力関係が互角ではないことはソアロにも分かっていた。
またソアロたちが今回恭也たちを呼んだのはここ最近街道に現れるようになった盗賊たちに自分たちだけで対処できなかったからだ。
この状況で恭也に文句を言うわけにもいかず、ソアロはフユートに説明を任せると恭也とフユートの会話を聞くことにした。
「盗賊が出る街道全てを能様が担当するということでしたが、本当によろしいのでしょうか?」
現在ヘクステラ王国南部で盗賊被害が出ている街道は七ヶ所あり、明日それらの全ての街道におとりの馬車を出して盗賊が出たところを一網打尽にする。
それが恭也とヘクステラ王国側で相談した計画だった。
盗賊と繋がっている兵士からの情報漏れを避けるために今日の恭也のヘクス訪問はソアロの他には元十武衆のフユートとアキスナしか知らず、明日の夕方には盗賊及び彼らへの協力者全員が捕まっている予定だった。
しかし恭也がヘクステラ王国側に提案した計画では七ヶ所の街道での盗賊の同時摘発から各街にいる盗賊たちへの協力者の発見までを数時間で終わらせることになっていた。
いくら恭也が強くてもこれだけすることが多くては対処できないだろう。
フユートはもちろんソアロもアキスナもそう考えていたのだが、恭也は全く動じることなくフユートの質問に答えた。
「山の奥とかに隠れてる人たち合わせても盗賊の人たちって精々三百人ぐらいですよね?それなら僕や魔神だけで捕まえられると思います」
盗賊たちの中には亜人もいるらしいが恭也たちの敵ではなく、それとは別に恭也には明日の計画について不安があった。
「僕としては兵士のみなさんを全員集められるかの方を心配してるんですけど、そっちは大丈夫ですか?」
「はい。それは大丈夫です。能様が兵士たちに加護を与えて下さるという名目で兵士を集め、明日の夕方には南部の街全てで兵士に召集をかけています」
盗賊を全て捕えた後、いちいち盗賊たちから協力した兵士の名など聞き出していられないので、恭也は兵士に関しては兵士全員を一ヶ所に集めてウルの魔法で洗脳して盗賊たちへの協力者を見つけ出すつもりだった。
ホムラとフユートが現在ディアン対策のために尽力していることもあり、恭也が兵士たちに加護を与えるつもりというフユートの話を兵士の誰も疑ってはいないようだった。
フユートの説明を聞き安心した恭也は盗賊を捕えた後の話をした。
「捕まえた人たちは僕の作った刑務所に連れて行くってことでいいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、明日の夕方に報告に来るってことでとりあえず失礼しますね」
そう言って恭也は部屋を後にしてゾアースへと戻った。