活動再開
「今まで見てきた人間のことを思い出して下さいまし。仮にマスターが百年後に死んだとして、その時に人間が差別や争いをしなくなっているとは私には思えませんわ。きっと今と変わらずに大なり小なり争っていると思いますわ。そんな人間たちをマスターが見捨てられるとはとても思えませんもの。ですからマスターが寿命で死ぬ心配は私していませんの」
「なるほど、言われてみればそうだな」
赤の他人を守れなかった度に本気で怒り新たな能力を獲得するような人間が寿命で死ぬから後のことは知らないなどと言えるはずもない。
ホムラの考えを聞きウルは安堵した様な表情をし、他の魔神たちの表情にも徐々に明るさが戻っていった。
それを見たホムラはちょうどいい機会だと考えて魔神たちにギルドの話題を振った。
「ですから一日でも早くディアン様との戦いを終わらせて世界中にギルドを普及させたいと思っていますわ。世界中にギルドが普及すれば今以上に世界各地の問題に介入できるようになりますもの。そうなればマスターの望みの人助けも容易に行えるようになってこの世界のマスターへの依存度も増すと思いますの。そうなればなる程マスターが自分の寿命での死を拒絶する可能性は上がりますわ」
ホムラのこの考えを聞き、ランを始め魔神たちは今までと違いギルド普及に対する熱意を持ち始めた。
そんな魔神たちの反応を見て、ホムラは軽い罪悪感を覚えた。
ギルドを普及させて先程魔神たちに伝えたような結果になることをホムラが望んでいるのは事実だ。
しかし恭也の能力が寿命を克服できるかどうかは現時点では恭也自身にも分からない。
また現時点では恭也は自身の寿命による死を受け入れているようだったので、仮に能力上は可能でも恭也が寿命による死を拒絶しなければホムラの案は実現できなかった。
そのためホムラが今回魔神たちに伝えた案は半分以上ホムラの願望が含まれていた。
戦闘以外の作業にあまり積極的ではない同族たちのやる気を少しでも出せればと思い、ホムラは自分の考えを他の魔神たちに伝えた。
しかし予想していたとはいえやはり恭也と永遠にいられるという可能性は魔神たちにとって刺激が強過ぎたようだ。
初めての主を得た魔神たちは主を失うこと、あるいは契約を解除されることを恐れており、そのため普段の言動からは想像できない程魔神たちの恭也への忠誠心は高かった。
特に一度アロジュートに契約を解除されていたアクアは一層その傾向が強かった。
また恭也以外の異世界人を数人見た結果、一芸特化の他の異世界人たちよりも多芸な恭也の方が主としてはおもしろいとほとんどの魔神が考えていたことも魔神たちの恭也への評価が高い理由だった。
ホムラはこうした他の魔神たちの気持ちまで正確に把握していたわけではなかったが、それでも他の魔神たちの喜び振りを見て数十年後に恭也が寿命で死んだら申し訳ないなと考えた。
しかし今のホムラはディアンの件を除いても多種多様な仕事を抱えていた。
別に他の魔神たちにそれらの仕事を手伝ってもらおうとまではホムラは考えていなかったが、それでもホムラとしてはせめてギルドの普及ぐらいには他の魔神たちも意欲を出して欲しいと考えていた。
この狙いに関しては一定の効果が出たと他の魔神たちの表情を見てホムラは確信し、今日の会議を終えることにした。
「もちろんギルドが普及するにつれてマスターの心労も大きくなっていきますけれど、それは私たちの力の見せどころだと考えていますわ」
「ああ、任せとけ。ディアンの野郎をさっさと片づけて、この世界を恭也のものにしてやろうぜ」
ホムラの発言を受けて意気込みを新たにした魔神たちを代表してウルが意気込みを口にし、それを見てホムラは嬉しそうに笑った。
「ええ、そうなることを願っていますわ。明日からまた忙しくなると思いますけれどよろしくお願いしますわ」
その後魔神たちはそれぞれの仕事に戻り、ホムラも机へと向かった。
恭也の『悪魔召還』についての各国への周知などすぐに終わる仕事もあるが、数日では解決しない問題をホムラはここ最近は常に抱えていた。
現在ダーファ大陸にある国で一番内情が不安定な国はネース王国だ。
他の国は明確な脅威としてのディアン、そして潜在的な脅威としての恭也に対抗するために程度の差こそあれ一致団結していた。
しかしネース王国では今各地で自治区設立の動きが起こっており、これにはホムラも頭を抱えていた。
この動きには恭也はもちろんホムラも関与しておらず、ネース王国各地の村々の住人が自主的に集まり自治区を作ろうとしていた。
最終的に恭也がネース王国を実効支配するのはホムラとしてもやぶさかではなかったが、今はネース王国に割く人員と時間の余裕は無い。
そのため現時点でネース王国にこれ以上自治区ができ、王の影響力が低下するのはホムラとしても避けたかった。
この件ではホムラはネース王国側に力を貸しており、近くの街から村に援助させるという形で懐柔を図らせてはいたがこれぐらい自分たちで対応しろというのがホムラの本音だった。
このホムラの怒りはネース王国で幅を利かせていた闇属性の精霊魔法の使い手の少年に向けられたのだが、その話はここでは割愛する。
一度恭也に国ごと蹂躙されたことが響いており、ネース王国での王の権威はかなり弱くなっていた。
もちろん恭也のしたことに文句を言うつもりは無かったが、それでもホムラはネース王国に関する問題に対応する度に恭也がネース王国及びサキナトと戦った時に自分がいればもっとうまく立ち回れたと考えずにはいられなかった。
しかしいつまでも仮定の話をしていてもしかたがない。
さすがにネース王国で海難事故が多発してこの二週間で大小合わせて三つの船の乗員が行方不明になったという些事にまで関わる気はホムラには無かったが、それでもネース王国に限っても問題は山積しているのだ。
ホムラは明日から再開する恭也の活動にはできるだけ自分自身が同行したいと考えていたので、今の内に起こり得る問題への対策は考えておきたかった。
別に今慌ててネース王国の問題を含む全ての問題に対する解決策を考え始めたわけではなかったので、明日の朝まで考えればしばらく自分がダーファ大陸を離れる程度の準備はできるだろう。
そう考えながらホムラは考えを巡らせ続けた。
恭也がソパスに帰省して五日後の昼、昼食を終えた恭也はノムキナに数日後に帰ると告げると再びウォース大陸に向かった。
早速恭也がタトコナ王国の首都、ゼワールに向かうと、恭也がソパスに帰っている間にタトコナ王国はギルドを受け入れる準備を整えていた。
ホムラにタトコナ王国側の出した条件を確認してもらったところ特に問題は無いとのことだったので、その後の打ち合わせにはホムラの眷属を残して恭也はゼキア連邦に向かった。
恭也は今日中に後回しになっていたゼキア連邦南部に住む種族、アルラウネ、エルフ、獣人の長にあいさつをする予定で、まずは同じ地域に住んでいるというアルラウネとエルフのもとへと向かった。
恭也があいさつに向かうことはゼキア連邦に残したフウを通してあらかじめアルラウネとエルフには伝えていたので、恭也は着いてすぐにアルラウネの長、ミウとエルフの長、キザンに会うことができた。
ミウは以前恭也が見たアルラウネ同様小柄な少女で、キザンは見た目は三十代の男だった。
二人に会ってすぐ恭也はあいさつが遅れたことを謝った。
「こちらの都合であいさつに来るのが遅れてすみません。異世界人の能恭也です」
「お気になさらないで下さい。私たちはもちろんゼキア連邦の者全てが能様には感謝しています。わざわざお越しいただいたことをこちらが謝らなくてはいけないぐらいです」
一度控えめにあいさつをした後キザンの後ろに隠れたミウに代わり、キザンは恭也との話を進めた。
「既に北の種族とは話を終えていると聞いています。能様の御力をお借りできるというのであれば、アルラウネとエルフもギルドという組織に喜んで加入させていただきます。正式な決定は能様が獣人との話を終えた後に私たちで話し合ってということになりますが、よろしいでしょうか?」
「はい。もちろんです。無理強いする気は無いですし、極端な話いくつかの種族だけが参加するということになっても文句を言う気は無いです。ゆっくりみなさんで話し合って下さい」
本当に今日はあいさつだけするつもりで来たので、恭也としてもミウとキザンを急かすつもりは無かった。
しかし一つだけ気になっていたことがあり、恭也は先程からほとんどしゃべらないミウに話しかけた。
「僕はここから北にあるダーファ大陸ってところから来たんですけど、そこにはアルラウネは住んでませんでした。だから今後協力してもらえるならアルラウネのできることを教えてもらえると助かります。見世物扱いが嫌だって言うなら諦めますけどどうでしょうか?」
恭也は最初『魔法看破』を使ってアルラウネの能力を確認しようと思っていた。
しかしアルラウネの長だと聞いているミウがあまりに恭也を警戒していたので、少しでも話すきっかけになればと思ってミウに能力の実演を頼んだ。
これが断られるようなら今後のミウとの会話は難しいものになるだろうと恭也が考えていると、ミウがおずおずと口を開いた。
「分かりました。それでは失礼します」
そう言ってミウが魔力を高めると、近くに生えていた木の枝が伸びて恭也に迫った。
突然のことに驚いた恭也だったが木の枝は恭也にぶつかる直前で伸びなくなり、その後徐々に縮み始めて元通りになった。
この世界の六属性の魔法のいずれとも違う異能を見て、恭也は驚きながらミウに質問をした。
「植物を操れるってことですか?」
「はい。私たちアルラウネは魔法が使えない代わりに植物を操ることができます。後一人だと時間がかかりますけど、植物を生やすこともできます」
「へぇー、……さっきのってその気になれば僕を傷つけることもできましたか?」
「はい。多分」
ミウの説明を聞き恭也は驚いた。
植物を生やすのには時間がかかるということなのでどこでもとはいかないが、先程見た精度で植物を操れるとなると森の中ではアルラウネはほぼ無敵と言っていいだろう。
ヘクステラ王国でアルラウネを見なかったわけだと恭也が納得していると、キザンがミウに声をかけた。
「ミウさん、せっかくですからミウさんの力も見せればいいじゃないですか」
「え、でもあれはアルラウネ全員ができるわけじゃないですし……」
キザンの提案に難色を示したミウに恭也が興味深そうな視線を向けると、ミウは観念した様子で魔力を高め始めた。
すると何も無い地面から突如として木が生え、わずか数秒で大木へと成長した。
『降樹の杖』と同じことを身一つでやってのけたミウを見て恭也は驚いた。
「……すごいですね。さっきのミウさんの話だとミウさんだけができることなんですか?」
「はい。他のアルラウネだと十人がかりでも一ヶ月はかかると思います」
想像以上のものを見せられて驚いた恭也を前にしてもミウはほとんど表情を変えず、そんなミウに代わってキザンが口を開いた。
「ミウさんはまだ生まれて六年程しか経っていませんが、この力でアルラウネの長になったんです」
ミウの見た目は人間でいうと十代半ばといったところだったので、恭也はキザンの発言を聞き違和感を覚えた。
しかし恭也はアルラウネの生態を詳しく知らなかったのでそれについては深追いしなかった。
ミーシアと初めて会った時の様に地雷を踏んでも困るからだ。
それよりも人数さえそろえればアルラウネなら誰でも大木を生やせるという事実の方が恭也には驚きで、恭也はもはや何と返事をすればいいのか分からなかった。
そんな恭也の反応をどう受け取ったのか、ミウが慌てて口を開いた。
「多分ですけど他の種族でいう精霊魔法みたいなものなんだと思います。たまたま運がよかっただけです」
焦った様子で謙遜の言葉を口にしたミウを前に恭也は『魔法看破』を発動した。
珍しい体質のアルラウネの体を自分の目で見れば各研究所の職員たちにとって何か有意義な発見があるかも知れない。
恭也はそう考えて軽い気持ちで『魔法看破』を発動したのだが、ミウを見てすぐに恭也は言葉を失った。
ミウの保有魔力が十万近くあったからだ。
さらに『魔法看破』を発動した恭也はミウが自分同様異世界人としての能力を持っていることを知り、突如として目の前に現れた問題に頭を抱えたくなった。