魔神会議②
セザキア王国でミーシアと別れた後、ソパスに帰った恭也は予定通り衛兵たちを相手に自分の能力の訓練を行った。
実験的な能力の使用も行ったため恭也は何度か死んでしまったが、それでも何とか納得できる程度の成果を収めた恭也が屋敷に帰ると屋敷には魔神たちがそろっていた。
恭也が魔神たちに声をかけるとホムラが返事をした。
「お帰りなさいませ、マスター。訓練はもう済みましたの?」
「うん。一応は。みんなも仕事は終わり?」
「ええ、一応それぞれの担当の仕事は終わりましたわ」
この数日恭也はほとんどの魔神と顔を合わせていなかったので、魔神たちの仕事が終わったと聞き魔神たちを労った。
恭也に褒められて魔神たちは個人差こそあれ一様に嬉しそうにし、ランは久々の恭也を前に抱き着いてきた。
そんなランの頭を撫でながら恭也は魔神たちの今日の予定を尋ねた。
明日の午前中には恭也たちはソパスを離れ、ゼキア連邦でのあいさつ回りやウォース大陸全体でのギルドの普及活動などを再開する予定になっていた。
恭也が今回の休暇中に少しは休めばいいと言っても魔神たちは従わなかったので、魔神たちが既に屋敷に集まっているのを見て恭也は不思議に思った。
恭也がこうした自分の疑問を素直に魔神たちに伝えると、再び魔神たちを代表してホムラが返事をした。
「明日から本格的に活動を再開する前に一度私たちだけで話し合う機会を設けようと思いましたの。私も今行っている様々な計画についてみなさまの意見を聞きたいと思っていましたので」
「なるほど、じゃあ僕も役に立ちそうな道具とか法律をまとめておくよ」
「ええ、そうしてもらえると助かりますわ。ああ、そうでしたわ。研究所からこれが届きましたの」
そう言ってホムラが恭也に差し出したのは腕輪型の魔導具だった。
早速恭也は『魔法看破』を発動し、この魔導具の効果が闇属性の魔法の無効化であることを知った。
「へぇ、頼んどいて何だけどこんなに早くできるとは思ってなかったよ」
「マスターが必要としていると伝えたら研究員全員ががんばってくれましたわ」
「そっか、みんなにありがとうって伝えといて」
ホムラにそう言うと恭也は渡された魔導具を左手首にはめた。
「ウル、お願い」
恭也の指示を受けたウルは恭也に最大出力で洗脳魔法を放ち、それを受けた恭也は軽い目まいに襲われたものの洗脳されることはなかった。
「マスター、大丈夫ですの?」
ウルの魔法を受けて苦しそうな顔をした恭也を見てホムラが心配そうな顔をした。
「うん。大丈夫、大丈夫。ちょっとくらっとしただけ。ウルの魔法食らってこれなら、これさえあれば闇属性の魔法は防げそうだね」
この魔導具は着けているだけでだけで魔力を消費し、『魔法看破』によると一日で千近くの魔力を消費するらしい。
決して少なくはない魔力を消費することになるが、恭也が洗脳されることを防ぐためと考えたら必要経費と割り切るしかないだろう。
「研究所からは他の属性の魔法を防ぐ魔導具も作れると言われましたが、それをさらに五つも身に着けるのは煩わしいと思って断りましたわ」
「うん。他のは食らっても大丈夫だからそれでいいよ。みんなの魔導具の方はどうなってるの?」
魔神専用の魔導具などこの世界の誰も作ったことが無いだろう。
そのため恭也は魔神たちの魔導具の完成は下手をするとディアンとの戦いに間に合わないのではないかと考えていた。
実際魔神たちの魔導具の制作は難航していた。
「フウさんの魔導具は来週には完成するそうですけれど、他の魔導具はいつ完成するか分からないそうですわ」
専用の魔導具に様々な注文をつけた他の魔神たちと違い、フウは自分専用の魔導具に自分の魔法の出力強化以上のことを求めなかった。
そのためフウの魔導具は比較的すぐに完成しそうだったが、他の五人の魔導具に関しては恭也の予想通り開発が遅れている様子だった。
「まあ、別に無ければ無いなりに戦うだけだからあんまり焦らないように研究所の人たちには伝えといてね」
「はい。もちろんですわ」
拷問をしているわけでもないのだからホムラもその辺りはわきまえていた。
その後ここ数日の魔神たちの活動について話した後、恭也は魔神たちと別れ、魔神たちはホムラに割り当てられた部屋で会議を始めた。
魔神たち全員が席に着くなりホムラは本日の最大の議題を口にした。
「今日ぜひ決めておきたいこと。それはアロジュート様と今後どう付き合っていくかですわ」
「今すぐ殺すべき」
ホムラが議題を口にした直後、ランがすぐに自分の意思を表明した。
あまりのランの反応の早さに議長役のホムラを含む魔神たちが驚いていたが、他の魔神たちの反応も気にせずにランは話を続けた。
「あの女はごしゅじんさまを殺した。このままだとまた同じことをする。だから今すぐ殺すべき」
普段からは想像できない程怒りを露わにしたランに魔神たちが驚く中、ウルが口を開いた。
「そんなに怒ることか?いいじゃねぇか別に。あいつが恭也殺したおかげで悪魔召還できるようになったんだし。あれは俺たちじゃできないしな」
「そうっすね。ただ殺しただけっていうなら自分も怒るっすけど、あれはそこまで怒るようなことじゃないと思うっすよ?……そんなにらまないで欲しいっす」
ウルとウルの発言に同意したライカに鋭い視線を向けたランをライカが慌ててなだめた。
そんな光景を横目に見ながらホムラはアクアとフウに質問をした。
「アクアさんとフウさんはアロジュート様のことをどう思っていますの?特にアクアさんは元々は契約を結んでいたわけですけれど」
「今は恭也様と契約を結んでいますからアロジュートさんが恭也様を殺したことに思うところはあります。しかし恭也様が気にしないように言っている以上我慢するしかないとも思っています」
「……なるほど、フウさんはどう考えていますの?」
放っておくとこのまま一言もしゃべりそうになかったフウにホムラが質問すると、フウはウルやライカの意見に賛同した。
「能恭也は能力の内容が内容だから自分が死ぬことまで作戦に入れてる。毎日何度も死ぬとか言い出したら止めるけど、別にあの女が一回殺したぐらいで怒る気は無い」
「私はアロジュート様を許す気は無いのですけれど、意見がきれいに別れましたわね。この会議での多数決でアロジュート様を殺すべきという意見が多かったらアロジュート様を殺すことも考慮しようと思っていたのですけれど、こうなった以上は我慢するしかありませんわね。ランさんも今は我慢して下さいまし」
このホムラの発言にランはすぐには返事をしなかったが、それでもしばらくしてから分かったとだけ返事をした。
もっともランの声と表情からは明らかに納得していないことが伝わってきたので、ホムラは更にランを説得しようとした。
しかしそれより先にウルが口を開いた。
「第一俺たちで勝手にあの女殺したりしたら絶対契約解除されるぞ」
自分たちの主の協力者を主の許可無く殺すなど考えるまでもなく論外で、ランも感情はともかく理屈の上ではそれは分かっていた。
そのため恭也がアロジュートに殺された直後に恭也本人にアロジュートへの攻撃を止められて以降、ランはアロジュートに対してやり場の無い殺意を抱いていた。
自分たちの独断でアロジュートを殺すことの危険性はホムラも当然理解しており、仮にこの会議でアロジュート殺害派が多くてもすぐに行動に移すつもりは無かった。
「それはもちろん分かっていますわ。ですからここでアロジュート様を殺そうということになってもまずはマスターを説得してからにするつもりでしたもの」
「師匠の説得はあの女殺すより難しいと思うっすけど」
恭也が一度殺されたぐらいで相手を殺す性格なら、恭也は魔神たちの手を借りてとっくにアロジュートを殺しているだろう。
そうライカは考え、ホムラもライカの考えは否定しなかった。
「はい。ライカさんのおっしゃる通りだと思いますわ。でも私たちがこう考えていると伝えればマスターもアロジュート様と一緒に行動するのを控えるぐらいはしてくれると思いますの」
「ああ、それぐらいなら何とかいけそうっすね」
ホムラの真意を聞いてライカは納得したが、ランは今も不満を隠そうとしていなかった。
「ランさん、我慢して下さいまし。私だってアロジュート様を前にしていつも我慢してますのよ?」
ホムラとしては恭也の許可さえ下りれば今すぐにでも自分たち六人がかりでアロジュートを八つ裂きにしてやりたいと思っていた。
さすがに自分たち六人で一斉にかかれば恭也抜きでもアロジュートに勝てるというのは魔神たち全員の共通認識だった。
「はっ、今さらいい子振ってもしかたなねぇだろ。あの女が気に入らねぇならはっきり恭也にそう言えよ」
「……それができれば苦労しませんわ」
恭也の前では自慢の部下でいたいホムラとしては恭也が気にしないように言っている以上、自分が気に入らないからという理由でアロジュートと距離を取って欲しいなど恭也に言えなかった。
恭也もそうだがしなくていい苦労をしているなとホムラを見ながら思いつつ、ウルは話を進めた。
「とりあえず今はあの女は放っとくしかねぇだろ。何て言ったっけ、ああ、あれだ。ハイリスクハイリターンってやつだ」
恭也に以前聞いた言葉を口にしながらのウルのこの発言でアロジュートについての話し合いは終わりとなった。
その後ホムラが魔神たちに何かこの場で話し合いたいことが無いかと尋ねたところ、ランが手を挙げた。
ランがこの様な場で手を挙げたことはホムラにとって意外で、自分で議題に出しておきながら何だがアロジュートの件でこれ以上食い下がられても困るとホムラは考えていた。
しかしランの口にした議題はアロジュートとは全く関係が無かった。
「……前にごしゅじんさまと話してた時、ごしゅじんさまはその内死んじゃうって言ってた。それが嫌だから何とかしたい」
「何とかって言われてもな……」
ランの発言を聞き、ウルは困惑気味に口を開いた。
「俺も恭也がエルフだったらって考えたことはあるぜ?でもこればっかりはしょうがねぇだろ。俺たちがずっと融合してるわけにもいかねぇし」
『魔神化』している間は魔神たちの主の老化が止まるので、常に魔神たちの誰かが恭也と融合していれば恭也の不老を実現することは可能だ。
しかしそれでは恭也の私的な時間が取れなくなるため、ランとしてもこの案は実行しにくかった。
恭也がいずれ死ぬというランの発言を受け、こればかりはしかたないと考えていた魔神たちは何も言えなかった。
そんな中恭也がいずれ死ぬという事実に他の魔神たちと違う考えを持っていたホムラが口を開いた。
「ランさんの心配は不要だと思いますわ」
「……どうして?」
すがる様な気持ちでホムラに視線を向けたランにホムラは自分の考えを伝えた。
「だって人間って愚かなんですもの」
このホムラの発言を聞いてもランはホムラが何が言いたいのか分からず、アクアなどはこの発言が恭也を馬鹿にしているものだと考えて不快になっていた。
そんな中ホムラは話を続けた。