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空中デート

 ミーシアに誘われるままケーチの上空をしばらく飛び、恭也はケーチの港へと到着した。

 一昨日ノムキナとブイオンを訪れた際にも恭也は海や港を目にしたが、恭也の見た限りケーチの港はブイオンの港よりも活気に満ちていた。


 ケーチの港を出入りしている船の数はブイオンと比べて明らかに多く、また全てではないが一部の船はブイオンで見た船よりはるかに大きかった。

 そのため恭也は浮かんだ疑問をミーシアにぶつけた。


「この前ウォース大陸の港街でいくつか船を見ましたけどここまでは大きくなかったです。ケーチって船作りが盛んだったりするんですか?」

「セザキアに二つしか無い港街ですから船作り自体は前から行われていましたけど、これ程大きな船を作り始めたのはつい最近です。海運会社を作った以上今までの船では追いつかなくなってしまって」


 ミーシアによるとこれまではケーチもこの世界の一般的な港街の様に小さな船で細々と漁業を行っていたらしい。

 しかしケーチの領主が恭也に変わり、その後海運会社も設立されたことで人と物の流れが活発になり急遽大型船が作られ始めた。


「専門的なことは分かりませんけど、ホムラさんの指揮で造船会社も作られてみなさん忙しそうにしてるみたいです。昨日も光の魔神、ライカさんでしたっけ?が何か魔導具を届けに来てました」

「へー、ライカが……」


 どうせ今日自分が来たのだから何もライカに魔導具を配達させなくてもと恭也は思ったが、ライカにとって屋敷の隣の部屋に行くのも遠く離れた他国の街に行くのも大差は無いのだから一日でも早く届けようとしたのだろうと考え直した。


 ライカによる各地への物資の配達は、アクアの治療活動同様恭也が新しく魔神を配下に加えたことを各地に知らせるという意味合いがあった。

 そのため仮に恭也がケーチへの魔導具の運搬を申し出てもホムラは遠慮しただろう。


 こうした事情を恭也は知らなかったが、ミーシアの話を聞いて以前読んだホムラからの報告書の中にケーチで造船会社を設立したと書かれていたことを思い出した。

 その時は船をたくさん作っているのだろうぐらいにしか思っていなかったのだが、まさかホムラが直々に指揮を取る程力を入れているとは恭也は思っていなかった。


 ホムラの報告書は端的で分かりやすく、行っている事業にも大きな問題は起こらない。

 そのためホムラが普段行っている業務の大変さを自分が理解していないことに恭也は今さらながら気づき不安になった。


 今はこの世界の各地を転々としているが、ディアン関連の出来事が解決したら恭也がソパスにいる時間が増えるだろう。

 そうなると今のままでは恭也は領主としての仕事を何一つできないだろう。


 ホムラは全て自分にお任せ下さいと言うだろうが、平和になったからといって自堕落な生活を送るつもりは恭也には無かった。

 まだディアンと戦ってすらいないのに気が早いとは思うが、これまで何度か心の中に浮んでいたお飾り領主という言葉の重みが増したように恭也は感じた。

 そんな恭也にミーシアが話しかけてきた。


「どうかしたんですか?」

「……いえ、一応報告書はもらってるんですけどホムラがここまで大きな仕事してると思ってなくて、ディアンさんとの戦いが終わって平和になったら僕領主としてやっていけるか不安になっちゃいました。ディアンさんとの件が終われば戦う機会なんてそうそう無いでしょうし」


 ミーシアに尋ねられて自分の不安を口にした恭也を前にミーシアは自信にあふれた表情で口を開いた。


「安心して下さい。私はもちろんノムキナさんやフーリンさんも全力で恭也さんを支えますから!」

「……はあ、ありがとうございます」


 ノムキナはともかくどうしてここでフーリンの名前が出てくるのかが分からず、恭也の礼は歯切れが悪いものとなった。

 そんな恭也を見てミーシアは自分の失言を悟った。


 ノムキナがミーシアとフーリンに提案してきた三人全員が恭也と結婚するという案は少なくともディアンとの件が片付くまでは恭也に伝えないことになっていたからだ。

 ミーシアの発言を聞き不思議そうにしている恭也を見て、ミーシアは慌てて口を開いた。


「恭也さんの代わりに領主代行をしているノムキナさんだけじゃなくて歳が近いフーリンさんともよく連絡を取っているんです。だから三人でよく恭也さんに少しでも恩返しをしようって話してるんですよ」

「ああ、そういうことですか」


 ここ最近ホムラから三人の活躍を聞いていたこともあり恭也はミーシアの説明を信じた。

 その後船を作っている現場をしばらく視察してから恭也とミーシアは港を後にして街へと向かった。

 ケーチの街にある病院、研究所などの施設を巡り、恭也とミーシアはこういった施設に関する仕事では力になれないという悩みを共有しながら街のあちこちを飛んで回った。


 その後遅めの昼食を終えた後、恭也は案内したい場所があるというミーシアに誘われてある場所に向かった。

 恭也が案内された場所は街の外れにある丘の上で、上空から丘を見下ろすと家族連れや数人の子供の姿があった。


「時間があるとよくここに来るんです。一応見回りも兼ねてますけどここからなら街を一望できますから」

「この景色はここからじゃないと見れませんね。展望台とか作っても無理ですし」


 現在恭也とミーシアは地上から百メートル程離れた上空にいた。

 現在のこの世界の建築技術では今恭也たちがいる高さの建物は作れない。

 そのため恭也はこの様な発言をしたのだが、見張りのためではなく景色を眺めるために高層建築物を作るという発想にミーシアが興味を示した。


 その後ミーシアが百メートルは無理でもちょっとした足場ぐらいなら作れるかも知れないと言い出したため、恭也は『情報伝播』で前いた世界の展望台や高層ビル、そしてそこからの眺めをミーシアに見せた。

『情報伝播』による映像を見てミーシアは複雑な表情を見せた。


「夜に街全体が光っているのはなかなかきれいですけど、あんなに高い建物がいっぱいあると空を飛ぶ時邪魔ですね」


 建物が空を飛ぶのに邪魔という恭也が思ってもみなかった視点からのミーシアの感想を聞き、恭也は思わず苦笑した。


「僕のいた世界では空を飛ぶ時は飛行機でもっと高いとこ飛んでましたからね。でも自由に飛べる今ならミーシアさんの言いたいことも分かります」

「ですよね。街や国としては飛行機というのは便利なんでしょうけど、やっぱり空は好きな人と一緒に飛ぶのが一番だと思います」

「え?」


 ミーシアの好きな人という発言を聞き恭也は思わず聞き返してしまい、それを受けてミーシアは自分がまた失言をしてしまったことに気づいた。


「いや、あの違いますよ!好きっていうのはそういう意味じゃなくて、そう、友達としてです!恭也さんにはオーガス様の件以外でもたくさんお世話になってて感謝してますし、恭也さんのおかげで異世界人の血が流れているという理由で白い目で見られることがなくなりました。だから迷惑じゃなければこれからも仲良くしてもらえると嬉しいです!」


 このミーシアの発言を聞き恭也は思わず吹き出してしまい、そんな恭也を見てミーシアが不安そうな顔をしたため恭也は慌てて吹き出した理由を説明した。


「すいません。今日ずっと思ってたんですけど、今日のミーシアさん前会った時と全然違ったんでそれで思わず笑っちゃいました」

「ああ、……なるほど。そうですね、確かにザウゼン様の下で働いていた時はずっと緊張してましたので今より余裕は無かったかも知れません。……前の私の方がよかったですか?」


 以前のミーシアは異世界人の血が流れているからという理由で白い目でミーシアを見てくる周囲の人間に揚げ足を取られないように常に気を張っていた。

 しかし今のケーチは異世界人の恭也が領主で、恭也がもたらした技術のおかげでケーチの住民は軍事・日常生活どちらの点でも高い水準の技術を享受できている。


 そのため異世界人に対して悪印象を持つ人間が今のケーチにはほとんどおらず、その結果ミーシアは以前とは比較にならない程精神的に余裕があった。

 また長年我慢を強いられていた毎日の飛行が伸び伸びと行えたこともあり、最近の自分は少々浮かれていたかも知れないとミーシアは反省した。


 自分が三人の中で一番年上なのだから自分がしっかりしなくてはならない。

 そう考えていたミーシアだったが、恭也は真逆のことを言ってきた。


「失礼な言い方になるかも知れませんけど僕は今のミーシアさんの方が好きです。今日街を案内してくれたり仕事の説明をしてくれた時のミーシアさんは楽しそうでしたけど、前のミーシアさんは必要だから騎士団の仕事をしてるって感じでしたから」


 恭也にこう言われてミーシアはすぐに返事ができなかった。

 恭也の指摘が図星だったからだ。

 ザウゼンに仕えていた際もミーシアは自分の力で人を助けることに今と同じ様に充実感を覚えていた。


 しかし自分の居場所を守るために戦っているという側面があったのも事実で、それ程話したことも無かった当時の恭也に気づかれる程昔の自分は余裕が無かったのかとミーシアは心の中で苦笑した。

 そんなミーシアの前で恭也は話を続けた。


「実を言うとミーシアさんには無理させてるんじゃないかなって思ってたんです。結局上司が変わっただけで同じ事してもらってるわけですから。でも今日のミーシアさんを見て安心しました。もちろんこれが僕の勘違いならいつでも言って下さい。残念ではありますけど無理強いする気は無いですから」


 恭也のこの発言を聞いた後、ミーシアは恭也の前に片膝をついた。


「ミーシアさん?」


 突然のミーシアの行動に驚いた恭也を見上げながらミーシアは口を開いた。


「もう私は正式に恭也さん直属の騎士になっているんですけど、今の言葉を聞いて改めて恭也さんに私の剣を預けたくなりました。受けてくれますか?」


 こう恭也に尋ねたミーシアは緊張からか声がわずかに上ずっていた。

 そんなミーシアの様子を見て想像以上に重要な宣言をミーシアがしていると知り、恭也は一度姿勢を整えてからミーシアに返事をした。


「はい。ミーシアさんに失望されないようにこれからもがんばります。これからもよろしくお願いします」


 先程の好きな人というミーシアの発言を聞いた時、恭也はミーシアが自分に好意を持っているのではないかと考えた。

 しかし今のミーシアを見て、浮ついたことを考えていた自分が恭也は恥ずかしくなった。


 よく考えたらミーシアは恭也とノムキナの関係を知っているのだから恭也のことを好きになるはずがなかった。

 実を言うと恭也は昨日フーリンと話している時も似た様なことを考えていたのだが、今考えるととんだ誤解をしたものだと自嘲した。

 その後恭也は騎士の誓いの証としてミーシアに言われるまましばらくミーシアの翼を撫で、その後ミーシアと別れてソパスへと帰った。


「ふー、いけない。またムラムラしてきた」


 恭也を見送った直後、ミーシアは顔の前で両手を合わせると深く息を吐いて自分を落ち着かせた。

 空を飛ぶ度に食欲と性欲が強くなってしまうのがここ最近のミーシアの悩みだった。

 食欲はともかく性欲が強くなるのは本当に困りもので、部下相手の訓練で発散するにしても限界があった。


 好きな相手がいなかった昔ならまだしも今のミーシアに恭也以外の男に体を許す気は無い。

 自由に空を飛べるようになってから自分を襲う衝動はおそらく自分の父親由来のものだろうとミーシアは考えていた。


 面倒なものを与えてくれたものだと父親への恨みを募らせたミーシアだったが、ミーシアに異世界人の血が流れていなかったら恭也と出会えなかったのも事実だ。

 父親に感謝する気などは無論全く無いが、今のミーシアは以前程自分に流れる血に嫌悪感を抱かないようになっていた。


 自分は父親の様にはならず理性をもって空を飛ぶ快楽も恭也とのこれからの生活も必ず手に入れてみせる。

 今日の恭也との飛行は恋人同士の外出というより領地の視察といった感じだった。

 しかし正式に恭也と付き合うようになればもっと楽しい飛行ができるようになり、さらに恋人らしいこともできるようになるだろう。


 そう考えて笑みを浮かべたミーシアだったがしばらくして急に表情を引き締めた。

 実を言うと恭也と空を飛んでいる途中ミーシアは何度も恭也に抱き着きたいという衝動に襲われていた。

 恭也に今のミーシアが好きと言われた時など恭也を押し倒したくなった程で、あそこで自制できた自分をミーシアは誇らしく思った。


 せめてこれだけでもと思って恭也に翼を撫でてもらったのだが、むしろ逆効果でミーシアを襲う衝動は収まりそうになかった。

 こうなったらこれから部下の衛兵たちのもとに行き、訓練で衝動を発散するしかない。

 こういった事情でしばらくミーシアの部下たちへの指導が厳しくなるのだが、ミーシアの部下たちがその理由を知ることはなかった。

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