ケーチ訪問
(試合やってるわけじゃないんだからわざわざ一対一なんてする必要無いでしょ。理想は僕たちとアロジュートさん合わせた八人でディアンさんを袋叩きだよ)
もちろんディアンが数十体の上級悪魔を従えている以上こううまくはいかないだろうが、自分たちの数が多い状況で戦うというのは恭也の基本方針だ。
これを聞いたライカは呆れた様子だった。
(今さらっすけどほんと師匠って手段選ばないっすよね)
(相手次第だよ。ディアンさんもあっちから侵略仕掛けといて正々堂々戦えなんて言ってこないと思うし)
一人相手に複数人で挑むなんて卑怯だと言うような善人はそもそも侵略行為など行わないだろう。
その点ディアンは擁護しようのない外道だったので恭也も容赦無く戦うことができた。
実験を終えた恭也はウルとも融合してソパスへ向けて飛び立ち、ソパスへ帰る道中魔神たちと先程の戦いについて話し合った。
そして話が一段落した時、ホムラが恭也に頼み事をしてきた。
(マスターに頼みがありますの)
(ん?何?)
(今後の戦いに備えて今ソパス研究所の職員たちに私たち専用の魔導具を作らせていますわ。それが完成した暁にはマスターに名前をつけて欲しいと思っていますの)
ホムラからの頼みを聞き恭也は魔神たちがその様な準備をしていることに驚いた。
しかし考えてみれば先程のウルの様に追い込まれてから新技を考えるよりは事前に準備をしておいた方が確実だろう。
そう考えた恭也はホムラの準備の良さに改めて驚くと同時にホムラの頼みを聞き入れた。
そしてこれまで自分が命名してきた魔神たちの合体技の名前について考え、あることに気づいた。
ちょうどいい機会なので魔神たち専用の魔導具の名前はこれまでとは少し傾向を変えようと恭也は考え、命名のために恭也は魔神たちの専用魔導具の効果を魔神たちに尋ねた。
またそれとは別に恭也はあることを考えていた。
別に戦闘用の魔導具が欲しいとは思わないが、それでも専用の魔導具という響きに恭也が心動かされたのは事実だった。
効果次第ではあるが自分も専用の魔導具を持ってもいいかも知れないと恭也は考え、それを感じ取ったホムラが恭也に話しかけた。
(もしマスターも専用の魔導具をお望みなら最優先で作らせますわよ?)
(うーん。欲しいとは思うけど具体的にこういうのが欲しいっていうのが無いんだよね)
魔神たちと違い恭也の能力は言ってしまえば何でもありなので、魔導具で具体的にしたいことがすぐには思い浮かばなかった。
そのため恭也はホムラへの返事を先延ばしにした。
(思いついたらその時はお願いするよ)
(はい。いつでもおっしゃって下さいまし)
その後恭也たちがソパスの屋敷に着いた頃には日が沈みかけており、恭也はノムキナの部屋へ魔神たちはそれぞれの仕事へと向かった。
恭也がソパスに帰省して四日目、恭也は予定通りセザキア王国の首都、オキウスに向かい国王のガステアにあいさつをした。
昨日ティノリス皇国を訪れた時同様恭也はホムラが用意した贈り物をガステアに渡し、その後ホムラの眷属と入れ替わる形で王城を後にした。
フーリンにあいさつをした時と比べてあまりに滞在時間が短いため、恭也はガステアが恭也の態度を不快に思わないかと心配になった。
しかし恭也がホムラにもう少し王城にいた方がいいのではないかと尋ねたところセザキア王国側も恭也が多忙なことは理解しているため問題無いという答えが返ってきた。
ガステアからも忙しい中顔を出してくれただけで十分だと告げられたため、恭也は一時間程で王城を後にしてミーシアがいるケーチへと向かった。
恭也はケーチに着くとライカとの融合を解いてからミーシアが待つ屋敷へと向かった。
恭也がミーシアと待ち合わせた屋敷は以前のケーチの領主の所有物で、恭也がケーチの領主になった際に恭也の所有物となった。
しかし恭也はケーチの領主になって以来ほとんどケーチに顔を出していなかったため、この屋敷はケーチの領主代行を務めているミーシアが使っていた。
ミーシアは屋敷の前で使用人たちと共に恭也を出迎え、そのまま屋敷の中へと招き入れた。
お茶の用意を終えた使用人たちが部屋を去り、二人きりになったところで恭也は久しぶりに会ったミーシアに改めてあいさつをした。
「社長、今日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます」
からかう様な笑顔で恭也がこうあいさつするとミーシアは苦笑した。
「もう止めて下さい。騎士団や軍隊の方はともかく会社の方はホムラさんに任せきりなんですから」
ミーシアはケーチの領主代行の他にケーチの騎士団団長と軍の将軍、そして海運会社の社長を務めていた。
といってもミーシアの言う通りミーシアは騎士団と軍に関する仕事以外にはほとんど携わっておらず、恭也同様面倒な事務仕事は全てホムラに任せていた。
「でも何回か船が悪魔に襲われた時は大活躍だったって聞いてますけど」
「確かにあの時はそれなりに戦いましたけど部下たちの働きもあってのものですし、そもそもそれって社長の仕事じゃないですから……」
ミーシアが社長を務める海運会社、ケーチ海運は設立してから二ヶ月程しか経っていないが、オルルカ教国とネース王国の港街と交易を行ってすでにかなりの利益を上げていた。
恭也と関りがある船を襲うなどという蛮勇を行う者はもはやネース王国にいなかったが、この世界の海上は少し陸地から離れると大量の下級や中級の悪魔が飛び交っている。
そのためこれまで大規模な海路による荷物の運搬や交易は行われていなかったのだが、ミーシアの指揮下の騎士団の護衛により安定した船の往来が実現していた。
「この世界は風魔法のおかげで船がすごく速いので船で物を運べば便利かなと思ったんですけど、海の上に悪魔がたくさんいるって知らなかったんでミーシアさんたちがいなかったら海運会社の実現は無理でした。全然ここに来れてない僕の代わりに領主してくれてることも含めて本当にありがとうございます」
「いえ、さっきも言いましたけどホムラさんにはいつも助けてもらってますし、ホムラさんの加護を我が国の兵士たちにも分けていただきました。お礼を言わないといけないのはこっちの方です」
この流れはお互いに礼を言い合うことになる流れだなと恭也は判断し、話題を変えるためにミーシアにフウの加護を与えることにした。
ミーシアに加護を与えること自体は予定通りだったので、恭也はミーシアに加護を与えるために屋敷の外に出た。
ミーシアを引き連れて屋敷の裏庭に出た恭也はフウとの融合を解き、恭也の指示を受けたフウはミーシアに加護を与えた。
「もう消えていい?」
「うん。ありがとう。僕も夕方には帰ると思うけどソパスの方よろしくね」
「分かった」
今回恭也が連れて来たフウはミーシアに加護を与えるためだけに恭也に同行したので、ミーシアに加護を与え終わるなり完全に消滅した。
「これが加護ですか」
セザキア王国の東にはケーチを入れて二つの港街があり、以前アンモナイト型の上級悪魔により引き起こされたオルルカ教国での一件を考えると港街は十分に警戒する必要があった。
そのためダーファ大陸の全ての国では港街に重点的にホムラの加護を与えられた兵士が配置され、ケーチにも加護持ちの兵士百人が配置されていたためミーシアは部下の兵士たちが精霊魔法を使うのを何度も見ていた。
恭也が全ての魔神を部下にしたことはミーシアも聞いていたが、だからといって自分まで加護がもらえるとは思っていなかったのでミーシアは驚いた。
そんなミーシアに恭也が話しかけてきた。
「どうですか?魔法は問題無く使えますか?」
ミーシアに加護を与えてから恭也は気づいたのだが、ミーシアは異世界人とこの世界の人間のハーフだ。
ディアンが魔神と戦えなかったこともありミーシアに与えたフウの加護がうまく機能しない可能性があると恭也は考えたのだが、それは無駄な心配だった。
「これが精霊魔法、すごいですね」
与えられた力に高揚した様子のミーシアは、翼をはためかせて上空に飛ぶと思うがままに精霊魔法を行使した。
この世界の一般的な人間の数十倍の魔力を持つミーシアの使う精霊魔法はさすがにフウの魔法には及ばなかったが、それでも以前恭也がクノン王国で見た精霊魔法の使い手のものをはるかに上回る威力だった。
ミーシアの周りには小規模ながら竜巻が発生し、ミーシアは無意識の内に周囲に放電すら行っていた。
恭也が慌てて『隔離空間』を発動しなければミーシアの発生させた雷撃は屋敷に直撃し、竜巻はきれいに整えられた庭の木々や草花を吹き飛ばしただろう。
「ミーシアさん!一回止めましょう!僕の障壁だとミーシアさんの魔法何発もは防げないですから!」
恭也の慌てた様な声を聞き、ミーシアは初めて自分の発動した魔法が周囲に被害を出しそうになっていたことに気づいた。
「すみません。調子に乗ってしまって……」
「いえ、さっきのを制御できれば心強いと思いますからそんなに気にしないで下さい」
「……練習は海の上ですることにします」
そう言うとミーシアは魔法の発動を止め、その後一度息を吐いて気持ちを切り替えた。
「先程の魔神の方、フウさんでしたっけ?はまだ恭也さんの中にいるんですか?」
「いえ、さっきのはフウの能力で創った分身でさっき消えたので僕とは融合してません」
そう言って恭也はミーシアにフウの固有能力を説明した。
何故か魔神たちは昨日、今日と恭也に同行しようとしなかった。
それぞれ仕事があるとはいえフウの一人ぐらいはついて来てもよさそうなものだったので恭也は不思議に思った。
しかし今回の休暇中、魔神たち全員にホムラから仕事が割り振られていることは恭也も知っていたので、恭也の方からは魔神たちに同行を頼まなかった。
こうした事情を恭也から聞き、ミーシアは表情を明るくした。
「ではこれからケーチを案内しますね。すみませんけど住民たちが驚くのでマンタは使わないで風魔法で飛んでついて来てもらえませんか?」
セザキア王国の他の街ではさすがに難しいが、恭也が領主のケーチではミーシアは自由に飛ぶことができた。
そしてミーシアは好きな相手ができたら一緒に空を飛んでみたいと子供の頃から夢見てきた。
仮に恋人ができたとしても相手が空を飛べるわけがないのでミーシアは自分の夢は叶わないだろうと諦めていたのだが、ミーシアが好きになった少年は飛行など難無く行える相手だった。
そのためミーシアは今日思う存分恭也との飛行を楽しむつもりで、頬が緩んでいるのが自分でも分かった。
なお恭也がマンタに乗ってしまうと一緒に飛んでいるという感じが薄れるので、今回は遠慮してもらった。
「さあ、行きましょう。恭也さんに案内したいところはたくさんありますから」
そう言うとミーシアは恭也を先導しながら空路で目的地へと向かった。