魔神たちの成長
アクアが魔法で火を生み出したのを見て、恭也はアクアが何がしたいのか理解できなかった。
仮にアクアが発動した火属性の魔法が恭也の能力で強化されていたとしても精霊魔法程度で猿型の上級悪魔の鋼の体を突破できるはずがなかったからだ。
しかし訓練だからといってアクアが手を抜くとは考えにくいので、アクアが火属性の魔法を発動したのには何か狙いがあるはずだ。
それを黙って見ていてもよかったのだが、一応は訓練なのだから攻撃ぐらいは行おうと考えて恭也は猿型の上級悪魔にアクアへの攻撃を命じた。
しかし猿型の上級悪魔の攻撃が届くより先にアクアは攻撃の準備を終えた。
アクアは『六大元素』と『精霊支配』で発動した火属性の精霊魔法と自前の水属性の精霊魔法を融合させ、その結果ホムラとアクアの融合技、『イグニス』の劣化版が発動した。
『イグニス』は水蒸気爆発を起こす技で威力は発動するのに使用した水の量に比例する。
最大出力で発動すれば半径一キロの爆発を引き起こせる『イグニス』だったが、今回アクアが発動した劣化『イグニス』は使われた魔法の内、火属性の魔法がただの精霊魔法だったので本来の『イグニス』程の威力は無かった。
しかし今回アクアは猿型の上級悪魔の周囲を大量の水球で囲んで『イグニス』を発動させた。
その結果猿型の上級悪魔は前後左右はもちろん頭上と足下からも爆発に襲われ、身動き一つとれなくなった。
アクアは『イグニス』発動に使用している水にも『腐食血液』を発動していたので、猿型の上級悪魔は倒されこそしないものの爆発と酸による攻撃を受けてじわじわと魔力を減らしていった。
もちろん恭也もこの攻撃を見て何もしなかったわけではない。
隙間無く襲い掛かる爆発により動きが封じられる中、恭也は猿型の上級悪魔の体を変形させてアクアの創り出した爆発の檻から逃れるために猿型の上級悪魔を地中に向かわせようとした。
しかし『魔法看破』によりそれを予知していたアクアはそれにも先手を打っており、恭也の指示を受けた猿型の上級悪魔が向かった先にはアクアが『格納庫』から取り出した『アルスマグナ』製の箱が待ち構えていた。
絶え間無く起こる水蒸気爆発のせいで恭也はそれに気づくことができず、猿型の上級悪魔はあっさりとアクアの設置した箱の中に納まった。
猿型の上級悪魔は『アルスマグナ』製の金属を破壊も吸収もできないため、この時点で猿型の上級悪魔は詰んでいた。
それでも猿型の上級悪魔はアクアの酸と爆発による攻撃に二十分程は耐えるだろうが、状況を打開する手が無いのだからこれ以上の戦いはアクアの魔力を無駄にするだけだった。
そのため恭也はアクアに自分の負けを告げ、恭也の敗北宣言を聞いたアクアは攻撃を止めた。
「いやー、ほんと僕より能力使いこなしてるね。まさか一人で『イグニス』発動するとは思わなかったよ」
「恭也様の能力のおかげです。悔しいですけど私一人の力ではあの悪魔に傷一つつけられなかったと思います」
「あの悪魔はディアンさんの悪魔の中である意味一番面倒な相手だからね。僕も一人じゃまず勝てないし」
猿型の上級悪魔は攻撃力という意味では他のディアン製の上級悪魔に劣るが、倒しにくさでは群を抜いている。
恭也はもちろん魔神たちも猿型の上級悪魔には単独ではまず勝てないため、ディアンの本拠地に攻め込んだ際ディアン以外では一番苦戦する相手になる可能性すらあった。
もっとも恭也は恭也と魔神たちの内二人で同時に挑めば高確率で猿型の上級悪魔に勝てるとも考えていたため猿型の上級悪魔を過剰に恐れてはいなかった。
またアクアが今回の戦いで楽勝とは言えないまでも単独で猿型の上級悪魔に勝ったことで恭也の猿型の上級悪魔への警戒心は更に薄れた。
「そんなこと言わないで下さい。恭也様ならたとえ何度殺されても最後には勝つと信じています。もちろん私たちがいる以上恭也様にその様なことはさせませんけど」
「うん。みんなには期待しているよ。本番もよろしくね」
ただ攻撃力が高いだけの相手ならアクアの言う通り恭也の能力で食らいついて勝つこともできるだろう。
しかし恭也と猿型の上級悪魔が戦った場合、互いに相手を殺せない泥仕合になる可能性が高く、相手の攻撃手段が物理攻撃しか無いため恭也が死んで新しい能力を獲得できるかも怪しいと恭也は考えていた。
しかし恭也のこの考えをアクアに伝えてもアクアは素直にうなずかないだろう。
アクアに限らず魔神たちは恭也の謙遜を基本的に否定するからだ。
このままこの話題を続けても恭也が謙遜してアクアがそれを否定するというやり取りが繰り返されるだけだ。
そう考えた恭也はアクアの発言に激励の言葉だけを返して手早くアクアと融合した。
(マスター、そろそろウルさんの戦いも止めた方がいいと思いますわ。あの上級悪魔はウルさんとは相性が悪いですもの)
(そうっすね。自分やアクアならすぐにあの悪魔の近くに行って殺せるっすけど、ウルだとあの風は突破できないと思うっす。これ以上続けても時間の無駄っすよ)
上空にいる竜型の上級悪魔に何度も接近を試み、その度に撃墜されているウルを見てホムラは恭也にウルの戦いを止めるように進言してきた。
ライカもそれに同意してきたが、恭也はもう少しだけ待つことにした。
(攻撃さえ届けば何とかなると思うからもう少し待ってみようよ。さっきから『キュメール』が何発か当たってるし)
先程からウルは竜型の上級悪魔に対して正面、真下、横とあらゆる方向から接近と攻撃を試みていた。
竜型の上級悪魔の突風による攻撃は竜型の上級悪魔の眼前のもの全てを吹き飛ばす程の広範囲攻撃だ。
そのためライカやアクアの様に一瞬で竜型の上級悪魔に接近するかフウの様に突風そのものを無効にできない限り竜型の上級悪魔に勝つことは難しかった。
小回りが利く分機動力では分があるウルが突風攻撃の合間に『キュメール』を何発か竜型の上級悪魔に当ててはいたのだが、竜型の上級悪魔の大きさを考えると微々たるダメージにしかなっていなかった。
このまま飛び回っていても勝てないことはウルにも分かっており、アクアと猿型の上級悪魔の戦いが終わったことに気づいたウルはこのままやみくもに戦っても戦いを中断させられるだけだと考え、一度地上に降りて竜型の上級悪魔に近づく方法を考えた。
竜型の上級悪魔が相手なら魔神たちは接近さえできれば全員が一分以内に勝つことができる。
保有魔力が同等なら単純な火力は魔神の方が上だからだ。
しかし肝心の接近が行えず、羽さえ生やさなければ突風の影響をそこまで受けずに済むのだがフウと違いウルは羽無しでは飛行できない。
そのため接近戦を諦めて遠距離攻撃を仕掛けたいところだったが、あれだけの巨体が相手だとウルの『キュメール』では何発当てても意味が無かった。
近づけさえすれば羽でズタズタにしてやれるものをと憤りながらウルは上空から自分を見下ろす竜型の上級悪魔をにらみつけた。
以前猿型の上級悪魔に負けた時も当然ウルは悔しかったが、それでも猿型の上級悪魔相手に負けたのはまだ納得できた。
アクア以外はどの魔神も猿型の上級悪魔には勝てないからだ。
しかし竜型の上級悪魔ならアクアはもちろんライカとフウでも勝つことができるため、ここでウルが負けてしまうとウルの存在意義がなくなってしまう。
ウルはホムラの様に頭がいいわけでもなければアクアの様に汎用性の高い固有能力を持っているわけでもなく、ライカとフウが仲間になった上にマンタが開発された今となっては飛行能力の価値もほとんどない。
これで劣等感を覚える程ウルは繊細ではなかったが、ウルにも魔神としての誇りがあるため戦闘でまで他の魔神たちに負けるわけにはいかなかった。
そう闘志を燃やしたウルだったが、接近できない限り勝ち目が無いという状況は変わらなかった。
羽を出さずに飛ぶか相手に接近せずに羽で斬り裂くという実現不可能なことを実現しなければ目の前の上級悪魔には勝てない。
ウルは慣れないなりに必死に勝つ方法を考えてあることに気づいた。
相手を斬り裂くのに何もウルが直接出向く必要は無く、羽も風に向かって垂直に生やせば風の抵抗を受けない。
そう考えたウルは忌々しい上級悪魔を斬り伏せる準備のために自分の下半身を解いた。
幾度となく突風で地上に叩き落されながらも闘志を失なわずにいたウルが魔力を高め始めたのを見て、恭也は竜型の上級悪魔に命じてウル目掛けて竜巻四発を放った。
竜型の上級悪魔目掛けて飛ぶのを止めてウルが魔力を高め始めたのだからウルなりに何らかの勝算があるのだろう。
その場合恭也が手加減した方がウルは怒るだろうと考えて恭也は竜型の上級悪魔にウルへの攻撃を命じたのだが、ウルは背中から四本の羽を生やして竜巻を全て相殺した。
ウルは迫り来る竜巻を迎撃している間も解いた下半身を起点に何かを行っており、それを見た恭也は竜型の上級悪魔に再び攻撃を行うように命じたがそれより先にウルが攻撃を仕掛けた。
地面に映ったウルの影が伸びたかと思うとその影から上空に向けて刃が伸び、十メートルを優に超える長さの漆黒の刃が竜型の上級悪魔の左翼を斬り落としたのだ。
この攻撃を受けて恭也は竜型の上級悪魔にすぐに翼を再生させ、それに対してウルは今度は二枚の刃を影から生やした。
ウルの創り出した巨大な刃を恭也は竜型の上級悪魔の突風で止めようとしたが、ウルの目論見通り風に向けて垂直に伸びる刃は竜型の上級悪魔の起こした突風の影響をほとんど受けなかった。
ウルは創り出した刃で竜型の上級悪魔の左翼と胴体を深々と斬りつけ、その後刃を伝って瞬く間に竜型の上級悪魔のもとに移動した。
「よお、やっと会えたな」
そう言うとウルは獰猛な笑みを浮かべながら竜型の上級悪魔目掛けて『キュメール』二十発をお見舞いした。
しかしこれが大して竜型の上級悪魔に効かないことはウルにも分かっており、続いてウルはすっかり手慣れた様子で巨大な刃を創り出した。
今回ウルは刃を羽と融合させる形で創り出し、その後刃を十回以上振るって竜型の上級悪魔をバラバラに斬り裂いた。
「ああ、もう、これ駄目だ」
ウルが創り出した巨大な刃を見て恭也が驚いた次の瞬間には竜型の上級悪魔の体はウルによって十以上に斬り分けられ、それを見て恭也は竜型の上級悪魔の体の復元を諦めた。
魔神や自然発生した上級悪魔は魔力さえあれば体を復元できるので、単に体を斬り裂かれたぐらいでは大した痛手にはならない。
しかし今回の様に他者が使役している上級悪魔は攻撃を受けてから体を復元するまでに若干間が空くため、今回のウルの攻撃の様に短時間に何ヶ所も破壊する攻撃を受けると復元が間に合わなかった。
この仕様のおかげでこれまでディアン製の上級悪魔に比較的簡単に勝ててきたのだから文句を言う気は無かったが、自分も上級悪魔を使役する立場になった以上これからは気をつけないといけないなと恭也は考えた。
体中を斬り裂かれた竜型の上級悪魔が完全に消滅した後、恭也のもとに戻って来たウルは得意気な顔をしながら恭也に視線を向けてきた。
実際今回のウルの戦い振りは素晴らしかったので、恭也はすぐにウルをほめた。
「正直厳しいかなと思ってたから驚いたよ。勝つにしても『アビス』みたいな大技で勝つと思ってたから」
「無茶言うなよ。俺一人じゃ『アビス』以上の技は使えねぇよ。『ミスリア』使っていいなら話は別だけどな」
各魔神の切り札は消費魔力と周囲への被害を考えると多用はできない。
その点今回ウルが使用した巨大な刃は文句無しだった。
「『アビス』初めて見た時も思ったけどやっぱ周りに影響が少ない技って助かるね。刃を通っての移動とかも驚いたし文句無しだよ」
「まあ、俺にかかればこんなもんよ」
恭也に褒められて得意気に笑うウルを見てランが恭也に話しかけてきた。
(……私も戦う)
(勘弁してよ。さすがに一日にこれ以上魔力は使えないよ)
恭也がアクアを褒めた時点でおもしろくなさそうなランだったが、ウルまで恭也に褒められたのを見てとうとう我慢できなくなったらしい。
しかし『悪魔召還』で使用した魔力は悪魔が倒された時はもちろん召還を解除した時も使い捨てだ。
そのため『悪魔召還』は一日に何度も使える能力ではなかった。
(それに今回は実験だったから一対一で戦ってもらったけど、僕基本的に一対一で戦うつもり無いし)
(……どういうこと?)
恭也の発言を受けて不思議そうにしていたランに恭也は説明を続けた。