訓練
恭也がソパスに帰ると屋敷で魔神たち六人が恭也を出迎えた。
「おかえりなさいませ、マスター。フーリン様とのお話はいかがでしたか?」
「うん。実際に今のティノリスのこととかもフーリンさんから色々聞けて有意義な時間だったよ。ホムラが色々がんばってくれてるって改めて思い知らされた。ありがと」
「……もったいないお言葉ですわ。全てノムキナ様やティノリスのみなさまの努力の結果ですもの」
そう言いながらもホムラは恭也に褒められて嬉しそうに笑っていた。
しかしここで本題を忘れるようなホムラではなかったので、すぐに気を引き締めて恭也にこれから行う訓練の準備が終わっていることを伝えた。
ディアンとの決着もまだついていない現状でさすがに五日間遊び通しというわけにいかず、まとまった時間が取れた今回の休暇中に一回ぐらいは恭也と魔神それぞれの能力の訓練をしておこうと恭也は考えた。
これまでの旅の合間にも軽い訓練は行っていたが、恭也が領主をしているソパスでならある程度派手にやっても問題にならない。
そのため今日の訓練は普段は行えない大掛かりなものも行う予定だった。
訓練を行う場所はソパスの郊外で恭也は魔神たちと融合するとそのまま光速移動で目的地へと向かった。
恭也が目的地に着くとそこにはホムラが手配した衛兵たちの姿があり、さらに衛兵たちの近くにはヘーキッサを始めとするソパス研究所の職員たちの姿もあった。
(じゃあ、始めようか。ウルとアクアでよかった?)
今回恭也は手に入れてからほとんど使っていなかった能力、『悪魔召還』を本格的に試してみるつもりで、その実験相手を魔神たちに頼んでいた。
今回恭也は悪魔を二体召還するつもりで、その相手の人選自体は魔神たちに任せた結果ウルとアクアが悪魔と戦うことになった。
恭也はウルとアクアに魔力を二万だけ渡すと融合を解除し、その後『魔法看破』で周囲を見回してディアン製の目玉の悪魔が潜んでいないことを確認した。
その後恭也は『格納庫』からディアン製の猿型と竜型の上級悪魔を倒した時に手に入れた魔導具を取り出し、それぞれの魔導具を触媒に『悪魔召還』を発動した。
『悪魔召還』は単独で使っても下級悪魔や中級悪魔を召還するだけの能力だが、上級悪魔由来の魔導具があればその由来となった上級悪魔を召還・使役できる。
この方法で召還された悪魔の保有魔力は召還時に恭也が渡した魔力の量で決まり、今回恭也は猿型と竜型それぞれの上級悪魔に魔力を二万ずつ渡した。
衛兵たちとソパス研究所の職員たちは今回恭也が何をするかは事前に聞かされていたのだが、それでも実際に恭也が上級悪魔を二体召還したのを見て彼らは驚いた様子だった。
しかしヘーキッサたちは今回の戦いの経過を観察するためにここに来ていたのでいつまでも驚いてばかりもいられなかった。
そのためヘーキッサは部下たちに手早く指示を出して観察の準備を終えた。
ヘーキッサたちの準備が終わったのを見届けてから恭也はウルとアクアに指示を出し、ウルは竜型の上級悪魔に、アクアは猿型の上級悪魔にそれぞれ戦いを挑んだ。
『悪魔召還』によって召還された悪魔は恭也の指示に従って動き、大まかな指示だけ出して放置することもできるが今回は完全に恭也が上級悪魔二体を操作していた。
そのため竜型の上級悪魔はウル相手に意味の無い周囲の酸素の消滅は行わず、広範囲に突風を起こして動きを封じた後で横向きの竜巻をぶつけるという堅実な戦法でウルの体を消し飛ばした。
「へっ、いくら威力が高くてもただの風じゃ俺は倒せないぜ!」
発言通り消し飛ばされた体をすぐに復元したウルはそのまま羽を広げると上空から自分を見下ろす竜型の上級悪魔に接近した。
しかし翼と風魔法を併用して行われる突風による攻撃に阻まれてウルは竜型の上級悪魔に近づけず、何度か接近を試みたウルだったが胴体を二度消し飛ばされてようやく方針を変えた。
ウルは地上に降りると体を解いて『アビス』を発動し、地面に発生した漆黒の渦に吸い込まれて竜型の上級悪魔は高度を落とし始めた。
相手が知性に乏しいただの上級悪魔ならこの方法でウルは勝つことができただろう。
しかし今回ウルが戦っている悪魔は恭也が操作していたため、『アビス』の攻略など簡単に行えた。
恭也の指示に従い竜型の上級悪魔は口と翼から竜巻を撃ち出して『アビス』によりできた渦にぶつけた。
大量の魔力を含んだ竜巻を吸い込まされたことにより『アビス』の竜型の上級悪魔への吸引が弱まり、その後竜型の上級悪魔は『アビス』の効果範囲から無事逃れることができた。
一方のウルは『アビス』発動のため渦と融合していた状態で竜型の上級悪魔による竜巻数発を食らい、魔力を大きく削られてしまった。
ウルの『アビス』は巨大な物質を消し去るという意味では有用な技だが、相手が飛び道具で攻撃できる場合は反撃を受けやすくなってしまう。
『アビス』発動中はウル自らが相手の攻撃を誘導してしまうからだ。
かといって『ミスリア』を除けばウルの最大の技は『アビス』だったので、『アビス』が通用しない以上今のウルに勝ち目は無かった。
『悪魔召還』によって召還された今もディアン製の上級悪魔共通の魔力を周囲から集める機能は健在なので、このまま魔力の削り合いになったらさらにウルの勝率が下がってしまう。
今回は他の魔神たちに実際にディアン製の上級悪魔の戦っている姿を見せるのが主な目的なので、勝てなくても構わないとウルとアクアは恭也に言われていた。
しかしウルは前回猿型の上級悪魔に勝てなかった雪辱を果たすつもりで今回の戦いに臨んでいた。
そのため今ある手札で頭上の上級悪魔に勝つ方法をウルは考え始めた。
一方アクアはウルと竜型の上級悪魔から少し離れた場所で猿型の上級悪魔と戦っていた。
魔神たちは向き不向きこそあれ強さは大差無いため、恭也の能力も使えるアクアが現状魔神たちの中で一番強い。
そのアクアですら猿型の上級悪魔の高い耐久力を持つ体を前に苦戦を余儀無くされていた。
アクアが水で二体の竜を作り、それを猿型の上級悪魔目掛けて撃ち出した。
この水の竜を作る際、アクアは『腐食血液』を併用して竜を構成する水に酸に近い性質を持たせていた。
この水の竜に触れれば人間はもちろん金属製の鎧すら瞬時に溶け崩れるだろう。
しかし恭也の指示で動く猿型の上級悪魔はアクアの酸の竜二体に正面からぶつかった。
今回の訓練はあくまでもディアン製の上級悪魔との戦いを想定したものなので、離れた場所からウルとアクアの戦いを見ていた恭也は『悪魔召還』以外の能力を使っていなかった。
そのため『魔法看破』を使っていればすぐに気づけたであろうアクアの創り出した竜の性質にも恭也は気づかず、猿型の上級悪魔は大量の酸をまともに浴びた。
しかし猿型の上級悪魔は持ち前の耐久力でアクアの酸の竜による攻撃に耐え抜いた。
アクアの攻撃により猿型の上級悪魔は魔力こそ多少減った様子だったが、見た目は一切変化していなかった。
そのためアクアは次の手を打とうとしたのだが、それより先に猿型の上級悪魔が動いた。
魔法で自身の体を動かした猿型の上級悪魔は間合いに入るなり手首から生えた剣でアクアに斬りかかった。
猿型の上級悪魔の剣で斬られたら魔神でも無事では済まないと聞いていたため、アクアは『高速移動』を発動して余裕を持って安全な場所へと逃れた。
その後しばらくアクアと猿型の上級悪魔の追いかけっこは続き、アクアは『腐食血液』による攻撃を上級悪魔に繰り出しながら逃げ続けた。
機動力ではアクアに分があることは恭也にも分かっていたので、アクアに翻弄されている様に見えながらも恭也はアクアを捕える準備をしていた。
猿型の上級悪魔の体の一部を密かに切り離して地中を進ませ、それを使い地中からアクアに奇襲を仕掛ける。
それが恭也の作戦だった。
恭也はこれまでの戦いの間にすでに四枚の刃を地中に潜ませており、アクアが酸の竜四体による攻撃を繰り出した直後の隙を突いてアクア目掛けて全ての刃を向かわせた。
四枚の刃はアクアの前後左右から迫り、それと同時に恭也の指示を受けた猿型の上級悪魔はアクアの頭上に無数の棘を飛ばしていた。
これにより頭上への逃走も封じられ、四方からは刃が襲い掛かるのだから転移の能力でも使わない限りアクアは無傷では済まないだろう。
魔力が二万しかない状態で転移を使わせたら勝ったも同然だ。
そう恭也は考えていたのだが、四枚の刃が迫る中アクアは体を水状に変えると迫り来る刃の内二枚の間をすり抜けて難無く猿型の上級悪魔による不意打ちから逃れた。
「えっ、まじで?」
まるで自分の考えた奇襲を予知していたかの様な鮮やかな回避を行ったアクアを見て、恭也は思わず驚きを口にしてしまった。
アクアが恭也の考えた奇襲を難無く回避できたのは当然で、アクアは『魔法看破』により常に目の前の上級悪魔の魔力の流れを見ていた。
魔神たちは体の一部が損傷しても魔力ですぐに復元でき、アクアは『魔法看破』の使い過ぎで視力を失う度に目の周囲の部分だけ体を解いていた。
その後すぐに眼球を復元することによってアクアは『魔法看破』を常時使うことを可能にしていたので、アクアにとって体を動かすのにすら魔法を使っている猿型の上級悪魔の行動を事前に察知するなど造作も無いことだった。
とはいえ相手の動きを察知するだけでは目の前の悪魔を倒すことはできず、アクアは目の前の悪魔の高い耐久力を突破する方法を考え始めた。
恭也からは今回の訓練は別に勝てなくてもいいと言われていたが、アクアにとって今日の訓練は自分を恭也に売り込むいい機会だ。
せっかくなので目の前の悪魔には自分の引き立て役になってもらおう。
そう考えながらアクアは『六大元素』と『精霊支配』を発動した。