表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/244

展望

 しばらく雑談をした後、二人はせっかくブイオンに来たのだからと演劇を見ることにした。

 街の中央にある劇場に二人が向かうと、劇場はなかなかの盛況振りで行われている演劇の数も恭也が思っているよりはずっと多かった。


「演劇って堅苦しいの想像してたけど意外と楽しそうだね」


 まだ若干違和感を覚える口調で恭也はノムキナに初めて訪れた劇場の感想を伝えた。

 恭也はこの世界の娯楽にはあまり詳しくなく、演劇と聞いて以前いた世界の知識からシェイクスピアの悲劇の様なものを思い浮かべていた。


 しかし今この劇場で演じられている劇は、かつてタトコナ王国に現れた上級悪魔を当時の英雄が倒す英雄譚や貴族を主人公とした恋愛ものなど娯楽性の強いものだった。

 眠くなるようなものしか無かったらどうしようかと恭也は多少の不安を抱きながらこの劇場に来たのだが、見た限りほとんどの作品が恭也たちでも楽しめそうな内容だった。


「ノムキナはこういうのが見たいっていうのはある?」

「いえ、こういう場所に来たのは初めてなのでよく分からなくて……。恭也さんは初めてじゃないんですか?」


 世界各地を転々としている恭也ならこうした場所を訪れた経験があっても不思議ではない。

 そう考えてのノムキナの質問だったが、恭也はこの世界に来てからどこかに遊びに行く機会がほとんど無かった。


 各地で様々な活動を行い空いた時間で街の様子を見て回るぐらいのことは何度も行っていたが、それも情報収集という意味合いが強かった。

 そのため恭也がこの様な娯楽施設を訪れるのはこの世界に来てからは今日が初めてだったが、こうした事情をノムキナに説明してもノムキナが気に病むだけだろう。


 それにこの世界の劇場は初めてでも以前いた世界で映画館に行ったことぐらいはあったため、恭也はその時の経験を参考にノムキナに劇場の楽しみ方を説明した。

 この劇場はこの世界の基準だとかなり大きい劇場で、三つの舞台を備えて同時に別々の劇を行っているとのことだった。


 すぐに見れそうなものは英雄譚と恋愛もののどちらかで、ノムキナはどちらを見るかは恭也に任せると言ってきた。

 それ受けてしばらく考えた恭也は、英雄譚を見ることにした。


 恭也は英雄譚を選んだ理由をこの国の歴史に興味があるからだとノムキナに説明したが、実際のところは恋人と一緒に恋愛ものを見るのが恥ずかしいだけだった。

 その後手を繋ぎながら二人は購入した席につき、数分後劇が始まった。


 演劇の内容はかつてタトコナ王国中に毒をばらまき多くの街を滅ぼした上級悪魔を国の兵士たちが力を合わせて倒すというものだった。

 作品に出てくる上級悪魔の能力から察するにおそらくこの劇はタトコナ王国が所有する魔導具、『マエジュラの槍』の由来となった悪魔が現れた際の出来事を基に作られているのだろう。


 もちろんこの世界の人間、しかも今より魔法や魔導具の技術が劣っていた大昔の人間に上級悪魔を倒せるとは思えないので、実際は上級悪魔が暴れて魔力を消耗したところに武器を刺しただけなのだろうがそれは言うだけ野暮だろう。


 劇の内容自体は以前の恭也なら楽しめたのかも知れないが、今の恭也ではこの場合自分ならこの能力を使って対処するという視線でばかり見てしまい純粋に楽しめなかった。

 ノムキナの方は初めて見る劇に素直に驚いている様子で、確かに要所要所で演出に魔法や魔導具を使っていたため今回恭也たちが見た劇は内容を抜きにしても見ているだけで退屈はしなかった。


 これならソパスで劇場を始めて見てもいいかも知れないと考えながら恭也は劇とそれを見るノムキナの反応を楽しんだ。

 やがて劇が終わり、劇場を出た二人は始めて見た劇の感想を口にした。


「初めて見ましたけどすごかったですね。特に途中の悪魔が突然現れた場面、私びっくりしちゃいました」

「ああ、あれは僕も驚いた。あんな映像映せる魔導具があるとは思わなかったから」


 兵士たちが上級悪魔の被害に遭った村を訪れた場面で、おどろおどろしい音楽が鳴ったと思ったらいきなり舞台全てを埋め尽くさんばかりの大きさの上級悪魔の映像が映し出された。

 その際には客席中から悲鳴や歓声があがり、ノムキナも悲鳴をあげていた。


 おそらく光属性の魔導具によるものなのだろうが、恭也はCG顔負けの映像が何度も出てきたことに別の意味で驚いた。

 こういった点は以前恭也がいた世界よりこっちの世界の方が上だなと恭也は心底思い知らされた。


「その内ソパスでもやれたらおもしろいですね」

「僕も同じ事考えてた。話自体は僕もいくつか提供できると思うから、帰ったらホムラに提案してみようかな」

「はい。ホムラさんは雇用を生み出すことに力を入れてますからきっと賛成してくれると思います」


 このノムキナの発言を聞き恭也は驚いた。

 ノムキナの口からここまで具体的な発言が出てくるとは思っていなかったからだ。

 しかし考えてみればノムキナはホムラと共にソパスの管理を行っているのだから、こういった視線での発言がノムキナから出てくるのは当然だった。

 これは自分も負けていられないなと思いながらもそれは口に出さず、恭也はソパスに帰る前にもう一つの用件を済ませることにした。


「じゃあ、帰る前に本屋行こうか。料理のことは全然分からないから完全に任せることになっちゃうけど」

「はい。任せて下さい。せっかく海の食べ物が手に入ったんですからどうせならおいしく食べたいですもんね」


 恭也たちは今日港街ならではの海産物を手に入れたが、自炊すらしたことがない恭也はもちろん海を今日初めて見たノムキナも海産物の調理方法など知らなかった。

 そのため二人はこれから書店に向かい料理についての本を探す予定だった。


「魚も貝も焼くぐらいしか思いつかないしなー。蒸し料理って作れる?」

「はい。専用の道具は要りますけど一応私も作れます。ただ初めての食材ですから本を見ながら色々試すしかないですけど」


 海産物についての知識はノムキナだけでなくソパスの屋敷で働く使用人たちも持ち合わせていない。

 そのためノムキナとしては罪悪感を覚えつつも海産物に関しては恭也に聞くしかなく、恭也としても自分のことはさておきソパスの食事事情が改善するのは喜ばしかったので自分の知る限りの知識をノムキナに伝えた。


「さっきの劇の話もそうだったけどまずはソパスで色々試して、それから徐々に周りの街に新しいことを広められたらいいと思うからよろしく頼むね」

「はい!観光でしたっけ?でもソパスが有名になれるようにがんばりますね!」


 恭也に頼られたノムキナは、以前恭也から聞いた単語を口にしながら意気込んだ。


「これからは週一で帰るつもりだからホムラにも言ったけど僕の能力も計画に組み込んでもらって大丈夫だから、して欲しいことがあったら遠慮無く言って」

「はい。その時はよろしくお願いします」


 こうして二人は今後のソパスについての話をしながら書店へと向かった。

 ソパスに帰りノムキナとの夕食を終えた後、恭也は部屋で一人読書をして過ごしていた。

 最近は昼夜問わず恭也のそばには魔神たちがおり、今日は魔神たちこそいなかったが先程まではノムキナが一緒にいた。


 そのため本当に久しぶりとなる一人の時間を過ごし、恭也はこんなにゆっくりとした一日は久しぶりだったなと考えながら今日を振り返っていた。

 軍や悪魔と戦うこともなければ短時間にいくつもの街に行くこともない本当に楽しいだけの一日だった。


 ディアンの一件が片付いた後も別に遊び惚けるつもりはないが、それでもこれに近い日々が送れるのだと思うと恭也は気づかぬ内に笑みを浮かべていた。

 もちろん苦戦は免れないだろうがこれまでも出たとこ勝負で何とかやってきたのだから、全力でやるだけだ。

 そう恭也が考えていると部屋の扉がノックされ、その後ノムキナの声が聞こえてきた。


「どうかした?」


 すでに夜も遅く、もうすぐ日付けが変わる時刻に何の用だろうか。

 そう思いながらも恭也はとりあえず中に入るようにノムキナに伝えた。

 恭也の許可をもらい恭也の部屋に入って来たノムキナは寝間着姿で、胸には枕を抱えていた。

 初めて見るノムキナの寝間着姿にどぎまぎしながらも、恭也は何とか口を開いた。


「えーっと、その恰好は?」


 まさかこんな夜遅くに枕投げをしに来たわけでもないだろう。

 ノムキナの訪問の目的は恭也にも何となく察しがついていたが、念のため恭也はノムキナに何をしに来たのかを尋ねた。


「今日は一緒に寝たいと思って。駄目ですか?」


 その潤んだ目で見るのは反則だろうと思いつつ、恭也は考え込んだ。

 もちろん仮に同じベッドで寝たとしても恭也はノムキナに何もする気は無いが、それでも万が一ということがある。


 しかし正直なところ一人で寂しい思いをしていたところにこの提案だ。

 恭也の心は大きく揺れ、結局恭也は自分が自制心を持っていればいいだけだと考えてノムキナを部屋に招き入れた。


「そろそろ寝ようと思ってたんだけど明かり消していい?」

「はい。どうぞ」


 何やら決意した様な表情でノムキナがベッドに入ったのを確認してから恭也は部屋の明かりを消した。

 ベッドに入った恭也は少しノムキナと距離を取って横になったのだが、その直後ノムキナの方から恭也に近づいてきた。


 予想以上に積極的なノムキナの行動に恭也は驚き、思わずノムキナに視線を向けた。

 すでに室内は暗くノムキナの表情は見えなかったが、それでもノムキナが笑っていることは伝わってきたので恭也は困惑した。

 そんな恭也の様子に気づいたのかノムキナは嬉しそうに恭也に話しかけてきた。


「すみません。恭也さんが私のこと女だと思ってないんじゃないかと不安に思って、少しいたずらしちゃいました」


 このノムキナの発言を受け、恭也はすぐに自分の気持ちをノムキナに伝えた。


「僕の方こそ不安にさせてごめん」


 そう言うと恭也はノムキナを抱き寄せてノムキナと唇を重ねた。


「正直に言うとこの先のこともしたいと思ってる。でもノムキナとはこれからもずっと一緒にいるつもりだから急ぐつもりもない」


 こう言って恭也がノムキナを抱きしめると、ロップやアロジュートと比べると慎ましやかだがそれでもしっかりと女性らしさを感じさせるノムキナの抱き心地が伝わってきた。


「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。明日からもがんばりましょうね。おやすみなさい」


 そう言うとノムキナは今度は自分から恭也にキスをしてそのまま就寝した。

 その後恭也も眼を閉じ、しばらくは興奮して寝つけないだろうと思った恭也だったが意外な程すんなりと眠りに就くことができた。

 明日からは領主として初めての外交だ。


 相手は顔見知りばかりなので多少は気が楽だが、これまでソパスを管理してくれていたノムキナやホムラの手前下手な失敗はできないので自分なりに全力を尽くそう。

 そんなことを考えながら恭也は眠りに就いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ