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見学

 ティノリス皇国の元四天将の一人、ヘーキッサが所長を務めるソパス研究所はソパスから南に二キロ程進んだ場所にあり、ノムキナたちはマンタ二体に分乗してソパス研究所へと向かった。

 研究所といってもソパス研究所の研究員の四割程が以前恭也が捕まえたティノリス皇国の元軍人なので、ホムラの眷属による監視に加えて周囲には塀の他に土魔法で掘った深さ十メートルの堀もあり逃走への備えは万全だ。


 マンタに乗ったまま塀を乗り越えることは可能だったが、初めてマンタに乗ったコンスたちが表情をこわばらせていたのでこれ以上マンタによる飛行高度を上げない方がいいとノムキナは判断した。

 そのためノムキナたちはマンタから降りると研究所の正門から中に入り、ノムキナたちが研究所に入るとソパス研究所の副所長を務める男、ダスオードが部下数人と共にノムキナたちを出迎えた。


 ソパス研究所の所長はヘーキッサだがヘーキッサが四天将を務めていた時にギズア族にしたことを考えるとさすがにギズア族の相手を任せるわけにはいかなかった。

 このダスオードもティノリス皇国の出身だが軍に所属していた経験は無かったため今回の研修の担当を任された。


 ダスオードの後ろにいる研究員の中には四天将時代のヘーキッサの部下もいたが、ティノリス皇国での研修を元も含めて軍の人間と全く会わずに行うのは困難だ。

 そのためこの件に関しては事前にコンスたちに了承を得ており、多少表情を硬くしたもののコンスたちは研究員を見ても何も言わなかった。


「今日はお忙しいところすみません。よろしくお願いします」

「はい。今日は実際にいくつかの実験を見てもらおうと思っていますので早速ですがこちらへどうぞ」


 簡単なあいさつを交わした後、ノムキナたちはダスオードの案内で研究所の奥へと向かった。

 ダスオードに案内されてノムキナたちが向かった部屋では二人の研究員が木の板を挟んで座り、お互いに大型の魔導具を使って相手に電撃を飛ばしていた。


「ん?これは攻撃用の魔導具の実験ですか?」


 ノムキナもホムラも今日ダスオードたちが見学用に準備した実験の内容は知らなかった。

 しかし今日の見学で戦闘に関する研究は見せないように伝えていたので、どう見ても風魔法を使っての撃ち合いをしている二人を見せられてノムキナは困惑した。


 ノムキナに驚いてもらうこと自体は研究に興味を持ってもらうという意味でダスオードの狙い通りだった。

 しかしノムキナがダスオードの想像以上に不快そうな顔をしていたので、ダスオードは慌てて今自分たちの目の前で行われている実験の内容を説明した。


「これは戦闘用の魔法を研究しているわけではありません。能様からお聞きした電磁波というものの実験をしてるところです」

「電磁波ですか?」


 恋人になる前を含めてもノムキナと恭也が一緒に過ごした時間は決して多くはない。

 そのためノムキナが恭也から聞いた恭也の元いた世界についての話もそこまで多くはなく、恭也も恋人との話題にわざわざ電磁波や揚力といったものは選ばなかった。


 そのため電磁波という単語自体ノムキナには初耳だったのだが、言葉の響きと目の前の実験内容から察するに雷撃の様なものだろう。

 結局目の前の実験は戦闘用の魔法の実験なのではないか。

 そう結論づけたノムキナにダスオードは説明を始めた。


「私たちも能様から聞いた話を基に手探りで実験している段階なのですが、電磁波というのは目には見えない波長で遠く離れた場所への連絡や食品の加熱にも使えるものだそうです」

「ああ、携帯電話というものに使われているものですか?」


 以前恭也に『情報伝播』見せてもらった街行く人全てが手のひら大の金属の塊を手にしている光景を思い出しながらノムキナはダスオードに質問した。

 それに対するダスオードの返事はあいまいなものだった。


「おそらくは、……能様の説明は能様自身も分かっていないことが多いので、私たちとしても試行錯誤を繰り返しているところでして……。いえ!もちろん能様から聞いたことを再現できないのはひとえに私たちの力不足によるものですが!」


 突然ダスオードの声が大きくなり、実験室で行われている研究を興味深そうに見ていたコンスたちは一体何事かとダスオードに視線を向けた。

 そんな中ノムキナはダスオードが大声をあげた理由を察し、ダスオードに話しかけた。


「コンスさんたちにもう少し詳しい説明をしてもらっていいですか?コンスさんたちは恭也さんの能力も詳しくは知らないのでその辺りもお願いします」

「はい。分かりました」


 コンスたちは今自分たちの目の前で行われている実験の内容だけでなく『情報伝播』の効果や魔神が各属性の加護を与えられるというノムキナたちが恭也について話す際の前提となる情報を知らない。

 そのためそれらを含めた説明をダスオードに任せてからノムキナは後ろで控えていたホムラの眷属に視線を向けた。


「ホムラさん、今のはさすがにダスオードさんを責めるのはひどいと思います。恭也さんも自分の説明があやふや過ぎるって気にしてましたし」

「申し訳ありません」


 ノムキナの発言を受け、ホムラの眷属二体は力無く頭を下げた。

 先程ダスオードが大声をあげたのはホムラの眷属が二体共ダスオードに視線を向けたからで、その原因は恭也の説明のあいまいさに対するダスオードの発言だった。


 しかしこれに関してはノムキナの言う通りダスオードに非は無く、過程を飛ばして結論だけを伝える恭也の説明に問題があった。

 電磁波という見えないもので様々なことができるという情報だけを伝えられ、それを基に試行錯誤しているヘーキッサたちはむしろよくやっていた。


 しかし先程のダスオードの発言はホムラには恭也への不満に聞こえたので、思わず眷属越しににらみつけてしまった。

 魔神たちは全員が主の恭也に忠誠心を持っているが、その示し方や方向性には個人差がある。


 ホムラの場合は一般人が恭也への不満を示すことすら不快に思うが、他の五人なら先程のダスオードの発言を聞いても何とも思わなかっただろう。

 こうしたホムラの過剰なまでの恭也への忠誠心はノムキナも行き過ぎだとは思っていた。


 しかしソパスで研究・開発されている技術が無許可で外部に持ち出されそうになったことがノムキナが知っているだけでも二件あった。

 二件ともホムラの眷属により実行犯たちは捕えられたが、そういった場合にノムキナにできることは何も無い。


 自分たちに対して悪意を持って近づく人間がいる以上ホムラの様な強い態度を見せることも必要なことはノムキナも理解していたのでそれ以上は何も言わなかった。

 その後ダスオードとその部下たちがコンスたちに説明を終えるのを待ってからノムキナたちは次の研究を行っている場所へと向かった。

 

 研究所から出たノムキナたちが案内された場所では流線型の胴体に翼がついた物体が魔導具に固定されていた。

 恭也から以前見せてもらった映像の中にあった飛行機という乗り物に似ているそれを見てノムキナは驚いた。


「飛行機、もう作れたんですね」


 金属の塊が空を飛ぶと聞きノムキナは正直半信半疑だったのだが、こうして研究所にある以上既に実用段階のはずだ。

 ノムキナたちの目の前にあるそれは長さ二メートルと話に聞いていたものより小さかったが、飛行機が既に完成していたことにノムキナは驚きを隠せなかった。

 そんなノムキナを見てダスオードは苦笑していた。


「形だけは作れましたし空も飛べます。でもこれはまだ未完成なんですよ」

「未完成?どこがですか?」


 素人目には胴体と翼の調和も取れており完成しているように見えたので、ダスオードの発言を聞きノムキナは疑問を抱いた。

 そんなノムキナの質問に対してダスオードは実際に飛行機を飛ばしてみせると答えた。


 着陸予定地から少し離れた場所に待機したノムキナたちが見守る中、試作品の飛行機はダスオードたちの部下に魔力を注がれて発進した。

 翼の下に左右四つずつつけられた噴射口から火属性の魔法による炎を噴射しながら飛行機は動き出した。


 機体の下部につけられたまだ大量生産はできない金属製の車輪が耳障りな音を出しながら回り、二秒もかからずに飛行機は離陸した。その後しばらく高度を上げながら直進していた飛行機は空中で軌道を変え、緩やかな軌道で右へと曲がった。


 そのまま進路方向を変えた飛行機は着陸予定地へと向かい、着陸寸前に風魔法で急減速を行い着地した。

 短い間とはいえ無事に飛行し、その上着地までしてみせた飛行機を見てコンスたちから歓声があがった。


 ノムキナも飛行機の飛ぶ様子を見て素直にすごいと思ったのだが、一体何がいけないのだろうか。

 そう思いながらノムキナがダスオードに視線を向けると、ダスオードは試作品の飛行機に近づいて飛行機の中から割れた卵と傷ついた木片を取り出した。


「離陸も着陸も一応はできます。でも中の物に衝撃を与えないように空中で減速して着陸というのがどうしてもうまくいかないんです」

「さっき飛んでる途中で風魔法を発動してましたけど、それができるなら空中で火魔法の威力を下げればいいんじゃないですか?」


 この世界の家庭で一般的に使われている調理や暖を取るための魔導具は流す魔力の量である程度出力を調整できる。

 この程度の技術はノムキナが子どもの頃からあり、それを応用すればいいのではとノムキナは考えた。

 しかしダスオードたちもノムキナが思いつく程度のことは当然試しており、すでに失敗していた。


「遠くから魔導具を発動するという技術はネースの研究者から教えてもらったものなんですが、これは今の技術では魔法の出力に比べて刻む刻印が大きすぎるんです。ですから出力を途中で変えるような複雑な魔法の刻印を飛行機の機体に刻むのは今の技術では困難でして……」


 そもそも先程ダスオードたちが実演した空中での風魔法発動による飛行機の減速自体が今のこの世界の技術水準を考えると偉業と言えた。

 魔法の研究に携わる者が遠隔操作であれだけの出力の風魔法を発動させたダスオードたちを見たら間違い無く絶句しただろう。

 そういった専門的なことは全く理解していなかったノムキナだったが、日夜苦労しているであろうダスオードに素人が余計な口出しをしてしまったと反省して頭を下げた。


「難しいことはよく分かりませんけどそれでもみなさんがんばってるんですね。素人が生意気なことを言ってすみませんでした」

「いえ!部外者の意見というのは大変参考になりますし、そもそも私たちはこれが仕事ですからこれぐらいはがんばっているという程のことでは!」


 ノムキナがダスオードに頭を下げた時点でホムラの眷属二体の視線がダスオードに向かい、ダスオードは大変慌てた。

 ホムラは眷属を通して躊躇なく研究所の人間に危害を加えるからだ。


 ホムラは恭也の前同様ノムキナの前でも猫を被っているため、ノムキナは今回ダスオードが慌てた理由がホムラだとは気づけなかった。

 そもそもホムラも恭也が訪れる前のティノリス皇国でギズア族への迫害を行っていなかった者にまで危害を加えたりはしない。


 恭也にばれた場合契約解除されかねないからだ。

 そのため先程も今回もダスオードがホムラの怒りを買ったとしてもダスオードが恐れる必要は無かった。


 もっともダスオードの直属の上司のヘーキッサが明日以降どんな目に遭うかはホムラ次第だったが。

 そんなことは露知らずダスオードの態度についても領主の恋人に頭を下げられて気まずい思いをしたのだろうと納得し、ノムキナはこの場の雰囲気を変えるために恭也から聞いていた話をダスオードに伝えた。


「明日恭也さんが帰って来るんですけどその時に魔神の加護を研究所の人に与えるって言ってましたから、そうなったら研究もしやすくなると思います。研究に必要な物があればできるだけのことはさせてもらいますからこれからもよろしくお願いします」


 そう言って再び頭を下げたノムキナとその後ろから自分に視線を向けるホムラの眷属を見て、ダスオードは勘弁して欲しい気持ちでいっぱいだった。

 しかしここで仕事を投げ出してもホムラの自分たちへの評価は上がらないこともダスオードは理解していた。

 そのためホムラの聞いている中、ダスオードは自分たちの熱意を伝えた。


「はい!能様が帰って来た際には耐久力の高い金属も提供していただけると聞いていますので、所員一同能様の期待に応えられるようがんばりたいと思っています!悪魔の研究ではネースに後れを取っていますが、魔導具の研究ではこの世界随一だと自負しております!今後ともよろしくお願いします!」


 ダスオードの精一杯の意思表明を聞き、ダスオードの心情などお見通しだったホムラは内心白けていたが今回は特に研究所の人間に何もしないことにした。

 過度の罰は所員たちを委縮させるだけな上、つい先程ヘクステラ王国にいる眷属から少々面倒な知らせが入ってきたからだ。


 今すぐどうこうなるといった内容の知らせではなかったがそれも今後次第だ。

 ディアンとの戦いを前に面倒なとホムラがいらついている中、コンスたちに対する所員たちによる説明及びコンスたちによる質問が行われた。

 その後二時間程かけてソパス研究所全体を見学してからノムキナたちは研究所を後にした。

 ソパスへ帰る道中、マンタの背中の上でノムキナはコンスに今回の見学の感想を聞いた。


「今回の見学はどうでしたか?」


 恭也の提案に従ったとはいえいきなり研究所を見学してコンスたちが楽しめたかノムキナは不安だった。

 しかしノムキナの心配は杞憂に終わり、コンスはもちろん他のギズア族の若者たちも興奮冷めやらぬ様子だった。


「魔法は戦いにしか使えないと思っていたんですけど、あんな使い方もあるんですね。父や長老たちには反対されましたけど、やっぱりここに来てよかったです」

「はい。自分たちもあんなことができるようになると思うと、明日からの勉強も楽しみになってきました」


 コンスたちは明日から半年間ソパスの学校に通うことになっている。

 研修といっても本人たちの自主性に任せているので極端な話数日で止めても構わず、半年間の研修を終えてから研究所で働くためにさらに勉強をするのも自由だ。


 この世界の人間にとって学校というのは貴族の子弟が通うもので、恭也がユーダムで子供たちを学校に通わせると言った時ですらユーダムの住民の間に自分たちの子供を学校に通わせるなど時間の無駄だという意見が出た。


 彼らの意見にはノムキナも同意していたので、コンスたちの様に自分の意思で学校に行きたいという人間がいることにノムキナは少なからず驚いた。

 そしてそれと同時に今まで理解できなかった学校の存在理由が少しだけ理解できた気がした。


 今自分が感じていることを明日恭也に伝えてみよう。

 そう考えながらノムキナは今も楽しそうに先程研究所で見聞きしたことについて話しているコンスたちの会話に耳を傾けた。

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