面接
突然氷漬けにされて恐怖と寒さに身を震わせる兵士を見下ろしながらアクアは口を開いた。
「人間はこれぐらいの冷たさでもつらいんですよね?後一時間もしない内に戦いも終わると思うのでそれまで自分の行いを反省していて下さい」
自分なりの調整を加えた『埋葬』の効果を確認したアクアは、予想通りの結果に満足してから残りの兵士たちに視線を向けた。
他にも試してみたい能力はいくつもあるので彼らには精々実験に付き合ってもらおう。
そう考えたアクアは残っていた兵士にそれぞれ違う能力を使って制裁を加えていった。
その後数分かけて自分なりに調整した恭也の能力の実験を終えたアクアは、概ね満足できる結果に笑みを浮かべていた。
欲を言えばアクアとの相性がいい『雨乞』を使った実験も行いたかったが、単純な効果の増大にしろ『腐食血液』との組み合わせにしろアクアが現在考えている『雨乞』の強化案を実行したら周囲に大きな影響が出てしまう。
ホムラに相談した際にも実戦以外では使わない方がいいと言われたので、残念ながら『雨乞』に関しての実験は諦めるしかないだろう。
自分の能力に加えて恭也の能力も使えるアクアは単純に能力だけを見れば恭也の上位互換で、アクアが使える恭也の能力には他の魔神たちへの支配権の行使も含まれる。
そのためアクアがいれば恭也抜きでも魔神同士の合体技を使え、アクア一人で恭也たちの活動の幅は今後大きく広がるだろう。
もっともあくまでも可能というだけで、アクアが他の魔神たちに支配権を行使するのは他の魔神たちだけでなくアクア本人も嫌がった。
そのため恭也もこの件に関してはアクアに無理強いする気は無く、そもそも魔神の合体技を同時に違う場所で使わないといけない機会がそうあるとは思えないので恭也はこのことはさほど問題視していなかった。
一方アクアが兵士相手に実験を行っていた頃、自分たちの敗北を悟ったアインバドは直属の部下数人を連れてカーツから逃げようとしていた。
アインバドはオルフート製の悪魔を二体連れており、異世界人の結界が自分たちの魔法でも突破できる程度の強度しかないことはすでに確認済みだ。
突然周囲が夜になったことには驚いたが、それもすぐに収まり今は日光が降り注いでいるので気にすることはない。
今連れている悪魔の力をもってすれば異世界人の結界も余裕で突破できるだろうとアインバドは考えていたのだが、そんなアインバドの前に強化されたホムラの眷属が立ち塞がった。
悪魔が倒されては結界を突破できないので、アインバドは部下と共に眷属を倒そうとした。
腰に帯びた二本の剣を抜き眷属に斬りかかったアインバドに対して眷属は防戦一方で、アインバドの後ろから部下が放つ魔法を火球で撃ち落とすのが精一杯の様子だった。
ホムラの眷属との攻防で剣が熱を持ち始めたら部下の水魔法で剣を冷やし、アインバドは一切傷を負うことなく幾度もホムラの眷属を斬り裂いた。
いくら魔神の眷属が相手とはいえ自分もヘクステラ王国最強と呼ばれた男だ。
そう考えていたアインバドは、目の前の魔神の眷属相手に自分が有利に戦いを進めていることに何の疑問も抱いていなかった。
そしてアインバドがホムラの眷属にとどめを刺そうとした時、アインバドの背後から部下の悲鳴が聞こえ、続いて熱と風を感じたアインバドは眷属に注意を向けつつ振り向いた。
アインバドの視線の先には笑みを浮かべるホムラと全身を炎に包まれた悪魔の姿があった。
「なっ、貴様は火の魔神!どうしてここに?魔神は外の部隊と戦っているはずだ!」
今回の戦いに負けたとはいえ自分たちの作戦は魔神を街の外におびき出すまではうまくいっていたはずだ。
そう考えていたアインバドはホムラの姿を見て驚き、そんなアインバドを前にホムラは笑みを崩さなかった。
「ご心配無く。あなた方の作戦はちゃんと成功しましたわよ?フウさんを六人も取られて私たちとても困りましたもの」
このホムラの発言の意味をアインバドはほとんど理解できなかったが、それでも自分たちの作戦が最初の段階で失敗していたことは目の前の魔神の嘲笑を見れば一目瞭然だった。
街を覆っている結界の突破に必要な悪魔を倒された時点でアインバドたちに逃げ場は無く、かといって今いる戦力で目の前の魔神に勝てるはずもない。
そう考えたアインバドが手にしていた剣を捨ててホムラに投降の意思を示すと、アインバドの部下たちも次々に武器を捨てた。
それを見たホムラは意外そうな顔をした。
「あら、どうしましたの?あなた方はこの街の人間を何人も殺して、父親や夫を殺された女性たちの前で大変勇ましく振舞ったと聞いていますわ。私にもその勇ましさを見せて下さいまし」
「素直に認める。我々の負けだ。投降を許してくれ」
ホムラの挑発にも乗らず投降しようとしたアインバドだったが、それを受けてホムラはため息をついた。
「マスターの貴重な時間を奪った上にマスターを二百回殺すのが楽しみなどと不遜なことを言っておきながらずいぶんと勝手なことをおっしゃいますのね」
自分たちの会議の内容が敵に知られていたことにアインバドは衝撃を受けたが、次の瞬間ホムラが自分たちを包み込む形で炎の障壁を創ったことでそんな衝撃は吹き飛んだ。
「マスター程ではありませんけれど、私も小さなものなら障壁ぐらい張れますわ。そんなに驚かないで下さいまし」
自分の創り出した障壁で逃げ道を塞がれ、絶望した様子のアインバドたちを見てホムラは楽しそうに笑った。
今回ホムラが創った炎の障壁は効果範囲こそ『隔離空間』に及ばないものの、殺傷力は圧倒的に勝っていた。
この炎の障壁を力づくで通過したら中級悪魔でも消滅し、人間など通過すらできないだろう。
「マスターに敵対した時点であなた方を許すだなんてありえませんわ。でも無抵抗な相手をいたぶってもおもしろくありませんから一つ条件を出しますわ。これからあなた方はマスターが作る刑務所に入れられるわけですけれど、仲間を見捨てて自分たちだけ逃げようとしたあなた方を他の兵士のみなさんはきっと許さないと思いますわ。刑務所の中でどんな目に遭うか考えただけでもぞっとしますわね」
ホムラに指摘されて刑務所に入った後に同僚たちからどの様に扱われるかを想像し、アインバドたちは表情を硬くした。
そんなアインバドたちの反応に満足そうに笑った後、ホムラはアインバドに視線を向けた。
「十武衆のみなさまはすぐに刑務所には入りませんわ。一ヶ月程私の拷問を受けてもらうことになっていますの。もちろん殺すようなへまはしませんし、例え死なせてもマスターの御力をお借りすればすぐに蘇れますからどうか安心して下さいまし」
このホムラによる十武衆たちへの拷問は恭也の提案によるもので、周辺の街への見せしめとホムラへの褒美を兼ねて十武衆とビズニアたちエルフに行われることになっていた。
「ゼキア連邦の国民への振る舞いはもちろんこの街でのあなた方の振る舞いを聞いて、マスターは大変ご立腹ですの。だからあなた方を許す気はありませんわ。でもあなた方の誰か一人でも私の体に攻撃を当てることができれば、兵士のみなさまの刑務所内での安全を保障しますしアインバド様は拷問を免除するようにマスターにお願いしますわ」
このホムラの提案を聞き、アインバドの目にわずかながら闘志が戻った。
「もちろん私の提案を受けるかどうかはあなた方の自由ですわ。嫌だと言うなら私の攻撃を一方的に受けて下さいまし。あまり考えている時間はありませんわよ?」
ホムラが何もしなくても炎の障壁に中にいるだけで人間は高熱か酸欠により意識を失ってしまう。
どうせ逃げられないならとアインバドは覚悟を決め、剣を拾ってホムラに斬りかかった。
「素晴らしい勇気ですわ。後ろで怯えている方々は眷属と遊んでいて下さいまし」
ここまで追い詰められてなおホムラに立ち向かおうとしなかった兵士たちにホムラは冷たい視線と共に眷属十体を送り込んだ。
その後アインバドに視線を戻したホムラは、アインバドの攻撃を難無くさばきながらアインバドの今後の処遇について考えていた。
ホムラからすればこの世界の人間の強さなど誤差に過ぎないが、十武衆とやらに選ばれていたのだから目の前の男はおそらくこの世界の人間の中では強い部類に入るのだろう。
それなら最後まで恭也が『不朽刻印』をつけられなかったティノリス皇国の四天将の一人、デモアや『情報伝播』による痛みに耐えて恭也に反撃してきたエイカ同様アインバドもそれなりに優秀な人材なのかも知れないとホムラは考えていた。
今回恭也がホムラに十武衆たちへの拷問を命じたという事実は、恭也の意向によりウォース大陸だけでなくダーファ大陸の各国にも知らせる予定だった。
これは罰というのは見せしめにして犯罪の抑止力にしないと意味が無いという恭也の考えによるもので、既に全ての国がある程度安定しているダーファ大陸の各国に恭也がいざとなったら相手に容赦しないということを改めて伝える狙いもあった。
ここ最近することが増える一方で人手が足りなくなっていたこともあり、実際戦っていない相手にも積極的に鞭を与えようとしている恭也を見習い、ホムラは人間たちに早期の釈放という飴を与えようと考えた。
痛みを与えつつも体は動かせる程度の傷をホムラはアインバドに何度も負わせ、その後体が完全に動かなくなるまでホムラに攻撃を仕掛けてきたアインバドにホムラはぎりぎり及第点を与えることにした。
攻撃しないように命じていたとはいえ強化された自分の眷属にあれ程の傷を負わせたのだから、戦闘力も申し分ない。そう考えたホムラは個人的な趣味で五分程アインバドをいたぶった後、炎の障壁を解除して空を見上げた。
既に空には悪魔は一体もおらず、今回の戦いが全て終わったことを確認したホムラは恭也に呼び戻されるのを待った。