初陣×6
「それ魔法陣が消えたこととあなたたちがここにいること、どっちに対する質問ですか?どっちにしろ答えるつもり無いですけど」
『強制転移』で恭也の近くに連れて来られたビズニアは、恭也のあなたたちという発言で自分の後ろに先程まで一緒に城壁の上に立っていた十武衆の一人がいることに気がついた。
この十武衆はビズニアの隣に十武衆がいることに気づいた恭也がビズニアのついでに転移させたのだが、ビズニアにとっては唯一の希望だった。
すぐさまその十武衆、チャブナにビズニアは助けを求めたが、チャブナはそんなビズニアを足蹴にしてから恭也に木製の剣を向けた。
「この化け物め、一体何をした?」
「さっきも言いましたけど答える気無いです。とりあえず全部終わるまでここで大人しく埋まってて下さい」
そう言うと恭也はチャブナと戦わずに『埋葬』を発動してチャブナとビズニアを生き埋めにした。
「僕たちが精霊を使い過ぎてたって教えてくれたことだけは感謝します。お礼にゆっくり反省する機会を用意しますから、さっき自分で言ってた通り自分の行いの報いを受けるんですね」
頭上から恭也にそう告げられたビズニアは、恭也を罵倒する気力も失ったのか黙ってうつむいてしまった。
二人に自殺や目の前の相手の殺害をした場合、刑期を重くすると告げてから恭也は歩いて城壁へと向かった。
ビズニアによる上級悪魔の召喚が失敗した直後、それを知ったアインバドたちの動きは早かった。
動揺を引きずらずにすぐに計画通りに動いたアインバドたちの判断の早さは大国で軍隊を指揮していた者にふさわしいものだったが、すでに詰んでいる現状下では全てが無駄だった。
城壁の門三つが開かれて予定通りそれぞれの門から悪魔と兵士の混成部隊が出撃しようとしたが、あらかじめそれを知っていた六人のフウによる待ち伏せを受けて全ての部隊がカーツからほとんど離れることなく戦闘を開始した。
城門から出て来た部隊の内訳は隊により多少ばらつきはあったが、それぞれの隊は二十体程の悪魔と兵士数人で構成されていた。
今回恭也から魔神たちを引き離すための陽動を任された部隊は、その戦力のほとんどを悪魔に依存していた。
そのため人間の数はどの隊もそれ程多くなく、今回が初陣となるフウは人間をできるだけ痛めつけて勝つという恭也からの命令を実行する機会が予想より少なかったことに落胆した。
しかしこの戦いの様子は自分の一人と融合している恭也も見ており、悪魔を一体も逃がすなというのも恭也から受けた大事な命令だ。
ただでさえ魔神が六人いるせいで活躍できる機会が少ないのだから、簡単な仕事でも気を抜かずにやり遂げて自分の評価を上げておかなくてはならない。
そう考えたフウたちは、それぞれの目の前にいる敵に攻撃を仕掛けた。
「き、来やがったな。お前ら一斉にかかれ!」
門から出てすぐのところを襲われて多少浮足立ったものの、各隊の兵士たちはすぐに手元の魔導具で悪魔たちにフウを襲うように命じた。
兵士たちの命令を受けた悪魔たちはフウ目掛けて多方向から一斉に衝撃波を放った。
その直後大きな衝突音が周囲に響きフウの姿が消えたため、兵士たちは周囲の様子をうかがった。
「や、やったか?」
兵士たちは十武衆から魔神の打倒は無理でもできるだけ時間を稼ぐように命じられていた。
しかし魔神を倒したというのならそれに越したことはなく、フウの姿が見えなくなりしばらく経ってから兵士たちは自分たちの勝利を確信して近くで戦っている仲間のところに向かおうとした。
異世界人と魔神の噂をいくつも聞いていた兵士たちはいざ戦ってみればこんなものかと笑みすら浮かべながら移動を開始しようとしたが、そんな彼らに頭上から声がかけられた。
「どこに行くの?」
突然の声に兵士たちは上空に視線を向け、兵士たち全員がはるか上空にいるフウを視界に捉えた。
「ちっ、生きてやがったか!もう一度かかれ!」
フウの生存に驚きながらも兵士たちはもう一度悪魔をフウに差し向け、悪魔たちは先程同様多方向からフウに衝撃波を放った。
しかし悪魔たちの攻撃は先程同様フウの創り出した風の障壁により防がれ、フウには一発も当たらなかった。
「みんなに聞いてはいたけどほんとに弱い。これで能恭也と戦おうなんて身の程知らずにも程がある」
現在カーツから出て来た部隊全てと戦っているフウは、彼らが自信に満ちた表情で繰り出してきた悪魔のあまりの弱さに驚いていた。
フウはホムラからオルフート製の悪魔にタトコナ王国独自の改造が施されている可能性があるので、いきなり制圧はせずに何度か攻撃を受けるように頼まれていた。
しかしいずれのフウが戦っている悪魔もあらかじめ恭也やウルから聞いていた以上の攻撃はしてこなかったので、これ以上の様子見は必要無いとフウは判断した。
後は手早く仕事を片付けよう。
そう考えたフウは体を解き自らの体を竜巻に変え、一番近くにいた悪魔目掛けて突撃した。
フウの最初の標的になった悪魔は抵抗どころかフウの攻撃に反応すらできずに腰から上を吹き飛ばされ、その後フウは二体、三体と悪魔を倒していった。
兵士たちも突然攻勢に出たフウを前に黙っていたわけではなく、幾度も悪魔たちに衝撃波を撃たせた。
しかし悪魔たちの衝撃波は竜巻と化したフウにはまるで通じず、傷つけるどころか動きを一瞬止めることすらできなかった。
「て、撤退だ!」
この場の戦力でフウを倒すことは不可能だと判断した兵士たちの指揮官はすぐに部下の撤退を指示し、それを受けて兵士たちは悪魔たちにフウに遠巻きに攻撃を仕掛けて時間を稼ぐように命じた。
今回恭也たちが戦っている相手はそこらのチンピラではなくれっきとした兵士たちだ。
そのため負けた時の備えもきちんとしており、彼らは迷うことなく悪魔たちを使い捨てて街まで逃げようとした。
しかしフウに彼らを逃がす気など無く、悪魔たちを吹き飛ばしながらも周囲の状況をその触角で把握していたフウは自分たちを包み込む形で竜巻を創り出した。
「それに触ると死んじゃうから触らない方がいいと思う。能恭也からあなたたちは殺すなと言われているから」
今も次々と悪魔を吹き飛ばしている竜巻から聞こえてきた自分たちをまるで警戒していない声に兵士たちはようやく身の危険を感じ始めた。
その後兵士たちは竜巻の突破を図ったが彼らの持つ武器も魔導具もフウの創り出した竜巻を破壊することはできず、その後絶望する暇も無く兵士たちにフウの声が届いた。
「後はあなたたちを適当に痛めつけて終わり。抵抗は好きにしてくれていい」
兵士たちにそう告げたフウに兵士の一人が命乞いをしようとした。
先程より低い位置にいたフウに兵士が視線を向けた次の瞬間、その兵士は両眼を斬り裂かれて地面をのたうち回った。
ついに自分たちの番かと身構えた兵士たちにフウの場違いな発言が届いた。
「今下から見られると服の中が見えるからこっち見ないで」
フウに限らず魔神たちの着ている服は恭也の記憶を基に形作られているが、下着までは再現されていないためワンピースを着ているフウは下から見られるとかなり際どいことになる。
そのためフウは恭也から不用意に飛ばないように何度か注意されており、フウも気をつけてはいた。
しかし今回は敵の悪魔が空を飛んでいるためフウも飛ばざるを得ず、その結果両眼を斬り裂かれたのだから兵士としてはとぱっちりもいいところだった。
恭也ならともかくそこらの人間に自分の裸を見られたことでフウの自尊心は大きく傷つき、そのためフウの裸を見た兵士は両眼を斬り裂かれてしまったのだがもちろんこの場の兵士たち全員が空を飛んでいて何を勝手なことをとフウに怒りを覚えた。
しかし正論というのは互いの立場が互角で初めて口にできるものなので兵士たちはフウに何の文句も言えず、上空のフウをにらみつけることすらできなかった。
そして両目を斬り裂かれた兵士の前にフウが降り立つと、残りの兵士たちは二人から距離を取った。
そんな彼らを一瞥すらせずにフウは目の前の兵士の右太ももを斬り裂いた。
再び痛みに叫び声をあげる兵士を見てもフウは全く表情を変えることなく質問した。
「眼と脚、どっちの方が痛い?」
自分が傷つけた相手をなぶる様な質問をするフウを見て、その場の兵士全員はより一層フウに恐怖を抱いた。
このフウの質問は恭也の相手を殺さずに痛めつけるという命令を遂行するための質問で、フウに兵士たちをいたぶるつもりは一切無かった。
しかしそんな事情を兵士たちが知る由も無く、次は自分の番だという恐怖が兵士たちの間に伝播し、やがて兵士の一人が恐怖に駆られてフウに火球を放った。
その攻撃はフウが起こした風でたやすくかき消されたが、その兵士の攻撃を発端に残りの兵士たちもフウに魔法や魔導具による攻撃を始めた。
兵士たちの一斉攻撃が始まったのを見てフウは慌てた。
恐怖に駆られた兵士たちによる攻撃はフウの近くにいた兵士への配慮が全く無いものだったからだ。
これでこの兵士が死んだら自分が恭也に怒られてしまう。
そう考えたフウは慌てて眼を押さえて苦しんでいる兵士の前に立ち、彼を仲間の攻撃から守った。
兵士たちの攻撃を受けながらフウはこの場でこれ以上戦いを続けても得るものは無いと判断した。
幸いここ以外の戦場では二ヶ所で敵の指揮官を早めに気絶させることができ、その結果兵士たちを死ぬぎりぎりまで痛めつけることができた。
ホムラから色々手解きを受けていたので何とか恭也からの命令を果たせたが、相手を殺さないで戦うのは思ったより難しかったなとフウは反省した。
その後フウは目の前の兵士たちに風の刃を放ち、ホムラの助言に従い見事に急所を外したフウの攻撃により兵士たちは意識を失うことも許されずに叫び声をあげながら地面を血に染めた。