覚醒
コピオが部下と共に市場を去った後も、恭也はその場を動けずにいた。
呼吸は乱れに乱れ、いくら空気を取り込んでも全然楽にはならない。
つい先程まで辺りに響いていた人々の悲鳴は今も恭也の耳に残り、今も燃えている彼らの死体から漂う臭いに恭也は自身の軽率さを後悔した。
不死身の体を手に入れた上に、いくつもの能力を手にしたことで完全に調子に乗っていた。
悪意を持つ大勢の人間を相手に、恭也一人でできることなどたかが知れているというのに…。
このまま恭也は、何もすることなく目を閉じて横になりたかった。
しかしそんな恭也の意思とは関係無く、恭也の能力は条件を満たしたことにより新たな能力を獲得し始めた。
水魔法を使えればすぐに火を消して彼らを助けられたという後悔から六属性の魔法が使えるようになる『六大元素』を、
そもそもどうして彼らはサキナトのメンバーの命令通りに自爆などしたのかという疑問から死後間もない霊と会話できる『死霊召還』を、
もし実行犯がいたなら決して逃がさないという思いから指定した空間に相手を閉じ込める『隔離空間』を、
彼らを埋葬しなくてはという考えから地面を液状化させて物を沈める『埋葬』を、
せめて最後ぐらいは彼らを生まれ育った地に連れて行ってあげたいという思いから『空間転移』を、
どうやって遺体を運ぼうかと思っていると指定した物体を異空間に収納できる『格納庫』を、
今も燃え続けている火を消したいという思いから『雨乞』を、
そしてもう一つ、サキナトのメンバーに対する恭也の強い憎しみから生まれた能力を恭也は獲得した。
早速『雨乞』が発動し、先程まで晴天だったにも関わらず、アズーバ全域に雨が降り始めた。
『雨乞』の発動と同時に魔力を一万消費したが、今の恭也はそれに驚いている場合ではなかった。
突然八つもの能力を獲得した恭也は、ここでようやく死を経験する度に能力を獲得するという自分の能力を正しく理解し、自分が今獲得したものの重さに衝撃を受けていたからだ。
「…ふー、この人たちの命までもらっちゃったか」
今までは能力が増える度に高揚感を覚えていた恭也だったが、今回はさすがにそうはならなかった。
むしろ今回手に入れた力を使う度に目の前の光景を思い出すのかと暗い気持ちになった。
しかしこの気持ちに従い何もしなかったら、彼らの死が完全に無駄になってしまう。
後悔や自虐など、サキナトを潰してからいくらでもやればよい。
そう考えて自分を奮い立たせた恭也は彼らの遺体を『格納庫』にしまうと、降りしきる雨の中一度宿へと帰った。
今まで同様恭也は、獲得した能力の内容は把握していなかった。
それでも今まで同様感覚でセザキア王国まで行けると思い、恭也は『空間転移』を発動した。
恭也は気がつくと、ミーシアと戦った広場にいた。
先程『空間転移』を発動した時には漠然とセザキア王国に行こうとしか思っていなかったので、恭也にとって印象深いここに転移したのだろう。
実際に『空間転移』を使って驚いたのだが、一度使っただけで一万の魔力が消費されていた。
今の恭也は魔力の五分の一を消費していることになる。
一度この能力を手にした以上、再び歩いてネース王国まで歩いていくのも面倒なので、後一回『空間転移』を使うのは確定だ。
わずか数分で十分の三の魔力を消費することになり、恭也は新たに手にした能力の消費魔力を把握しなくてはと考えた。
しかし今は、被害者の埋葬が最優先だ。
恭也はこのまま『埋葬』で遺体をここに埋めようと思ったのだが、何かの拍子で彼らの遺体が発見されたら大騒ぎになってしまう。
しばらく考え込んだ後、恭也は王城へと向かった。
王城に着いた際には門番に不審そうな目で見られたが、中級悪魔を召還して見せると、門番は慌ててミーシアに取り次いでくれた。
「ずいぶん早いお帰りですけどどうしたのですか?」
恭也を王城に入れるのはさすがに無理だと言われ、恭也とミーシアは近くの飲食店を貸し切り、そこで話をすることになった。
開口一番用件を聞いてきたミーシアに、恭也はネースでの一部始終を伝え、遺体の埋葬場所について相談した。
さらわれた人々を百人以上死なせたと聞かされたミーシアは、動揺した様子を見せながらしばらく考え込んだ。
「…なるほど。そういうことでしたか。しかしそういう相談は私では専門外ですね。殉職した兵士の墓に入れるのも違う気がしますし」
「死体を調べて身元調べたりできないですよね?」
「焼死体をどうしろと?」
DNA検査の技術など当然無いだろうと思いながらも、恭也は駄目元で質問した。
そんな恭也に対し、ミーシアは鋭い視線を向けた。
「そもそも遺体は今どこに保管してあるんですか?」
「僕の能力で異空間にしまってます。悪魔召還みたいなものだと思って下さい」
「…そうですか」
今回恭也が新たに能力を手に入れた顛末を思い出し、一瞬ミーシアは考え込んだ。
しかしミーシアはすぐに気を取り直し、話を進めた。
「今すぐに埋葬場所の確保は難しいですが、とりあえず軍の施設で遺体はあずかります。埋葬もこちらで請け負います。しかしそうなった場合、事情を隠せなくなってしまうのですが…」
恭也と話している時は常に鋭い空気を纏っていたミーシアが、珍しく申し訳なさそうな顔をした。
一瞬理由が分からなかった恭也だったが、すぐに気づき、ミーシアの提案を受けた。
「僕の失敗で彼らを死なせてしまったのは事実ですから、それが知られるのは構いません。隠した方が後で問題になるでしょうし」
「そう言ってもらえると助かります」
「いえ、面倒事を押し付けて、こっちこそすいません」
恭也にこう言われて一瞬嫌味かと思ったミーシアだったが、無理をしているのが明らかな恭也を見て何も言えなくなった。
「遺体の件はこちらで引き受けますが、あなたはこれからどうするのですか?」
ミーシアは十六歳で騎士団に入り、今では第二部隊の隊長として二百人の部下を率いている。
騎士団は他国との戦争でもない限りは王族・貴族の護衛が主な仕事だ。
そのためミーシアは、部下を死なせたことがなかった。
自分のせいで誰かが死んだと考えている今の恭也を見ていると、もうサキナトとの戦いなど止めると言い出しても不思議ではないとミーシアは考えた。
ミーシアはその境遇から男、そして異世界人を嫌悪している。
そのミーシアですら心配になる程、今の恭也は儚げだった。
「はい。奴隷の解放は後回しにして、まずはサキナトを潰そうと思います」
発言の前半部分でやはり諦めるのかと思ったミーシアだったが、後半部分を聞き、内心動揺していた。
その動揺を隠しつつミーシアは、恭也に質問をした。
「サキナトを潰す。つまりそれは構成員を殺すということですか?」
ミーシアとしては、目の前の少年が怒りに任せて暴れ出すという事態は、たとえ他国でも避けたいところだった。
しかしそれは杞憂だった。
「いえ、殺すつもりはありません。どんな状況でも人が死ぬというのは嫌なので。ただし殺さないというだけで容赦するつもりはありません」
今日ミーシアと会ってからは無感情で話していた恭也が、ここで初めて怒りを露わにした。
それに圧されたミーシアだったが、静かにため息をつくと、恭也に今後の予定を尋ねた。
それに対する恭也の答えは、ミーシアの想像していないものだった。
「魔神と戦うつもりです」
「なっ、それはいくら何でも…。我が国の研究者から聞いているはずですよ!あなたの前に来た異世界人は、魔神と戦って敗れているんです!いくら異世界人でも、魔神には勝てません!」
恭也の発言のあまりの内容に思わず立ち上がり声を荒げたミーシアだったが、それを前に恭也は、落ち着いた様子を崩さなかった。
「別に勝てると思っているわけではありません。でもこれは考えた上で言ってるんです」
「…やけになっているだけなのでは?」
「違うとは言い切れません。何とかなるだろうと思って始めた結果がこれでしたから。でも今すぐに新しく手に入れた能力でサキナトと戦っても、どこかで誰かを死なせるだけだと思うんです。今までは失敗しても能力が増えるぐらいに考えてましたけど、今回の件で考えが甘かったことを思い知りました」
「しかし新しい能力を八個も獲得したのですよね?それなら魔神と戦うという危険を冒さなくても…」
この世界の人間にとっては、異世界人も魔神も規格外の存在だ。
それでもこれまでの歴史から、魔神の方が強いという考えがこの世界では一般的だった。
そのためミーシアは、恭也の自殺行為を止めようとしたのが、恭也の決意は固かった。
「もう決めたことです。そもそも僕、新しく手に入れた力がどんな能力か分かってないんでこれからの役に立つか分かりませんし」
恭也が今回の件で手に入れた能力の内、現時点で能力を多少なりとも把握しているのは『死霊召還』と『格納庫』に『空間転移』、そして『雨乞』だけだった。
そしてこの四つに関しても、『死霊召還』では死んでから三十分以内の死霊しか使役できないことや『雨乞』は一度発動すると止められず十分間雨が振り続けることなど細部は把握しておらず、未知の能力に関しては、出たとこ勝負でやるしかないのが現状だった。
ちなみに恭也は『死霊召還』の内容を知らずに発動した際に、犠牲者の九割近くから罵りや呪詛の言葉をかけられた。
あくまで『死霊召還』は魂を呼ぶだけで、操れるわけではない。
そのためこういった事態になったのだが、恭也はその際に、闇の魔導具をつけられた人間十数名が自爆用に魔導具を持たされて自爆を強要されたことを知った。
「しかしサキナトと戦うだけなら今回手に入れた能力が無くても問題ないぐらいあなたは強いのですから、やはりあえて危険を冒す必要は…」
「確かに僕だけなら、今のままでも誰にも負けないかも知れません。でも助けた人たちまで守りたいと思ったらもっと力がいるんです。その手っ取り早い方法が魔神だってだけの話です」
それに魔神が異世界人を殺せる程強いのなら、戦うだけでも何回か死んで能力を獲得できるかも知れないと恭也は考えていた。
ここでようやくミーシアは、恭也の決意を変えられないと悟った。
「止めても無駄なようですね。勝手な言い分になりますがあなたにはセザキアとクノン両国の民が期待しています。決して無理はしないで下さい」
「まあ、別に死にたいわけじゃないんで、できるだけのことはします」
恭也はその後ミーシアに案内された場所に遺体を預け、『空間転移』でネース王国へと戻った。
恭也が転移した先は例の市場で、現場にはすでに市場の関係者やサキナトのメンバーがいた。
すでに恭也の容姿はサキナトの関係者には知れ渡っていたので、突然現れた恭也に驚いたその場の人間たちが慌てて逃げようとした。
それを見た恭也が今まで同様何気無く『隔離空間』を発動すると、市場は脱出不可能の檻と化した。
比較的出入口の近くにいた男が開いている門から出ようとするが、見えない何かに阻まれてしまった。
よく見ると市場と外の境目に透明な壁の様なものがあることに男は気がついた。
この壁が男の逃走を阻んだ物の正体で、壁そのものの耐久力はそれ程ではない。
戦闘用の魔導具さえあれば破壊自体は可能だ。
しかし恭也が死なない限り瞬時に壁は回復するので、事実上脱出は不可能だった。
隔離する空間内に恭也がいる必要があるということ以外は制限も無く、消費する魔力も広さ次第というかなり便利な能力だったが、消費魔力が多い能力を立て続けに使った恭也は、戦々恐々としていた。
しばらくして恭也は大して魔力を消費していないことと周囲の騒ぎから、『隔離空間』の能力の内容を把握した。
外への逃走を阻まれた男が恭也のいた方を振り向くと、恭也はすでに間近に迫っていた。
「た、た、助け、俺、掃除に来ただけで、サキナトとは何の関係も無いんだ!」
腰を抜かして命乞いをする男に恭也は殺す意思が無いことを告げ、同時に『情報伝播』を発動した。
「心配しなくても殺すつもりはありません。ただサキナトの偉い人に伝言をお願いしただけです。…穏便にすませようと思った自分が甘かった。魔神を倒したらサキナトを潰すから、そのつもりでいるよう伝えて下さい」
恭也は『情報伝播』により、市場中の人間にこれを伝えたつもりだった。
しかし『情報伝播』の対象は、視界内の人間か半径百メートルの人間全員だ。
恭也はそれを知らず、今回は後者を対象として能力が発動した。
その結果市場の外に身を潜めていたサキナトのメンバーにも恭也の伝言は伝わり、結果として恭也の思惑通り、トラルクは恭也の発言を部下から聞いた。
「ちっ、生きていたか。大人しく自殺でもしていればいいものを!」
部下からの発言を受けたトラルクは、開口一番声を荒げて恭也をののしった。
しかしそれが虚勢であることは、部屋にいたコピアにも恭也の伝言を持ち帰った部下にも容易に察することができた。
コピアからの報告を聞き上機嫌だった数時間前とは打って変わってトラルクは怒り狂い、自身の恐怖を隠すべくコピアに命令を下した。
「おい、今すぐ他の街から奴隷をかき集めろ!もしあいつが来た場合の人質にする!」
「はい。分かりました。しかし闇の魔導具は今すぐには…」
「構わん!今回は俺を守るために使うんだからな!奴の前で武器を向けて脅せばいい!何をしている!早くしろ!」
トラルクに急かされてコピアが、そして巻き添えをくらってはかなわないともう一人の部下も急いで部屋を去っていった。
一人残されたトラルクは何も無い空間に視線を向け、ひきつった笑みを浮かべた。
「そうだ。そもそもいくら異世界人といえども魔神に勝てるはずがない。それにもし勝ったとしても、人質さえいればどうとでもなる。大丈夫、大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようにトラルクはつぶやき続けた。