スパルタ
先程からずっと魔神たちとアロジュートは『隔離空間』の外から恭也とオーガたちの戦いを見ており、恭也がオーガたちを翻弄する様子を無言で見ているアロジュートをよそに魔神たちは完全に観戦気分だった。
「あのデカブツ共、頭に脳みそ詰まってないんじゃねぇか?さっきから馬鹿の一つ覚えみたいに突進しかしてねぇぞ」
「いやでもあの腕力は調子に乗るのも分かるっすよ。自分たちも単純な腕力じゃラン以外勝てないんじゃないっすか?」
先程から恭也相手に単純な攻撃しか仕掛けないオーガの戦い振りを見てウルはつまらなそうにしていたが、腕力だけとはいえ自分たち魔神を上回る種族がいると知りライカは素直に驚いていた。
ライカたちは知る由も無かったが実際オーガの攻撃を『物理攻撃無効』で受ける度に恭也の魔力はどんどん減っていて、そのため恭也はオーガを一人一人倒すつもりだった計画を『埋葬』での一網打尽に切り替えた。
「そもそも何で師匠あいつらの攻撃食らって吹き飛ばないっすか?ランがいなくても怪力使えるっすか?」
「いえ、マスターは物理攻撃を無効にできる能力を持っていますの。私たち相手では意味が無い能力ですから私もマスターの部下になってからしばらくは知りませんでしたけれど」
「あの威力の物理攻撃を無効っすかー。これで一番弱いって言うっすから異世界人ってほんとやばいっすね」
ホムラから恭也の『物理攻撃無効』についての説明を聞き、改めて異世界人の異常さを思い知ったライカだったがそのライカの発言にフウが反応した。
「能恭也はそんなに弱いの?」
フウは恭也に負けた時に恭也の能力をほとんど見ていなかった。
そのため恭也の強さについては自分以外の魔神を部下にしているという事実から一定以上の強さは持っていると判断していたのだが、これはあくまでも推測に過ぎなかったので自分と同じ魔神が主の恭也を弱いと表現しているのを聞き思わず反応してしまった。
そんなフウを前にホムラとライカは顔を見合わせ、その後ホムラが口を開いた。
「確かに以前戦った異世界人のガーニス様はマスターとウルさん、私の三人がかりで引き分けるのがやっとという強さの持ち主でしたわ。正直な話、マスターも認めている通りマスターとガーニス様ならガーニス様の方が強いですわね」
「それに今は死んでもすぐ蘇るから俺に勝った時の方法も使えないしな」
「ふーん」
フウは恭也がウルに勝った方法は知らなかったが、それでも魔神たちが口々に自分たちの主の弱さを肯定したという事実には表情こそ変えなかったものの驚いていた。
そんなフウにホムラは話の続きをした。
「ですがマスターが私たち魔神全員を従えているのもまた事実ですわ。私たちだけでなく自分より強いガーニス様の協力も取り付けましたし、単純な力では測れない強さがマスターのマスターたるゆえんだと私は思っていますわ」
「そうっすね。自分もその辺りが知りたくて師匠の部下になったわけっすから」
「ふーん」
別にフウは恭也の部下になったことに不満があったわけではなく、他の魔神同様主である恭也への忠誠心は持ち合わせていた。
今回の質問は単なる興味本位のものでフウの性格も相まってフウの他の魔神たちに対する返事はそっけないものになってしまったが、フウの返事を聞いた魔神たちは特に気分を害した様子もなかった。
なお先程から一言も発していないランはオーガはもちろん恭也の強さにすら大して興味が無いため恭也に何度も攻撃を仕掛けているオーガを見て怒りを募らせており、オーガへの攻撃を我慢するのに必死で会話どころではなかった。
そんな魔神たちの緊張感の無い会話を聞きながらアロジュートは恭也のオーガへの扱いを心の中で称賛していた。
アロジュート個人としては命より優先すべきものがあるというゼオグの発言は理解できなくもなかった。
以前アロジュートがいた世界では天使は世界の秩序を乱す悪魔を倒すために身を捧げるのが当然とされており、アロジュートもそれを当然のものとして受け入れていたからだ。
しかし恭也は相手の意思に関係無く他者が死ぬのを極度に嫌がり、自ら死地に挑もうとしていたゼオグを敵視すらしているようにアロジュートには見えた。
オーガとの交渉が決裂するなりオーガたちを能力で蹂躙する恭也はまさに傲慢な侵略者で、そんな恭也を見てアロジュートは嬉しそうに笑った。
アロジュートが主に選んだ傲慢な少年はゼオグを含むオーガを誰一人傷つけることなく無力化し、今も心底つまらなそうな顔でゼオグの攻撃をしのいでいた。
アロジュートがオーガたちを殺さずに無力化しようと思ったら周囲の酸素を消して窒息させるのが手っ取り早いが、アロジュートが実際にオーガたちを無力化しようと思ったらそんな面倒なことはせずに鎌でオーガ数人の手足を斬り裂くぐらいはするだろう。
恭也は他者の傷を治すことができるのでもっと派手にやるかも知れないと予想していたため、想像以上に穏便にオーガたちを制圧した恭也の戦い振りを見たアロジュートの恭也への評価はまた一段と上がった。
そんなことを考えていたアロジュートと魔神たちの見ている中、恭也とオーガたちの戦いが終わりを迎えようとしていた。
ゼオグが恭也目掛けて刀を振り下ろし、それを恭也が腕で防ぎ『情報伝播』を発動した。
『情報伝播』で見せる映像はディアンの上級悪魔の暴れている姿だったが、すでに何度もその映像を見せられていたゼオグは全く動じなかった。
「何度も言わせるな!そんなまやかしは私には通用しない!」
そう言ってゼオグは刀を横薙ぎに振るい、恭也を吹き飛ばそうとした。
結局今回のゼオグの攻撃も恭也には全く効かなかったが、今回の恭也とゼオグの攻防にはある変化があった。
これまで恭也はゼオグの攻撃を防いだ後すぐに移動していたのだが、今回はゼオグの刀を受け止めたまま周囲を見回していたのだ。
そして自分とゼオグの戦いが長引き十分な数のオーガが『隔離空間』の周囲に集まったことを確認すると、恭也はこれで四度目となる『情報伝播』と共にある能力を発動した。
「何のつもりだ!」
まさか本気で何度も悪魔の映像を見せれば自分が諦めると思っているのかと憤りながらゼオグが刀を振り下ろすと、今度は恭也は防ぐ素振りも見せずにゼオグの攻撃を体に受けた。
先程から全く攻撃の意思を見せない恭也をゼオグは罵倒しようとしたが、それより先に恭也が口を開いた。
「何のつもりかは周りも見てもらえば分かります。攻撃はしないので安心して下さい」
そう言って恭也が『隔離空間』の壁ぎりぎりまで下がるとゼオグは恭也を警戒しながらも周囲を見回し、そして驚きのあまり刀を落としそうになってしまった。
見渡す限り周囲のオーガ全員の首に不思議な刻印が刻まれていたからだ。
「貴様、同胞たちに何をした!」
怒りの形相で恭也に詰め寄るゼオグに恭也は『不朽刻印』の説明をした。
「そんなに警戒する必要は無いですよ。この印はつけられた人に特に害はありません。どこにいても僕に居場所がばれるぐらいです」
恭也に自分たちの居場所が把握されてしまうと聞き周囲のオーガたちは悲鳴をあげたが、それを無視して恭也は話を進めた。
「この能力の一番大事なところは僕を怖がってる人にしかつけられないってところです。よく見て下さい。結界の外のオーガだけじゃなくてあなたが連れて来たオーガ全員にも印がついてますよ」
「なっ!」
恭也の発言を聞いたゼオグが自分の部下たちに視線を向けると、確かに部下全員の首に刻印が刻まれていた。
ゼオグの視線を受けてばつが悪そうに顔をそむける部下から視線を外して再び恭也をにらみつけたゼオグに恭也は質問をした。
「一度だけ聞きます。あなたの言う誇りって死にたくないと怯えているみんなを無理矢理戦わせてまで守らないといけないものなんですか?」
これまで人間から向けられてきた侮蔑とも嗜虐とも違う感情が込められた恭也の視線を受け、ゼオグはとうとう戦う意思を失った。
「貴様、最初から我々を傷つける気は無かったな?」
「もちろんです。さっきも言いましたけどこれは説明会、もっというと売り込みです。相手が悪人だっていうならともかくみなさんみたいに平和に暮らしてる人とはいい関係を結びたいと思っています」
「ふっ、最初から敵だとすら思われていなかったとはな。完敗だ。我々はお前の軍門に降る。後は好きにしろ」
そう言って刀を手放したゼオグは、結局最後まで『不朽刻印』の対象にならなかった。
ようやく話し合いができる状態になったこと自体は恭也としても喜ばしかったが、あまり丸投げされても困るので好きにしろと言われて恭也は困ってしまった。
しかしゼキア連邦内での恭也の地位が安定したらその後の諸作業はホムラに丸投げするつもりの自分がゼオグに文句を言うのも変な話だと恭也は考え直した。
その後恭也は改めて今後について話し合おうとゼオグに提案し、『隔離空間』を解除した。
魔神たちと少し話してから行くので先にゼオグの家に向かうようにゼオグたちに頼んだ後、恭也は魔神たちとアロジュートのもとに向かった。
恭也が近づくなり魔神たちは嬉しそうに口を開いた。
「おい、何だよ、あの斧溶かした能力?俺が離れてる間にあんな能力手に入れやがったのか。こりゃ帰ってからの戦いが楽しみだな!」
「さすがでしたわ、マスター。あれだけの無礼を働いた相手にあの寛大な態度。さすがマスターだとみんなで話していましたの」
「なるほど、後々のことを考えてあくまでも精神的に痛めつけるだけで済ませるわけっすね。確かに殲滅じゃなくて支配が目的ならこの方が効率いいっすもんね!」
「……支配なんてしないよ、ソパスだけで手一杯なのに」
恭也との戦いを楽しみしているウルや恭也を過剰にほめてくるホムラの発言はいつものことだと考えて適当に相づちを打った恭也だったが、何やら不穏な勘違いをしている様子のライカには一応の反論をしておいた。
そんな中ランが恭也に抱き着き、嬉しそうな表情で恭也の顔を見上げた。
「……何回もあいつら殺してやろうと思ったけど、ごしゅじんさまが勝ってくれてすっきりした。ホムラにも我慢しないと駄目って言われたから我慢する」
「……うん。ありがとう。これからも怒っても我慢してくれると僕も嬉しいよ」
「……分かった、我慢する」
そう言って褒めて欲しそうな顔をしたランの頭を撫でながら恭也がホムラに視線を向けると、ホムラは恭也に苦笑いを向けた。
恭也はランのことを魔神の中では比較的穏健派だと思っていたのだが、どうやら恭也の見込みが甘かったようだ。
今後気をつけようと思いながら恭也がフウに視線を向けるとフウは恭也たちの会話には興味を示さずに空を眺めていた。
その後も魔神たちと今回のオーガとの戦いについて話した恭也は、今回の反省点を口にした。
「確かに今回は誰も傷つかなかったけど、でもできれば痛い思いもさせたくないんだよね。全身焼かれるのって痛みだけでも結構きついし」
「マスターのお考えは素晴らしいと思いますけれど、マスターを見くびっている相手に今回以上に穏便な手を取るのは難しいと思いますわ」
ホムラに言われるまでもなく恭也も自分の言っていることが無いものねだりなことは分かっていた。
しかし今回も問題を戦いで解決してしまったことを恭也は後悔しており、その気持ちがつい口に出てしまった。
「やっぱり映像だけじゃぴんとこないのかな。幻とか映像じゃなくて上級悪魔実際に見てもらえればゼオグさんたちも納得してくれたと思うんだよね」
「申し訳ありません。ソパスでの研究ではまだそこまでの技術は実現できていませんの」
「いや、謝る必要は無いよ。あの空飛べる悪魔だけでも十分助かってるし」
先程の恭也の発言はほとんど愚痴の様なものだったので、そんな自分の発言でホムラに謝罪をさせてしまったことを恭也は申し訳なく思った。
こうしてわずかながら重くなった空気の中、アロジュートが軽い口調で恭也とホムラの会話に口を挟んできた。
「悪魔召還できるようになりたいの?簡単じゃない」
「何かいい方法があるんですか?言っときますけど生贄とか駄目ですよ?」
天使のアロジュートなら悪魔を召還する方法を知っているのではと少なからず期待した恭也にアロジュートは軽い口調のまま自分の考えを伝えた。
「そんなことする必要無いわよ。あんたが死ねばいいじゃない」
「えっ?」
恭也がアロジュートの発言を聞き返す暇も無くアロジュートは鎌を生成し、恭也の体を斬り裂いた。
「てめぇ……」
「アロジュート様!一体何を?」
突然のアロジュートの凶行にウルとホムラは声を荒げ、ランはすでにアロジュートを攻撃するための金属を創り出していた。
ライカとフウもアロジュートに敵意を示し、一触即発の空気となる中今回の死で新たな能力を獲得した恭也が口を開いた。
「みんな、怒らなくていいよ。アロジュートさんのおかげで能力が一個増えたから」
「ですがマスター、」
「この件でみんなが怒ると僕がこの能力使いにくくなるから、この話これで終わりにしない?」
恭也にこう言われた魔神たちは、アロジュートをにらみつけながらも渋々引き下がった。
そんな魔神たちを見て恭也は安堵し、続いてアロジュートに視線を向けた。
「アロジュートさん、いい能力が手に入ったんで文句を言う気は無いですけど、せめて一言言って下さいよ。そうすればこんなことには……」
「攻撃する前に言ったらこいつらが邪魔するでしょ?さすがにこいつら全員を相手にするのは面倒だし。……自分が傷ついても周りが助かればそれでいい。あんたがそういう男だと思ったからこうしたけど、もうするなって言うなら自重するわ」
アロジュートにこう言われ、恭也は二度とこんなことはしないでくれとは言えなかった。
アロジュートに殺された直後に今回手に入れた能力、『悪魔召還』でできることを知った瞬間、アロジュートの行動への困惑よりもこれでもっと色々なことができるようになるという喜びの方が大きかったからだ。
そのため恭也はとりあえずこの場を収めるための発言をした。
「みんなの説得は僕がします。さすがにみんなの手前お礼までは言いませんけど」
「ええ、お願い。あんたには主としてすごく期待しているの。だからこんなつまらないことであたしたちの関係がおかしくならないようにがんばってね」
このアロジュートの発言を聞き魔神たちの顔から表情が消えたが、それを見てもアロジュートは全く動じなかった。
しかし主の恭也に不要な苦労をさせるのはさすがに申し訳無かったので、アロジュートなりに魔神たちに謝った。
「そんなににらまないで。謝っても無駄だろうから今後の活躍で許してもらえるようにがんばるわ。じゃあ、消えるわね」
そう言ってアロジュートが体を解くと穏やかにとはとても言えないながらも一応この場での話は終わり、恭也は久しぶりの胃痛を感じながらゼオグの家へと向かった。