いらだち
シュリミナたちと別れた翌朝、早速恭也はエイカとその家族が住む家へと向かい、ヘクステラ王国に引っ越して欲しいと告げた。
「ヘクステラまで?何日かかると思っているの?」
恭也にイーサンを離れて欲しいと告げられたエイカは、エイカがトーカ王国で活動するのは難しいという恭也の意見には賛成したもののさすがにウォース大陸最北端のヘクステラ王国への引越しには難色を示した。
しかし恭也が『格納庫』と『救援要請』の内容を説明すると、エイカは驚きながらも恭也の提案を受け入れた。
「じゃあ、僕が一度ヘクステラに転移して向こうで準備ができたらエイカさんたちを呼びます。三日後に呼ぼうと思ってるのでそのつもりでいて下さい」
恭也にこう言われてエイカはすぐに母親と妹に事情を説明するために部屋を後にした。
(……ごしゅじんさま、あの女とその家族を鳥の悪魔が暴れてた街に連れて行くってホムラに言ってたけど、いつのまにそんな許可取ったの?)
(今からだよ?街を守ってた十武衆が死んじゃって街の復興もまだみたいだし、僕が守りますって言えば反対はしないと思う。それにあの街、ゾアースはラインド大陸に近いからディアンさんに狙われる可能性が他の街より高いし。最悪断られてもあの辺りの海の近くには拠点を作るつもりだよ。城も最終的にそこら辺に移動させるつもりだし)
(本当にやってること侵略っすね)
恭也がランに今後の予定を説明していたところにライカが呆れた口調で口を挟んできた。
そんなライカに恭也はこれまで何度もしてきた自分の考えの説明を行った。
(そうだね。それはこれまで戦った国の人からも何度も言われたよ。でも国同士での戦争したり隣の国の国民さらって死ぬまでこき使う人よりは僕の方がましだと思うから止める気は無いよ。これまで色んな人たちの人生踏みにじってきたんだから世界平和ぐらい実現しないとその人たちに会わせる顔が無いしね。ランはもちろんライカもアクアもこれからよろしく頼むよ)
(……任せて)
(ま、どうせ逆らえないっすからね。師匠が死ぬまではついていくっすよ)
(何なりとご命令下さい)
魔神たち三人それぞれの返事を聞いた後、恭也はアロジュートにも話しかけた。
(もちろんアロジュートさんにもたくさん迷惑をかけると思います。これからよろしくお願いします)
(前にも言ったけどあんたが今のままでいればあたしが逆らうことはないわ。精々がんばってちょうだい)
(はい)
同行者四人に改めて今後のあいさつをした恭也は、その後ゾアースに転移した。
無事ゾアースに着いた恭也は、早速以前も訪ねたゾアースの領主の屋敷へと向かった。
恭也がゾアースの領主、テスメイの屋敷を訪れるのはこれが二度目で、前回は鳥型の上級悪魔を倒して死者やけが人を救った後だったので比較的歓迎された。
しかし今回は恭也が城を伴って奴隷を解放するようにゾアースを含むヘクステラ王国南部の街に告げてから数日しか経っていなかった。
そのため以前と違い今回は歓迎されないだろうと考えていた恭也の予想は当り、屋敷を訪ねた恭也は部屋に案内されるなりテスメイに土下座をされた。
テスメイのいきなりの土下座に驚いた恭也は、とりあえずテスメイに席に着くように頼んでから話を切り出した。
「僕がいきなり現れて驚くのは無理もないですけど今回はお願いがあってここに来ました。あなたやこの街にとっても悪い話ではないと思うので、とりあえず話を聞いてもらえませんか?」
恭也にこう促されてテスメイが落ち着くと恭也はテスメイに屋敷を訪ねた目的を告げた。
ギルドの支部の設置やその目的、魔導具や悪魔の研究の成果の提供といった恭也と手を組む利点、そしてゾアースが位置的にディアンに狙われやすいことなどを恭也が告げると、テスメイはしばらく考え込んでから口を開いた。
「もし私が能様の提案を断ったらどうなるのでしょうか?」
恐る恐るという感じで質問をしてきたテスメイに恭也はあらかじめ用意していた返事をした。
「特に何もしません。どっちみちこの街の近くに拠点を作るつもりですけどゼキア連邦からさらわれた人たちの解放さえしてもらえれば、こちらから攻撃を仕掛けることはないです。ただ僕はこの街の兵士のみなさんより強い戦力を持っていますし、いざとなったらけが人の治療から死んだ人の蘇生まで行えます。だからもしディアンさんがこの街を狙わなかったとしても街の人の中には僕の力を借りたいって人も出てくると思いますし、僕もそれを拒むつもりはありません」
ここまで言った恭也は一度言葉を止めてテスメイの返事を待ったのだが、テスメイからの返事は無かった。
そのため恭也はテスメイにとどめを刺すために口を開いた。
「それが何度も続けばあなたじゃなくて僕に領主になって欲しいって人が増えるかも知れませんね。その時僕はこの街の人たちにとって一番いい選択をするつもりです。あなたが最初から街全体で僕と協力してくれれば誰も不幸にならないと思いますけど、でも結局はあなたが決めることです。これからランスモアとリミドにも行って同じ話を、」
「ぜひ協力させて下さい!」
恭也がゾアースの北と南にある港街の名前を出した途端、テスメイは即座に恭也への協力を申し出てきた。
「能様の素晴らしいお考えに少しでも協力できれば幸いです!領民たちのためにもどうか我が街を活動の拠点にして下さい!」
「はい。分かりました。細かい話はこの眷属として下さい。僕の秘書なので僕本人だと思って交渉してもらって大丈夫です」
突然大声をあげたテスメイに若干驚いたもののテスメイの申し出自体は恭也の狙い通りだったので、恭也は『格納庫』からホムラの眷属を取り出して後の打ち合わせを任せた。
その後恭也は恭也と手を組む恩恵の一つとしてテスメイに魔神の加護を与えようと思ったのだが、『魔法看破』で確認したところテスメイの魔法の属性は火だった。
そのため恭也はテスメイに魔神の加護を与えるのをあきらめ、三日後に水属性の精霊魔法の使い手とその家族が引っ越して来ることだけテスメイに伝えてからヘクステラ王国南部に放置していた城へと光速移動した。
テスメイの屋敷を去る際ライカが何やら言いたそうにしていたが、恭也は気づかない振りをした。
そして恭也がテスメイと会談を行った三日後、恭也は『救援要請』でエイカとその家族二人をゾアースへと転移させた。
なおホムラは今回恭也に同行していない。
トーカ王国西部のイーサンを含む三つの街の領主は現在恭也となっているが、街の統治に関する実務はホムラが行っていた。
それらの実務をシュリミナに引く継がせる準備がまだ終わっていなかったからだ。
ホムラが街を離れるといってもホムラの眷属は残るため、急いでシュリミナが街の統治に伴う実務を行う必要は無い。
しかし三つの街を今後穏便に統治するため恭也たちが立場上は同等に扱わないといけない人物数人が各街におり、彼らへのあいさつにはホムラ自身と後任のシュリミナが直接赴く必要があった。
もちろんこれをホムラの眷属が行っても表立って不満が出ることはないだろうが、恭也がこの街を手に入れた経緯を考えるとホムラとしては火種は少しでも減らしておきたかった。
そのためホムラは恭也との時間を削ってまであいさつ回りを行っており、恭也との合流は早くても六日後になる予定だった。
こういったわけで恭也はホムラを連れずにエイカたちをゾアースに連れて来たのだが、前もって恭也から話を聞いていたとはいえ突然周囲の風景が変わったことにエイカたちは驚きながら周囲を見回していた。
そんなエイカたちの横で恭也はエイカたちの荷物が入った箱を『格納庫』から取り出した。
「この街の領主に頼んでエイカさんたちが住む場所は用意してもらってますから、とりあえずは領主の屋敷に向かって下さい。ホムラにギルドの用意は頼んでますけどまだしばらくはかかると思うので、ホムラの準備が終わるまではゆっくりしててもらえれば」
「あなたはこれからどうするの?」
恭也が一通りの説明を終えるとエイカが恭也の予定を尋ねてきた。
特に隠すことでもなかったので恭也はこれからヘクステラ王国内の街を回ってゼキア連邦の住民の解放及び帰国の支援を行うことをエイカに告げた。
恭也の予定を聞き、しばらく考え込んだ後でエイカは意外な提案を恭也にしてきた。
「何なら手伝いましょうか?」
エイカの意外な提案に恭也はすぐに返事ができなかったが、何とか気を取り直すとエイカの提案を断った。
「ありがとうございます。でも魔神やアロジュートさん以外を一緒に連れて行くのは魔力の関係で難しいんです。さっきの人を転移させる能力そう何度もは使えない能力なので」
「そうなの。……それ私に言っていいの?」
自分の能力の秘密をあっさりとエイカにばらした恭也を見て、秘密を告げられたエイカの方が驚いていた。
しかし恭也はそんなエイカの驚きを気にも留めずに話を続けた。
「そこまで秘密ってわけでもないから大丈夫です。それにギルドは結構僕にとって大事な取り組みなのでエイカさんにはそっちをがんばってもらえればと思いますし。あ、もちろん僕が他の街でしたことを実際見たいってことなら今すぐは無理ですけど近い内必ず時間を用意します」
「……分かったわ」
自分を全く警戒しておらず、かといって馬鹿にしているわけでもない恭也の態度を見てエイカは完全に毒気を抜かれてしまった。
そんなエイカの後ろからイオンが恭也に話しかけてきた。
「あの、能さん!さっき使った転移でしたっけ?についてもう少し詳しく教えてもらっていいですか?」
笑顔で恭也に質問してきたイオンを見て恭也は不快な気持ちになった。
ランやシュリミナを電池代わりにしておいてよくも悪びれもせずにとイオンに怒りすら覚えた恭也だったが、ここでそれを言っても今後気まずくなるだけなので恭也はイオンの質問に感情を交えずに事務的に答えた。
「すみません。僕は自分の能力をきちんと説明はできないんです。でも悪魔の召還や転移の研究を頼んでいる人はいるので、その人に聞けばすこしはあなたの知りたいことが分かるかも知れません。領主の屋敷にいる魔神の眷属を通せばその人と話すことができますよ」
「へー、そんなことまでできるんですね。お姉ちゃん、お母さん早く行こうよ!」
そう言うとイオンはエイカと母親の返事を待たずに領主の屋敷へと向かった。
そんなイオンの背中に視線を向ける恭也にエイカが謝ってきた。
「ごめんなさい。あの子は研究のことになると周りが見えなくなるの」
「いえ、気にしないで下さい。研究者ってああいう人が多いですから」
最近は顔を出せていないがユーダムのコロトークたちのことを思い出しながら恭也はそうエイカに伝えた。
これでとりあえずの話は終わったと恭也は考え、このままゼキア連邦の国民を解放するために出発しようとしたのだがエイカの話はまだ終わっていなかった。
「一つ聞いてもいい?」
「はい。何ですか?」
全く警戒せずにエイカの質問を受けた恭也は、エイカの質問の内容を聞き表情を硬くしてしまった。
「あなたどうしてイオンのことを嫌っているの?」
「……そんなつもりは無いですけどどうしてそんなことを?」
エイカの質問を否定した恭也だったがすぐに自分の失敗を悟った。
エイカの質問から恭也の回答までにかなりの間があったため、恭也が嘘をついていることは一目瞭然だったからだ。
実際エイカの後ろで二人の話を聞いていたエイカとイオンの母親は顔を青ざめながら恭也に視線を向けていた。
こうなったらごまかすのは無理だと判断した恭也は、イオンを嫌っている理由だけを隠してエイカの質問に答えることにした。
「そうですね。イオンさんには少し怒ってます。でも僕が何かされたってわけじゃないですし、僕が怒ってる理由も多分僕の方が変なんだと思います。この前僕が戦ってた異世界人、アロジュートさんもこの件では僕の考えが変だって言ってましたから」
「その理由を教えて」
恭也に警戒する様な視線を向けてきたエイカを見て、恭也は少し考えてから口を開いた。
「理由を教える気は無いです。そもそもみなさんが僕が怒ってる理由に気づいていないこと自体に怒ってますから」
恭也の口にしたみなさんという言葉を聞き、妹がした何らかの無礼な行動を謝ろうとしていたエイカは自分が何か誤解をしていることに気づいた様で黙り込んでしまった。
そんなエイカを前にこれ以上この話題を続けたくなかった恭也は話を続けた。
「でもこの件でイオンさんに何かする気は無いですし、そもそもギルドで働くエイカさんはともかくイオンさんは僕と会う機会そんなに無いと思います。だからこの話はここで終わりにしましょう。生まれ育った世界が違う以上、価値観の違いはある程度しかたないと思いますし。……じゃあ、僕もう行きますね。何かあったらすぐ呼んで下さい」
そう言うと恭也はエイカの返事も待たずに放置していた城へと移動した。