人材配置
そうしてある程度考えがまとまるとホムラは眷属を三体召還してオルフートに向かわせた。
「害虫は早めに駆除しておかなくていけませんものね」
先程別れる前に恭也とホムラは今後のオルフートとの付き合い方について話し合った。
エイカの件を聞くまで恭也はオルフートにもギルドの支部を作り、そこをシュリミナに任せるつもりだった。
しかしエイカにトーカ王国西部の三つの街を任せるのが難しいと知り、恭也はすぐにシュリミナに連絡を取った。
恭也がシュリミナにトーカ王国まで来てもらえないかと聞いたところ、むしろオルフートよりトーカ王国の方がいいという返事がシュリミナから返ってきた。
その後話し合いの結果シュリミナがオルフートで知り合った家族もイーサンに連れて来たいと言ってきたため恭也は今頃シュリミナたちを迎えに行っているはずだ。
シュリミナがこちらに来たことで恭也たちがオルフートと繋がりを持つ必要性はかなり下がり、オルフートの王、ヘイゲスが恭也にあまりいい感情を持っていないこともあり当分の間はオルフートへのこちらからの接触は控えることになった。
まずはトーカ王国内で恭也とギルドの有用性を示し、ヘイゲスの恭也への態度を軟化させようという恭也の考えにホムラもその場ではうなずいた。
しかし恭也が二週間連絡を取らなかった程度で恭也に暴言を吐いたというヘイゲスを許す気はホムラには無く、オルフートでの情報収集が済み次第ヘイゲスにはそれ相応の報いを受けさせるつもりだった。
ホムラの理想はヘイゲスを可能な限り苦しめた上で死なせることだが、それでは恭也が不快になるのでいくつか工夫をしなくてはならない。
セザキア王国でオーガスが起こした様な事件がオルフートで起きれば話は早いのだが、それはさすがに高望みが過ぎるので時間をかけるしかないだろう。
ヘイゲスを苦しめた上で恭也の名声を高めるための案を考えながらホムラは眷属を召還した。
作戦の立案や各地の眷属から集めた情報の処理はホムラにかかれば数秒で終わる作業だが、各国の外交担当者やギルドの支部長とのやり取りは相手がいる以上それなりに時間がかかる。
彼らの相手はホムラとしても面倒ではあったがこんな雑事を恭也にさせるわけにもいかず、他の魔神たちにもこういった仕事に向いた者がいない以上ホムラがやるしかなかった。
恭也から聞いたシュリミナの能力、恭也から渡されたアクア製の『治療水』、恭也がヘクステラ王国で行っているゼキア連邦の国民の解放など様々な事柄について考えていたホムラだったが、口をついて出たのはここ数日考えていた別の事についてだった。
「エイカ様がマスターの妻になってくれれば言うことは無いのですけれど」
ホムラから見てもエイカという人間は最高の逸材だった。
知名度、戦闘力、意思の強さどれをとっても申し分無く、ダーファ大陸以外の場所出身というのも都合がよかった。
しかしこうした倫理観のかけらもないことを考えながらも、この件に関してホムラは自分がどう関わるべきか決めかねていた。
ノムキナ、ミーシア、フーリンの場合はいずれも恭也に命を助けられたことが恭也に惹かれたきっかけらしいが、エイカの場合は恭也との初対面が敵としての遭遇だった。
その後恭也に負けたエイカは恭也とアロジュートの戦いの現場に顔を出し、恭也の行く末を見届けるなどと言い出したと聞いている。
こういった事を言い出した時点でエイカは恭也に悪い感情を持っていないのではとホムラは考えていた。
といってもここ最近何度かホムラがエイカに探りを入れたところ、好意を持っているとまではいかない様子だった。
恭也が近くにいる時に雇った人間や召還した悪魔にエイカを襲わせようともホムラは思ったのだが、エイカの場合どちらも自分で撃退できるというのがホムラの悩みどころだった。
ここ数日エイカと恭也を少しでも近づけようといくつもの案を考えたホムラだったが、この件に関しては自分が深入りしてもあまりいい結果は出ないだろうという結論をホムラは出しつつあった。
それにホムラがエイカを恭也の妻にしたい理由が恭也はもちろん大抵の人間に受け入れられないものであることはホムラも理解していた。
「エイカ様もマスターの近くにいればマスターの魅力に気づきますわよね」
ホムラがホムラにしては珍しい希望的観測に満ちた発言をしていたところ眷属越しにオルルカ教国のラミアの代表の気配がしたため、ホムラは考え事を止めると意識をラミアの代表との会談に向けた。
一方ホムラがラミアの代表との会談を始めていた頃、恭也はオルフート東部の街、オウルドでシュリミナとシュリミナの知り合いの家族と会っていた。
「迎えに来るのが遅くなってすみません」
「いえ、恭也さんが忙しいのは分かってますから気にしないで下さい。恭也さんがオルフートの人たちに注意してくれてからはオルフートの人たちも何もしてこなくなりましたし」
シュリミナたちがいる宿を訪れた恭也をシュリミナは笑顔で出迎え、その後恭也はシュリミナの後ろにいたシュリミナの知り合いの家族にもあいさつをした。
シュリミナから事前に恭也のことを聞いていたからか彼らは恭也に対しても特に怯えた様子は見せず、全員の準備ができているとのことだったので恭也はシュリミナたちを連れてオウルドの郊外へと向かった。
この世界の人間と外見が変わらない恭也はともかくシュリミナが街の中を進む姿はとても目立っていたが、シュリミナの存在自体はすでにオウルド全体に知られていた。
そのため恭也たちは特に姿を隠すこともなく街中を進み、無事街の外に出ることができた。
「じゃあ、これに乗ってトーカまで行きます」
そう言って恭也がエイ型の悪魔を召還するとシュリミナたちは驚いた様子だった。
「四時間ぐらいかかると思うんで、途中で一回休憩をとってトーカに着くのは夜になると思います。多分みなさんが思ってるより早く動くのできつかったら遠慮無く言って下さい」
そう言って恭也はシュリミナたちをエイ型の悪魔に乗せるとイーサンに向かって出発した。
「へー、本当に早いですね。これは恭也さんのいた大陸では当たり前の技術なんですか?」
風を受けて乱れる髪を抑えながらも、次々に後ろに流れていく景色を楽しそうに眺めながらシュリミナは恭也に質問をしてきた。
「いえ、これは割と最近できた技術で今のところ僕たちみたいに大量の魔力を持ってるか専用の大きな魔導具が無いと召還できません。その内普及させたいとは思ってますけど」
「恭也さんは魔導具の研究までしてるんですか?」
これまで恭也とシュリミナが落ち着いて話す機会が無かったため、シュリミナは恭也の活動についてディアンが送り込んでいる上級悪魔を倒して回っているということしか聞いていなかった。
そのため恭也の魔導具を普及させたいという発言を聞き、シュリミナは恭也が戦闘以外の活動もしているのかと驚いた。
しかしシュリミナの質問を受けた恭也は、苦笑しながらシュリミナの勘違いを否定した。
「僕は研究なんてしてませんよ。この世界の文字を読むのだってやっとですし。研究は色んな国の頭のいい人に任せてます。色々あって手に入れた街の政治とかも火の魔神に丸投げしてますし、僕のやってることは前も言った通り何かあったら暴れてるだけです」
「街を、……恭也さんは海の向こうから来たんでしたね。向こうで恭也さんがしたことを教えてもらっていいですか?」
「えっ?別にいいですけど……」
イーサンへの道中これからのことについてシュリミナと話し合おうと考えていた恭也はシュリミナの頼みに一瞬戸惑った。
しかし自分のことやこれからの行動方針を知ってもらういい機会だと考え直し、恭也はダーファ大陸で自分がしたことをシュリミナに簡単に伝えた。
「へー、向こうの大陸に恭也さん以外の異世界人が……」
恭也のダーファ大陸での活動内容を聞き感心した様子のシュリミナだったが、自分以外の異世界人の話題はシュリミナの興味を大きく引いたようだった。
そんなシュリミナを見た恭也は、今がアロジュートをシュリミナに紹介するいい機会だと考えた。
「異世界人ならもう一人いますよ、アロジュートさん、出てきてもらっていいですか?」
「あたし見世物じゃないんだけど」
紹介のためだけに姿を見せて欲しいと言われ、アロジュートはわずかに不機嫌そうにしながらも恭也とシュリミナの前に姿を現した。
悪魔に乗っての移動にも慣れた頃に突然現れたアロジュートにシュリミナの知り合いの家族が驚いていたが、そんな彼らの様子に気づくことなくアロジュートはシュリミナに自己紹介をした。
「力天使のアロジュートよ。今は一応こいつに仕えてるわ。その内協力することもあるかも知れないからその時はよろしく」
「ご丁寧にありがとうございます。私は鬼族のシュリミナといいます。戦いではお役に立てないかも知れませんが、少しでも恭也さんに助けていただいた恩を返したいと思っています。これからよろしくお願いします」
「ええ、戦うだけならこいつとあたしでどうにでもなるから気にしなくていいわ。あんた回復と蘇生ができるんでしょ?こいつ回復はともかく蘇生は気軽には使えないみたいだから、あんたは十分役に立つわよ」
「恭也さんも人を蘇らせることができるんですか?」
「はい。まあ、一応」
恭也の能力が戦闘向きの能力だと思っていたため驚いている様子のシュリミナに恭也は自分の能力を説明した。
「死ぬ度に能力を増やして復活ですか。……すごいですね」
「いや、聞いただけだと便利そうに聞こえるでしょうけど、実際は使いにくい能力ですよ?例えば僕が一回誰かを蘇らせようと思ったら、人数に関係無く魔力三万消費しますから」
「それはまた……」
シュリミナは対象が死んだ直後なら二百程の魔力で蘇生を行える上に一度に大勢の人間を蘇生させた場合でも千しか魔力を消費しない。
そのためシュリミナは恭也の説明を聞いてすぐに恭也の能力の欠点を察したが、直接指摘するようなことはしなかった。
「トーカはもちろんこの悪魔さえ貸してもらえれば他の国へだって治療に行って、少しでも多くの人を助けたいと思います。戦いに自信が無いと言っても上級悪魔一体ぐらいなら勝てると思いますので、恭也さんはこちらの心配はしないで多くの人を助けて下さいね」
「はい。僕の能力色々できるのは事実なので、足りないところをみなさんに補ってもらえればかなり色んなことができると思います。これからよろしくお願いします」
「もう人質取られないように気をつけてね」
「……はい」
茶化す様な口調で釘を刺してきたアロジュートに気まずそうに返事をした後、シュリミナは一つ気になったことを恭也に尋ねた。
ちなみにもう話すことは無いと判断したアロジュートは再び体を解いていた。
「今この世界にいる異世界人は五人だけなのでしょうか?」
「はい。僕、ガーニスさん、アロジュートさん、シュリミナさん、そしてディアンさんの五人だと思いますよ」
「思ったより少ないですね」
悲しそうにそう言ったシュリミナに恭也は自分がこれまでに聞いていた異世界人の消息についての情報を伝えた。
「僕がいた大陸では三人の異世界人が国と戦って殺されてましたし、この前行ったばかりのヘクステラでもそこの強い人が異世界人を一人殺したって言ってました。ディアンさんも二人異世界人殺してるらしいですから、多分僕たち五人以外に生き残ってる異世界人はいないと思います。僕やシュリミナさんみたいに再生とか復活ができないと不意を突かれたら終わりですから」
「そうですか。……生き残った五人の内四人が協力できただけでもよかったと思うしかないですね」
「ですね。僕とディアンさん以外の三人の内一人でもディアンさんみたいな人だったら僕生きてたか分かりませんし」
ここで空気が若干重くなったため恭也はあえて軽い口調でシュリミナを励ました。
「何か重い空気になっちゃいましたけどディアンさんの送り込んだ上級悪魔も残り一体ですし、それを倒したらディアンさん本人を倒すだけです。上級悪魔何十体も連れてるみたいなんで楽には勝てないでしょうけど、僕とアロジュートさんに魔神六人がいて負けるってことはないでしょうから安心して下さい」
「そうですね。がんばって下さい」
そう言ってシュリミナが頭を下げてこの話は終わり、その後恭也とシュリミナはイーサンに着いてからの予定についての話し合いを始めた。
そして予定通り夜遅くに恭也たちはイーサンに着き、恭也はホムラの手配した家にシュリミナたちを送った。
「じゃあ、僕はこれで。明日にはもうこの街を離れますけど何かあったらいつでも呼んで下さい」
オルフートとトーカ王国の国境近くに置いていたライカの移動用の魔導具はすでに廃棄済みで、新たにイーサンの領主の家に魔導具を設置していたため恭也はいつでもイーサンに来ることができた。
「はい。その時はよろしくお願いします。それでは失礼しますね」
そう言ってシュリミナは知り合いの家族と共に家へと入っていった。
その光景を見て恭也は素直にすごいと感じた。
この世界の人間と姿に大差が無い恭也ですら問答無用で殺されそうになるこの世界で明らかに人間ではないシュリミナと仲良くしている家族は本当にすごいと恭也は思った。
元々恭也たちはシュリミナの住居と知り合いの家族の住居を別々に用意していたのだが、シュリミナは彼らと一緒に住むと言ってきた。
シュリミナの知り合いの家族からも反対意見が出なかったため、結局恭也たちは住居を一つだけ提供した。
この世界の人間が全員彼らの様な人間だったらと恭也は思わずにはいられなかったが、ディアンの様な異世界人もいる以上それが無理なことも理解していた。
明日恭也は異世界人と魔神を電池代わりに使う技術を開発したエイカの妹、イオンと初めて会う。
今さらイオンをどうこうする気は無いが、恭也は明日のことを思うと気が重くなった。