異世界人三人
歴戦のアロジュートの眼光に一瞬怯えた恭也だったが、何とか自分を奮い立たせた恭也はアロジュートを説得した。
「前回ディアンさんの創った上級悪魔を倒した時、あっちがいきなり街を襲わない代わりにこっちもある程度相手の都合に合わせるって約束したんですよ。だから今回は僕に任せて、アロジュートさんは僕たちの攻撃が街に行った場合に備えて街に行ってくれませんか?」
恭也のこの発言を受けてアロジュートはとうとう無表情になってしまったが、恭也は根気強く自分の考えを伝えた。
「前提としてディアンさんは必ず倒して自分のしたことの報いを受けさせます。目標が決まってるんですから後大事なのは過程で、ディアンさんに限ったことじゃないですけど僕は少しでも被害を減らしたいと思っていつも動いてます。ディアンさんに気を遣うのが嫌なのは分かりますけど、ディアンさんは上級悪魔を数十体従えてるみたいなんで本当に何でもありになったら僕たちは大丈夫でもこの世界の人たちに大きな被害が出ると思います。僕たちの気分とこの世界の人の命、どっちを優先するかなんて話し合う必要無いですよね?」
「ええ、そうね。あたしが間違ってたわ」
ようやくアロジュートの顔から怒りの色が薄れ、恭也は安堵のため息をついた。
「次からはアロジュートさんも戦いに参加できるように話してみるので、今日のところは後方待機でお願いします」
「分かったわ」
そう言って街へと向かったアロジュートを見送った後、恭也は上級悪魔とその横に浮ぶ目玉の悪魔に視線を向けた。
「待っててくれるとは思いませんでした」
「これは俺とお前の遊びだぜ?楽しく遊ぶにはお互い礼儀を守らないとな」
恭也が知っているだけで多くの人命を奪っておきながらそれを遊びと言い放つディアンに吐き気を覚えながらも恭也は交渉を始めた。
「さっきこの悪魔は前に創ったから二人がかりは勘弁して欲しいって言ってましたけど、つまり今回あなたが送り込んだ四体の悪魔以外はアロジュートさんが倒してもいいってことですよね?」
ここでディアンが恭也の発言を否定したら面倒だと恭也は考えていたが、幸いディアンはアロジュートの参戦を認めた。
「今は新作の悪魔を創ってお前らを歓迎する準備を進めてるところだ。異世界人でも魔神でも好きに連れて来いよ。もうこいつとだけ一対一で戦ってくれれば四体目は好きにしてくれていいぐらいだ。まあ、それはお前がさっき言った通りこいつを瞬殺できたらの話になるけどな」
「なるほど。そうきますか」
「ああ、こいつがお前に通用しないとなったらもうちまちまと戦うのは止めだ。直接遊ぼうぜ」
ディアンとの全面対決に不安が無いと言えば嘘になるが、単発的にダーファ大陸とウォース大陸に上級悪魔を送り込まれるよりはましだと考えた恭也はディアンの誘いに乗ることにした。
「分かりました。じゃあこの悪魔一分以内に倒してみせます。海を汚したくないんで場所だけ変えさせて下さい」
そう言うと恭也は目玉の悪魔と竜型の上級悪魔を海上から地上へと誘導した。
そして竜型の上級悪魔が完全に海から離れるなり恭也は光速で上級悪魔の背中に移動し、そのまま上級悪魔を対象に全力の『ヒュペリオン』を発動した。
その結果上空十メートルの高さにいた竜型の上級悪魔は二秒もかからずに地上に墜落し、その後全身からきしむ様な音を立て始めた。
生物なら最初の墜落で死んでいたのだろうが、魔力さえ消費すれば傷を治せる上級悪魔は体を大きく損傷してもすぐに体を復元して飛び立とうとした。
しかし体を復元したところで竜型の上級悪魔を襲う重力が消え去らない限り上級悪魔は身動き一つとれず、体を復元したそばから押し潰される結果となった。
十万以上の魔力を保有するこの上級悪魔なら力任せに魔力を放出して『ヒュペリオン』の影響から数秒逃れることは可能で、実際竜型の上級悪魔はそれを二回行った。
しかし自身の巨体が仇となり竜型の上級悪魔は最後まで恭也に踏まれたまま魔力を消耗していき、最後には恭也が予定通り取り出した『アルスマグナ』製の杖に残っていた魔力を吸われて魔導具に生まれ変わった。
「ふー、危なかったー」
終始余裕だった様に見えた恭也だが、敵は仮にも上級悪魔だ。
全く無抵抗というわけではなく、体の全身から突風を発生させて恭也を吹き飛ばそうとしてきた。
それ自体は『魔法攻撃無効』でしのげたものの、この一分にも満たない戦闘で恭也は『魔法攻撃無効』だけで一万近い魔力を消費してしまった。
しかしここ五日間何事も無く過ごしていたため四人合わせて四十万近くまで魔力が回復していた恭也たちにとっては一万程度の魔力の消費など微々たるものだった。
竜型の上級悪魔によって周囲の酸素が全て消費されたという危機も『魔神化』で乗り切った恭也は、毎度のことながらこの世界に魔神がいなかったら自分は今頃死んでいただろうなと苦笑した。
今回恭也が竜型の上級悪魔から作った魔導具の効果は周囲の風の精霊と酸素を消失させるというどうにも使いづらいものだった。
効果範囲もそれ程広くなく正直言って外れの部類に入る魔導具だったが、ただで手に入れたものに文句を言ってもしかたないと考えた恭也はその魔導具を『格納庫』にしまうとアロジュートを近くに召還した。
「とりあえずディアンさんと少し話したら、街の人にもう心配無いって伝えてからヘクステラに戻りましょうか」
「あの重力攻撃はともかく最後何してたの?何か妙な物作ってたけど」
アロジュートの質問を受け、恭也はアロジュートに上級悪魔由来の魔導具の作り方を教えた。
それを聞き感心した様子のアロジュートを伴い、恭也はディアンが操る目玉の悪魔のもとに向かった。
「いやー、言うだけのことはあるな。まさかあそこまで一方的になるとは思ってなかったぜ」
自分が創った上級悪魔が倒されたにも関わらず、ディアンは楽し気に恭也に話しかけてきた。
「あれはお前と魔神どっちの力だ?見た感じ風魔法っぽかったけど」
「まあ、そんな感じです。魔神は仲間にした数が増える程魔法の威力が上がるんですよ」
自分が唯一仲間にしていない魔神の属性を口にしたディアンを前に恭也は大雑把な説明をするだけに留め、ディアンの勘違いも特に訂正しなかった。
そしてディアンは『ヒュペリオン』について勘違いをしたまま別の質問をしてきた。
「最後のあれ、まさか俺の悪魔で魔導具作ったのか?」
「はい。上級悪魔気軽に送り込んでるんですから、これぐらいは予想してましたよね?」
そう言って恭也は前回猿型の上級悪魔と戦った時に作った剣型の魔導具を取り出し、恭也がその剣を軽く振るっただけで地面が斬り裂かれた。
「お前……」
まさか自分の送り込んだ上級悪魔がこういった形で利用されているとは思っておらず、ディアンはしばらく言葉を失った。
「これが嫌なら上級悪魔送り込むの止めるんですね」
せっかく隠しておいた魔導具まで見せたのだから、これで少しはディアンが上級悪魔の各地への派遣をためらってくれなくては恭也は大損だった。
そう考えていた恭也の前で悪魔越しにディアンのため息が聞こえてきた。
「ほいほい能力増やして魔神部下にした上に、あげくに俺の悪魔から魔導具作るとはな。うぜぇ野郎だぜ。ちょっとなめ過ぎてたな」
そう言うとディアンはしばらく考え込んでから口を開いた。
「ところでどうしてお前やそこの女は魔神を部下にできるんだ?俺だけ魔神の力使えないってずるいだろ」
「ああ、それに関しては同情します。おかげでこっちは助かりましたけど」
そう言って恭也は『魔法看破』で知ったこの世界に始めの内に送られた異世界人は魔神と契約できないという事実をディアンに伝えた。
嫌がらせのつもりで恭也はこの事実をディアンに伝えたのだが、恭也の期待通りディアンは恭也の説明を聞き露骨に不機嫌になった。
「あのカス共、適当な仕事ばっかりしやがって」
自分を異世界に送り込んだ神の使いたちの顔を思い出しているのか忌々しそうにしているディアンを見て、恭也は不快な気持ちと呆れた気持ちの両方を抱いた。
「その点に関しては同情しますけど、もらった能力で楽しそうに街滅ぼしてる人が何被害者ぶってるんですか」
「ひどいこと言うぜ。適当な仕事しかしない馬鹿共のせいで人生狂わされて、ちょっとむしゃくしゃして暴れただけじゃねぇか」
恭也に批判されても全く悪びれないディアンを見て、恭也はディアンとの会話に疲れてしまった。
さっさとディアンとの会話を終わらせようと恭也は話を進めることにした。
「予定が詰まってるんでそろそろ失礼しますね。四体目の悪魔も倒したらすぐにあいさつに行きます。覚悟しといて下さい」
「ああ、楽しみにしてる。ところでそこの女、俺の部下になる気は無いか?この前のお前とそいつの戦い見させてもらったが俺の部下としては十分合格だ。そっちの正義の味方君よりはいい待遇で迎えるぜ?」
ある程度覚悟はしていた恭也だったが、やはり先日の恭也とアロジュートの戦いはディアンに見られていたようだ。
あの戦いはとても出し惜しみしている余裕など無かったので、アロジュートはもちろん恭也の手の内もディアンにはかなり知られてしまったはずだ。
「僕も人のこと言えませんけど、盗み見なんていい趣味してますね」
「魔神二人渡す代金としちゃ安いもんだろ?上級悪魔十体ぐらいであの石囲ってやってもいいんだぞ?」
「そうしてくれると助かるわ。さすがにこいつとあたしでも上級悪魔数十体を一度に相手にするのは無理だから、十体だけ本隊から離してくれるなら各個撃破できるもの」
ディアンの脅しにどう返そうかと恭也が悩んでいると後ろからアロジュートが助け舟を出してきた。
アロジュートの言う通り上級悪魔複数を同時に相手にするのは恭也としても避けたかった。
今回恭也は『ヒュペリオン』で一方的に竜型の上級悪魔を倒したが、相手が複数の上級悪魔となると今回の様に対象の背中を取っても他の上級悪魔に妨害されるだろう。
上級悪魔複数の攻撃を同時に受けるとなるとどれだけの魔力を消費するか分からないため、上級悪魔複数を同時に相手にするのは極力避けたかった。
恭也がそんなことを考えていると、アロジュートの発言を聞いたディアンは楽しそうにアロジュートに話しかけた。
「そりゃ困るな。にしてもその感じだと俺の部下になる気は無さそうだな。はっきり言っとくけど俺が好きなのは戦いじゃなくて弱い物いじめだ。お前らなんて精々俺の遊び道具がいいところだぞ?」
「好きに言ってなさい。あんたみたいなゴミの下につく気は無いし、あんたがどれだけ強かろうがこいつの道の邪魔をするなら排除するだけよ」
一度恭也に視線を向けたアロジュートはディアンの発言を容赦無く切り捨てた。
「残念、ふられちまったか。まあいいや。お前みたいな生意気な女が俺の前でどんな風に泣きわめくか楽しみしとくぜ」
「……もうこの悪魔消すわよ?」
以前いた世界で戦ってきた悪魔たちと比べても遜色無い程品性が劣るディアンとの会話にアロジュートの我慢は限界を迎えていた。
そして恭也の眼の前でアロジュートはディアンが使役していた目玉の悪魔を消滅させた。
「……とりあえずディアンさんがどういう人かは分かってもらえたと思います。色々疲れる人ですけどそんなに長く付き合う気は無いんで我慢して下さい」
「下手に信念がある相手よりああいう分かりやすい下衆の方がやりやすいから、そこまで気にしてないわ。でも言っとくけどあたしの経験上ああいう奴はいざ負けそうになったら約束なんて守らないでなりふり構わず逃げるわよ。あんたがあいつとどういう取引したかは知らないけど、あんまり期待しないことね」
「大丈夫です。そこまで馬鹿じゃないですし、そもそも直接戦うってなったら取引も何もないですから」
恭也が言っても説得力が無いかも知れないが、一つの能力で悪魔の製造から戦闘まで幅広く行えるはずがない。
ディアンが創り出すペースより早くディアンが周囲に従えている悪魔を倒し、直接対決に持ち込めばどうにかなるだろう。
もちろん仮にも異世界人のディアンの戦闘力を侮ってはいないが、それでも恭也とアロジュートに加えて魔神六人という戦力を前に勝てるはずがない。
恭也はそう考えていた。
「とりあえずあそこの街に行ってもう大丈夫だって伝えたら、ここから近いんで火の魔神のホムラが管理してる街に行きましょう。ちょうどいい機会だからホムラとライカやアクアとの合体技の内容を知っときたいんで」
恭也のこの提案にアロジュートは特に反対せず、恭也は光速でガジノへと向かった。