惨劇
そして数日後、恭也はアズーバに着くなり奴隷市場を襲撃した。
召還した中級悪魔が門を破壊し、そのまま市場の中へと突入する。悪魔たちに遅れて恭也が中に入ると、市場は突如として現れた悪魔に騒然としていた。
「ど、どうしてこんな街中に悪魔が…」
「見張りは何をしていた!」
客や市場の職員らしき人々の叫び声を聞きながら恭也は商品扱いされている人々を救うべく奥へと向かった。
恭也の前を進んでいる悪魔たちの前に市場の警備員らしき男たちが立ち塞がった。
全員が手に魔導具を持っており、悪魔たちと彼らの戦闘が始まった。
「くたばれっ!」
警備員の一人がそう叫び魔導具を悪魔に向けると、魔導具の先から十本以上の風の刃が放たれた。『サイアード』に比べればはるかに弱い武器ではあったが、それでも警備員たちの攻撃は確実に悪魔の体を傷つけていった。
もちろん恭也はそれを黙って見てはいなかった。
恭也は『物質転移』を使い警備員たちの目の上に砂を転移させ、悪魔たちを援護した。
風の影響もあり転移させた砂全てが目に入ったわけではなかったが、それでも彼らの視界が数秒阻まれた。
その間に悪魔たちは警備員たちに近づくと次々にその足を折っていった。
最初は投げ飛ばすなり腹を殴るなりさせて敵を無力化させようと恭也は思ったのだが、中級悪魔の腕力でそれをすると死人が出かねなかったのでこの方法をとった。
次々と駆け着ける警備員たちの攻撃に傷を負いながらも、悪魔たちは忠実に恭也の命令を受けて敵を無力化していった。
もちろんその間恭也にも攻撃が飛んでくるが、サキナトのメンバーの中で恭也に有効とされていた火属性の魔法すら『魔法攻撃無効』を手にした今の恭也には効果が無い。
今の自分がただの人間相手に負けることはまずないことを、恭也はセザキア王国で手にした知識で理解していた。そのため悪魔たちには恭也の護衛を命じていない。
以前と違い魔法を防ぐのでなく食らっても効かない恭也の姿を見て、敵の中に動揺が生まれた。
「おい、話が違うじゃないか…。どうして魔導具の攻撃受けて平気なんだ?」
以前恭也が戦ったサキナトのメンバーが使っていた大砲型の魔導具五本による集中砲火を受けても、表情一つ崩さず恭也は前に進む。
そして相手に近づいたら一気に間合いを詰め、その腕をつかんだ。
「ねぇ、もうやめませんか?今の僕は属性関係無く魔法効きませんし、それにあれ見て下さい」
恭也に促され警備員たちが視線を向けた先では、十人以上の警備員たちが中級悪魔二体と戦っているところだった。
近くでは足を折られた警備員数人がうめいていた。
しかし悪魔たちも傷だらけで、その後周囲からの魔法を食らった中級悪魔は二体とも消滅した。
中級悪魔を倒したことで警備員たちの表情がわずかに緩んだが、そんな彼らの前で恭也は新たに二体の中級悪魔を召還した。
「どうぞ?まだ百体ぐらい召還できるんで、気が済むまで戦って下さい」
死力を尽くして同僚たちと倒した中級悪魔があっさり再召喚されるのを目の当たりにし、その場にいた警備員たちの心は完全に折れた。
我先にと逃げ出した警備員たちに目もくれず恭也は市場の奥へと進んだ。
途中で会った市場の職員から聞き出した場所に着いた恭也が目の前の扉を開けると、突然巨大な音が鼓膜を震わせた。
同時に視界全体を炎が覆い、目と耳をふさがれた恭也はしばらく何もできなくなった。
ここに仕掛けられていた魔導具は数秒動きを防ぐといった類のものではない。
決められた手順以外で開いた場合、仕掛けられた魔導具が外の侵入者を焼き払うという仕掛けが施されていた。
しかし今の恭也にとっては、かなり驚いた以上の感想を抱かせるものではなかった。
「うわっ、熱くも何ともないけど目と耳使えなくされるって結構きついな」
人間が数秒で消し炭になる炎の中でぼやきながら恭也は自分が騙されたことを悟った。
「うーん。やっぱ怖がられてないよなー」
仕方無く自力で奴隷を探すことにした恭也は道中自分に対するこの世界の人間の評価について考えていた。
おそらく恭也がサキナトの人間だろうと殺したくないと考えているのはサキナト側にばれているだろう。
しかしそれが原因で侮られているとしても自分が恐れられるようにするために敵を殺すというのも嫌だった。
足を折るという行為も恭也の中では抵抗がある残虐な行為だったのだが、犯罪を職業としている彼らにはその程度では脅しにならないのだろうか。
しかし恭也としては、相手を殺すのは到底受け入れられない行為だった。
その後もいい考えが浮かないまま恭也はそれらしき場所を発見し、今度は道中で捕まえた職員に扉を開けさせた。
職員によると奴隷市場の主要施設の扉、左右の決められた場所を同時に押さえながら開かないと罠が発動する作りになっているらしい。
つまり一人で開けるとどうやっても罠が発動するということだった。
今回は恭也と職員の二人で扉を開け、今度は罠も発動せず中に閉じ込められていた百人余りを無事外に連れ出すことに成功した。
職員を解放した恭也はとりあえず全員の首輪を外して今後の計画を考えた。
さすがにこの人数を連れては街からの脱出すら無理だろう。
恭也としては一人でも死んだら負けで作戦としてはここからが本番だ。
とりあえず彼らと市場の出入り口まで来た恭也は表の様子に違和感を覚えた。
市場の外にはわずか三人しかいなかったのだ。
恭也が閉じ込められていた人々を探し出すのに二十分近くかかった。
そのため恭也はここを抜け出す際には増援としてきた大勢の衛兵と戦う覚悟をしていた。
それにも関わらずのこの状況に恭也は安心よりも恐怖や気味の悪さを感じた。
恭也は中級悪魔を二体召還すると助け出した人々に近づく人間がいれば足を折って無力化するように命じると表へと出た。
「何十人も相手にするつもりだったんですけど、まさか三人で来るとは思いませんでした。降参ってわけじゃないですよね?隙ついて後ろの人たち殺そうとしても無駄ですよ。首輪は外して来ましたし、中級悪魔二体も置いてきましたから」
そう言って三人の男に視線を向けた恭也に対し、真ん中に立っていた男が口を開いた。
「中級悪魔の召還。話に聞く鳥女の魔導具ですね?それをもらう程の協力関係をあなたとセザキアが結ぶとは意外でしたよ」
「平気で人さらうあなたたちよりは僕の方がましだと思ったんじゃないですか?思ったよりスムーズでしたよ」
「ふー、そうですか。まあ、いいでしょう。悪魔抜きにしても我々ではあなたに勝てなかったのですから今さらあなたがどれだけ強くなっても構いません」
男のこの投げやりともとれる発言を聞き、恭也の困惑は強くなった。
言葉だけ聞くと降伏をしそうだが、目の前の男は恭也のことをまるで恐れていない。
何か切り札があるのかと思った恭也が動こうとするより早く男が口を開いた。
「まだずいぶんと若いようですね。大きな力を手に入れて自分が何でもできると勘違いしているのでしょう。だけどどれだけ強かろうが一人の善意なんて簡単につぶせるんですよ」
男が合図をすると後ろに控えていた男が手にしていた魔導具を口元に運んだ。
どんな攻撃が来ようが対処できると考えていた恭也だったが、男のしたことは恭也の予想外だった。
「自爆しろ!」
おそらく拡声器の様な効果を持った魔導具により男の声は遠くまで届いた。そう門の向こうにいた彼らの耳にも。
恭也が一瞬戸惑い、そして男たちのしたことに気がついた時には遅かった。
門の向こうから先程聞いた爆発音が数度聞こえ、続いて人々の悲鳴が聞こえてきた。
慌てた恭也が門をくぐると、そこには地獄絵図が広がっていた。
人々の悲鳴が響き、肉の焼ける音と臭いが辺りに充満する。
とっさに何とかしようとしたが、恭也の能力で唯一役に立ちそうな『治癒』も火を消せないのでは相手の痛みを長引かせるだけだった。
目の前で苦しみ次々に死んでいく人々を前に何もすることができず、恭也は呆然とする。
そんな恭也の後ろから先程の男が声をかけてきた。
「あれどうしたんですか?助けなくていいんですか?」
恭也をあざ笑うように話しかける男に対し、今の恭也は怒る気力すら無かった。
意気消沈する恭也に男は言葉を続けた。
「あーあ、かわいそうに。あなたが余計なことをしなければ彼らは死なずにすんだのに」
そう言うと男は懐から小さな筒状の魔導具を取り出し、それを恭也に向けると男は魔導具を使用した。
魔導具の先から二発の火球が放たれ、二発とも恭也の頭部に命中した。
しかし『自動防御』と『魔法攻撃無効』が働き、恭也は攻撃を受けたことすら気づかなかった。
その後男はもう一発火球を放ち、それも恭也に効かないことを確認すると魔導具を懐にしまった。
「あれ?何で効いてないんだ?自動で魔法を無効にしてるのか?まさか自分で防御してるわけじゃないですよね?これだけの人間死なせといて自分だけ助かろうなんてまともな神経してればできるわけないですもんね!」
後半部分は恭也に聞こえるような大声で言いつつ、男は部下に恭也への攻撃を命じた。
自分でしなかったのは男自身の属性は闇で、先程の魔導具は属性に関係無く使える代わりに回数制限がある魔導具の試作品だからだ。
命じられた男が恭也の背中に水の刃を放った。
それも恭也に効かなかったことを見届けた男はこれ以上の攻撃をしても意味が無いと判断した。
「ここは息苦しいので私たちはこれで失礼します。言っておきますが、あなたが奴隷を助ける限り私たちは何度だって同じことをします。奴隷たち殺したければお好きにどうぞ」
そう言い捨てると、男は部下と去って行った。
恭也とのやりとりの数分後、トラルクの指示で恭也の目の前で奴隷が死ぬように差し向け、その現場を見届けたトラルクの部下、コピオはサキナトのアズーバ支部に戻り、トラルクに今回の報告を行っていた。
「というわけで異世界人が助けようとした奴隷は全員焼死、異世界人自身もこちらの攻撃や言葉に反応できない程憔悴している様子でした」
「くくっ、そうか、そうか。それはぜひこの目で見たかったな」
コピオの報告を受けたトラルクは、満足そうに笑いながらいすに体を沈めた。
ここ最近自分に心労を強いていた異世界人の無様な顛末を聞き、トラルクは満足そうに報告の続きを聞いた。
「それなら自分で行けばよかったじゃないですか。こっちは逆上した異世界人に襲われたらと思うと気が気じゃなかったですよ」
「ちゃんと光属性の使い手もつけてやっただろう?そうなってもちゃんと逃げられたさ」
そう言いつつも結局自分で行かなかった事実が、トラルク自身今回現場に行くことの危険性に気づいていた証拠だった。
しかしそれを指摘しても部下であるコピオにとって愉快なことにはならないので、これ以上の愚痴は飲み込み今後の仕事の話に移った。
「これで彼の心が折れなかったらどうするんですか?奴隷をさらってくる手間はもちろん、奴隷たちを自爆させるための魔導具もそう何度もは用意できませんよ?」
今回トラルクたちは奴隷の一部を闇属性の魔導具で支配し、その上で彼らに自爆用の火属性の魔導具を持たせるという手段をとった。
使った魔導具は壊れて回収できないので、今回の損失を考えると同じ事を何度もしていては大赤字だ。
「そうだな。奴隷はセザキアやクノンにいくらでもいるが、魔導具はそう簡単には壊せないし、仮にあの異世界人が立ち直ったらその時はその時でまた考えるさ。それより今回の件は全力で国中に知らせろよ。異世界人についていったどうなるかってな」
「もちろんですよ。金貨二十枚以上の損失を出したんですから、少しでも有効活用しないと」
「ところで今異世界人はどうしてる?」
「見張っていた部下によると、奴隷の死体共々突然消えたようです」
「消えた?死体片づけてくれたのはありがたいが面倒なことを…。どこかで野垂れ死んでくれてればいいんだがな」
「まったくです。あんなお金にならない化け物の相手なんて二度としたくないですからね」
その後もいくつか今後について話し合うと、コピオは部屋を後にした。
結局話し合いの最中百人以上の人間を殺したことへの罪悪感をみじんも示さなかった二人は自分たちがしたことの大きさにまだ気がついていなかった。