道具
恭也はアクアを仲間にした後ですぐにアロジュートと合流し、そのままヘクステラ王国へと転移した。
恭也が王城近くに転移した時はまだ日が高かったので、宿を探す前に恭也はヘクステラ王国の首都、ヘクスの現状を見ておくことにした。
明日恭也が城に行くことは伝えてあり、恭也の力は女王を含むヘクステラ王国の首脳陣には直に示していた。
そのため街の様子はそこまでひどい事にはなっていないだろう。
そう考えて恭也はアロジュートを召還してから街へと向かった。
昼下がりということで街は人が多く行き交っており、その中には少ないながらもエルフやラミアの姿もあった。
彼女たちの手足には小さい傷が無数にあり、ゼキア連邦からさらわれてきた種族の扱いが変わっていないことを知った恭也は近くでラミアを連れていた女に話しかけた。
「僕別の街から来たんですけど、今ヘクステラは異世界人にさらってきた種族を解放するように脅されてるって聞きましたよ?ラミアこんな風に扱って平気なんですか?」
恭也の質問を受けて女は笑みを浮かべ、その隣でラミアは驚いた表情を見せた。
「どこから来たのか知らないけど大丈夫よ。異世界人に怖気づいた二人をくびにして新しくそろえた十武衆が城を守ってるらしいし、明日には異世界人との決着もつくわ。ウルミス様たちに任せておけば安心よ」
そう言って手にした杖でラミアを小突いた女を見て、恭也は即座に『情報伝播』を発動した。
突然体中を焼かれる痛みに襲われて女が叫び声を上げる中、地面を転げ回る女を放置して恭也はラミアに『治癒』を発動した。
すぐにラミアの傷が治り、驚いた様子のラミアに恭也は安心するように告げた。
「安心して下さい。僕がさっき言ってた異世界人です。この人の家にはまだあなたみたいな人がいるんです?」
「はい。私の他にラミアが二人います」
ラミアの答えを聞き、自分が相当楽観的だったと気づかされた恭也は『情報伝播』を解除すると地面に横たわっている女に声をかけた。
「あなたの家に案内して下さい。捕まってるラミアを助け出したいので」
「わ、分かったわ。こっちよ」
そう言うと女は大人しく歩き出し、恭也はラミアを後ろに連れて女の後についていった。
恭也たちのやりとりを聞いていた周囲の人々は女に同情的な視線を送りつつも、恭也が異世界人だと知り遠巻きに見ているだけだった。
そして数分も歩かない内に恭也たちは街を見回っていた衛兵五人と遭遇し、衛兵たちを見た途端女は衛兵たちの方に駆け出した。
「助けて!この男は異世界人よ!」
そう言って恭也から逃げ出した女の足下の石畳を恭也はランの魔法ではがし、その後恭也が発動した『埋葬』で女は腰まで地中に埋められた。
「そんなに慌てないで下さい。この人たちにはすぐに帰ってもらいますから」
そう言うと恭也はラン、ライカ、アクアの三人を召還した。
「どうしますか?この三人は魔神です。僕たち四人と戦って勝てると思ってるならかかってきて下さい。殺す気は無いので安心してどうぞ?」
そう言って衛兵たちの出方を待った恭也の前で衛兵たちは一目散に逃げだした。
自分を見捨てて逃げ出した衛兵たちを見て呆然とする女に恭也は声をかけた。
「僕は相手を洗脳して操ることもできますから、そっちがいいならそうしますよ?このまま大人しく家に案内するならラミアを助けるだけで済ませますけど、次に僕に反抗的な態度とったら全財産没収しますからね?」
そう言って恭也が女に『情報伝播』を使い『格納庫』に屋敷をしまう光景を見せると女は大人しくなった。
その後これ以上の騒ぎは避けたかったので、恭也はエイ型の悪魔を召還して空路で女の屋敷へと向かった。
ライカの魔法で姿を消し、女の指示に従って女の家に向かいながら恭也は体を解いて同行していたアロジュートに話しかけた。
(聞くのが遅くなっちゃいましたけど、僕が悪魔を召還することに抵抗あったりしますか?)
恭也の考える天使とは悪魔と戦っている存在だったので、仮にも自分の主の恭也が悪魔を召還・使役するとアロジュートは不快なのではと恭也は考えた。
しかしアロジュートに特に気にした様子は無かった。
(確かに名前は引っかかるけど、この世界の悪魔ってただの魔力の塊でしょ?魔神と同じでただの道具なんだから気を遣わなくてもいいわよ)
悪魔の召還にアロジュートが難色を示さなかったのは助かったが、それと同時にアロジュートは恭也にとって聞き流せない発言をした。
魔神たち三人がアロジュートの発言を不快に思っていることが伝わってきたこともあり、恭也はアロジュートの発言を否定した。
(魔神まで悪魔と同じ様に扱うのは間違ってますよ)
(は?主がいないと自分の姿すら持ってない存在なのよ?怒らせたっていうなら謝るけど、魔力の塊に感情移入するのはどうかと思うわよ?)
アロジュートは恭也がどれ程怒っているのか理解していなかったので、適当に恭也に謝ってこの話を終わらせるつもりだった。
しかし予想以上に恭也が食い下がったためアロジュートは困惑した。
(意思や感情がある存在を道具扱いするなんてゼキア連邦から色んな種族さらって奴隷にしてるヘクステラの人たちと一緒じゃないですか)
(生き物と魔神一緒にしないでよ)
(その理屈でいくとアロジュートさんも道具になっちゃいませんか?)
恭也はアロジュートから天使が神聖気のみで構成された存在であることを聞いていたため、この様な発言をした。
この発言が失礼なことは恭也も分かっていたが、先程から何度も魔神たちに失礼な発言をしていたアロジュートに恭也も思うところがあったので思わず口にしてしまった。
そんな恭也の発言に対するアロジュートの発言は恭也の思いもよらないものだった。
(ええ、そうよ。あたしたち天使は邪悪なものを滅して弱者を救うための道具。だからあんたもあたしに命令する時は遠慮なんてしなくていいわ)
当然の様にそう言ったアロジュートに自分の考えをただ伝えても無駄だと恭也は考え、アロジュートの考えを肯定した上で自分の考えを伝えた。
(アロジュートさんがそういう考えならそれは尊重します。でも便利な道具は長く使いたいので僕はアロジュートさんのことは大事に使っていきたいと思っています。それは構いませんよね?)
(……好きにしなさい)
恭也がアロジュートのことを道具扱いする気が無いことはアロジュートにも分かっていたが、話していて恭也と自分の間にかなりの価値観の違いがあることに気づいたアロジュートは恭也の考えを聞き大人しく引き下がった。
恭也がアロジュートや魔神をどう扱おうと自分の考えさえ変わらなければそれでいいと考えたからだ。
恭也もアロジュートが完全に納得したわけではないことは分かっていたが、今回のアロジュートの魔神への発言から始まった二人の意見の相違はお互いの価値観の違いから生じたものだ。
今これ以上話しても双方が納得する結論は出ないだろう。
そう考えた恭也はアロジュートに考えを改めるのが無理でも先程の様な発言をするのだけは控えて欲しいと伝え、後で魔神たちへのフォローが必要だなと考えながら女の案内で先を急いだ。
やがて女の屋敷に到着した恭也は、女の案内で屋敷でこき使われていたラミア二人を発見して保護した。
しかし明日王城を訪ねる身の恭也としてはラミアたちを連れて行くわけにはいかなかった。
明日王城を訪ねる際には確実に争いになるからだ。
そのため恭也は女に『不朽刻印』を施すと明日彼女たちを迎えに来ると伝えてから街へと向かった。
そして翌日の朝、恭也は朝一番にヘクステラ王国の王城を訪ねた。
異世界人だと名乗った恭也を門の前にいた兵士はすぐに玉座の間まで案内してくれ、兵士の案内に従って恭也は玉座の間へと入った。
恭也の後ろで兵士が扉を閉めた直後、恭也に数十本の矢が迫り、恭也は金属操作でそれを防ごうとした。しかし金属操作で矢を防ぐことはできず、その後撃ち出された矢の半数以上が恭也に命中した。
「いてっ」
案内された時点で玉座の間に入った途端に不意打ちをされるぐらいの覚悟は恭也もしていた。
そのため恭也は攻撃を受けたら『自動防御』で二種類の無効化が発動するように準備していて、今回はただの矢を受けたため『物理攻撃無効』が発動した。
「なるほど、先に金属がついてないのか。色々考えるなー」
感心した様子で足下に落ちた矢を拾うと、恭也は金属操作対策のために木と羽だけで作られた矢をしげしげと眺めた。
そんな恭也の耳に左右の壁際に並んでいた兵士たちの指揮官らしき兵士の声が届いた。
「効いているぞ!次の矢を放て!」
先程恭也が痛いと口にしたことから指揮官は誤解しているようだったが、先程の矢の雨で恭也は傷一つ負っていない。
先程の恭也の発言は条件反射の様なものだった。
しかしそれを知らない兵士たちは指揮官の指示に従い、再び恭也に向けて矢を放った。
当然二回目の矢の雨も恭也には傷一つつけられないはずだった。
しかしあることを思いついた恭也は自分に向けて飛んで来る矢に対してある能力を発動し、見事失敗して体中に矢を受けて絶命した。
(あんた何やってるの?)
すぐに復活したとはいえ無駄に一度死んだとしか思えない恭也の行動を見て、体を解いて恭也の近くに待機していたアロジュートは呆れた様子だった。
体を解いている状態の天使に物理攻撃は効かないが、仮にも主の恭也が殺されるのを黙って見ているのはアロジュートとしても落ち着かない。
そのためアロジュートは恭也にわざと攻撃を受けた理由を尋ね、それに対して恭也は説明を後回しにした。
(次の攻撃の後説明しますよ)
能力を使えない事情があるなら自分が戦うと提案してきたアロジュートをそう言って止めると、恭也は小さくうめき声をあげて片膝をついた。
「効いているぞ!とどめだ!」
二度に渡る自分たちの攻撃を受けてとうとう片膝をついた恭也を見て、再び指揮官は部下たちに攻撃を指示した。
そして三度目の矢が放たれた時、恭也は『時間停止』を発動した。
(えっ、すごいわね。あんた時間止めれたの?)
自分と恭也以外の全てが止まった光景を見てアロジュートは驚いた様子だった。
当然の様に自分の能力が効いていないアロジュートに呆れつつ、恭也は先程失敗した『物質転移』を自分に向けて放たれた矢全てに発動した。
ちなみに今回アロジュートに恭也の『時間停止』が効かなかったのはアロジュートの能力のせいではない。
恭也と契約していたアロジュートが恭也と契約している魔神同様能力の対象外だったからで、さすがにアロジュートが単独で『時間停止』に対抗しようと思ったら魔力を五百は消費する必要があった。
アロジュートについては誤解したままだった恭也だったが本来の目的の実験は成功し、『時間停止』でできた時間を使い恭也は自分に向かっていた矢全てを的確に把握した。
その後『時間停止』が解除されると恭也は矢を放った兵士たちの後ろに矢を転移させ、そのまま矢は兵士たちの右脚に突き刺さった。
兵士たちの悲鳴が玉座の間に響く中、一人無事だった指揮官を見た恭也はすぐに指揮官の近くにナイフを転移し、金属操作を使い兵士たちと同じく指揮官の右の太ももに深々とナイフを刺した。
これにより姿を現していた兵士全てを無力化した恭也にアロジュートが話しかけてきた。
(あんた、ほんと何でもできるのね。でも今の何の意味があるの?最初から自分の武器転移すればいいだけじゃない)
恭也は『アルスマグナ』製の武器以外の通常の武器も『格納庫』に数十本収納しているので、アロジュートの指摘はもっともだった。
(今のは実験です。動いてるものでも転移できればできることの幅広がるかなと思ったんですけど、さすがにいきなり動いてる矢は無茶でしたね。でも今の感じだと練習次第ではできそうだったんで成果はありました)
さすがに相手の飛び道具を無効にする度に時間は止められないが、今回の実験は有意義なものだった。
そう考えた恭也は今も床をのたうち回っている兵士たちから武器を抜き取り、兵士全員の傷を治した。
「そこで大人しくしてれば何もしません。でももっと痛い目に遭いたいって言うなら好きにして下さい」
そう兵士たちに告げた後、恭也は自分が入って来た扉の近くの壁に視線を向けた。
「いるのは分かってます。出て来て下さい」
そう言って恭也がしばらく視線を動かさずにいると姿を消していた兵士二人が姿を現し、見覚えのあった男に恭也は話しかけた。
「確かあなたは僕と一度会ってますよね?さっきの見てたなら分かると思いますけど、武器を木製に変えたぐらいじゃ僕には勝てませんよ?」
「うるさい!うぬぼれるなよ!我々は貴様の同類の機械人形を壊したことがある!たとえ我々をこの場で殺したとしても、いずれ我々の仲間が貴様を殺す!」
十武衆二人に降参するように告げた恭也に対し、十武衆の一人、中年の男、ウルミスが怒号を飛ばした。
状況から察するにウルミスの言う機械人形というのはロボットやアンドロイドの様な種族の異世界人で、ティノリス皇国の将軍、デモアも異世界人を殺した経験があるらしいのでウルミスの発言は事実なのだろう。
しかしその異世界人がどの様な能力を持っていたかは知らないが、ウルミスたちはおそらく不意打ちに近い形で異世界人を殺しただけだろうと恭也は考えていた。
今まで恭也が出会ってきた異世界人の強さを考えると、この世界の人間が正面から戦って異世界人に勝てるとは思えなかったからだ。
そう考えた恭也は今後のことを考えて十武衆の中でも最年長らしいウルミスの心を折ろうとウルミスたちに近づいた。