侵入者
「お互い自分の主が勝つと思ってるっすね。じゃあ、自分たちはここで適当に戦ってればいいっす。どっちの主が強いかはすぐに分かることっすから」
「……あいにくですがあなたの口車には乗りません。全力であなたを倒します」
「じゃあ、こっちも全力で逃げるっすよ」
そう言いながらもライカは全身から光線を放ち、その内一発は水の魔神に消されたものの今回ライカが放った光線のほとんどはガイサムに当たった。
水の魔神に言った通りライカは水の魔神との戦いを積極的に終わらせるつもりはなかった。
ライカは自分が恭也にだまし討ちの様な形で負けたことに今も納得しておらず、今回のアロジュートとの戦いで恭也を見定めるつもりだった。
相手を倒したらすぐに戻って来てという恭也の命令を拡大解釈してライカはこの様な行動を取っていたが、一応主への義理立てでランへの支援ぐらいはしておいた。
ライカが見たところランが戦っている巨大な天使はもうすぐ倒れそうで、そこにライカの光線を数発受けたのだからランの勝利は時間の問題だった。
これでランは恭也のもとに駆け付けることができ、恭也の勝率が少しは上がっただろう。
水の魔神には恭也が勝つと言ったものの、ライカの見たところ現時点で恭也に勝ち筋は無かった。
これで恭也がアロジュートに勝つようなら自分も恭也のことを正式に主と認めよう。
そう考えていたライカだったが、ライカが放った光線はライカの思わぬ形で今回の勝負の流れを変えることになった。
ライカがガイサム目掛けて光線を放った直後、恭也の耳に女の悲鳴が届いた。
アロジュートにもその悲鳴は聞こえ、アロジュートは驚いた様子も見せずに悲鳴のした方に視線を向けて呆れた表情で口を開いた。
「だから危ないって言ったのに。馬鹿な人間」
悲鳴の主の存在を最初から知っていた様なアロジュートの発言を不思議に思いながら恭也がアロジュートの視線を追うと、その先には腹部から血を流しているエイカがいた。
「エイカさん?どうしてこんなところに?」
予想もしていなかったところでエイカに会い驚いた恭也だったが、エイカの傷を見てすぐにエイカのもとに移動した。
その後『治癒』でエイカの傷を治すと、恭也はどうしてこんな場所にいるのかエイカに尋ねた。なおアロジュートは恭也とエイカのやり取りを離れたまま見ていた。
「どうしてこんなところにいるんですか?危ないですよ」
「うるさいわね。あなたに心配される筋合いは無いわ。さっさと戦いに戻りなさい」
取りつく島の無いエイカに戸惑った恭也だったが、とりあえずエイカを安全な場所に移動させるためにアロジュートに一時的にこの場を離れる許可を取ることにした。
「すみません。この人を安全な場所まで避難させたいので少し待っててもらえませんか?もちろんすぐに戻って来ますから」
アロジュートは別に悪人というわけではないと恭也は思っていたので、自分のこの頼みは聞いてもらえるだろうと思っていた。
しかし恭也の予想に反してアロジュートは恭也の頼みを断った。
「駄目よ。その女はあたしが天使を使って避難させたのに、その後で自分の意思でここに来たのよ?これ以上気を遣う義理は無いし、そもそもその女があんたがいざという時に逃げるためにあらかじめ用意していた部下の可能性もあるもの。迷い込んだ一般人にしては妙に強かったし」
「いや、でもこのまま僕たちが戦ったらエイカさん危ないですよ?」
こう言っては何だがライカの光線を一発食らっただけで死にかけたエイカがこの場に留まっては命がいくつあっても足りない。
そう考えてアロジュートを説得しようとした恭也だったが、アロジュートの意思は固かった。
「積極的にその女を傷つける気は無いけど気を遣う気も無いわ。死なせたくなかったら自分で守るのね」
アロジュートがこう言ったのと同時に周囲を覆っていたガイサムの結界が消え、その直後恭也がランに視線を向けるとガイサムの姿が消えてランが誇らし気な表情をしていた。
「思ったより早かったわね。やっぱ魔神二体はきついか」
そうアロジュートがこぼす中、恭也はランを手元に呼び戻した。
(ラン、ありがと。思ったより早く倒してくれて助かった。思いついたこともあるし、おかげでアロジュートさんにも勝てそうだよ)
(……ごしゅじんさまの役に立てたなら嬉しい)
言葉通り嬉しそうにするランに再度礼を言いながら恭也はこの後の手順を考えていた。
ガイサムが倒された今ならエイカを『強制転移』で避難させることができ、そうすれば先程エイカを見て思いついた方法でアロジュートの動きを封じればいい。
そう考えた恭也はさっそくエイカに『強制転移』を使おうとしたのだが、それより先にエイカが口を開いた。
「私の前であの異世界人に勝ってみなさい」
「は?」
予想だにしなかったエイカの発言に恭也は思わず聞き返してしまった。
そんな恭也を前にエイカは再び口を開いた。
「私はあなたのせいで父の仇を討てなくなり国も追われたわ」
エイカが将軍の職を追われたことは恭也も知っていたが、エイカがオルフートにまでいられなくなったと聞き恭也は驚いた。
そんな恭也にエイカは自身の胸の内を伝えた。
「私の目的も築き上げてきたものもあなたは全て奪っていった。だから決めたわ。あなたの行く末を見届けると」
「……どういう意味ですか?」
エイカの言いたいことが理解できず、恭也は思わず聞き返してしまった。
「私の全てを踏みにじったあなたの歩みが途中で止まったら、あなたの犠牲になった私やオルフートの兵、そして父の思いが完全に無駄になってしまうわ。だからあなたにはあなたの理想を実現させる義務がある。そして私はあなたがあなたの理想をあきらめないか最後まで見届けることにしたわ」
「なるほど。自分たちの邪魔をしたんだから世界平和ぐらい実現してみせろってことですね」
ようやくエイカの言いたいことを理解したと思った恭也だったが、エイカの話はまだ終わりではなかった。
「そうよ。だからあなたが上級悪魔を操るディアンとかいう異世界人に打ち勝つと言うなら、私の前であの異世界人に勝ってあなたの力を示して。それができないというならこの場で自害しなさい」
「ここで死ぬわけにはいかないんで、僕がアロジュートさんに勝つところを見てて下さい」
そう言って恭也は恭也とエイカの会話を邪魔せずに聞いていたアロジュートに礼を言った。
「お待たせしてすいません。正直待っててもらえると思ってませんでした」
エイカとの話が思ったより長くなった時点で恭也はアロジュートがしびれを切らして攻撃してくるのではと警戒していた。
しかし恭也の予想に反してアロジュートは二人の会話が終わるまで待ってくれた。
それを意外に思った恭也にアロジュートは自分の意図を伝えた。
「当然でしょう?これは殺し合いじゃなくてあんたがあたしの主にふさわしいかの試験ですもの。あんたの言動は全て見届けさせてもらうわ。さてと、あたしに勝つとか言ってたわね?」
「はい。最初に決めた通り、あなたの動きを三十秒止めて勝ちます」
エイカに自分たちの取り決めを聞かせた恭也を見て、アロジュートは恭也の作戦を予想した。
といっても恭也がアロジュートの動きを封じようと思ったら『アルスマグナ』製の金属で動きを封じるしか無く、それは双方とも分かっていた。
アロジュートは恭也が地下を利用して先程アロジュートの動きを数秒間止めた箱を回収していることに能力で気づいていた。
確かにあの金属は厄介だが、二度同じ手は通じず土の魔神の金属操作もアロジュートの能力を強めに行使すれば阻害できる。
自分の動きを止められるものなら止めてみろ。
そう思ってアロジュートは何をされてもすぐに消去できるように身構えた。
そして恭也の足下から『アルスマグナ』製の箱が現れ、それを『格納庫』にしまうと同時に恭也は走り出した。
それを見たアロジュートは一瞬自分から打って出るべきか迷ったが、恭也の未知の能力を警戒して動かなかった。
そして恭也はアロジュートの目前に迫ると、アロジュートの顔が出る形で『アルスマグナ』製の箱を『能力強化』で強化した『格納庫』から取り出した。
この時点でアロジュートの頭上からは『アルスマグナ』製の剣数本が迫っていた。
そのためアロジュートは恭也が自分の予想通りアロジュートでも消せない金属の箱を使ってアロジュートの動きを封じるつもりだと判断した。
確かにこの得体の知れない金属でできた箱に閉じ込められたらアロジュートでも脱出は不可能だろう。
しかし頭上の剣が自分のところまで来るのを待つ義理はアロジュートには無く、アロジュートはすぐに飛び上がろうとした。
土の魔神の金属操作は形状変化はともかく単純に動かすだけの操作はアロジュートの能力でも干渉しにくい。
それでも空中戦なら自分に分があるとアロジュートは思っていたのだが、恭也がアロジュートの頭上に巨大な氷柱を創り出したためアロジュートは飛び立つことができなかった。
最初は自分の能力で氷柱を消そうとしたアロジュートだったが一度に氷柱全体を消せなかったことに驚き、その後恭也が水属性の魔法を使っていることに驚いた。
「どうしてあんたが水属性の魔法を?」
自分が水の魔神と契約している以上異世界人である目の前の少年が水属性の魔法を使えるはずがない。
そう思いアロジュートが困惑している中、いつの間にか少年と分離していた土の魔神が空中で剣を融合させて一枚の板を作り上げた。
これで今アロジュートが入っている箱にふたをされたら、アロジュートは三十秒どころか永遠に脱出できないだろう。
ちなみに恭也が最初から『アルスマグナ』製の金属で完全に閉じた箱を作り、それを『格納庫』から取り出さなかったのは『格納庫』の仕様が原因だった。
『格納庫』は物を取り出す先にすでに物がある場合物を取り出せず、アロジュートを閉じ込める形で完全に閉じた箱を取り出すのはこれに該当するため不可能だった。
しかし一部が開いた箱をアロジュートが入る形で取り出すのはアロジュートの隣に箱を出すのと同じ扱いで可能だった。
そのため恭也はこんな面倒な手順を踏んだのだが、それを知らないアロジュートは恭也の回りくどいやり方に疑問を抱いたものの今はそれどころではなかった。
今すぐ邪魔な氷を消してここを離れなければならない。
そう考えたアロジュートだったが今アロジュートの頭上にある氷に込められた魔力は尋常ではなく、アロジュートでも新しく産み出される氷を消すのが精一杯で最初に創られた分の氷までは消せずにいた。
この氷は恭也が『能力強化』でそれぞれ強化した『六大元素』と『精霊支配』を『能力合成』で合成して作り出した能力でその威力は魔神の切り札に迫る程だった。
これに対抗するためにアロジュートはみるみる魔力を消費し、それと同時に恭也がこれ程の技を隠していたことに驚愕した。
しかし今恭也が使っている能力は『能力合成』で作り出した能力なので、十秒後には使えなくなった。
この時点で恭也の魔力は四万を切っていたためもう一度同じことはできない。
しかしすでにアロジュートの頭上から『アルスマグナ』製の板が迫っており、氷の除去は間に合いそうにない。
そう判断したアロジュートは水の魔神を手元に呼び出して融合し、すぐに『魔神化』を行った。
神聖気が尽きた今のアロジュート自身は体を解けないが、『魔神化』すれば体を解いて隙間からこの場を抜け出せる。
その後は絶対に地上に降りないようにすれば今回の手は通用しない。
そう考えて体を解こうとしたアロジュートに突然強力な重力が襲い掛かり、アロジュートの動きが一瞬止まった。
この重力はランとライカの融合技、『ヒュペリオン』によるものだった。
『ヒュペリオン』は重力を自由に操る技で、先程恭也がアロジュートに行った加重は地上の屋敷に使用したら屋敷が潰れるどころかその下の地面まで二メートルは陥没する程の加重だった。
当初の恭也の予定では、アロジュートとしばらく戦ってから『ヒュペリオン』を連発してアロジュートの魔力を削るつもりだった。
魔神二体の融合技は威力の割に使用魔力の量が少ないからだ。
しかし結局はアロジュートに精霊を消されたことで予定は変更を余儀無くされ、その後の恭也はその場の流れで戦うことになった。
相変わらず綱渡りだなと自分でも呆れつつ、恭也は先程アロジュートに『ヒュペリオン』があっさり防がれことに驚いていた。
『ヒュペリオン』を攻撃に使用する場合、魔力を二も消費すれば人間が相手なら跡形も残さず潰すことができる。
そんな技を魔力を二千消費して使ったというのに動きを一瞬止めるのがやっとというアロジュートの能力の強さに呆れた恭也だったが、今回に限ってはその一瞬で十分だった。
アロジュートの動きが止まった一瞬を利用して恭也はアロジュートを完全に『アルスマグナ』製の箱に閉じ込めることに成功した。
この時点で恭也の勝利が確定したのだが、箱が完全に閉じてからも箱の中からアロジュートが能力を使う気配と箱に攻撃を加える音がしていたため恭也は全く安心できなかった。
結局恭也はアロジュートを閉じ込めた後の三十秒間を怯えながら待つことになった。