致命傷
天使たちの持っている武器の耐久力はこの世界の一般の兵士が持っている武器と大差無い。
そのため天使と天使の持っていた武器は『アルスマグナ』製の剣でたやすく斬り裂かれ、防御に関しては『物理攻撃無効』で十分だったため恭也はそれ程時間をかけることなく天使の集団を一掃することができた。
「……あんたの能力って転移じゃないの?その剣もあたしの能力でも消せないし一体どうなってるの?」
「仲間になってから教えますよ」
そう言うと恭也は光速移動でアロジュートの背後に移動し、そのままアロジュートの背中に斬りかかった。
しかし恭也の攻撃はアロジュートが背中に回した鎌の柄で防がれ、その後振り向いたアロジュートは恭也目掛けて鎌を降り降ろした。
「手ぇ出すんじゃないわよ!」
自分の主に斬りかかった恭也に攻撃を仕掛けようとした水の魔神を声で制止しつつアロジュートが繰り出した攻撃に対し、恭也はまともに打ち合わず光速移動で地面へと逃れた。
ウルも連れておらず金属操作もできない今の状況では空中戦は分が悪いので、恭也としてはアロジュートを地上に降ろす必要があった。
そんな恭也の思惑を知ってかは分からないが、アロジュートは水の魔神と融合してから高度を下げて恭也に近づいてきた。
「あんたが転移できるのは知ってたけど、今のは消える前に光ったから今まで使ってた転移じゃないわよね?火と土の魔神と契約してるんだと思ってたんだけど光の魔神とも契約してたのね」
どうやら天使を通してここ最近の恭也の動向を観察していた様子のアロジュートに恭也は自分の魔神との契約事情を正直に伝えることにした。
「僕は水と風以外の四人の魔神と契約してます。といっても闇と火の魔神は今日は連れて来てませんけど」
恭也が闇の魔神とも契約していると聞いてアロジュートは驚き、それと同時に軽い怒りを覚えた。
「あんたが魔神を四体も従えてるのは驚いたけど、あたしとの戦いに魔神全員を連れて来ないなんてあたしもなめられたものね」
「いえ、あなたを見くびってるつもりはありませんし、本当は魔神を四人全員連れて来たかったです。でも闇と火の魔神には重要な仕事を任せているのでしかたがなかったんです。人を助けながらあなたの相手もする。これが僕の全力です。それが気に障ったって言うなら大技の一つも使ったらどうですか?」
恭也も何の考えも無しに自分が四人の魔神と契約していることをアロジュートに伝えたわけではない。
恭也は自分が魔神二人という戦力を他に回していると聞けばアロジュートが怒りを覚えるだろうと考え、そうなったらアロジュート自身のものでも水の魔神のものでもいいので魔力を大量に消費する大技を使うように挑発するつもりだった。
そうなれば恭也は死んで逃げるだけでアロジュートの魔力を消費させられるので、戦いがかなり有利になる。
そう考えていた恭也にアロジュートが話しかけてきた。
「いいわ。何か考えがあるみたいだけど挑発には乗ってあげる。でもこっちもそれなりの準備はさせてもらうけど」
そう言うとアロジュートは全身から銀色の光を放ち始め、その後しばらく呪文らしき何かを唱えていたアロジュートの背後に身長五メートルはある茶色い甲冑を着た何かが姿を現した。
「なっ……」
突如として現れた巨大な何かに驚いている恭也の耳にアロジュートの説明が聞こえてきた。
「この方はあたしの神聖気の全てを使って一時的に召還したあたしの上司の座天使、ガイサム様よ。あたし程度の力ではそれ程長くは召還できないけど、それでもあんたと決着をつける間ぐらいは持つわ」
「その座天使とかいうのがあなたの切り札ですか?」
そもそも座天使とやらが恭也には分からなかったが、アロジュートの世界特有の種族か何かだろうと考えて恭也は話を進めた。
「ええ、ガイサム様は時空を司る座天使様よ。ガイサム様がいる限りあんたは転移できないわ」
「そうですか……」
お互いに将棋とチェスの駒を持ち寄り、ルールを詰めてオリジナルに近いゲームをしていたところで相手が何の断りも無くトランプを持ち出してフルハウスで三千点だからカードを二枚引くと言い出したと言えば恭也の気持ちが分かってもらえるだろうか。
アロジュートの物を消滅させる能力の攻略法を考えていたところにこんな隠し玉を召還され、恭也は舌打ちしそうになった。
何とか深呼吸をして落ち着いた恭也だったがその直後に恭也の足下の地面が消え、一瞬動きが止まった恭也にアロジュートが鎌で斬りかかってきた。
アロジュートが何をするつもりか恭也には分からなかったが、アロジュートに大技を使わせるにしてもアロジュートのお膳立てに乗るのはまずい。
そう考えた恭也は光速移動でアロジュートから離れようとしたのだが、光速移動を発動した次の瞬間には手にしていた剣を奪われて先程アロジュートが地面に作った穴に叩き込まれていた。
アロジュートは自分の周囲に近づいた物を消滅させる空間を常時展開しており、保有魔力の多い物体や『アルスマグナ』製の金属といった特別な物質以外はその空間に入った瞬間消滅してしまう。
異世界人の様に大量の魔力を保有していれば魔力を消費するだけで済み、その場合はアロジュートも同じだけの魔力を消費する。
そのためアロジュートに純粋な接近戦で勝つ技量があれば、アロジュートの魔力を消耗させるのはそれ程難しくはない。
しかし『魔法看破』がアロジュートに通用しない今恭也にそれを知る術は無く、例え知ったところで武術に関しては素人同然の恭也にこの手段は選べなかった。
そしてアロジュートは対象を消滅させるという自身の能力を手に持った鎌を触媒とすることで強化することができた。
これはアロジュートの持つ鎌が天使全員が生まれ持つ特殊な武器だから可能な行為で、この武器は持ち主の天使が死ぬか持ち主の戦意がくじけない限り決して壊れることはない。
『アルスマグナ』製の武器とすら互角に切り結べるこの武器とアロジュートの能力が融合した結果、この武器は形の無い能力すら消せるようになっていた。
といっても異世界人の能力を消すのは本来ならアロジュートでもかなりの魔力を消費するのだが、恭也の持っている能力のほとんどは異世界人基準ではかなり弱い。
そのためアロジュートの鎌で直接攻撃された際には『自動防御』も『物理攻撃無効』も発動せず、恭也は穴の底に叩きつけられる前に一度死んでしまった。
斬り殺されてすぐに蘇った恭也は、穴の底に墜落した後でアロジュートに視線を向けた。
(何であいつ自分の速さについてこれたっすか?)
(分かんない。天使の能力なんじゃない?僕の能力が発動しなかったからアロジュートさんの能力でこっちの能力が無効にされた可能性もあるけど)
ライカの質問に自分の考えを伝えた恭也だったが、アロジュートが無条件で相手の能力を打ち消せるなら最初に水以外の精霊を消す必要など無かったはずだ。
恭也の周囲の空間から精霊全てを消したとなると、アロジュートの能力の消費魔力が少なかったとしてもさすがにかなりの量の魔力を消費したはずだからだ。
そのため恭也は、アロジュートも魔神の切り札はそう簡単には防げないのだろうと判断した。
ちなみにアロジュートが光速移動に対応できたのは単純にアロジュート本人の技量によるものなので、いくら恭也たちが考えても分かるわけがなかった。
元々いた世界で多くの強力な悪魔と戦った経験を持つアロジュートは、相手がどれだけ速かろうが集中さえしていれば自分の間合いに入った瞬間反応できるだけの技量を持っていた。
そんなことは知る由も無い恭也だったが、何度試してもアロジュートの周囲の空間には恭也の『魔法看破』が通用しなかったことからアロジュートの能力無効化は接近戦限定なのだろうと判断した。
しかしそれが分かったところで恭也に遠距離用の切り札があるわけでもなく、恭也はアロジュートの能力への対抗策を思いつけずにいた。
そんな恭也にアロジュートが話しかけてきた。
「さっきの剣すごく重かったわ。よくあんな物振り回してたわね」
「僕専用の剣ですからね」
アロジュートの発言を聞き新たに『アルスマグナ』製の剣を取り出した恭也を見て、アロジュートは驚いた様子だった。
「ふーん。一点物の魔導具じゃないんだ。でも壊せないってだけならそこまで警戒する必要も無いわね。あんたさえ殺せばそれで話は終わりなんだから」
そう言ってアロジュートは水の魔神の切り札、『シュモアワ』を発動し、その直後先程まで晴れ渡っていた空から突然雨が降り出した。
『シュモアワ』は他の魔神たちの切り札同様広範囲に影響をもたらす技だったので、『シュモアワ』の効果は恭也も知ることができた。
『シュモアワ』は触れた者全てを凍てつかせる雨を降らせる技で、三分間に渡り半径五百メートルに渡り降り注ぐ雨は濡れた者の体温を急速に奪い効果範囲の気温を氷点下三十度まで下げる。
その上『シュモアワ』により降り注いだ雨は触れた瞬間に対象を凍らせるため、寒さに耐えれば大丈夫といった生温い技ではなかった。
恭也も『シュモアワ』をまともに受ければ数秒で凍え死ぬのだろうが、あいにく恭也に『シュモアワ』を食らうつもりは無かった。
アロジュートが『シュモアワ』を発動してすぐに恭也は『格納庫』から短刀を取り出した。
「一時間で復活するので待ってて下さい!」
恭也が本当に死んだ、あるいは逃げたと思われても困るので恭也は自分が一時間後に復活することをアロジュートに告げてから自分の首を斬り裂いてその場から離脱した。
あっという間の恭也の離脱に言葉を発することができなかったアロジュートだったが、恭也が姿を消してからようやく恭也が最初から『シュモアワ』とまともに勝負する気が無かったことを悟った。
「……やってくれたわね」
死んでから遠くで復活するというのならガイサムの能力で防げるが、時間をかけてこの場で復活するだけならガイサムの能力でも干渉できない。
魔力五万を無駄に消費させられたアロジュートは不快気に眉をひそめたものの、自分の主候補なのだからこれぐらいの搦め手は使えて当然だと考え直した。
前にいた世界でアロジュートは十の命を持ち蘇る度に力を増すという悪魔を仲間と共に倒したことがあった。
その経験からアロジュートは今戦っている少年も似た様な能力を持っているのだろうと考え、ガイサムの召還を一時的に中止した。
相手がどんな手を使っても文句を言う気はアロジュートには無かった。
しかしさすがにこちらが大技を使う度に死んで逃げられるのは面倒だったので、自分の主候補の少年が蘇ったらアロジュートは異世界人としての自分の切り札を使うつもりだった。
いきなり一時間待たされることになったアロジュートだったが、ちょうどその時周囲に配置していた天使から侵入者の排除が完了したという報告を受けた。
自分たちが戦っている場所に侵入者がいるという報告を受けた時、アロジュートは大変驚いた。
異世界人二人がこの場所で戦うということは近くの街に何度も知らせていたからだ。
何も知らない旅人と思われるその人間は、面倒なことに十体以上の天使を倒せるだけの強さを持っていた。
何とかその人間を『シュモアワ』発動前に遠くに追いやることができてアロジュートは安堵していたのだが、天使によるとその人間は再びアロジュートたちの戦う場所に近づこうとしているらしかった。
何度も警告した上に一度は避難までさせたのだから、もうこの人間のことは放置しよう。
そう考えたアロジュートは、地面に降り立つと静かに時間が経つのを待つことにした。
そして一時間後、恭也が蘇るとアロジュートは特に怒った様子も見せずに恭也を出迎えた。
「あれ、怒らないんですね?僕がこの戦法使ったら相手は全員怒るんですけど」
恭也が『死に逃げ』をした時の魔神たちの様子を思い出しながら恭也はアロジュートに話しかけた。
「似た様な能力持った悪魔と戦ったこともあるし、相手の能力に文句を言ってもしかたないわ。殺し合いでお互いの能力が互角なんてことまずあり得ないもの」
「それはそうですね……」
ガーニス、シュリミナ、そしてアロジュートとこれまで出会った異世界人が異世界人として与えられた能力以外に自前の能力を持っていたことを思い出し、恭也はしみじみとアロジュートの発言に同意した。
「でもあんたのその戦法、面倒なことは確かだからこっちも手を打たせてもらうわ」
そう言うとアロジュートは再びガイサムを召還して恭也に攻撃を仕掛けた。
一時間の間に神聖気とやらが切れていることを期待していたため、元々転移で逃げる気は無かったとはいえ恭也はアロジュートが再びガイサムを召還したことにがっかりした。
しかし長々と落ち込んでいる暇は無かったため、恭也は『格納庫』から剣を取り出すとアロジュートに視線を向けた。
現在恭也は深さ五メートル程の穴の中におり、出口をアロジュートに抑えられていた。
そのため接近戦は不利と分かっていても恭也はアロジュートと接近戦をするしかなく、先程までとは明らかに違う光を放つアロジュートの鎌を剣で何とか受け止めた。
そのままランの怪力でアロジュートを吹き飛ばした恭也だったが、吹き飛ばされる前にアロジュートは水の魔神を召還した。
そして水の魔神は自身の固有能力、『主の姿と能力の模倣』でアロジュートの能力を模倣し、アロジュートの切り札、『ミナリカ』を恭也に発動した。
恭也はすぐに水の魔神も吹き飛ばしたが、『魔法看破』を使うまでもなく自分の能力が干渉を受けたことを感じ取っていた。
すぐに『魔法看破』で自分を見た恭也は、自分の能力に起きた変化を知り愕然とした。
『ミナリカ』は相手の能力の一部を永続的に消滅させる能力で、アロジュートは恭也の復活能力そのものを消滅させるつもりだった。
しかし恭也の能力の根幹となる復活能力は、能力としての格は他の異世界人たちの能力と同格だ。『ミナリカ』もさすがに他の異世界人の能力そのものは消せないため、恭也の能力に起こった変化は一つだけだった。
しかしその一つが致命的で、死んでから復活するまでの時間が一時間ではなく一瞬になっていた。いざという時の逃走手段が突然消えたことに恭也は驚き、そんな恭也にアロジュートが話しかけてきた。
「初めて使ったから不安だったけどその顔を見るとうまくいったみたいね。ようやくまともに戦えるわ。このままあっさり負けるなんてやめてよね。あんたには結構期待してるんだから」
そう言うとアロジュートは恭也に斬りかかり、それを見た恭也は『格納庫』から慌ててある物を取り出した。