全力戦闘
ライカの説得も無事に終わり、恭也は今後の話をすることにした。
ライカの光速移動は消費魔力百程で他の大陸にも一瞬で移動できる便利な能力だ。
しかし視界内に移動するならともかく遠く離れた場所に移動するならあらかじめライカの能力で創った魔導具を設置しておかないと見当外れの場所に移動してしまう。
これが先程の戦いの際に恭也が『魔法看破』で知ったライカの光速移動についての情報だった。
(実際に移動用の魔導具を設置するのはアロジュートさんと戦った後になりそうだね)
今の恭也たちの魔力は三人合わせて十万と少しだ。
ウォース大陸に転移するために魔力を二万消費し、その後四日後のアロジュートとの戦いまで大人しくしていても魔力は二十万までしか回復しない。
二十万という魔力は能力が未知数の異世界人と戦うには心許無く、とてもダーファ大陸に寄るために魔力を二万消費する余裕など無かった。
もちろん恭也はアロジュートとの戦いに際していざという時はホムラを、最悪の場合ウルも呼び出して戦うつもりだった。
今回はガーニスの時の様に逃げて仕切り直しというわけにはいかない状況だったからだ。
一度会っただけだが、恭也の見たところアロジュートは一度逃げ出した相手に力を貸す程のお人好しには見えなかった。
そのため恭也は一度の戦いで決着をつけるために万全を尽くすつもりだった。
しかし重要な仕事をそれぞれ任せているウルとホムラをアロジュートとの戦いに呼び出すと、見えない形での被害や損失が出そうなので極力呼びたくないというのも恭也の本音だった。
こうしてアロジュートとの戦いについて考えていた恭也だったが、恭也が当然の様にライカの光速移動用の魔導具の存在に言及したことにライカは驚いた。
(何で師匠、自分の魔導具について知ってるっすか?)
恭也と融合した時点でライカは恭也がライカの光速移動に強い興味を持っていることを感じ取った。
そのためライカが自分の光速移動に制限があることを伝えようとした矢先に恭也がその内容を口にしたためライカは驚いた。
そんなライカに恭也は自分の能力を簡単に説明した。
見ただけで相手の能力を知る、一度行った場所なら一瞬で転移できる、全属性の魔法を使えるなど多彩な能力を持ち、その上これからも死ぬ度に新しい能力を獲得する可能性があるという恭也の説明を聞き、ライカは素直な感想を口にした。
(……ずるくないっすか?)
(便利な能力なことは否定しないけど、僕の能力程度でずるいとか言ってたら他の異世界人の能力見たら戦う気なくすよ?)
これまでの魔神たち同様相手からの申し出で砕けた口調で話しつつ、恭也は他の異世界人たちがいかに規格外な存在かをライカに説明した。
(僕の能力色々できる分他の異世界人と正面からぶつかるとどうしても力負けしちゃうんだよね)
(ほんとっすか?)
恭也の説明を聞いても半信半疑といった様子のライカに恭也は『情報伝播』を使いガーニスと再戦した時の光景を見せた。
ガーニス本人はもちろんガーニスが召還した鎧すら傷つけられないウルとホムラを見て、ライカは言葉を失っていた。
これはガーニスの能力を話でしか知らなかったランも同様だった。
(魔神が傷つけられない相手を二体召還っすか。異世界人って全員こんなにやばいっすか?)
(今まで聞いた感じだとこの世界に来た異世界人の半分以上は殺されてるらしいから、今残ってる異世界人は強い上に殺されにくい能力を持ってるんだと思うよ)
(へぇ、おもしろくなってきたっすね。そのアロジュートとかいう異世界人も強いっすよね?)
他の異世界人の強さを聞いてもライカに怯えた様子は無く、むしろ闘志を燃やしていた。
(色々消せる上に天使だから自前の能力も持ってるだろうしね。それに魔神もついてるんだからかなり強いと思うよ)
(その上ディアンとかいう異世界人がいて、そいつの創った上級悪魔も相手っすか。わくわくしてくるっすね)
(……わくわくはしないけどライカが乗り気なのは助かるよ)
恭也は別に戦いが好きなわけではないが、好戦的な相手との付き合い方はウルで慣れている。
そのため高揚した様子のライカを放置して恭也は光速移動の際の目印となる魔導具を創った。
(これ十個しか創れないんだよね?)
(そうっす。消すのは離れててもできるっすから、適当に設置しても大丈夫っすよ)
ライカの説明を聞きながら恭也は手のひらにある直径二センチ程の黄色い球に視線を向けた。
『魔法看破』で見たところこの球の耐久力はそれ程高くなく、さすがに人に踏まれたぐらいでは壊れないが戦闘用の魔導具でなら破壊できるらしい。
それを知った恭也は『アルスマグナ』製の剣を一本犠牲にし、ライカの能力で創り出した球を『アルスマグナ』製の金属でコーティングした。
その後ランの魔法でその球を地中に沈めると、恭也はウルとホムラに無事光の魔神を仲間にしたことを眷属越しに伝えた。
恭也としては今回は最低限の報告をするだけのつもりだったのだが、ホムラに報告を入れた時にホムラから恭也への報告があった。
「何とか光の魔神を仲間にできたよ」
「さすがですわね。でも一つ悪い知らせがありますの」
「ん?何?」
イーサンを含む三つの街の住民の反発が思ったより強かったのだろうかと恭也は不安に思ったが、ホムラの報告は恭也の予想とは全く違うものだった。
「私が任された街の統治についてはまだ始めたばかりなので報告する程の問題は起きておりませんわ。ただヘクステラでマスターの指示に従って他種族の解放をしようと主張していた十武衆二人が解任されましたの。おそらくヘクステラはマスターの指示に従うつもりはありませんわ」
恭也がヘクステラ王国を去ってからヘクステラ王国の首脳部の間では恭也への対応に関して激しい議論が行われていた。
しかしヘクステラ王国の首脳部の間では当初から恭也相手に徹底抗戦という意見が主流で、女王と十武衆七人が恭也の提案を拒否すべきだと主張していた。
十武衆の一人はゾアースが鳥型の上級悪魔の襲撃を受けた際に死んだため、現在十武衆は九人となっていたがその内恭也の提案に従うしかないと主張した者は二人だけだった。
その二人が解任されたとなると、残念ながらホムラの言う通りヘクステラ王国とは事を構えることになるだろう。
「今ヘクステラにいるエルフやハーピィはどんな扱いを受けてる?」
「今日まではマスターへの対応を話し合っていたので首都やその近辺の街ではエルフたちを働かせるのは見送られていましたけれど、明日からは以前の様に働かせると思いますわ」
「……分かった。悪いんだけど眷属を城に行かせて女王に今別の異世界人を仲間にしてるところだから五日後には城にあいさつに行くって伝えといて」
「分かりましたわ。少しは脅しておいた方がいいですわよね?」
「うん。異世界人二人と魔神五人を相手にしたければ好きにしてって伝えといて」
ホムラの眷属に城に侵入された上にこの伝言を聞けば、ヘクステラ王国の首脳部もすぐに大きな動きは見せられないだろう。
もちろんヘクステラ王国への牽制という意味では恭也が今すぐヘクステラ王国に直接行くのが一番だ。
しかしアロジュートとの戦いは現時点でも勝算があるかというと怪しいため、さすがにその余裕は今の恭也には無かった。
「はい、マスターのお言葉は確実にヘクステラの女王に伝えますわ。ですがそれもマスターがアロジュートとかいう異世界人に勝つことが前提。いざという時は遠慮無く私やウルさんも呼んで下さいまし」
「うん。分かってる。アロジュートさんに負けるとこれからの予定が大幅に狂っちゃうからね。勝つためには手段を選ばないよ」
「それを聞いて安心しましたわ」
恭也の考えを聞き安心した様子のホムラとの会話を終え、恭也はオルフートに転移した。
そして約束の日、恭也とアロジュートは約束していた場所で対峙した。
「人払いも済んでるし、今すぐ始めて構わないわよね?」
纏った鎧と同じ純白の鎌を右手に握り、自分と同じ姿の水の魔神を後ろに従えたアロジュートは会うなり恭也との戦いを始めようとした。
しかし何でもありの戦いでは恭也の勝算は限り無く低く、それを抜きにしてもどちらかが死ぬまでというルールで戦うわけにもいかない。
そのため恭也は戦う前にルールを決めようとアロジュートに提案した。
「僕はあなたを仲間にするために戦うので殺すわけにはいきません。だからあなたの動きを十秒止めたら僕の勝ちってことにしてもらえませんか?」
「……十秒は短過ぎるわ。あたしを殺したらあんたが戦う意味がなくなるから動けなくなったら負けっていうのは別に構わないけど、時間は三十秒にして。十秒だと万が一ってことがあるから」
「分かりました。じゃあ、三十秒ってことで。そっちからは特に条件とかは無いですか?」
恭也としてはアロジュートを殺さないで勝負をつけられれば条件は何でもよかったので、アロジュートの動きを止めなくてはならない時間が長くなっても別に構わなかった。
アロジュートの能力が分かっておらず、アロジュートの動きを十秒封じる算段すら今の恭也には無かったからだ。
本当はガーニスの時の様に相手を動かしたら勝ちというルールで恭也は戦いたかったのだが、このルールは飛行能力を持つアロジュートに不利なので断られる可能性があったため逆に止まったら負けというルールを提案した。
恭也に追加したい条件は無いかと聞かれ、アロジュートは少し考えてから口を開いた。
「今日でけりをつけたいから逃げないでくれればそれでいいわ。……言っとくけどあたし、あんたを殺すつもりよ?」
「それは構いません。いや、話し合いで決められればそれが一番ですけど、力を示せってことなら戦うしかないですしね。その代わり僕は動き回らなくてもいいってことにしてもらえませんか?」
「……どうぞ」
これからお前を殺すつもりだと告げられたにも関わらず動じない恭也を見て、アロジュートは少なからず呆れてしまった。
肝が据わっているのか狂っているだけなのかを強さのついでに探ってやろう。
そう考えたアロジュートは先手を打った。
「じゃあ、始めましょう。あたしは水の魔神しか持ってないから他の精霊は消させてもらうわね」
恭也たちがアロジュートの発言の意味を理解するより早くアロジュートの能力が発動し、その直後ランとライカが驚きの声をあげた。
(ごしゅじんさま、土の精霊がなくなった!)
(光の精霊もっす!)
ライカはともかくランも普段からは考えられないような動揺した声で恭也に話しかけてきた。
二人の発言を受けて恭也が『魔法看破』を発動すると、二人の言った通り周囲の空間から水以外の精霊が完全に消えていた。
これではランとライカの合体技どころか金属操作や光線すら使えない。
幸い魔神の固有能力は精霊がなくても使えるため怪力と光速移動は使えるが、それでも恭也たちの攻撃手段がかなり奪われたことに変わりはなかった。
(師匠の言う通り異世界人って無茶苦茶っすね)
(僕もここまでするとは思ってなかったよ)
ライカはアロジュートが周囲の精霊を全て消したことに驚いており、恭也もそのことに驚いてはいた。しかしそれを上回る怒りを恭也は感じており、それをアロジュートにぶつけた。
「何てことするんですか!土から精霊がなくなったらその土地ではまともに作物が育たないし、火や光の精霊がなくなったら日差しや気温に影響が出るんですよ!」
実際現時点で恭也たちの周囲は暗くなり、気温も少し下がっている様子だった。
もちろん各属性の精霊はいたるところにあるので、時間が経てば恭也たちの周辺に再び精霊は満ちるだろう。
しかしアロジュートの行いにより完全に死んだ大地は空気中の土の精霊の量が戻っただけでは回復せず、元の様に農業が行えるようになるには長い時間が必要だった。
そうアロジュートに告げた恭也だったが、アロジュートは意に介さなかった。
「どうせこの辺り誰も住んでないんだから別にいいじゃない。それより自分の心配しなさい!これで連れて来た魔神はお荷物よ!さあまずはお手並み拝見といこうかしら!」
アロジュートのお荷物発言にランとライカが怒りを覚えていたが、アロジュートが百体近い天使を召還したため恭也は二人に声をかける余裕が無かった。
「その天使はあなたの部下ですか?」
「殺すのが嫌ってことなら気にしなくていいわよ。この天使たちはあたしが神聖気で創ったものであんたの魔神の眷属と一緒。遠慮無く壊してくれて構わないわ」
神聖気って何だとつっこみたくなった恭也だったが、天使たちが一斉に恭也目掛けて突撃してきたため余計なことを考えている余裕がなくなった。
恭也は『格納庫』から『アルスマグナ』製の剣を取り出し、ラン由来の怪力で自分に近づく天使たちを次々に切り伏せていった。